12.鈍感聖女は、王子の魔法に気づかない
「やあ、ヒマリ嬢」
低く響く声とともに、視界がきらりと光に包まれる。
エルリック殿下が、まるで舞台に立つ役者のようにゆったりと歩み寄ってきたのだ。
長い銀の髪がシャンデリアの光を反射してきらめき、背筋はまっすぐ、口元には完璧すぎる笑み。ほんと、この人、歩いてるだけで周囲の空気が高級品みたいに変わっちゃうから困る。
すかさず周囲のご令嬢たちが息をのむ。
うんうん、わかるよ。だって“王族一の美男子”だもん。見慣れてる私ですら、たまに「漫画かドラマか!?」ってツッコミ入れたくなるくらいだから。
「こうして再びお会いできるとは……まさしく星々が導いた運命の戯れ、でしょうね」
「わぁ……エルリック様、やっぱりそういうセリフ似合いますね! さすがです!」
はい出た。秒速で心臓を撃ち抜く王子様セリフ。
多分この人、朝起きた瞬間から寝るまで全部の言葉がイケメン仕様なんだよね。一般人の会話とは次元が違う。
「ふふ、誉め言葉と受け取っておきましょう」
柔らかく微笑んだ、その直後。
――ぱっと、いきなり両手を差し出してきた。
「心よ、揺らげ」
「ひゃあっ!? な、なんですか急に!? びっくりした……えっ、これって……おまじないですか?」
「……ええ、そういうものだと思っていただければ」
う、うーん? 殿下の表情が一瞬だけピキッと固まったように見えたんだけど。あれ、今のちょっと焦ってなかった? 気のせいかな……?
「おまじないは……心の奥にある本音を揺り起こすもの。だからこそ、確かめたくなるのです」
「か、確かめたくなるって?」
「――勇者との仮初めの契り。それで本当に、満たされているのかと」
「えっ、もちろんです!」
私はぱっと笑顔で即答。心の中ではむしろテンション上がりまくりだ。
気づいたら勇者様とエリシア様って、ほんとに最高にお似合いに見えちゃうんだもん! 見るたびに「お姫様と騎士様」って絵本の表紙かって思うくらい。
だから私は仮婚約なんてぜーんぜん気にしてない。むしろ二人をくっつけるための最高ポジションだし!
……え、これ、私ってちょっとした恋のキューピッドでは? 自分で言うのもなんだけど、なんか役得すぎる!
「……なるほど」
「えへへ、殿下にはナイショですけど、女の子っていろいろ事情があるんです!」
「ふむ……理解できぬものほど、興味をそそられる。あなたは実に、退屈を知らぬお方だ」
まっすぐに見つめられて、つい目を逸らす。
あの銀の瞳って、なんか真剣すぎて……ちょっと心臓に悪い。慌てて話題をそらすみたいに、私はわざと軽く笑って言葉を重ねた。
「婚約って言葉を聞くだけで、なんかおとぎ話の舞台に紛れ込んだ気がしちゃうんですよね。私は完全にモブ役っぽいですけど!」
「……モブだなんて。あなたこそ、観客を惹きつける主役ですよ」
にこりと笑ったかと思えば、また両手が差し出された。
「魅惑の花よ、開け」
「わわっ!? え、今度は花ですか!? 殿下ってロマンチスト? もしかして詩人デビューとか狙ってます!?」
「ふ……気にしなくていい。ただの言葉遊びです」
ちょっと待って。さっきより眉間のしわが深くなってません? でも一瞬でスッと笑顔に戻ってる。切り替え能力、王子様スキルすぎる。
「勇者ノイシュは……実に幸運だ。あなたの無垢な笑顔を、日々隣で浴びていられるのだから」
「それなら私のほうが幸運ですよ。だって、毎日がちょっとずつ楽しくて、自然に笑って過ごせるんですから」
「――羨ましい限りです。その笑顔を独り占めできるなど、誰もが夢に見ることですから」
またもやさらっと流れるように褒めてくれる。……いやこれ、もし恋に落ちやすい子なら一撃でやられてるやつでしょ。
と思ったら三度目の両手。
「真実よ、示されよ」
「きゃっ!? ま、また!? 殿下ほんとに今日は手品デーですか!? 次はウサギでも出ちゃったりして!」
「……」
一瞬、彼の唇がかすかに動いた。
――「どうしてだ……これほど繰り返しても、まるで効かない……?」
えっ。今の、なんか聞こえたような……?
「エルリック様、どうしたんですか? 顔がちょっと怖いですよ?」
「……いや。何でもありません。気にすることはありませんよ」
銀髪を揺らし、すぐに完璧な笑みに戻る。あれ? さっきの動揺、幻覚? やっぱり見間違い?
マントを翻して去っていくその背中は、最後の一歩までまるで絵画。
でも――去り際にほんの少しだけ、口元がゆがんだ気がしたのは、絶対気のせいじゃないと思う。
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