ロシアへ
それ以降も、人の休みめがけて、アイザワが翻訳を頼みに来たり、通訳で連れていかれたりした。冬用のスーツの注文も入れてくれた。
お店番の女の子が、アイザワがやってくると、そわそわして、頬を染める。
「え?アンナのタイプなの?紹介しようか?」
と、私が言うと、、ため息をつかれてしまった。
「エリスさん、真面目に言っていますか?からかっていますか?あの人が何で足しげくここに来るのか、わかっていますか??」
「え?仕事を頼みにと、スーツの注文、でしょ?お父様の仕立てがことのほか気に入ったらしいわよ?」
「・・・・・伝わっていませんね、、、、あんなにいい男なのに。」
「??」
女の子はため息をつきながら、仕事に戻った。
?
雪の匂いがし始める頃、久しぶりにアイザワが店にやってきた。
翻訳の仕事もひと段落し、久しぶりの休みに、ベルリンの市街地まで出かけて、この冬の流行の確認でもしようかと思っていたところだった。
「お前、仕事しないか?」
「はい?」
「ひと月、お前の今の所得の倍出そう。いや、3倍出そう。どうだ?」
「・・・・何の仕事でしょう?」
唐突に切り出したアイザワに、店でお茶を出していた私は、まあ、当然警戒した。
「通訳の仕事だ。お前、ロシア語も出来るんだろう?」
「・・・・ええ、、、まあ、、、、」
「じゃ、決まりでいいな。2週間後に迎えに来るから。準備しておけ。」
「は?」
「お前用のドレス3枚くらいと、、、、きちんとした夜会に出れるものはこちらで準備する。防寒用のコート、グローブに至るまで、公費で持つから用意しろ。あとは、、、アマガタと僕の防寒用のコートを。2週間で仕上げてほしい。」
「?」
「早く注文書を出せ。忙しいんだ。」
アイザワはイライラを隠さずに、持ってきた注文書にサインを入れた。
疲れているのか、眼の下の隈が凄い。
出した紅茶を飲んだアイザワに聞いてみる。
「なんで?ドレスが?」
「あ?アマガタがロシアに視察に行く。それに同行してもらう。あの人は実力主義で、使えるものなら、男でも女でも使う。お前のことが気に入っているようで、呼んで来いと言われたんだ。」
「・・・・はあ、、、、」
「小間物屋の仕事は大丈夫だ。アマガタが、組合長に連絡している。」
「・・・・・はあ、、、、」
「社交は?」
「まったく、ですね。」
「はああああああ、、、、、そうか、そうだな、、、やはりな、、、、」
「町娘に社交を求めるのはいかがなものかと。」
「・・・・鉄道で行こうかと思っていたが、、、やっぱり船か?」
「は?」
アイザワが難しそうな顔で何か考え込んでいるようだ。
私は、、、仕事で、しかも好待遇でロシアまで旅行ができる!
ジュリアさんに手紙を書こう。・・・・そんなことを能天気に考えていた。
*****
2週間後、迎えに来た馬車に乗り込む。
清楚なドレスに、編み上げブーツにした。
コートを羽織るほどの気候でもなかったので、荷物で持ち込む。
ドレスがたくさん入った大きな旅行かばんは、2つになった。
アイザワはいつものチャコールグレーのスーツに、織の入った水色のタイを締めていた。
「アマガタ様は?」
「ん、、、ああ、、先に港に向かっている。」
相変わらずこの人は無愛想だ。
以前からそうだが、、、、、話が盛り上がらない、、、、
まあ、黙っていればいい男なのだが、言葉も乱暴だ。
仕事の時は、愛想よく、よく笑うんだが、、、
乗り込んだ船はかなり大きいものだ。
街が一つ入っているようだ!
思わず、ぐるりと見まわしてしまった。
ポーターに荷物の運び込みを指示していたアイザワにそれを見られ、笑われる。
「・・・田舎者だと、思ったんでしょ?」
「まあな。」
「・・・・・」
船室に案内される途中、シャンデリアの下ったフロアーや、ビリヤード台の並ぶ娯楽室や、歌手でも呼ぶのか、ピアノが置かれた客席、何百人も入れそうなレストラン、高級品が並ぶ売店、、、、、、、ほんと、、、、凄いわ、、、、また、田舎者と笑われるかもだけど、上には本当に、上があるのねえ、、、、
なぜ、鉄道の予定が船に替わったのかを、その夜のうちに知ることになる。
歩き方、から始まって、お辞儀の仕方、ダンスの練習、カトラリー、、、、誘われたときの上手な断り方まで、、、、実に充実した船旅となった、、、、
「お前、ダンスは踊れたのか?足さばきが上手だな。」
アイザワが初めて私を誉めた。
サンクトペテルブルクにつくと、思ったより寒い。
コートを着込み、アイザワが船の売店で買ってくれた毛皮を首元に巻く。
用意されたホテルは、お姫様が泊まるような部屋だった!!
通訳ごときに、こんないい部屋を用意してくれるアマガタ様は、いい人だ!!
ふかふかのベットにダイブする。
背後で、アイザワが鼻で笑う。あ、、、、失敗した、、、、
そんなこんなで、通訳の仕事ももちろん、無事に務めた。
最後の晩さん会で、アイザワにダンスに誘われる。
アイザワは、黒の正装。
私は、アイザワが用意してくれた濃紺のドレスだ。サイズは母親に聞いたらしい。
ヒールにも慣れた。
踊っている間、やけに視線を感じる。
「日本はまだ後進国だからな、、、どんなおもしろいダンスをしてくれるのか、みんなワクワクして見ているだけだ。」
踊りながら、アイザワが言う。顔だけはにこやかにしているが、言っていることはうんざりしていることが伺える。
多分、日本人にしては背の高いアイザワは、先ほどまでは銀髪のご令嬢とお酒を飲んでいた。にこやかに見えたけどな。
私は、飴細工の乗ったケーキに見とれていたけど。
ヨーロッパでは、どうも東洋人は下に見られがちだ。
日本人は常に、と、いっていいほど、中国人に間違われるし。
語学が今一つの人が多いのが要因だと思うが、アイザワは不自由なく言語を使いこなせる。まあ、、、、一般論、かな。
「お前は、、、どう思う?」
「え?ああ、、、ドイツ、イギリス、ロシア、かな。あとは、日本、中国、ロシア。この辺が危ういかな。日本を侮っているからこそ、危ないかな。今後。」
「・・・・は?」
「え?社会情勢じゃなくて?」
「・・・・なんでそう思う?」
「いや、だって、大国であればあるほど、おごって、足元が危うくなる可能性があるから?追い詰められたネズミは、猫をかんじゃうからね。」
「・・・・お前のその知識は、、、どこから?」
「え?父が拾ってきてくれる新聞からだけど?タブロイド紙もあるし、ファッション雑誌もあるし、、、、結構勉強になるわよ?」
「・・・・・」
私たちは社会情勢を話しながら、2曲踊ってしまった。




