第2話 村に水車が回るとき
「水の力で、粉を挽く……?」
神の声が脳内に響いたとき、レネは本気でそう思った。
水は流れるだけのもので、手で汲むか、桶で運ぶか。
それを“力”に変えるなんて、どんな魔法だろう――と最初は思ってしまった。
でも、違った。
──流れの力を回転に変えれば、労働は何倍にも効率化できる。
──それは魔法ではなく、仕組みだ。
──人の手で作り、人の手で回す“文明”だ。
そして、彼女の脳裏には――またしても浮かんでくる。
木の羽根車、軸、歯車、臼。
それらが連動して動く、あまりにも美しい“構造”が。
「……やってみる。絶対に、動かしてみせる」
* * *
村の南を流れる小川。
水深は浅く、流れは穏やかだが、レネにはそれがちょうどよかった。
木を切り出し、羽根のついた車輪を組み立て、川の中に沈めてみる。
最初は回らなかった。
力の向きが悪かった。羽根の角度が甘かった。軸がうまくはまってなかった。
でも、そのたびに、神がアドバイスをくれた。
思念というよりも、まるで“設計図を脳内で修正するような感覚”。
そして。
「……回った……!」
水車が、ゆっくりと回り始めた。
カラカラと音を立てながら、水の力で羽根が回転し、それが歯車を伝って、粉挽きの石臼を動かす。
初めての“動力”に、村人たちは言葉を失っていた。
「なんだ、あれ……」
「水が……勝手に回っとる……」
子どもたちが駆け寄り、年寄りが目を潤ませる。
それまで何時間もかけて手で挽いていた麦が、
水の力だけで粉になっていく様子は、彼らにとっての“奇跡”だった。
「神の……風の道具かの?」
「いや、水じゃ。水で勝手に回っておる……!」
「神が遣わした……水の輪か……いや、“廻り道具”……? 御廻……?」
レネは、村人たちの言葉を聞きながら、ふと――脳内に流れ込んできた“言葉”に、はっとした。
『これは――“水車”という。』
神の声が、静かに告げた。
「……これは、水車。神さまが、そう言ってた」
その言葉に、周囲がざわめく。
「神さま……?」
「レネ! お主には神の声が聞こえるのか!?」
「まことか!? この道具も、神の教えか……?」
村人たちが一斉に彼女を見つめる。
疑いではなく、畏れと、期待と――信仰のまなざしで。
レネは戸惑いながらも、ゆっくりとうなずいた。
「うん……神さまは、私に“知識”をくれる。
だから、私は……それを形にしてるだけ」
誰かが、静かに祈りを捧げた。
次に、ひとり。
そしてまたひとり。
やがて村全体に広がったのは、神と少女への――純粋な敬意だった。
* * *
神界の上空。
文明の神である俺――斉藤悠真は、その光景を見下ろしながら思わず拳を握った。
「……やっぱすげぇな、科学ってやつは」
レネが成果を出すたびに、俺の中に何かが満ちていく感覚。
これはもう、言葉じゃなくて、確信だ。
民が信じ、文明が進めば――神も進化する。
「よし、レネ。次は“火薬”いくぞ」
「化学反応ってやつを、見せてやろうじゃねぇか……!」
文明の芽が、いま確かに動き出した。
だがそれを摘もうとする視線も、確かに空のどこかから、こちらを睨んでいる――。