第3話 火薬と祈りと警戒心
レネは、焦げた袖を見つめながら、小さくため息をついた。
「……ちょっと、強くしすぎたかな……」
数時間前。
自作の“火薬”に点火した瞬間、小屋の一部が吹き飛んだ。
幸いケガ人は出なかったものの、衝撃音と黒煙は村中に響き渡った。
神の声がくれた知識――それは、火の力を圧縮して一気に解放する、“爆発”という現象だった。
「火をただ灯すんじゃなくて、“爆発させる”……」
「こんなの、魔法以上に……すごい」
だが、村人の反応は違った。
「神の怒りだ……!」
「いや、あれは……悪魔の業じゃないのか……?」
火を灯したときと、水車を回したときは感動してくれた村人たちも、今回ばかりは怯えていた。
焦げた空、吹き飛んだ壁、耳に残る轟音。
目に見える“被害”が、信仰よりも恐怖を呼び起こしたのだ。
「でも……怖いからって、知ることをやめちゃったら、何も変わらないよ……」
レネはそっと、神に呼びかけた。
「神さま……私、間違ってないよね?」
──ああ。お前は間違ってない。
──けど、そろそろ気をつけろ。
──“外”が、お前のことを嗅ぎつけはじめてる。
「……外?」
神界から見えるのは、村だけではない。
その外、つまり他国、他の領主、そして――神々の世界。
* * *
「“異端の神”の名が、また一つ増えたか」
遠く離れた神界の一角。
漆黒の甲冑に身を包んだ男が、ゆらめく光の玉を覗き込んでいた。
その玉の中には、爆風で吹き飛ぶ村の小屋と、灰を被った少女の姿。
「爆発。破壊の力をもって、信仰を集めるか……。下らん。浅い。脆い」
その男は――戦神イグレイン。
秩序と武力による支配を重んじる、神々の中でも最も好戦的な存在。
「この世界に、再現など不要。必要なのは、力でねじ伏せることだ」
彼の足元に、白銀の槍を携えた使徒が跪く。
「命じてください、我が主。異端神の芽、今すぐにでも刈り取ってみせます」
「……よかろう。やれ。文明などという病が広がる前に、焼き尽くせ」
* * *
その夜、レネは一人、小屋の中で火薬の再調整をしていた。
爆発の範囲、威力、安定性――何が足りなかったのか、どうすれば安全に扱えるか。
ノートの端にスケッチを描き、試薬の量をメモしていく。
その姿は、ただの少女ではなかった。
神の知識を受け取り、それを実地で“検証”し続ける、たった一人の発明者だった。
──よし。
──次の実験には、木製の箱と導線を――
「……っ!?」
突然、彼女は背後に“何か”の気配を感じた。
空気が、音もなく、濃くなる。
振り返った先――そこに、人の姿はなかった。
けれど、確かに“見られていた”。
ぞくりと背筋が凍るような、圧力のような視線があった。
「……誰……?」
返事はない。
ただ、闇の向こうに、“何か”がいる気配だけが、残されていた。
* * *
神界の俺も、その異変に気づいていた。
「……間に合ってくれよ、レネ。
相手は、もう“神”の使徒だ。次元が違うぞ」
文明の火種が芽吹いたその足元に――
戦の神の刃が、静かに迫りつつあった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回はついに、“敵勢力”の影も……!?
第1話〜第3話までは物語の導入として、
「神の力とは何か」「科学が異世界でどう扱われるのか」を描いてきました。
ここからは、文明の力が世界をどう動かすのか、
そして“異端の神”とされてしまう主人公たちの戦いが始まります。
次回、第4話は《明日21:00》に更新予定です!
ぜひ、ブクマや感想などもお待ちしています!
ここから先も、どんどん加速していきますよー!