10.お姫様は、恋を隠して微笑む
<エリシア姫目線>
今のわたくしは、あの頃のわたくしよりもずっと、ずっと幸せだと思う。
ヒマリ様と過ごす日々は、静かな午後の読書も、朝の庭園散歩も、夜の小さなおしゃべりも――全部が宝石のようにきらめいている。
「エリシア様、この紅茶すっごくいい香りしますね!」
「……ええ。ヒマリ様が隣で微笑んでくださるだけで、香りも味も何倍にも甘くなる気がいたしますわ」
自然にそんな言葉が口からこぼれてしまう。
彼女が首をかしげて笑えば、それだけで胸が熱くなる。
――どうしてこんなにも惹かれてしまうのか。
思えば、最初からだった。
わたくしが彼女に心を奪われたのは……。
◇◆◇◆◇
あの夜のことを、今でも鮮明に覚えている。
勇者パーティーの旅立ちを祝う、盛大な夜会。大広間には無数のシャンデリアが輝き、宝石のような灯りが床に映し出されていた。艶やかなドレスや礼装に身を包んだ貴族たちが優雅に舞い、誰もが完璧な笑みと所作で場を彩っていた。
もちろん私もそのひとり。王女として、誰よりも優美でなければならなかった。
背筋を伸ばし、指先まで優雅に、笑顔は常に淑やかに――そうでなければ姫としての威厳を保てないから。
作り笑いの貴族たちを眺めていた、その時だった。
視線の端に、不思議と目を引く存在が映った。胸の奥がずきんと鳴る。
大広間の片隅、ぎこちなくも一生懸命にドレスの裾を整えている少女。
その人こそ、召喚されたばかりの聖女――ヒマリ様だった。
完璧に飾り立てられた貴族令嬢たちとは違って、ヒマリ様は肩の力が抜けた自然体の笑顔を浮かべていた。
舞踏会のきらびやかな光の中で、彼女だけが場に溶け込むことなく、むしろそこに新しい色を差し込んでいた。
ちょっと裾を気にしながら歩く姿も、きょろきょろと人々を見回す仕草も、不思議とぎこちしさを感じさせない。
むしろ「この人がいるからこそ、場が楽しくなる」と思わせるほどに、空気を柔らかく変えてしまっていた。
やがて音楽が流れ、ヒマリ様は誰かに促されるままダンスの輪に加わっていった。
優雅さは足りない。ターンは少し大きく、ドレスの裾を気にしてバランスを取りながら。
けれど、そのたびに、少し照れながらも屈託なく笑みをこぼす彼女の姿は、完璧なダンスよりもずっと人の心を惹きつけた。
「わぁ……音楽に合わせて体を動かすって、すごく楽しいんですね!」
その弾ける声は、煌めくシャンデリアよりも明るくて。
衛兵たちも、厳しい顔の貴族たちも、思わず頬を緩めてしまっていた。
――彼女は楽しむだけで、場を変えてしまう。
「……なんて人なの」
胸の奥が熱くなる。同性だとか、立場だとか、そんなものはどうでもいい。ただ目が離せなかった。
「……っ」
気づけば、小さな声が漏れていた。
――ああ、この人は本物。生まれつき、人の心を惹きつける光を持っている。
そんな私の前に、ふいに彼女が歩み寄ってきた。
軽くドレスの裾を持ち上げながら、屈託のない笑顔で。
「えっと……エリシア姫様ですよね? はじめまして、私ヒマリです! こんなに素敵な夜会……本当にすごいですね!」
その声は真っ直ぐで、作り笑いばかりの会場の中ではあまりにまぶしく響いた。
胸がきゅっと締めつけられる。
気がついた時にはもう、わたくしの唇は勝手に動いていた。
「もしよろしければ……わたくしと踊っていただけますか?」
ざわめきが広がるのを肌で感じた。
――王女であるわたくしが、しかも女性である彼女を誘ったのだ。人々が驚くのも当然だろう。
けれど、そんなことはもうどうでもよかった。ただ、彼女と踊りたい――その思いだけが胸を満たしていた。
視線が一斉に集まるのを感じる。
けれど、ヒマリ様は目を丸くした後、ふわっと笑顔を咲かせた。
「えっ、私でいいんですか? わぁ……ぜひ!」
その一言に胸が震える。彼女の手を取った瞬間、世界が一変した。
女性同士で踊る姿に人々は驚き、息を呑んだ。
最初こそ驚きのざわめきに包まれた大広間だったけれど――次第に、そのざわめきが静まり、視線が温かな色に変わっていくのを感じた。
「わぁ……エリシア様、リードがお上手なんですね!」
「……ヒマリ様が素直に身を委ねてくださるからですわ」
彼女は小さく笑い、嬉しそうに目を輝かせた。
その笑顔に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
周囲から驚きの声が漏れ、やがてそれは感嘆へと変わっていった。
「聖女様と姫様が……」
「なんて可憐で、なんて美しい……」
視線も声も、すべてが遠のいていく。
今この瞬間、わたくしの世界には彼女しかいなかった。
二人で踊るだけで、こんなにも景色が変わる――その事実に胸を震わせながら、私は悟った。
――ああ、この気持ちは、恋なのだ。
決して揺るがぬ、運命のような恋なのだと。
◇◆◇◆◇
そして今。
紅茶を口にして、目を細めているヒマリ様を見つめながら、胸の奥で静かに呟く。
「やっぱり……わたくし、あなたが好きですわ」
あの夜会で一目見た瞬間から、わたくしの心は彼女に囚われ続けている。
同性だとか、王女だとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、この想いだけは真実。誰にも否定できない、わたくしだけの宝物。
隣でカップを置いたヒマリ様が、不思議そうに首をかしげる。
「エリシア様? どうしたんですか、そんなにじっと見て」
胸が熱くなり、思わず笑みがこぼれる。
「……いいえ。ただ、あまりに幸せで……夢のようだと感じておりましたの」
「えへへ、私もですよ。だって、エリシア様と一緒にいると……すっごく楽しいんです」
その言葉に、心臓が跳ねる。
やわらかな笑顔に触れただけで、こんなにも胸がいっぱいになるなんて。
あの夜、無邪気な笑みを向けてくれた彼女に恋をした。
そして今も、その恋は育ち続けている。
――わたくしは、やっぱりあなたが好き。
ずっと、ずっと。これからも。
窓辺から吹き込むそよ風に、紅茶の香りとともに、あの夜の音楽の残響がよみがえる。
心の中で静かに微笑む。
――あの時踊り始めた想いは、もう永遠に終わらない。
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今日の夜あと一回更新予定です。
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