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夕暮れ時にて

赤い夕焼けを背に橋の欄干にもたれ掛かる人影が一つ。


「…なぜ、生きるのか」


 つい先日、俺は人生を見失った。

母親が死んだ。癌だった。女手一つで俺を育ててくれた。

 偉大な人だった、と思う。

そこらの男よりもガタイの良かった母親だったが4年間の闘病の末、枯れ木になってしまった。寝たきりになる最後の1ヶ月まで毎日手合わせをしてもらっていたが、そこから先は本当にあっという間だった。

 俺が中学3年の夏に大腸に腫瘍が見つかって手術をして取り除いたが2ヶ月後に転移が発覚した。当時はまだ世間知らずのガキだったから俺が母さんの病気を治すんだと息巻いた記憶がある。あの頃は母さんがと過ごす日常が俺にとっての世界の全てだった。それがいつまでも続くものだと思っていた、いや思い込んでいたかった。

 猛勉強の末、なんとか医学部に合格した。たいして長い人生を生きた訳ではないが、少なくとも今までこんなにも誰かを想って生きたことはない。

 そして。

 俺の合格を知った母親は薄く微笑んで、それから間も無く逝った。手続きをして遺体を骨にして遺品整理をしてそして最後に俺の心にぽっかりとした穴だけが残った。

 俺は一人になってしまった。そして俺の居場所はもう無いのだと悟った。

 美しい夕日とどこまでも続く吉井川を前にしてふと、俺はこの世界に認知されていないのではないか、俺という不純物がいなくなればこの美しさは完成するのではないかと思った。


 死のうかな。


「なんてね…」


 大した高さはなく見下ろせば川底の石がここからでもくっきり見える。上流だからだろうか、存在感を感じさせない程の透明度だ。

 まるでこれこそがリアルな自然だと錯覚してしまえるほどの綺麗さだった。仮に頭から落ちたら下手しなくても死ねるだろうが、だからといってそんな死に方をしても良いのだろうか。それにこの美しい風景を俺の死体なんかで汚すわけにもいかない。

 

「不自由だ…」

 

 ふと思う。

 果たして人は生を手放した所で自由を手に入れる事ができるのだろうか?また新たな縛りを課せられてしまうのではないか?輪廻転生を謳っていたのはお釈迦様だったか。これから先の人生、何かの為に生きる必要は無くなったけれどそれと同時に生きる意味そのものも失われてしまったようだ。

 ぐるぐると答えのない思考が頭を巡る。なにか暗いものが心の奥底からふつふつと湧き上がってくるのが分かる。今ならなんだってできる気がする。


「……………?」


 それは、単なる違和感だった。

 いつもは水平なドアノブが少し傾いているのに気付いてしまった時のような気持ち悪さ。

 辺りを見渡す。

 今は夕方だ。なのに仕事帰りのサラリーマンや買い物準備の主婦、帰宅部すら見かけない。

 鳥の囁きや真下を流れているはずの吉井川のせせらぎすらしない。

 自分だけが世界に置いて行かれたようなそんな寂しさを覚える。

 なんの気無しに吉井川の先へ視線を向けるとそこには見覚えのある女性が立っていた。それも水面に。


「母さん……?」

 

 ぞわりと背筋が強張る。見るな、あれは母さんじゃない。早くここから立ち去るべきだと本能が警笛を鳴らしている。

 だが目が離せない。いや、離れない。


「…そうか」


 俺はこれを望んでいたのかもしれない。自分で死ねないのなら、死ぬ勇気がないのなら、自分以外に頼ればよいなどという浅ましさに羞恥を覚えつつも俺の心は間違いなく喜びを感じていた。

 踵を返そうとしていた足を方向転換させ欄干に掛ける。水面に立つソレに少しでも近づこうと勢い良く手を伸ばしたその時


「いけないなあ」


 瞬間、世界が黒に覆われた。

 両目の視界を手で遮られている。

 …いつの間に?


「うら若きオンナノコが飛び降りなんてするもんじゃないよ?人生長いんだから。よければおねーさんが話し聞いてあげようか?」


 声の出所を向くと、薄く細めた目をニヤニヤさせながら欄干の上にしゃがみ込んでこちらを覗いているのがいた。

 体のラインが分からない部屋着のようなぶかぶかの服。こちらに伸びた手と開いた袖から覗く手首からは線の細さが伺える。こちらを見透かすような対の目。だが不思議と害意は感じない。


 じっと見つめ返すと面食らったように照れ笑いをする。


「熱視線をありがとう。どうやら君の思い込みは激しいようだからね、お返しに一つおまじないをしてあげよう」


 ツンツン、パチン。

 まるで古くからの親友のような軽やかなノリで両頬をつつかれ目の前で指を鳴らされる。


「…………………………………」


 先ほどまでの感情がまるで抜け落ちたかのようにすん、と平坦になる。じわりと視界が色褪せてモノクロになっていく。

 本能がソイツを不審者から敵対者に格上げし頭の中の思考のスイッチが切り替わっていく。


「ん〜?やめなよも〜そんな怖い目して。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

 

 トンっ、と欄干から地面にソイツの足が地面に付いた瞬間、ふわりと鼻腔にフローラルな香りが漂う。

 頭がくらっとして急激な微睡みを覚えた。


「遅くなってごめんね、辛かったよね」


 ぎゅっと抱きしめられていた。

 警戒はしていたのに全く分からなかった。

 どうやら瞬間移動の類ができるらしい。妖怪か?

 褪せたモノクロの視界にサーっと色が溢れだす。


 どうやら俺は死にたかった訳ではなく誰かに優しくされたかっただけらしい……

 臨戦態勢だった体から力が抜けていき不覚にもソイツにもたれ掛かる。

 思考がほどけて上手くまとまらない。


「母さん……」


 そして、俺の意識はそこで途絶えた。

はじめまして。ここまで読んで下さった皆様本当にありがとうございます。

 最近、やけに鬱っぽくなって、自分の内に逃げ込むようになりこのままじゃいかんと思う今日この頃。

 頭の中でぐるぐる思考してふと気付いたらこんなに時間が経っていた…………嗚呼、なんて時間の無駄遣いをしてしまっているんだろう。なんだか自分が嫌になる。だったらアウトプットしてすっきりしていこう。

 そういう心持ちで書き始めました。


 ですので、投稿はモチベ次第の不定期連載になりそうですが、気が向いたら次載せてるかなと様子見していただければ幸いです。

 よろしくお願いします。

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