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感情に引き寄せられる

 

 ***

 

「花さんって、こっちに来たばかりなんですよね?」

「そうなんです。実は街まで来たのも始めてで……。(きよ)さんはよく来るんですか?」


 私は穢れを大量に纏っていた女性、(きよ)さんとクリームあんみつを楽しみながらお茶をしている。

 私の隣には、もちろん白樹がいる。



 絶対に不審者だろ! こういう人がいたら逃げなさい!! と思われそうなほど、馴れ馴れしくボディータッチをしまくったのだが、穢れが消滅すればするほど明るい性格になっていった清さんはとくに気にした様子はなかった。



「多分、久々かなぁ? ここ最近の記憶が曖昧で、あんまり覚えてないんですよね」

「記憶が曖昧になる前、何かなかったか?」

「何かですか? ありましたよ。聞きたいですか?」


 白樹の質問に対して答える清さんに、さっきまでの明るさはない。瞳には、憎悪と悲しみが見え隠れしている。


「五年付き合っていた男にフラれたんです。結婚の約束をしていて、祝言(しゅうげん)を挙げる準備もしていました。婚姻の儀は祝言のあとにしよう、なんて言っていたのに……」


 清さんの元へ、ふわふわと穢れが集まっていく。清さんにくっつこうとした穢れは、バットで打たれたボールのように遠くへと飛んでいった。まるでホームランみたいだ。

 組紐、すごいな……。想像以上に効果があった。これは梅結びの力もあるのだろうか。魔除けの意味も持っているし。


「それなのに、祝言の一週間前にフラれたんですよ!! 仕事の都合で三日ほど隣の町へ行ったと思ったら、運命の相手を見つけたとか言いやがって! 婚姻の儀まで済ませていたんです!! 許せると思います? しかも、その相手は私の幼馴染みですよ? 運命の相手とか言ってるけど、付き合ったばかりの時に私の彼として紹介していたんですよ!! しかも、彼が忙しいからと私一人で用意していた祝言の準備を、お前には必要ないだろ? とか言って、自分が祝言を挙げるために使ったんです!」


 一息で言い切った清さんは、肩で息をしている。

 あまりの内容に、何て言ったら良いのか分からない。


 穢れは果敢に彼女に近付き続けるが、弾き返され続けている。


「そんなクズと結婚しなくて済んで良かったじゃないか。結婚していたら、もっと酷い目にあっていたかもしれない」

「そうですね。私もそう思います。でも、彼しかいなかったんです。他の人では間に合わなかった……」


 間に合わなかった。その言葉からは後悔が滲んでいる。


「……何から間に合わなかったのか、聞いてもいいですか?」

「母がもう長くないんです。生きている間に結婚した姿を見せたかった。でも、もう間に合わない。今から出会いを求めても、結婚はすぐにできるものじゃないですから」


 そうか。お母さんのために結婚したかったのか。


母君(ははぎみ)は何の病なんだ?」

「分からないんです」

「分からない?」

「はい。ある日突然、(ふさ)()むようになったんです。それからは、とにかく無気力で……。家から出ないだけじゃなく、食事をとらなかったり、夜も眠れなかったりしていました。今は衰弱しきって、ほとんど寝た状態ですけど」


 そう言って、困ったように笑う清さんの表情が痛々しい。

 清さんのお母さん、(うつ)みたいだなぁ。急にって、何があったんだろうか。……あれ? なんか、さっきまでの清さんもそんな感じに見えなかった?


「最近の記憶はあまりないと言ってましたけど、夜眠れなかった、食欲がなかった等あったか覚えてますか?」

「え? どうだろう……。そういえば、少し痩せたかも……」


 清さんの言葉に一つの仮説が浮かぶ。

 どうやら白樹も同じ事を思ったようで、視線が合った。


「さっきまでの清さんとお母さんって同じ症状かもしれません。ご迷惑でなければ、ご自宅におじゃまさせてもらえませんか? もしかしたら、何かできることがあるかもしれません」


 そう言う私に、清さんは不思議そうに何回か瞬いた後、頷いた。


「花さんには、原因が分かるかもしれないんですか?」

「もしかしたら……ですけど」


 そう。確証があるわけではない。可能ならドクターにも来てもらおう。穢れが関わっていなければ、私にできることはないから。



 清さんに自宅の住所を教えてもらい、夕方にご自宅へ伺う約束をして別れた。一度、屋敷に戻ってドクターを呼びに行くのだ。

 時間があれば、組紐を新しく編んでいこう。梅結びが有効かもしれないから。



 屋敷に戻るために、急ぎ足で街に来た時に使った一軒家へと向かう。


「ねぇ、どう思う?」

「花の予想通りだと思う」


 やはり、そうなのだろうか。

 蛇のような凶暴化させる穢れと違い、浮遊している虫のような穢れは人の不安や悲しみ、怒り、憎しみに吸い寄せられる。

 そして、やる気をなくさせ、徐々に弱らせていく。


 寄生しているというよりは、感情に引き寄せられているという印象が強い。


「もう既に、国の中に多くいるのかもしれないな……」


 白樹の呟きに、手を伸ばす。触れた指先は冷たい。少し強めに握り、彼を見る。

 

「守ろう。一緒に」

 

 私の言葉に白樹の瞳が揺れた気がした。

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