プロローグ 神になった男
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目が覚めたら、神になっていた。
……って、は? 神? 俺が?
いや、意味が分からない。何かのスピリチュアルな夢か、現実逃避か――。
たしか、俺は……。
連日の徹夜と休日出勤、上司の「死ぬ気でやれ」が冗談じゃなかったブラック企業。
その地獄のような帰宅途中、駅の階段を登ってる最中に、ふっと意識が飛んだんだっけ。
次に目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。
上下の感覚も重力もない。音も空気もない。
なのに、妙に安心する……。ああ、これ、完全にあの世パターンだな。
せめてちゃんとタイムカード押してから死にたかった。いや、もう遅いか。
空間の奥に、ぼんやりと“何か”が浮かんでいた。
それは形すら持たない存在で、ただ“在る”だけの何かだった。
──ようこそ、文明の神よ。
声というよりは、脳内に響いてくる共鳴音。
耳じゃなく、意識の奥に直接叩き込まれるような感覚。
そして何より……この状況に誰かツッコんでくれって思うくらいには、俺は冷静だった。
──この世界には、知識という恩恵が足りない。
──魔法に支配された文明は、もはや停滞し、腐敗しつつある。
──ゆえに、君に「文明の神」としての役割を託す。
──知識を、仕組みを、発展をもたらせ。
「いやいやいや、いきなり話デカすぎんだろ……」
文明の神って何だよ。
サイエンスの化身みたいな感じ? それとも開発部の守り神?
ツッコミを入れる間もなく、空間の中心に“それ”が現れた。
青と緑が美しく混ざり合った、大陸を浮かべる巨大な球体。まるで地球儀だ。
でも、その星をよく見てみると――技術レベルが壊滅的に低い。
焚き火の周りに群れる村人たち。獣に怯える農民。読み書きすらできない子どもたち。
そして、空を飛ぶ魔法使いと、剣で戦う戦士たち。
「うわ、ガチで中世ファンタジーじゃん……!」
だがその魔法は、“選ばれた者”にしか使えないらしい。
貴族や神官だけが扱える魔法を、一般人は「奇跡」として信仰している。
まるで、知識が階級によって隔てられた、情報のカースト制度だ。
──魔法は才能に依存する。
──だが、科学は知識で再現できる。
──君は、この世界に「再現性」という名の革命をもたらす存在だ。
その言葉に、俺の胸の奥がカチリと音を立てて噛み合った。
科学は誰でも扱える。道具さえ、知識さえあれば。
それを信じて工学部に進んで、ブラック企業で死にかけた俺だからこそ――。
「なるほど……そういう理不尽には、ちょっとだけ覚えがあるな」
そして、俺の身体はふわりと浮かび、異世界を見下ろす“高み”へと移動する。
まるで衛星軌道のような位置から、大陸の全貌がはっきりと見える。
魔法国家、交易都市、辺境の村。そのひとつひとつが、歯車のようにゆっくりと回っている。
「神って言っても、直接手を出すわけじゃないのか……」
「でも、知識を伝えるくらいなら――俺にもできる」
俺は目の前に現れた地図から、最初の地を選ぶ。
そこに住むのは、魔法も使えず、村の片隅で“本”を読んでいる変わり者の少女。
「レネ……。君が、最初の“使徒”だ」
その瞬間、少女の頭上に、微かな光の印が灯った。
そして、物語は始まる――。