打算?
ロシアから帰って、約束通りレポートを作成する。
日本公使館に呼ばれて、アイザワの執務室に缶詰めにされる。
通えないこともなかったが、近くにホテルを取ってくれた。
報告書が完成したら、日本に帰国するらしい。
「・・・・その時、あなたのお友達も連れて帰るのね?」
「・・・お前、、、、なんか、随分とあいつのことを気にするよな?何だ?」
「いや、、、、お付き合いしていた女の子はどうするのかなあ、、、、って思って。」
「ああ、、、、どうだろう。当面の生活費はこちらで出すしかないだろうな。」
「・・・・・」
「なんだ?」
書類から顔を上げて、アイザワが訝しそうに私を見る。
「なんかな、、、日本は遠いから、海の向こうだし、、、、帰られたら追いかけられないよね?大陸ならまあ、なんとか追いかけるとしても。」
「は?」
「日本人て、、、、よくわかんないな。都合悪くなったら、帰ってしまえばなかったことになるのかしら?」
「は?」
「・・・・まあ、、、なんというか、、、私がそのお相手の女の子だとしたら、、、どうかな?納得は出来ないよね?」
「・・・・・」
「それっ位なもんだった、ってことよね?それは、、、貧乏な娘だから?世間知らずな子供だから?ちょっとお金渡して、、、、まあ、お金は嬉しいだろうけど、、、お終い?」
「・・・・じゃあ、聞くけど、その娘に、打算はこれっぽっちもなかった、ってことか?実際、経済的に助かったんだろう?まあ、その後は厳しかったにしろ。」
「・・・打算、、、打算ねえ、、、、」
あの日、、、、教会の前で、泣いていた私に声を掛けてくれた身なりのいい東洋人に、
しなだれかかって泣いたのは、、、、
有無も言わさず、貧乏の底のようなアパートに連れて行ったのは、、、、
お礼に伺ったと、あの人の部屋に入り浸ったのは、、、、
打算?
「おい、手が止まっているぞ。」
「あ、、、はい。すみません。」
「なんだ、、、お前、、、その、、、、、気になる日本人でもいるのか?」
私は書類から顔も上げないまま答える。
「ありえないですね。」
「・・・・・」
*****
報告書のめどが立ったので、オオタの元を訪ねる。
住所通りに来たが、下町の裏路地から入った、薄暗いアパートに暮らしているらしい。
付き合っている女は、踊り子。
まあ、、、、打算的、と言われても仕方がない職業。そのほとんどが、人に言えない副業をしている。
訪ねた日も、オオタは新聞社の仕事をしていた。その傍らで、女が縫物をしていたようだ。
「ああ、アイザワ、久しぶりだね。」
覚えていたより、やせ細っているが、学生時代のような人を見下したような視線ではない。あの頃は、、、、こいつは自信しかなかったから。
「手紙をありがとう。来週、僕も帰ることにしたよ。彼女ともよく話したんだ。」
「そうか。」
「子供が、、、できたんだ。だから、みっちり働いて、日本に呼ぼうと思う。」
「・・・そうか。」
「とりあえず、、、金を用立ててくれないか?必ず返すから。」
「・・・ああ。」
「留学の件では、、、、迷惑をかけたね、、、その、、、彼女にこっぴどく叱られてしまったよ。僕は、、、母親がいないと何にも出来ないように、、、育ってきてしまったらしい。それに気が付くには、、高い代償だったけどね、、、、」
「・・・・・」
「今度は父親になるのだから、しっかりしろ、と。」
「そうか。」
「よろしく頼む。」
深々と二人そろって頭を下げる。
世の中のすべての人間を恨んでいたような残滓はもうない。
*****
報告書が完成した日に、さっさとアマガタに提出し、エリスを送っていくことにする。宿泊先のホテルに馬車をよせ、荷物を積み込む。
「あ、ありがとうございます。」
手を貸すと、何の迷いもなく、手を添えた。
「オオタ、なんだがな、、、、」
先日、彼のアパートを訪ねた時のことを、教える。
「なんだか、つきものが取れたような、さっぱりとした顔だった。」
「・・・・女の人は?」
「ああ、一緒に頭を下げていたよ。子供を育てながら、迎えを待つらしい。」
「・・・・・」
エリスの店について、荷物を下ろす。
「あー、明日なんだがな、、、」
「?」
何か考え事をしていたらしい彼女が、驚いて振り向く。
「今週末には、帰国する。明日、その、食事でもどうだ?」
「はあ。」
なんだ、その返事??
「では、夕方迎えに来る。」
さっさと馬車に戻り、ため息をつく。




