10歳 貧乏脱出計画 その2
小間物屋で始めたワンピースの販売は、結構うまくいった。
ワンピースを購入する人はもちろん増えたし、生地と糸と小物を買ってくれた人に、簡単な型紙をプレゼントすることにしたから、小間物屋の売り上げも上がった。思わぬメリットがあった。
オヤジさんは場所代は要らない、と、言ってくれた。
母親と祖母は、父の仕事を手伝いながらも、子供服をせっせと作った。成果が割と早く見えるので、楽しいらしい。
おかげで、、、、生活水準はかなり好転した。
私たちは小さなアパルトメントの薄暗く狭い4階の部屋を出て、郊外のぼろ屋を一軒借りた。あちこち直したが、以前とは比べ物にならないほど明るい。しかも幸いにして東向きなので、生地も日に焼けない。
自分専用の部屋も出来た。父親も今のところ、元気だ。相変わらず、新聞や雑誌を拾ってきてくれる。
ロシアに行ったジュリアさんからは時折、お手紙が来る。ロシア語だが、、、、
環境が大きく変わったおかげなのか、子供が出来たらしい!良かった!
早速、男の子でも女の子でも着れる、乳児用のお洋服を作ってもらって、送る。
・・・・・これも、いいかもね?
母親に、柔らかいガーゼで、乳幼児用のお洋服を作ってもらい、綺麗にラッピングして、小間物屋に並べた。
お祝いに添えるのに、イイ感じな気がしたので、、、、
こんなふうに、毎日を送って、、、10歳になった。
あと6年、、、、、いや、あと4年で、踊り子になる必要が無ければ、成功だろうか?
小間物屋の仕事は辞めない。固定給が入る。給与も上がった。少しだけど。帳簿も任されるようになった。
翻訳の仕事は幅が広がり、今は、政治や経済関連の翻訳も来るようになった。
長年読んでいた新聞や雑誌がかなり役に立った。
子供服の売り上げも順調だ。
・・・・でも、、、、父親が死んだら?
父の仕立ては定評がある。ギルドでの信用もある。
前のように、手間賃が残らないやり方は変えたので、利益もそれなりに上がる。
・・・・・父親が死んだら?
まあ、、、、、やっていけないことはないだろう。
でも、小間物屋での信用も、大家の信用も、、、父親あっての物。
小娘一人が、どうこうは出来そうにない。そういう社会だ。
ましてや、、、子供は私一人。
仕立て屋にはなれそうもない。不器用だし。
さて、、、、どうするかな?




