第三話「憤怒と黒猫の夜」
光暦 976年 8月8日 午前14時 「フェルナ町」
そうして僕は一般的な服を数着とローブを1枚買い、その場を後にする。
残りの所持金は86000G。
次に向かうのは『鍛冶屋』だ、弓はどこかで落としてしまったし、ナイフはあのコカトリスとの戦いでかなり痛んでしまった。
雨上がりの石畳を踏みしめながら、僕は「ドゥルガン」と書かれた鍛冶屋の扉を押す。
中からは金属を打つリズミカルな音が響き、火花が飛び散る。鍛冶屋の奥には、職人、恐らく『ドワーフ』がハンマーを振るい、鉄の塊を形作っていた。
(…ドワーフ、身長は小さいが肉体は強靭、さらに長寿であり、豪快な怪力と耐久力、さらに職人向けの器用さまで持っていると言う…)
と、僕が考えていると。
「ナァニ突っ立ってんだ、冷やかしなら帰れ、ここはガキが来るような場所じゃねぇ」と職人の静かだが低く重い声が鼓膜を振るわせるように響いた。
その声を聞いた瞬間、僕の手は恐怖で小刻みに震えていた。
『このジジイ、かなりのやり手だな』
「す、すみません…ナイフの修理、それと弓を作って欲しいのですが…」
そう言いながら僕はそのナイフを出す。
「ふむ…大分無理をさせたな、何と戦った?」とドワーフは左目に取り付けたルーペをいじりながらナイフをジッと凝視し、そう聞いてくる。
「…コカトリスです」
「そうか、残念だがなぁ…このナイフはもう修復無理だ。刀身が完全に死んでる」
そうドワーフは答えてから再度ルーペをいじり、こちらへ向き直る。
「そう…ですか…」かなり気に入っていたナイフだから僕は少し気を落とす。
「…そう気を落とすな、ガキ、ナイフはこの名工『ドゥルガン』が新しく打ってやる、素材と金さえ持ってきたらな」そう言うとそのドゥルガンと名乗ったドワーフはニヤリと笑った。
「…っ!ありがとうございます!」
「そうだ…これは急拵えだが…」と言いながら工房の奥からそのナイフを持ってくる。
「これは…?」
「売れ残りのナイフだ、素材が集まるまでの間、貸してやる。」その差し出されたナイフは、刀身が眩しいほどの光を発していた。
『ほぉ…ただのナイフだが、よく鍛えられてるな』
「…ありがとうございます…!」
そうお礼をして、僕はその場を後にする。
そうして、やっと乾いてきた道を歩いていると何やら街全体が騒がしい。
「本当なの?」
「ああ、さっき領主様の使いがこの街まで来て言ってたんだから間違いねぇよ!」
「それにしてもトリス村を焼いた少年が彷徨いてるなんて…怖くて眠れないわ…」
「それにしても村を焼いたのがそんな少年なんて、俺は信じられねぇな、400人も人がいたのにそれを少年1人だぜ?」
「もしかして、魔物とグルなんじゃ…」
と町が不安でざわついている。
『こりゃ…俺が村から洞窟へ向かうときに誰かに見られたな、すまん、しくじった』
(いや…大丈夫だ、幸い今は''レン''という偽名を使っているからな、顔写真が張り出されない限りはまだ凌げるだろう)
そうして僕は疲れた体を癒すため、人混みを避けるように早足で宿へ向かう。
一階部分は酒場になっているらしく、外まで聞こえるガハハという豪快な笑い声と、香ばしい料理の匂いが周囲を包んでいた。
扉を押し開けると、すぐにカウンター奥から男性の声が響き渡る。
「いらっしゃい!」
声の主は、肩幅の広いがっしりとした体格の男だった。黒髪に混じった白髪が、長年の仕事の苦労を物語っている。濃い茶色の目は鋭さを含みつつも、客が来るとすぐに柔らかな笑みを返す。エプロン越しに見える厚い手は、鍛冶屋仕込みの器用さと力強さを感じさせた。
その横には、恐らく彼の妻と思しき女性が立っている。栗色の髪を後ろで簡単に束ね、柔らかな緑の瞳で客の顔を見渡す。細身の体ながらも立ち振る舞いは凛としており、手際よく料理や酒をさばく。温かい笑顔は、この宿全体を包み込むようで、カウンターの客たちも思わず和やかになった。
「…宿を取りたいのですが、部屋は空いてますか?」と僕が質問を投げかけると男は笑顔で答える。
「宿か、ちょうど中級の部屋が一部屋空いてるぜ、泊まるなら1泊銀貨2枚だ。」
その言葉を聞き、僕は大銀貨をカウンターに差し出す。
「はいよ、お釣りは——」
「釣りはいらない…その代わり、『八咫烏』が運営する奴隷市場を教えてくれ」そう小声で言うと店主は目を細め眉をひそめ、一瞬だけ軽蔑の目を向ける。
「…若造、金を出されたからには教えるが、奴隷とは関心出来ねぇなぁ…」そう言うと心底嫌そうに言葉を続ける。
「深夜2時に港の6番倉庫を2回、4回、3回ノックして『今日は子ウサギを買うのにうってつけな日だ』と言え、そうしたら案内人が出てくる」と言い、15号室の鍵を渡してくる。
「そうか、感謝する。」
「ケッ、部屋は2階にある、飯は後で運んでやるよ。」
裏社会を支配する「八咫烏」。
奴隷売買、麻薬、盗み、暗殺……あらゆる犯罪に手を染める極悪非道の集団である。
しかし王国は、彼らを黙認している。
理由は三つ。
1つ、国家の軍隊すら及ばない「圧倒的な任務遂行力」。
2つ、王国全土を覆うかのごとき「情報収集能力」である。
「王国全体に目がある」と恐れられるその網は、まさしく漆黒の烏の群れ。
3つ、やつらが裏社会を統一しているからこそ、無秩序な子犯罪者達が暴れずに済んでいる。いわば『抑止力』だ。
人々は囁く。
——「八咫烏に狙われた者は、光すら届かぬ闇に沈む」と。
そうして僕は疲労でよろける体をなんとか支えながら渡された番号の部屋へ向かう。
荷物も下ろさず、そのままベッドに倒れこむと、布団の重みが体を包み込み、疲れがどっと押し寄せてくる。
窓の外では雨上がりの静かな夜風が窓を打つ音が微かに聞こえ、町のざわめきも遠のいていく。
僕はそのまま深い眠りに落ちた。
* * *
そうして僕が次に目を開けると、そこは赤を基調とした貴族の住む館の玄関のような場所だった。
「ここは…?」と、そのように驚いていると、憤怒の声が響き渡る。
「よぉ、驚いたか?」と言いながら階段を下りてくる男——いや、男の形をした存在。
「なんだよこの空間…」
「記憶の中にあった『城』を元にちょいと作ってみたんだが、気に入らなかったか?」
それを聞いた瞬間、僕は眉をひそめる。
「記憶?僕は『城』なんかに行ったことないぞ?」
「ふむ、多分『怒り』の記憶だろうな。」
「…『怒り』の記憶?」
「ああ、俺は言うなれば『怒りそのもの』だ。全人類の怒りの記憶を、断片的に覚えている。」と、その男は淡々と告げる。
「…なるほど…?」
「まぁその代わり、魔法や体術、戦闘についての知識はあるぞ。
それに、なぜだか俺には高い身体能力で動くイメージが染み付いている——まるで複数人の記憶で作られたキメラだな。」とその男は笑みを浮かべる。
「…で、なんで僕をここに呼び出したんだ?」
「ああ、少し稽古でもつけてやろうと思ってな」
「…稽古?」
「ああ、お前はあまりにも弱すぎる。このままだと悪魔への復讐も達成できないだろ?」
「ッ…悪魔…」怒りで歯を噛み締めたせいでギリッと奥歯が軋む音が鳴り響く。
「…怒りをコントロールしろ、戦闘中にそんなことをしてたら死ぬぞ」と冷酷だが、確かな声が僕を落ち着かせる。
「…ああ…わかってるさ…」
「お前に足りてないのは圧倒的に経験と練度だ、だから…俺が叩き込んでやる。」
その瞬間、腹部に大砲が放たれたかのような衝撃が走って——
* * *
——そして、光暦 976年 8月9日 午前2時 「フェルナ町 倉庫町」
僕は独り、息を整えながら歩いていた。
「はぁっ…はぁっ…酷い目にあった…」と僕は独り言を呟きながらその道を歩いている。
『なんだ?ただ数十回ボコボコにしただけだろ』
(鬼畜野郎が…)と苦情を入れながら僕は早歩きを止め、6番倉庫の前で止まる。
コンコン
コンコンコンコン
コンコンコン
「…今日は子ウサギを買うのにうってつけの日だ」と、僕が言うと、深夜の港の6番倉庫の扉が軋む音を立てて開くと、影の中から一人の男が姿を現した。
中背ながら筋骨隆々の体格で、長年の力仕事を思わせる太い腕が印象的だ。日に焼けた小麦色の肌には、古い傷跡がかすかに残り、彼が危険な世界を生き抜いてきたことを物語っている。
黒く鋭い瞳がこちらをじっと見据え、一瞬で相手の性格や弱点を測るかのようだ。
粗い髭をたくわえ、口元は笑っているのか威圧しているのか判別がつかない微妙な表情。濃紺の粗布シャツに革のベストを羽織り、腰には小さなナイフと鍵束がぶら下がっている。
立ち姿は無駄がなく堂々としており、動きには獣のような警戒心が漂う。
「…奴隷はこっちだ、ついてくるといい」とニコッと不気味に笑い、壁のスイッチを押すと、ゴゴゴゴゴッと地面が開き、地下への階段が現れる。
「…僕の年齢は気にしないんだな」
「俺達裏社会の連中はみんな訳アリだ、目を見ればわかる。お前だってそのうちの1人だろう?」
男の鋭い瞳が、暗闇に潜む灯火のように俺を射抜く。
「その目は、迷子のガキのものじゃない。復讐に燃える者の目だ。」
そう言って男は口元を歪め、地下への扉を押し開けた。
扉が開いた瞬間、腐敗臭と鉄、血の香りなどの異臭が一気に鼻にまとわりつく。
薄暗く湿気で陰気臭いその不衛生な空間には檻が立ち並び、ボロボロの鎖に縛られた奴隷達が並んでいた。
「…素直に言うことを聞くやつが欲しい…性別はどちらでもいい、年齢は僕と同年代か年下がいい」と、僕が言うと商人は少し歩いて立ち止まる。
「それだったらこいつがおすすめだ。」そう言いながらその商人がランタンで照らす先には、黒豹の獣人であろう少年がいた。
「こいつは戦闘能力が高いし、言うことを素直に聞く、今なら特別に大金貨4枚で売ってやるが…どうだ?」
「…すまないが今の所持金では…」そう言いながら僕は他の檻も少し見ようと視線を右に向ける。
その少女は僕の目に偶然止まった。
歳は8歳ほどだろうか?いや、この劣悪な環境で育ったとしたらこの体格でも10歳ほどだろうか、髪は手を加えられていないのか、ボサボサで伸び切っているが美しい黒色をしており、目はエメラルドグリーンに輝いている。
だが、ぐったりとしており、呼吸も弱々しく、生気をまるで感じない。
「…こいつは?」そう僕が聞くと奴隷商人はすぐに答える。
「ああ、そいつか、そいつはもう助からねぇよ、『ナイトヴェノム』っていう蛇の魔物に噛まれたんだ。」そう淡々と答える。
「ナイトヴェノム?あの猛毒「ブラックピアス」を持つと言う?」
僕がそう聞くとゆっくりと商人の男は頷く。
「そうか…」僕はそう言い、その場を後にしようとした瞬間、ガシッ!と足首を何かに掴まれる。
それは——先ほどの、美しい眼をした黒猫の獣人だった。
その獣人の目はまだ、生きることを諦めてはいなかった、生きるために争おうとしている者の目だった。
「…気に入った、こいつをもらおう」そう言うと商人は少し困惑しながら言葉を出す。
「ああ?こっちとしちゃ死体を処理する手間がなくなって助かるが…そいつは長くねぇ、もし治療するとしても莫大な金がかかるぞ?」
「大丈夫だ、それで、いくらだ?」そう言うと商人は困ったかのように言葉を続けた。
「…今なら小銀貨1枚だ」その言葉を聞き、俺は商人に小銀貨を渡すのだった。
その少女の枷は外され、僕の目の前のテーブルに置かれる。
「『奴隷契約』の魔法、こいつの背中に刻んであるこの『魔法陣』に魔力を流し込めば、お前がこいつの主人となる。」
「…ありがとう」そう言いながら僕はその少女の背中に魔力を流し込む。
「これで『奴隷契約』は完了だ」そう言うと商人は短刀を手渡してくる。
「これはそいつの持ち物だ、使わせてやるといい」
その言葉を聞き、僕はその場を立ち去る。
* * *
そして、光暦 976年 8月9日 午前3時 「フェルナ町 宿」
僕は買ってきた『中級ポーション』をその獣人の少女にかけ、小さな傷などを回復させる。
「『清水』」と唱え、宿に置いてあった桶に水を貯める。生活魔法ならば魔力の消費は少なく、僕の魔力でも十分だった。
そして服と呼んでいいのかわからないボロボロの布切れを脱がす。
タオルを水に浸し、濡れたタオルで彼女の体を拭い、汚れや汗を取り除く、彼女の呼吸は荒く、強い苦痛を感じていることがわかる。
「…大丈夫、もうすぐで、楽になるから」と言いながらこれ以上病気にならないようにと体を衛生的にした後、僕は自分の中にいるそいつに声をかける。
(ここから先はお前の仕事だ、『ブラックピアス』、あの毒は熱に弱い。『憤怒』お前なら解毒できるはずだ)
『…ああ、できる、だが、自分の体にやるのと他人の体にやるのとでは魔力操作が違く、さらに繊細になる。針に系を通すような作業を何百回も繰り返すような物だ。
彼女には膨大な時間体内が燃えるような苦痛に耐えてもらうことになる。』
(…大丈夫だ、僕が保証する。この子なら、あの目をしたこの子なら、耐えられる。『憤怒』やってくれ。)
『…そうか、それなら少し体を借りるぞ』
そう言葉が言葉が脳内に響いた後、僕は『憤怒』初めてと出会ったその世界、『精神世界』にいた。
(…頼んだぞ…『憤怒』)
そうして、その少年の目は紅く光る。
「『消音』、よし…それじゃあ解毒を始める——」
次の瞬間、糸のような炎の魔力が少女の体内に入り込んでいき、少女の悲痛な叫びが部屋に響き渡る。
「ぐがっ…!あ ''ぁ ''!ぎゃぁぁぁぁ!」その少女の叫びは魔法で決して外には響かない。
(っ…!やはりある程度魔力を制御して体に傷や火傷を負わせないようにしても熱自体は感じてしまうか…!)
「っ…!頑張れ…!耐えろ…!」と願いながらも、確実に、丁寧に、素早く体内の毒素を熱で分解していく。
その魔力操作の練度はまさに神技——これこそがさまざまな人間の『経験』を吸収した『憤怒』の実力だった。
そして——
* * *
——そして、そして、光暦 976年 8月9日 午前8時 「フェルナ町 宿」
「終わっ…た…」そう言うと僕の体を使っている憤怒は床にへたり込む。
『憤怒、お疲れ様』そう僕が労いの言葉をかけると、憤怒は心底疲弊した声で言葉を紡ぐ。
「俺は疲れたんだ…少し、眠らせてもらうぞ。」憤怒が僕の体でそう言った瞬間、体の主導権は僕に戻る。
「…ありがとう…憤怒。」
* * *
光暦 976年 8月9日 午前10時 「フェルナ町 宿」
(残りの所持金は67000Gか…)
などと考えながら僕が少女のための服を買い、部屋に入ろうと扉に手を伸ばした瞬間、部屋の中からガタッ!という何かが落下するかのような音が聞こえる。
僕は泥棒かと思い、警戒しながらナイフを持ち、扉を開ける——
…だが、そこには寝ぼけてベットから落ちた、猫の獣人の少女がいた。
けど、その少女は服を着ていなくて、僕を見た瞬間、みるみるうちに顔が赤くなり…
「◎△$♪×¥●&%#〜〜!?」とわけのわからない叫び声をあげるのだった…
続く
〜あとがき〜
主人公「カイン・アルステル」
髪色 紺色
髪型 まっすぐと下に伸びる髪で、短い。
瞳の色 紺色
身長(10歳) 136.2cm
身長(14歳) 172.2cm
現在の年齢14歳
適正属性 無属性
固有魔法 『七罰の分身』
取得魔法 「探知魔法」「身体強化」「魔力弾」「視力強化」「火種」「清水」「氷結」「灯」
人格「憤怒」
髪色 白
髪型 腰くらいまで伸びており手入れはされていない。
瞳の色 深紅より赤く、深淵より深い。
身長 172.3cm
現在の年齢 不明
適正属性 火属性
固有魔法 『怒りの豪華』
取得魔法 現在未公開
鍛冶屋「ドゥルガン」
髪色 灰色がかった白
髪型 短髪で無造作、髭をたくわえている
瞳の色 左目はルーペで覆われており、片目の瞳は濃い青
身長 140〜145cm(ドワーフ特有の低身長)
年齢 146歳
適正属性 現在未公開
固有魔法 現在未公開
取得魔法 現在未公開
宿屋の夫「ガルド・グローヴ」
髪色 黒に混じる白髪
髪型 後ろ髪は短めで整えられており、年齢相応の落ち着いた雰囲気
瞳の色 濃い茶色
身長 182cm
年齢 42歳
適正属性 非公開
固有魔法 非公開
取得魔法 非公開
宿屋の妻(女将)「マリアン・グローヴ」
髪色 栗色
髪型 後ろで簡単に束ねており、長すぎず扱いやすそう
瞳の色 落ち着いた緑色
身長 160cm
年齢 40歳前後
適正属性 非公開
固有魔法 非公開
取得魔法 非公開
奴隷商人 「マルコ・ヴァレンティ」
髪色 黒
髪型 無造作で短髪、やや伸びた部分は無頓着
瞳の色 黒く鋭い、相手の性格や弱点を瞬時に見抜くような視線
身長 175cm
年齢 38歳
適正属性 現在未公開
固有魔法 現在未公開
取得魔法 現在未公開
奴隷の「黒猫獣人少女」
髪色 漆黒、手入れされていないが自然な光沢
髪型 ボサボサで肩まで伸びている
瞳の色 エメラルドグリーン
身長 127cm
年齢 10歳
適正属性 現在未公開
固有魔法 現在未公開
取得魔法 現在未公開