貧乏脱出計画 その3
私はついに16歳になった。
今は、父親が小間物屋の隣の食堂を買い取って、店を出している。
この店は、子供服中心で、近所の靴屋さんやかばん屋さんと手を組んで、洋服、バッグ、靴、、、、組み合わせを見せて、売っている。
標準的体形の婦人物のワンピースや、父親の作ったスーツも展示している。
食堂の広くとった窓に、季節ごとに飾る洋服を替えて、見せる展示方法だ。金額も分かるように書き込んだカードを付けている。
お買い物途中の人が、飾られた洋服に見入る。うん、うん、、、
店内には様々な服が並ぶが、そのほかにフィッテングルームもあり、セミオーダーも、もちろんオーダーも扱っている。
生地はもちろん、隣の小間物屋で選べるし、持ち込んでもいい。
食堂の厨房だったところには、工房を作り、制作過程も見ることが出来る。
ここ数年、この国は海軍の軍事力の強化に乗り出し、当然、軍服もいることになった。ベルリンの見本市で、ソーイングマシーンを思い切って3台買い、、、、びっくりするような値段だったが、、、ギルドに呼び掛けて、軍服の製造組合を設立した。これには、小間物屋のオヤジさんがかなりの出資をしてくれた。組合員は一定資金を出し合い、利益は還元される仕組みにした。私も、貯えを出資した。
型紙を決めて、後は本人に合わせて微調整する方式だ。
イレギュラーな体形の人は、若干、高めの設定にした。
一人の職人が、一人分の軍服を仕上げるのが普通だったところを、分業化し、効率よく短期間で仕上げていく。ソーイングマシーンの元はあっというまに取れた。
私たちの組合、クロステル縫製組合、は、人を雇えるほどに成長し、手先の器用な者であれば、若くても年寄りでも、働ける場を作ることが出来た。官制工場の指定も取れ、軍服以外にも、学校の制服などが、定期的に作られるようになった。
やり手の小間物屋のオヤジさんは、組合長として忙しく、小間物屋は仕入れから販売、帳簿まで、、、番頭さんと私で回している。
父は、軍服の注文が落ち着くまでは、組合の縫製工場に出ていたが、なにせ、職人肌なので、やはり、元の仕事に戻った。その間働いた分で、ちょうど売りに出ていた食堂を買ったのだ。
もちろん、組合の利益が上がれば、出資者の父と私には配当が来る。
忙しかった、、、、
母も祖母も、楽しそうに仕事をしている。
お針子さんや、仕立ての見習いさんが住み込みでいるので、にぎやかだ。
これで、私は、、、万が一父親が亡くなっても、葬式代がないことだけは避けた!!
もちろん、父親は、元気だ。
「エリスさん、、、、あの、、フランス語のお客様がいらしていて、、、」
お店番の女の子が、2階で翻訳の仕事をしていた私を呼びに来た。
「はーい。すぐに伺うわ。」
階段を降りると、中国人のような黒髪の小太りのおじさまが、飾ってあるスーツを眺めているところだった。中国語は話せないなあ、、、、
『いらっしゃいませ。どのようなものがご入用ですか?』
フランス語で声を掛けると、驚いたように振り返る。
『ああ、スーツをあしらえようかと。この生地いいね。これで。』
『まあ、ありがとうございます。では、採寸を係りの者が。後は、お客様の体形ですと、セミオーダーになってしまいますので、このくらいの金額になりますが、、よろしいですか?』
『ああ、、かまわんよ。』
採寸が終わって、注文書に書き込んでもらう間、お茶を出す。
・・・・アマガタ?中国人よね?
ベルリンにはいろいろな国の人が集まってくる。ヨーロッパ近郊はもちろん、インド系、中国系、ロシア系、、、、そして、日本人も、、、
小太りのおじさまは、さらさらと書きなれたていで、連絡先や名前を書き込んでいく。
[こちらにいらしたんですか。勝手に歩き回らないで頂きたい。]
そう言いながら店に入ってきたのは、これまた黒髪の、背の高い、秘書?だろうか?護衛かも知れない。体格がいいから。長い前髪をかきあげて、ため息をついている。
[縫製組合の視察が終わって、少し目を離したすきに、、、だいたいあなたは、、、]
随分と年若く見えるが、、、、20代半ばくらい?信頼関係が出来ているのだろう。随分と親し気な、砕けた話し方だ。
[お前が遅いんだよ。私はもう、このお嬢さんにスーツの注文を終えたよ?支払いしておくれ。]
[はあ、、、はいはい。]
男は内ポケットから長財布を取り出すと、
「お会計は、おいくら?」
と、流暢なドイツ語で聞いた。
「はい。ありがとうございます。この金額です。組合に行っていらしたんですね?」
お金を受け取りながら、世間話のように振る。
「・・・・おや?」
「?」
[君は、フランス語だけじゃなく、日本語も話せるの?]
[・・・・え?ああ、、、、少しなら。]
[へえ、、、面白いねえ、、、]
アマガタ、と、名乗ったおじさまは、楽しそうに笑った。
日本語は、、、まあ、話せる。記憶が残っているのもあるが、、、、前の回の時に、あの薄暗い屋根裏部屋で、あの人が丁寧に教えてくれたから、、、、ま、、、、それもあるが、翻訳の仕事で、日独の訳がたまに回ってきたから、辞書を片手に、、独学、、、
[でも、カンジ、は、難しいですよね?]
と、苦笑いすると、秘書の男が訝し気に私を見た。
ま、このベルリンで、ここは外れだけど、、、日本語が話せるドイツ人は、確かに少ないかもね。




