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弱さと強さ


 ***


「お、おいしい……」


 何これ、お肉が口の中でとろける。甘じょっぱさと卵が絶妙で、ハフハフと熱い空気を逃しながらぱくりと食べる。


「幸せ過ぎる」


 あんなに落ち込んでいたのに現金ではないかと思うが、おいしいものはおいしい。

 昨日のおにぎりやだし巻き玉子も(しか)り、おいしい食べ物は正義なのだ。


「好きなだけ食べろ」

「ありはほー!!」


 食べながらお礼を言ったので、ずいぶんとマヌケな返事になってしまったが、白樹は嬉しそうに目を細めた。


 今、私と白樹は個室で豪華な昼食をとっている。メニューはすき焼き。しかも、普通のすき焼きではない。お肉が口のなかでとろけるのだ。


 こんなにおいしいすき焼きを前に、私の落ち込んでいた心は裸足で逃げていった。いや、本当は姿を隠しただけで、ふとした瞬間に呻き声と共に帰ってくるだろう。


 せっかくの個室。白樹に話すには、ちょうどよいことは分かっているが、まずはすき焼きだ。お腹が空くと、人間ネガティブになるから、腹ごしらえをしておくことは重要な任務なのである。

 決して、すき焼きを優先したわけではない。優先したわけではないのだよ……。



「ごちそうさまでした」


 あまりのおいしさに食べ過ぎてしまったお腹をさする。幸せの極みだ。

 その幸せに思う気持ち。本当に私が感じてもいいの? という心の声が聞こえたけれど、そっと蓋をする。

 誰も私が不幸になることを望んでいない。不幸になることが罪を償うことじゃない。



「──りか、真理花!」


 何回か呼んでくれていたようで、視線をあげれば心配そうな顔がそこにあった。


「ごめん。お腹いっぱいでボーッとしちゃった」

「いや、それならいい。この後、見たいものあるか? なければ、街の案内をしたい」


 街の案内。それは、とても楽しそう。だけど、少しでも早く組紐を編んだり、他のものを作った方がいいんじゃないかな。


「気持ちは嬉しいんだけど──」

「きっと、手がかりになる」

「え?」

「真理花が何を作るのか、手がかりを探そう」


 ……手がかりか。確かに、作れそうなものを探すのは必要かも。できたら、手芸本なんかも欲しい。曖昧(あいまい)な記憶から作るより、きっと早く完成する。それに──。


「ありがとう。案内お願いしてもいい?」


 嬉しそうに笑う白樹は、どこかホッとしているようにも見える。

 その顔を見て、やっぱり……と思う。


 気分転換をさせてくれようとしてるのだ。手芸品を見て、おいしいものを食べて……。それで十分過ぎると思っていた。

 だけど、そうじゃないのかもしれない。自分で思っている以上に余裕がなくなっていて、周りが見えていないのかもしれない。

 ありがとう。また、心のなかでお礼を言う。白樹の優しさは、いつも私を支えてくれる。



「ところで、名前で呼んでも平気なの?」

「あぁ。この個室から外に声が漏れないように防音をしたから」


 防音……それも契約なのかな? でも、風鈴の音は聞こえなかった。


「防音って、契約? 風鈴の音がしなかったけど」

「真理花は食べるのに夢中だったからな」


 な、なるほど。すき焼きに夢中だったからか。 何となく気恥ずかしくて、ごほんと咳払いを一つする。それは、私の気持ちを切り替えることにも繋がった。



「私ね、昨日から時々呻き声が聞こえるんだ。それに、鉄格子にぶつかる姿も、砂のように消えていった姿も何度も見るの」


 白樹は黙って聞いてくれている。


「夜もあまり眠れなかった。夢に何度でも出てくるから。それでも少し眠れたのは、白樹がいてくれたおかげ。ずっと考えているの。私の行動は正しかったのか。もっと他に方法があったんじゃないかって」


 ここまで話すのは怖くなかった。けれど、この後のことは嫌われるんじゃないか、軽蔑されるんじゃないかって怖い。自分の弱さを見せるのが怖い。

 でも……。それでも……。


「本当はね、地下で逃げ出したかった。怖かったの。今だって穢れを浄化できるのは私だけで、助けられる命が私のせいで失われるかもしれないって思うと怖い。その事実に向き合うのも、目を(そむ)けるのも怖い。強くなりたいと願っても、私はどこまでも私のままで、弱い部分は変わらない。そのことも苦しい」


 こんな私だから、呻き声も、腐敗した臭いも、鉄格子にぶつかる姿も、抱き締めた腕から消えていく感覚も鮮明に残っているのだろう。

 私が弱いから受け止めきれなくて、同じところをぐるぐると抜け出せないのだ。


「ありがとう。話してくれて」


 白樹を見れば、その瞳が潤んでいた。そこには嫌悪など微塵もなく、いつもと変わらない温かさがある。


「俺も真理花と同じだ」

「え?」

「俺も本当は怖い。討伐の時に判断を誤れば、仲間が傷付き、死ぬこともある。穢れに寄生され、地獄を強要し、仲間もその家族も不幸にする。夢に見ることもあるし、眠れないこともある」


 私だけじゃない? 白樹も怖いの?


「俺も弱い。だが、その弱さこそが人間なんだと思う。そして、その弱さが強さでもあると思っている」

「……弱さが強さ?」


 白樹は頷いた。弱さを強さにできたなら、私は何か変われるのだろうか。


「もし穢れが怖くなくて、全ての命を救えるのだと思っていたら、それはただの過信だ。努力をしなくなるだろう。弱さがあっても、その弱さから目をそらさなければ、自分にできることを探すはずだ。真理花のように」

「私のように? 私は何もしてないよ」


 そう、何もできていない。誰一人として本当の意味では救えていない。

 魂は救えたといっても、彼等の今の人生は終えてしまった。彼等にとって、大切な人たちと共に生きることは叶わない。

 浄化しても、今の彼等は救われない。彼等の大切な人たちの心にも影を落としたままになる。


「真理花は、もう誰も穢れの被害に合わないようにしようとしてくれている」

「当たり前のことだよ。守れる可能性があるのなら、やらないと」

「当たり前のことかもしれない。だからといって、誰もができることじゃない。真理花だから、できるんだ。弱さを抱えて、それから目をそらさないからこそ自分にできることを模索する。そんな真理花だから、未来に繋がる」


 そうなのだろうか。

 私の弱さが、臆病さが、私を突き動かしているのは事実だ。また同じことが起きることを恐れている。

 地下に行ってからは、前よりも穢れに寄生されない方法を、倒す方法を探している。


「人間、誰しも弱さを抱えている。地下でのことは、真理花のようになるのは当然だ。俺も地下に行った日は眠れなくなる」


 私だけじゃなかった。そうだ。強くて完璧な人間なんていない。


「弱いけど、いいのかな」

「俺が決めることじゃない」


 一見、突き放すような言葉。だけど、そうじゃないことを、私はもう知っている。


「そうだね」


 私も白樹に笑みを返す。

 強くなりたいと思う。でも、私自身のこの弱さを認めよう。決して、弱さは悪いことじゃないのだと。


「甘味でも食べるか?」

「うん!!」


 私は大きく頷いた。

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