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浄化のハグ



「何あれ……」


 ぶわりと腕に広がった鳥肌をさする。二週間前は、こんなことになっていなかった。

 森の向こうには海が見えていたのに……。


 また、一匹の虫が私の視界を横切っていく。


「どうなってんの?」


 誰も答えることなどない質問。だが、背後から落ち着いた低い声がした。


「何かあったのか?」

「……白樹さん。帰られたのですね」

「あぁ。また明朝(みょうちょう)には出る」


 そう答える白樹さんの腰の刀からは、あの虫のような黒いものがくっついているのを(さや)の上からでも感じる。


「また討伐に向かうんですか?」

「あぁ。凶暴化した獣をそのままにしておくわけにはいかない」


 そうかもしれない。だけど、白樹さんを(まと)う空気が今日もまた重たいのだ。

 少しずつ、ほんの少しずつ白樹さんを疲弊させ、取り込もうとしているのではないか……。

 根拠のない不安だが、あながち間違いとは言えない気がする。



「んっ……」


 両手を広げ、白樹さんの真ん前に立つ。

 そんな私を白樹さんが優しく包み込むように抱きしめた。私もまた白樹さんの背に手を回す。

 金木犀の香りが強い。それだけ(けが)れがついたのだろう。


「刀の浄化をさせてもらえませんか?」

「これで十分だ」


 抱きしめ合い、白樹さんを浄化をすることは許してくれるのに、刀に触れることはいつも断られる。


「私は元気ですよ」

「いつまでも元気でいてくれ」

「私だって、白樹さんに元気でいて欲しいんです」


 白樹さんの胸にピトリと頬を寄せる。


 出会った日のことを白樹さんは後悔しているのだ。刀を浄化させたことが、私が長く眠ってしまった原因だと思っているのだろう。他の要因もあっただろうけど、それはきっと間違いではない。


 けれど、今の私はあの日よりもだいぶ現実を受け入れられている。 ここが夢の世界でもなく、死後の世界でもないと認められるようになってきている。


 今ならもう大丈夫だとわかる。


「私なら大丈夫です。やらせてください。そのために私は呼ばれたんでしょう?」


 白樹さんは言っていた。この世界の人間を花嫁にできないのは|国を守る能力がないから《・・・・・・・・・・・》だと。私にはその能力がある(・・)のだと。


 白樹さんを見上げれば、ひどく苦しそうな表情(かお)をしていた。


「白樹さん?」


 そっと頬に手を伸ばす。どうしたのだろう。何がそんなにつらいのだろう。


「真理花は、本当に何もしないでいい。ただ、元気で笑っていてくれたら──」

「でも!」


 それでは白樹さんが苦しむだけだ。今日だって見せないようにしてくれているけど、疲れが溜まってきている。

 穢れを落とせても、私には癒しの力はない。 たまたま飛んで来た虫みたいなものを浄化して、白樹さんを疲弊させる穢れをきれいにするだけ。

 私は何の役にも立てていない。


「頼む。浄化のために呼ばれたなんて言わないでくれ……」


 頬に触れていた手を取られ、指先に唇を落とされる。


「神が俺の花嫁に真理花を選んだが、例え能力がなくても……」


 白樹さんは言葉を紡ぐのを止めた。 変わりに紡がれたのは「ごめん」という謝罪と「俺にそんな資格はない」という諦めの言葉。


「私は、この力があって良かったと思ってます」

「真理花?」

「まだここに来て短いですが、大切な人ができました。その人たちを守れる力が私にはある。それって、すごいことだと思いませんか?」


 白樹さんの瞳のなかで私が笑っている。


「守られてばかりは御免(ごめん)です。私にもあなたを守らせてくれませんか?」


 驚きで見開かれた瞳は真ん丸で、すぐにくしゃりと笑った顔は、今にも泣き出しそうでどこか幼い。


「どうして……。どうして、そんなに強くいられる」


 きっと独り言だったのだろう。だけど、聞こえてしまった。それだけ近い距離にいるから。


「私は強くなんてありません。白樹さんが守ろうとしてくれるから、強くなれるんです」

「……そうか。ありがとう」


 白樹さんが私の肩に頭を埋める。何だか可愛くて、その頭を撫でる。

 さらり、さらりと新雪のような真っ白な髪を撫でていると、また私の回りを虫のようなものが飛んだ。


 思わず視線を森の方へと向ける。


「……白樹さん。森の先には何があるんですか?」


 森の向こう側が、海があった場所が黒く染まっている。あれは、何なのだろう。

 みんなは見えてるのだろうか。 もし見えてなかったら、さすがに報告しないとまずい気がする。飛んで来る虫とは比較にならない。

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