第1話 文明の種を撒く者
この村に“鉄”はある。
けれど、それは「使える鉄」ではない。
都市の貴族や鍛冶ギルドが作った魔導具の“壊れかけ”や、“使い物にならなくなった部品”。
魔力のない庶民にとっては、ただの重くて錆びたゴミだ。
――でも。
少女・レネは、その“ゴミ”を、今日も拾っていた。
「これは……歯車? 欠けてるけど、形は……」
村外れの丘にある廃品置き場。
日が落ち始めた夕暮れ時、彼女は金属片を手にじっと見入っていた。
魔法が使えない。
家もない。
文字を読めるのは、村で彼女だけ。
だからこそ、誰も干渉してこなかった。
「魔法じゃなくても、これ……動く気がするんだよね」
その瞬間だった。
脳内に、誰かの“声”が響いた。
──レネ。
「……え?」
──君に知識を授けたい。
──私は、“文明の神”だ。
「ぶん……めい? かみ?」
言葉の意味が分からなかった。けれど、なぜか“分かる”気がした。
その声は、ただ語りかけてくるのではない。
図や映像、仕組みや化学反応までもが、彼女の思考に“直接流れ込んでくる”。
──火を制御する道具。
──木炭。硫黄。摩擦。導線。
──君なら、きっと作れる。
「……やってみる」
言い終わるより先に、彼女は走り出していた。
* * *
それから三日間、レネは村の周辺を歩き回った。
炭焼き場で木炭を確保し、古い倉庫の油紙をほどいて、天然の硫黄を探し出した。
誰も彼女に協力しない。
「また妙なことしてる」と避けられるだけだ。
だが、レネは気にしない。
不思議だったけれど、声がくれた“知識”が、本物だと感じたから。
作業小屋の裏手。
彼女は石の上に、火種となる紙を置いた。
そして、自作の“擦る道具”を石に強くこすりつける。
――シュッ。
一瞬、空気が弾けた。
そして。
「……ついた……火が……!」
小さな炎が、紙の先で静かに揺れていた。
その場に居合わせた村の老人が、ゆっくりと膝をついた。
「これは……神の火だ……!」
周囲にいた村人たちが、ざわめきを上げる。
魔法でもない。呪文もない。杖も光もない。
ただ、少女が道具で火を起こした――それだけだった。
けれど、それは村にとっては“奇跡”だった。
その夜。
村人たちは小さな祠を作り、「文明の神」なる名も知らぬ存在に祈りを捧げた。
「神よ……火の恵みに感謝を……」
* * *
神界の上空。
文明の神である俺――元・社畜サラリーマン、斉藤悠真は、その光景を見下ろしながら思わず声を上げた。
「おおっ……なんか、体があったかくなってきた……!」
ふわりと浮かぶような感覚と同時に、体の奥から力が湧き上がる。
これは“信仰”だ。
俺の存在は、地上の人々に信じられることで強化されるらしい。
つまり、彼らが俺を“神”として祈れば祈るほど、俺の能力も拡張されていくというシステム。
肩書きだけもらった“神モドキ”だった俺が、初めて――“誰かの信仰対象”になった。
「なるほど……つまり、文明をもたらして感謝されればされるほど、俺のパワーも上がると」
「いわば……信仰ポイントってやつか」
火をつけただけで神扱い――。
そのインパクトは思ったより大きかった。
そして、レネ。
あの子はこの時代に珍しい、“理解する力”を持ってる。
俺の知識を、確実にカタチにしてくれる。
「よし、レネ。次は“水車”いくぞ」
「回転エネルギーってやつを、見せてやろうじゃねぇか……!」
文明の種が、ひとつ芽吹いた。
そして、芽は、やがて世界を揺るがす“樹”へと育っていく――。