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約束

「荷造りは終わりましたか?」


「まったく、、、、、、何をイラついてるんだ?

今回の報告書、中々良かった。あの子はいいね。専属の通訳で雇おうか?」

「日本人は都合が悪くなると、国に帰ってしまうから、嫌だそうですよ。」

「ん?はあ、それか、おまえの不機嫌の元は。ハハハ」


アマガタはグラスを傾けて、楽しくてたまらない、という表情で、アイザワを見た。


「ふーーーん。それで、養子に入る条件が、自分の嫁は自分で選ぶ、か?全然うまく行ってないじゃないか。ぐふっふっ。」

「・・・・・」

滞在先のホテルの、アマガタの机を片づけながら、アイザワは耳を赤くする。


「けどね、、、生活習慣も、環境も、身分も違う、、、大変だよ?

まあ、身分なんかはどうとでもなるし、あの子の場合、女性実業家の肩書でもいいかな。あの縫製組合は、第2工場を作ったらしいね。順調だ。」

「あいつは、、、日本には来ないでしょうから、、、、僕はヨーロッパの公使館詰めになろうかと思っています。」

「へえ、、、あんなに嫌がっていたのに。ふふっ、、、でもさお前まだ肝心なこと何も言ってないんでしょ?どうするのさ?それに、いずれは日本にも帰ることになるよ?」

「・・・・明日、、、」

「明日?」

「・・・・明日言います、、、、」

「・・・まあ、、、、がんばれ。」

「・・・・・」

「よく話し合ってみなさい。ダメならダメで、、お前の嫁に来たいという娘さんは山のようにいるから。な?お前がダメな時は、私が通訳で雇うから。」

「・・・・・ちぇ、、、、、」



*****


夕方早めに着いた僕は、少し離れて、エリスの店の二階の部屋を見上げる。

消え残っていた雪を丸めて、窓にぶつけてみる。

緩く弧を描いて、エリスの部屋の窓を叩く。


「アイザワ?早くない?待ってて?もうちょっと!」


慌てて窓を開けたエリスの髪が、風に揺れている。

バタバタと、窓を閉めて、姿が見えなくなる。



女に不自由はなかった。


アマガタの書生時代から、芸者遊びに連れ出された。

屋敷では女中たちに騒がれ、帝大時代にはカフェで女給とも遊んだ。

アマガタに連れられて、諸外国を回るようになってからも、社交場でちやほやされた。お誘いも多く、、、、休憩室に誘われた。

刹那的な付き合いしかない。お互いに、やったことは秘密のほうが良いし。

深入りもしない、感情も伴わない。忙しいし、、、、

アマガタの正式な秘書になると、今度は断り切れないほどの見合い話が来るようになった。



なんでまた、下町育ちのめんどくさそうな女に惚れてしまったのか、と、聞かれても困るが、、、、

あいつは、僕がいてもいなくても、したたかに生きていくんだろう。

・・・・・そう思う。

そう思うことが、なんだか腑に落ちない。うまく説明できないが、、、、


今日の晩飯だって、仕事の延長ぐらいにしか考えていない。多分。


僕は、コートのポケットに入れた小箱を握りしめた。


「はい。お待たせしました。お店に入って待っていてくれたら良かったのに。」


そう言いながら、エリスが走ってきた。

大急ぎで着替えたんだろう。結い上げた髪から、ひと房だけ金髪が顔にかかっている。それを、そっとすくいあげて、耳にかけてやる。

「あら、ありがとう。」

そこはもう少し、照れたりしない?まあ、らしいな。思わず笑ってしまう。

「え?なに?なんか変だった?アイザワが私に笑うとか、怖いんだけど?」

「・・・・・」



時間があったので、市街地に向かって歩き出す。

エリスは編み上げのブーツだ。

街路樹の下に、消え残った雪が少し残っている。

僕が腕を差し出すと、エリスは当たり前のように、腕を組む。

ロシア行の練習のたまものだ。


「そう言えばな、午前中、旅券を届けにオオタのアパートに行ったら、彼の嫁しかいなくて、、、、聞いてみたんだ。」

「?」

「もし、オオタが日本に帰って、このまま帰らず、連絡もつかなくなったらどうする?ってな。」

「・・・・・」

「そしたら、、、、そうしたらお金をためて日本に行って探し出して、ひっぱたいてやりますよ!って言って、大笑いしてたぞ。」

「まあ!!!」

「子供が生まれたら、母親に子どもを頼んで、お前のところの組合の、第2縫製工場で働くらしい。」

「まあ、、、、そう、、、よかったわ、、、、うちの工場は、真面目に働けば充分食べていける給金は出すから。休みもちゃんとあるし。よかったわ、、、、凄いわね、、、強い人なのね、、、、、」


エリスは、少し笑った。ほっとしたような、優しい笑顔だった。


僕たちはそのままのんびりと散歩を続け、予約の時間にレストランに入った。

外は随分と寒くなっていたから、レストランのほんわかと温かい室内にほっとした。

当たり障りのない話をし、晩御飯を食べ、お茶を飲んだ。

エリスは、、、なんだかいつもより、柔らかい表情に見えた。


帰りはさすがに馬車を呼んだ。


待合で馬車を待っていると、

「はい、これ、毛皮のマフのお礼よ。」

そう言って、エリスは、僕のスーツの襟に、ラペルピンをさしてくれた。

金の四つ葉のクローバーに、青い石がはめ込んである。

「お揃いのカフスボタンもあるからね。はい。」

小さい箱を手に乗せてくれて、

「ドイツでは、幸運のシンボルなのよ。いろいろとありがとう。アマガタ様にもよろしくね。あなたの選ぶスーツはいつも地味だから、、、、」

と、笑った。もう、、、、


[え、、、と、、、なんと言うか、、、君が好きだ。]

「え?ドイツ語で?Ⅰch habe dich Lieb、よ?」

[いや、、そうじゃなくて、、君を愛しているんだ。]

「Ⅰch liebe dich、よ?どうしたの?誰か口説きにでも行くの?」

[・・・・・いや、、、独訳じゃなくて、、、、ああ、もう!]


ダメだ、こいつ、、、


「僕は、エリス、君のことが好きだ。」

「あら、私もアイザワはいい人だと思うわよ?」


「・・・・・そうじゃなくて、、、一年で何とかいろいろと片づけてくるから、一年、僕のことを待っていてほしい。お願いだ。帰ってきたら結婚したい。」


「・・・・・え?」


コートのポケットから小箱を取り出して、右わきに座ったエリスの左手を取る。

付けていた皮のグローブをそっと外して、薬指にはめる。

「待っていてくれ。だめか?」

「・・・・・」

驚いた顔のエリスを見つめる。


抱えるように抱きしめて、エリスの髪にキスをする。






















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