14.鈍感聖女は、微笑みの裏に気づかない
王城の庭園。噴水の水音と花々の香りに包まれた席で、王家主催のお茶会が開かれていた。
銀器に紅茶が注がれ、焼き菓子の甘い香りが漂う。私たち勇者パーティは招かれて、王と妃、王子王女たちと顔を合わせていた。
◇◆◇◆◇
開始早々、第一王子ダリル殿下が椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。
小太りの体を揺らし、顔を真っ赤にしながら、大きすぎる画集を抱えている。
「ひ、ヒマリ嬢っ! これを見給え! わ、わが筆で描いた百枚スケッチ集っ! 寝顔から食事の仕草まで! どれもっ……ああ、尊い!」
机いっぱいに広げられた瞬間、私の似顔絵が散らばった。……え、えぇっと?
しかも、どう見ても侍女さんに描かせたであろう、精密すぎる写生まで混じってる。
「わ、わたし……その……」
思わず引きつった笑みで視線を泳がせてしまう。どう反応すればいいのかわからない……!
なおもダリル殿下は勢いを止めない。
「君の祈りの姿は天使! いや女神! 我が魂は、すでに君のものだああ!」
涎を飛ばしながら両腕を広げる姿に、侍女さんたちが青ざめて一歩引いていた。
そこへ、エルリック様がやわらかな笑みを浮かべて口を挟む。
「兄上、その情熱……見事ではありますが、この場にふさわしいかは疑わしいですね」
軽やかに画集を閉じ、私の前に落ちた一枚をさりげなく拾い上げる。
「ヒマリ嬢を困らせては本末転倒です。想いを伝えるならば、もっと――彼女が笑顔でいられるやり方でなければ」
言葉は丁寧で柔らかいのに、不思議と反論を許さぬ響きがあった。
「お、おい……っ!」
勇者様までが口を開いた。耳まで赤くして、そっぽを向いたままぶっきらぼうに言う。
「そ、そんな変なもん広げんな! こいつ、困ってんだろ!」
「む、むぅ……しかし私は……!」
「いいから黙って……い、いただけませんか、ダリル殿下! ……じゃなくて、とにかく座れ!」
勇者様の一喝に、ダリル殿下は頬を膨らませながらも渋々腰を下ろした。
張り詰めていた空気がわずかに緩む。
すると、ずっとお行儀よく座っていた第三王子セオドル様が、ぱたぱたと椅子を降りて立ち上がった。
その小さな足取りでテーブルを回り込み、まっすぐ莉央のもとへ駆け寄ると、するりと膝の上に乗ってしまった。
「リオねえさま! このお菓子おいしいね!」
頬をすり寄せながらにこにこと笑う姿に、リオは目を丸くしてから吹き出した。
「ちょ、ちょっと~! なつきすぎ! でもかわいーから許す!」
莉央が頭をなでてやると、セオドル様はうっとりと目を細める。
そのとき、アルバートさんが小さく咳払いして、視線を逸らしたように見えた。
きっと気のせいかもしれないけれど……無口な彼にしては珍しい気がして、私はちょっと胸がくすぐったくなった。
そんな和やかな空気の中で、第一王女エリシア様の視線が私に注がれていることに気づく。
「……やっぱり、今日もお美しいですわ……」
小さな声だったけれど、はっきりと届いた。
恥ずかしさをごまかそうとしたのか、彼女は両手でカップを持ち直しながら、さらに続けてしまう。
「ヒマリ様の微笑みは、わたくしの心まで明るくしてくださいますの。お召し物も本当に素敵……ああ、毎日お隣で眺めていたいくらいですわ」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
思わず困ったように笑みを返したけれど、あまりに真っ直ぐな瞳に射抜かれて、少し頬が熱くなってしまった。
……ちらりと横を見ると、勇者様がむすっと視線を逸らしている。
え、なにその反応。もしかして不機嫌……やっぱり嫉妬?
「勇者殿、聖女殿。……そなたらの“仮の婚約”も、もうひと月になろうな」
国王陛下の言葉に、勇者様は慌てて咳払いして、そっぽを向いた。
「べ、別に深ぇ意味なんかねぇだろ! 仮なんだからよ!」
私は首をかしげながら、思ったことをそのまま口にしてしまう。
「はい、もちろんです。だって勇者様には、もっと綺麗で高貴な方がお似合いですもん!」
「なっ……! お、俺はそんなこと一言も言ってねぇ!! お前はすぐそういうこと言うからややこしくなんだよっ!」
勇者様は耳まで真っ赤にして否定していた。……やっぱり素直じゃない。
そのやり取りを見ていた王族の方々は、穏やかな笑みを崩さぬまま視線を交わしていた。
私にはただの事実を言ったつもりなんだけど……どうしてか、まるで私が勇者様を想っているみたいな空気になっていた。
そこに、王妃様が白磁のカップを細指で持ち上げ、紅茶をひと口含んでから、やさしく言葉を紡ぐ。
「出会いとは、不思議なものでございますわね。共に戦い、共に時を過ごすうちに、心は思いもよらぬ形に動くこともございます。……婚約が仮のものであれど、その間に本当に大切に想えるお相手と巡り合うのならば、それはむしろ喜ばしいこと」
柔らかな声色に包まれながら、私は思わず背筋を伸ばした。
王妃様が私に目を向け、ふわりと笑みを深められる。
その落ち着いた眼差しは、いつも変わらず私を大切にしてくださっていて――胸の奥があたたかくなった。
「勇者様も、聖女様も……もし特別に感じられる方が現れているのなら、遠慮なくお話しくださってよろしいのですよ」
勇者様は頬を赤くして、ぶっきらぼうに答える。
「……べ、別に俺は他にどうこうとかねぇよ」
私も慌てて、つい口が滑ってしまった。
「わたしもありませんよ。だって勇者様は、まだ“その気”になってないですもん。これからですよね?」
私としては、ただ事実を言っただけのつもりだった。
でも、国王陛下と王妃様がちらりと視線を交わして、なんだか妙に含みのある笑みを浮かべた気がして――ぞわっと背中が熱くなる。
ち、違う! そんな空気じゃない!
私は勇者様のことを好きだなんて、一言も言ってないのに!
慌てて口を開きかけたけれど、場の流れに飲まれて声が出せず、私はただ紅茶のカップをぎゅっと握りしめてしまった。
◇◆◇◆◇
「では……話を変えよう」
国王は咳払いをし、声を低める。
「近頃、街で人が消える事件が続いておる。勇者殿、そなたに調査を頼みたい。……息抜きにもなろう」
私は思わず息をのんだ。けれど、国王陛下は間を置かず言葉を重ねてくる。
「同行者は、エリシアとする。行方不明者の中に、彼女の知人もおるゆえな」
王と妃は、穏やかな笑みを浮かべていた。
表向きには「信頼」と「必要性」の体裁を整えている。けれど……二人の視線の奥に、言葉にしない思惑がにじんでいるように感じられる。
その瞬間、エリシア様がぱちりと瞬きをし、ゆるやかに表情をこわばらせた。
「……え? わ、わたくしが勇者様と……?」
小声ながら、はっきりと嫌そうな色がにじむ。
「お、おい勝手に決めるな!」
「わぁ! 勇者様とエリシア様のペア調査ですね! なんだか素敵です! きっと息もぴったりですよ!」
「だ、だから勝手に決めつけんなっての!」
勇者様が真っ赤になって突っかかる。
しかしその横で、エリシア様はぴしゃりと言い放った。
「ありえませんわ! 勇者様と二人きりなど……むしろ邪魔です!」
思わず息をのんだ。お茶会の場の空気が、ぴんと張りつめた気がする。
エリシア様は胸の前で両手を組み直し、今度は熱のこもった瞳を私に向けてきた。
「わたくしはヒマリ様とご一緒がよろしいのです! 勇者様と歩くくらいなら、ヒマリ様と並んで……その方が、ずっと望ましいのです!」
「おい、こらぁぁぁ!!」
勇者様が声を裏返して叫ぶ。
私は返事に困って、ただ曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
その様子を見て、国王陛下と王妃様は視線を交わす。
笑みを保ちながらも、瞳の奥にかすかな不快の色を宿していた。
「……エリシア。お前の気持ちはわかった。だが、この件は個人の好みで決められるものではない」
国王陛下の声は穏やかだが、有無を言わせぬ響きを帯びていた。
「行方不明者にお前の知人がいる以上、無関係ではおれぬ。そして勇者殿の力を添えれば、調査も確実に進もう。よって、二人で向かうのが最も妥当であろう」
「……人の縁とは、思うようには参りませんわね」
王妃様は紅茶を口にしながら、瞳の奥にかすかな不満をにじませていた。
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