お姉ちゃんは新米アンデッドロード! はわわ……私、ぼっちJKから無限残機JKにクラスチェンジしてしまったんですか!? コンティニューじみたスキルで駆け抜けるアンデッド・ユニバース!!
◇祭夏side〜
「ゔぉえ」
気がつくと私は血の混じったゲロを吐いていた。
そう、血。
そのような味と匂いがしたのだから。
――匂いといえば。
瓦礫と粉塵の臭気が湧き上がっている。
うぇ、再び吐きそう。
それはそれとして。
私は現在仰向けで動くことが出来ない。
なぜなら両腕と下半身に違和感があって、その事に今、気づいたから。
多分、瓦礫か何かで潰されている――!?
ええ、嘘でしょ?
なんか脚の痛みも感じないや。あはは。
あはははは。
――今日。
多分、今日の事なんでしょうか?
時間の感覚が曖昧だけど、痛みの感覚も曖昧なので暇なので、何が起きたのか思い返してみる。
私は国内最大級の、玩具の見本市に来ていた。
『北関東玩具フェスタ』通称KKGF。
だけれど突如として、その展示会場は倒壊した。
原因はなんなのだろう。
事故? テロ? 地震?
土曜日な事もあってか、沢山の人が来場していたと思います。
その人たちもみんな巻き込まれてしまった。
楽しい非日常の空間は、恐ろしい非日常へ一変した。
でも、救助があるかもしれません。
一縷の望みをかけて声出ししてみましょう。
せーのっ!
(だ……れか)
あ。
駄目だ、かっすかす。
声すらも、まともに出ない。
……そっか、死ぬのか。
こんな、こんな事になるなんて。
私まだ17歳ですよ?
この脚が、身体が治ったら。
アオハル的な、やりたかった事いっぱいあったはずなのに。
たとえば――。
たとえば? アレ? すぐには出てきませんね。
えっとえっと……うん、こんな感じかな。
パフェを3つくらい一気に食べてみたかった。
ラーメンに味玉4個くらい乗せてみたかった。
チョコミントアイスを5段積んでみたかった。
おっぱいが大きくて、ヤバそうな女友達を家に連れてきて、弟をドギマギさせてみたかった。
まあ私、友達いないんですけどね。
最近はろくに学校行ってないし、ふへへ。
あとは、そうです。
欲しかったな、今回のイベントで展示されていたロボ玩具。
私は大好きなアニメ作品を思い浮かべる。
――往年の人気アニメ『剣聖ロボシリーズ』
その剣聖ロボシリーズでも屈指のカルト人気を誇るシリーズ三作目の『甲殻剣聖エビカニウス』
その合体主役ロボが長い時を経て、ついに高額玩具として立体化リメイクされたのです!
甲殻剣聖エビカニウス、その内容は。
主人公であるアサヒ少年が、ひょんなことから異世界ロボのズワイと黒虎と契約。
次元の壁を超えて襲い来る、海鮮帝国から地球を守りつつも交流を深めていくという王道ストーリー。
今回の玩具は、なんといってもズワイと黒虎。
その二体がロボ形態と甲殻マシン形態に変形できて尚且つ余剰パーツ無しで甲殻合体!
そして完成する巨大ロボ。
――甲殻剣聖エビカニウスとなります!!
うは、カッコいい!!
更にはそのプロポーションの黄金比は素晴らしく、可動もある程度できるとあらば、ファンとして手に入れるべき垂涎のアイテムといえましょう!?
税込み価格49800円はそれなりの値段だと思います――。
ですが!
一般販売されたら絶対、何としてでも複数体手に入れるつもりでしたよ。
ふふっ。
……そして最期に想うのは、弟の事。
言わなきゃいけない事があった。
伝えなきゃならない想いがあった。
死の間際に。
そんな感慨か、走馬灯に浸ろうとしている時――。
(ぐはぇっ!)
私は喀血した。
突如として私の胸元に、何かが落ちてきて刺さったからである。
ゔえぇっっ!?
なっなっなっなっなに! なにっ!!?
寿命が縮むんですけど!? 物理的に!!
……でも。
少し。
落ち着いてみると、何か刺さったのに平気だ。
それにそこから、かすかな感触がする。
ぴちょん。
ぴちょん。
私の胸の辺りに刺さる物。
その物体に水か、なにかが滴る音と感触――。
【おい、そこの童】
(!)
びっくりした。
声がしたのだ。
――同年代くらいの、女の子の声?
幻聴だろうか。
それはそれとして、わっぱってなに……?
私はわっぱで連想するものを考える。
「わ、わっぱ? おお美味しいですよね。わっぱ飯、曲げわっぱ!」
【ハァ? なにを言ってるのだこの童……いや小娘か。まあいい、ひとついいことを教えてやろう――此処はほん僅かだが一瞬、死の特異点となった。故に貴様は、我と邂逅できたのだ。光栄に思うがいい】
――?
死の特異点?
なにをわけのわからない事を言ってるのだろうか、この声の主は。
「はあ……そぅですか。あ! 声が出せます!」
驚きだ。さっきまでかっすかす声だったのに。
【ククク、我の力だ。まずは会話する為に、貴様の喉を不死にしてやったぞ? そのような事は朝飯前だ】
なんだか偉そうな口調だ。
救助でもないし幻聴でもなさそうです。
――ん?
ちょっと待ってください、私の喉を不死にした?
不可思議な事が起こっている、それだけは理解できた。
超常的存在が、いる。
「ななな、何者なんですか。こわたんですねぇ」
あまりの怖さに、私はふざけた虚勢を張るぐらいが精一杯だった。
【ククッ。そうだ、我を畏れよ。我は此処とは異なる世界の、神にも近い存在なのだからな――では名乗ろう! 我は悠久より続く、連綿たる血脈! 偉大なる屍者の末裔にして崇高なる思念体なのだっ!!】
「……うっわ偉そうな物言いですねぇ、ていうか肝心な名前名乗ってませんよ」
【む。そうだったな、我が名はシオン】
「なんだか普通ですね……」
割と会話できますし。
別の世界から来た思念体、ということは実体が無いのかな。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、といったところだろうか?
怖さもちょっと和らいだ。
【フン、不敬だぞ小娘――本題に入ろう、我は目的があって此処に来た。それは、お前の身体に興味があるからだ】
「えぁぁ。貴女、声色からして女の子ですよね!? わっ私、百合だとかそっち方向には疎いといいますか、あのそのノンケでして――」
【? 何を顔を赤らめて、わけのわからない事を言っている。我はお前の身体が欲しい。意思疎通がここまで容易という事は、おそらく我と貴様は極めて親和性が高い。喜べ、お前は我となって再生した暁には、次代のアンデッドロードに至れるのだ】
は? 再生? 身体が欲しい?
それに次代の、アンデッドロード!? それの意味するところは、よくわからないが、なんとなく。
なんとなく察する――。
「……それってつまり。貴女、私を乗っ取って憑依、あるいは受肉したいってことですか?」
【まぁ。ありていに言えば、そうだな】
「私が私じゃなくなってしまうって事ですか!?」
【そうなるな】
「嫌ですよ! 私はまだまだやりたい事いっぱいあるんですからぁ! パフェとか! ラーメンとか! チョコミントとかぁぁ!!!」
【やかましい! どの道このままでは死にゆく貴様には、選択肢や拒否権などないのだ。おとなしく、承諾すれば我が定着しやすいのだ。おそらく】
「おそらくってなんなんですか! もしかして、そういった経験無いんじゃないんですか!? 図星? 図星ですか? 図星ですね!? ひいぃぃ。まるで新米みたいな超常的思念体って逆にレアですよぉぉ〜!!」
【ええいうるさいうるさい!! 我は、お前の身体を手に入れる。お前の身体は、無事に生き返ることができる。悪くない提案ではないか!? やりたい事とやらは我が存分に堪能してやろう――!】
「ぬぐぐ……動けないのが恨めしいです」
ステイ、ここは冷静になって考えてみる。
言い合っていても無駄に体力を消耗するだけだ。
事実、動けなくてこのまま死んでいくのなら提案を呑むしかない、のかな?
……それに死も――まあそれはいい。
……仕方ない、ここは渋々従おう。
身体が生きてさえいれば、いずれなんらかのチャンスがあるはずです。
健全な精神は健全な肉体に宿るといいます!
ポジティブに考えを切り替えましょう!
と、その前に。大事な事を忘れていました。
私の身体を譲る相手だ。
自己紹介くらい、したいものです。
「……身体を譲る事にします。ですが――承諾する前に、ひとついいですか?」
【! なんだ】
「私は、童でも小娘でもありません。私の名前は神宮寺――神宮寺祭夏です」
【クククッ。神だの祭りだの、小娘にしては仰々しい名をしているな。良いだろう、我の器になるのだから名前くらいは覚えておいてやる】
「あとですね、貴女の名前も教えてください。さっき名乗られた気がしますが、ワンモアです!」
【はぁ。再び名乗るのも疲れる、シオンだ】
「シオンちゃん。可愛い名前ですね」
【ちゃん付けはやめろ、殺すぞ。いやまあ意識を奪って身体を乗っ取るのだから、あながち間違いでもない。魂の殺害というやつだ】
むむむ……。
なんだかひどい言われようです。
でも、腹は括りました。
もうなんとでもなれです。
「わ、私はただでは死にません。魂の殺害? ハン、鼻で笑ってやりますよっ! どんと来い、です。シオン!」
【クク、言っていろ。ともあれ身体を譲る準備は出来たようだな? ならば契約は結ばれた――祭夏、早速お前の中に入らせてもらうぞ】
「はい!」
すると直後――。
ズブリと私の心臓の辺りに、シオンが入ってくる感覚。
ブシュウゥゥ!!
血飛沫が舞う。
キラキラと、星のように。
死の光とおぼしき赤黒い輝きが、視界いっぱいに煌めく。
それと同時に、私の意識は光転した。
◆◆◆◆
◇祭夏side〜
「うへぁっ! 眩しっ!」
「おはよ……朝だぞ、姉ちゃん。カーテン開けただけなのに、なんて反応だよ――あ、よだれ出てんぞ」
「ふえ!?」
眼前には弟。
身長がそれなりにあって、顔が良い。
あ、エプロンしているし、お味噌汁の匂いがする。
朝ごはん作ってくれていたのかな。
そして私はパジャマでベッドの上にいた。
!?!?!?!?
「ふえっ!?」
びっくりして私はよだれを拭う。
パジャマのすそに、よだれを。
そうだ、私結構血ゲロしましたし、口元に血は。
――血は、すそに付いていないようです。
「ったくもう。パジャマのすそでよだれ拭くなよ、きたねーなあ」
そう言いつつ弟は私にハンカチを差し出してくれる。
やさしい。
ホゲーと私は弟を見つめながら、ハンカチで口元をキレイにするしかない。
私の弟。
神宮寺祭冬。
「お、おはようです祭冬。あああ、あのですね、私……今の今まで瓦礫に囲まれていたんですよっ」
「は……? えーと、夢だろ? 瓦礫に囲まれるってついにおかしくなったか姉ちゃん……」
あわわ。ぼっちの私は弟に愛想尽かされるとなると、いよいよもってお終いです。
何か言わなくては……!
しかし考えが定まらない私はどうしようもなく。
「ガレキ、ガレキ」
そうつぶやくだけであった。
「いや待てよ? ガレキ、ガレージキットの事か? そういやおもちゃの見本市が次の土日にあるよな、KGB……だっけ」
!! 玩具の見本市、弟の発した言葉に。
私はKKGFを連想する――それと同時に脳が活性化していく。
それよりKGBて。
間違ってますよ、弟の認識を正さないと!
「そのような某国の保安委員会的な事ではないです、KKGFですよ? 聞いてください祭冬、今回のKKGFの目玉はなんといっても『甲殻剣聖エビカニウス』税込み価格49800円なのです! 剣聖ロボシリーズで私が最推しの作品! エビカニウスを構成するズワイと黒虎が完全変形の完全合体! ふおおおぉぉ! なんという奇跡! なんという僥倖! 合体挿入歌の『甲殻運命・カーニシゼーション』を歌いたい気分ですよぉぉ!! いえ、歌わざるを得ないと言えましょう!?」
「落ち着け、姉ちゃん。まるで会場に行ってその内容を見知ったような口ぶりだが、玩具フェスは土日だろ? 今日は木曜日だ。妄想もほどほどにしておいてくれよな」
!?? 妄想て。今日は平日て。
「えとあのっ妄想などではなく本当に――」
私はシュバっとスマホを見る。
木曜日・7時5分と表示されていた。
「えとあの、今日は、木曜日?」
「……寝ぼけてたんだろ? 姉ちゃん。学校は行っても行かなくてもいいけど、制服に着替えたらパジャマ、そこに置いといてくれよな? 洗うから」
そう言うと弟はキッチンの方へ向かった。
あぅ……つれないなあ。
――アレは夢だったのだろうか。
KKGFの展示会場が倒壊した事。
シオンと出会った事。
身体を乗っ取られる契約をしてしまった事。
でも。
私の意識は十全にあるし、やはり夢なのか。
しゃーない、気分を切り替えますか。
ベッドの上で、脚の方から制服に着替える。
これが私の今の、着替えスタイルだ。
それには理由がある。
マジックテープ付きのサポーターを膝に巻く。
「痛つつ」
ふとした事で発現する膝の痛み。
その痛みが。
これが現実だと、そう私に気付かせてくれる。
ベッドのそばにはアルミ的な物体がある。
これをこうして、こうすると……。
カチ、カチッと音を立てる物体。
「はい完成、折りたたみ松葉杖です。あらよっと」
それを支えに立ち上がる。
さて上も着替えますか。
そう、学校には行かなくても身なりは整える。
たとえサボって一日中家にいたとしても。
弟が言うには、その間パジャマは駄目だとの事。
規則正しく着替えてはじめて、今日も頑張ろうって切り替えスイッチが入るとの事。
ふへへ。
そのくらいわかってますよお、祭冬。
でも。
私の学校生活は、芳しくない。ぼっちだし。
制服のブラウスを持ったまま、思案にふける。
私の青春――アオハルと言いましょうか。
そのアオハルは現在のところ曇天。
いや、死んでいる。
死。
あの現実感ある夢で体験した、四肢を粉砕されずとも。
私の右膝は元々死んでいるのだ。
学校生活という意味では、そう。
膝前十字靭帯断裂。
手術には成功したし。
短時間なら立ったり出来ないわけじゃないし。
でも歩くのはちょっとキツいし。
稀に外に出る時は、玄関に置いてある車椅子。
めんどくさい上に恥ずかしい。
それに――憐れむような奇異の目で見られるのが、なんとなく嫌だった。
思い通りに身体が動かない事もそう、なによりだるい。
だから学校も不登校気味になった。
それを続ければぼっちにもなろう、負の連鎖。
そうこうしているうちにリハビリも滞り、全治やトレーニングまでを逆算すると。
私の卒業までの選手生命は、お亡くなりになったのだ。
視界の隅に映る陸上関係のトロフィーや盾。
――やっぱり今日も学校行かんとこうかな。
ため息が出ますよ。
「ハァ……! ハァ……! ゲホッゴホッ」
ウッソため息ついただけなのにむせるだなんて。
えぅ……なんだか動悸? が良くありません。
うん、学校行かんとこう。
ふと何気なく。
陸上部の時のクセで手首を押さえてみた。
え?
――脈がない。
押さえるところ間違えたかな。
でも、胸の辺りには、心音がある。
ドクンドクン――ドクン。
血液は送られてるはず、ですよね……私の心音、こんなに大きかったかなあ。
うう、胸が圧迫される――妙な違和感。
コレは。
コレはなんだろう、胸に何かある感じ。
恐る恐る、私は。
姿見の前に立つ。
そしてパジャマの胸元をはだけさせてみた。
!!
私の胸元に、台座的な赤黒い物体がある。
なんですかコレ。
「なんですかコレ」
【心の声が漏れているぞ】
(ヒッ!)
その声――。
「も、もしかしてシオンですか!?」
【お、我の声が聞こえたようだな? あと呼び捨てはやめろ、我は高位なのだ、さん付けをしろ】
うわなんか偉そう。
でも、はっきりと声が聞こえる。
私の身に起こった事は、やはり現実――?
【そうだ祭夏、お前が体験した事は夢や幻などではない。現実だ】
「! こ、心が読めるのですか!?」
【フ、べつに読めるわけではない。今は貴様と同位している故に、なんとなくだ。それより貴様の意識があるという事は、我が試みた受肉は不完全に終わったという事だ。口惜しいがな】
えーと受肉不完全、と言う事は。
私の精神と肉体が勝ったという事ですね!?
これは最早、魂の勝利と言えるのではないでしょうか?
「ふふっ。もしかして乗っ取り失敗したのですかぁぁ〜? つまり私に負けたという事です! 貴女、神にも近しい存在だとか魂の殺害だとか言ってましたね? 格好が付きませんねぇぇ」
【ぐぬぬ、不敬が過ぎるぞ貴様。今から物理的に殺して、その死体に受肉してやるから覚悟しろ神宮寺祭夏!】
「あっはわ! ごめんなさいごめんなさいぃぃ」
なんでだろ、調子に乗ってしまった。
あ、もしかして。
久々に同年代? の同姓と話せた事がこんなにも。
たとえ思念体であろうとも、私のフルネームを覚えていてくれた事がこんなにも。
――嬉、しい? のかな。
こんな時にこんな感情が湧き出てくるなんて、よくわからない。
ホントに意味がわからない。
私は嬉しさと恐怖で涙目になった。
【む、貴様――】
私の周りを、赤黒いキラキラな光が発光する。
はわわ……やばたん。
殺される!?
【貴様、既に死んでいるぞ】
「ふぇ?」
何を言ってるのだろうか、私はこのように生きているというのに。
【正確にはアンデッドロードに成っている】
「……はぇ?」
◆◆◆◆
◇祭夏side〜
髪型を結って整えて。
制服に着替え、パジャマを折りたたむ。
ちょっとお腹空いてきましたが。
朝ごはんの前にやらなければいけない事ができた。
私はベッドに座り、落ち着いてシオンと対話しようと思ったのだ。
さて。
「とりあえずは色々と聞きたい事があります。応えてくれると嬉しいんですけれども、シオン……さん、なんかしっくりきませんね。呼び捨てもちゃん付けもダメなら間をとって『しーちゃん』と呼んでも差し支えありませんか?」
【なんだ貴様、馴れ馴れしいな――まぁいい、今の我は気分がいいから好きにしろ。多少手違いがあったとはいえ、この手でアンデッドロードを作り上げるという、我が目的の半分は達成したのだからな。これでお母様にも顔向けができるというもの】
お母様て。
思念体にも親子関係があったりするのでしょうか? なんだか複雑な事情がありそうですね。
とはいえ声色から少し嬉しそうな、安堵したような気配を感じます。
偉そうだけど、そこら辺は年頃の女の子、なのかな?
「んと。早速ですが、アンデッドロードってなんですか?」
【――アンデッドロード。我が一族の経典によれば、それは生死の概念を司る存在だ、その在り方によってはそれすらも超越するとされている】
へぇ、なんですかソレ。
「テキトーですねぇ。曖昧ですねえ」
【ええいうるさい、よく聞け。今から話すのは、我が一族に伝わる古い謂れだ。アンデッドロードに成ったからといって、それで終わりではない。伝承によれば、やがて死の祭りが始まるのだ】
「お祭りですか? 楽しそうですね」
【フフ、ある意味では楽しいのかもしれん。其れは死の覇権争い。次元や時空を超えて様々な世界のアンデッドロードが一堂に会し、アンデッドロードの唯一神を決める祭りが催されるのだ】
なんだか話が大きくなってきました。
【そうだな。この世界風に言えば、さながら――アンデッドバースといったところだろうか】
「ラ、ランディ・バースですか?」
【……祭夏。バカでもわかるように、かいつまんで言おう。この祭りはアンデッドの多次元解釈、アンデッドによるマルチバース、つまりは――アンデッド・ユニバースだ】
「アンデッド・ユニバース……!」
ゴクリ……私は息を呑む。
「そ、その祭りの目玉の唯一神さんですが、どうやって決めるのですか? 選挙ですか? 話し合いですか? なるべくなら穏便な感じがいいです」
【フッ、そうならないのは火を見るより明らかだ。ククッ、貴様もその祭りに参加する一柱となる、それまでには我も貴様に定着出来るだろう。心せよ】
うへぇ、定着て。
しーちゃんまだ私の乗っ取り諦めてなかったんですか。
まあいいです、それよりも。
「アンデッドのお祭りは強制出席ですか!? しーちゃん代わりに出てくださいよぉ。ほら私はこのように脚も不自由でして……ってそのお祭り、死の覇権争いの日時がいつかわかりませんよぉ? レギュレーションがぶっ壊れています!」
【それが何時行われるかは、人間の物差しでは測れない。明日かもしれないし、500年後かもしれない。なに、時間など問題ではない。祭夏、貴様は既にアンデッドロードだ。不死だ喜べ】
「喜べるわけないでしょーが! まったく……ええと、行われる場所も不明なんですか?」
【開催場所か? ここだ】
「へぁ? ココアですか美味しいですよね!」
【ええい阿呆か貴様は! 此処だ、この次元の、この地球上が開催の舞台だ! この世界が我の転移先に選ばれたのはそれが理由だ】
「へぁっ!? ななっなんてハタ迷惑な! 死の祭りとか覇権争いだとか、そんな物騒な事は、自分たちだけで絶海の孤島とかでトーナメントでもやっててくださいよぉぉ!」
【なんだそのわけわからん例えは、ああもう知らん知らん! 貴様の相手は疲れる! 我もそろそろ話すのが億劫になってきた。それより飯はまだか? 貴様自身も腹が減っていよう】
ぐぬぬ、シオン、この子は……。
偉そうな物言いだけど態度が子供だ。
それにさっきの言葉も気になる、この世界が我の転移先に選ばれた、そう言った。
しーちゃん自身が選んだのでなく? むむむ何か事情がありそうですね。
ですが今は、しーちゃんが私の中に入った直後の事が知りたい。
日付が巻き戻ってますし。
これだけは聞いておきましょう。
「ひとつ、謎なんですけど。しーちゃんが私に乗り移った時、KKGF会場でしたね? なんで気がついたら家にいて、日付も巻き戻ってて、私の身体は再生していたのですか?」
【……再生についてはアンデッドロードの普遍的な力だが、その他については我も初めての経験なのでよくわからん】
「わからんて、そんな」
【ただ、お母様から教わった事がある。アンデッドロードには各々に固有の能力があって、それが発現したのかもしれん――】
コンコン。
「姉ちゃん?」
部屋のドアがノックされる。
「あっはい(しーちゃん、弟が来たのでちょっと黙っててください!)」
【クク、わかったわかった】
おぼんに朝ごはんを乗せて、弟が部屋に入ってくる。
あわわ、今日は祭冬と一緒に食べられませんでした……。
「今朝はリビングに来るのが遅いから朝飯持ってきた、けど……なんか姉ちゃんの部屋からブツブツ独り言が聞こえてたんだが大丈夫か?」
うえ、弟にしーちゃんとの会話を聞かれてました!?
このままでは変なお姉ちゃんだと思われてしまいます、姉の沽券に関わります。
はわわ……! 何か言い訳しないと。
「あはは、あっはは! だだだ大丈夫っス。それより祭冬も学校があるっスよね? 私の心配は無用っスよ」
「……言葉尻が変だぞ姉ちゃん。あんまり気を詰めるなよな。あ、パジャマ回収するぞ」
そう言うと、祭冬は私のパジャマを持ってサッサと行ってしまった。
ああ、変な言い訳してしまいましたね。
その事に反省です。
……しゃーない、食べよ。
おぼんを見ると、スタンダードな朝ごはん。
小盛りの白米にわかめの味噌汁、のり、たくあん。
おかずはほうれん草の混じった卵焼きに――。
――天ぷらがあった。
朝からパンチがありますね。
とはいえ甲殻類は私の大好物です。
作ってくれた祭冬に感謝して。
「いただきます」
カリッ、もぐもぐ……。
あ、天ぷら美味し。
【天ぷらというのか! なんという美味な揚げ物だ】
「ちょ、私より早く感想言わないでくださいよぉ」
【仕方がないだろう、貴様の中にいて味覚も共有しているのだからな。ククッ】
あーもー。
プライバシーもへったくれもありませんね。
なんとか分離する方法はないでしょうか……。
もぐもぐ。
【ふむ。さっきは我も寝起きで、貴様の弟の顔を確認してなかったが、中々どうして顔が良い男ではないか。この天ぷらや馳走も美味い! 我が祭夏を乗っ取った暁にはテンプテーションして、夜の奴隷としてやる事もやぶさかではない】
「美味しいですよね! 天ぷら――じゃなくて、それ私の身体で弟を誘惑するってコトじゃないですか!? 姉弟でそのような、きっ禁忌ですよっ!」
【ハッ、なにをアワアワしている? 我がいた世界では近親者で思慕の情を抱く事は禁忌などではない。まして貴様は人の身を外れたのだ、この際近親など些細な問題だろう。それに貴様、弟を好いているのではないのか】
好いているか? ですって?
そりゃ家族として大好きですけれども、それとは別の想いもあります。
「えっと、単純に好きだとか、そんなんじゃないです。どちらかといえば家族としての尊敬、ですかね……私の膝がこうなってからも、ぼっちになっても祭冬は変わらず接してくれて、世話してくれて、自慢の弟なんです」
本当は私が世話焼きしたいんですけど、ね。
お姉ちゃんですし。
あはは。
「あはははは、ごちそうさま」
【フン、くだらん。世話してやればいいではないか】
……あのですねぇ。
私の今の状態わかってますか?
「脚が不自由なんですぅぅ! それができたら苦労はしていませんよ!」
【ハッ、飯の礼だ。特別に力の使い方を教えてやる】
!?
どういう事だろうか。
【アンデッドロードの本領は基本的に二つある、自己の再生と、他者の蘇生だ。まずは我が導いてやろう――祭夏、貴様の脚を見せてみろ】
私は言われるがままに。
ベッドの上でサポーターを取り、膝を露出させる。
自己の再生という言葉に、淡い期待があった。
【これがアンデッドロードの、力の一端だ】
しーちゃんがそう言うと、心臓の方から、暖かくて冷たい感覚が私の右膝に流れていく。
トクン、トクン。
そして、光を放った!
【むう、なんだこのエネルギーの奔流は。だがこれで――貴様の脚の問題はなくなったぞ】
!! 確かに、手術痕が消えた。
膝の感覚がスッキリして痛みもまるで無い。
――だが、別の問題があった。
「ちょ、私の右膝が紫色の光るオーラを放ってるんですけど!? コレヤバないですか?」
【知らん。この力自体は貴様自身のもので、我はそれを制御して導いただけに過ぎない。自らの出力に文句を言うのだな】
だが私の脚と心臓はワクワクと高鳴る。
そうです高鳴っています!
部屋をぐるりと回ってみた。
問題なく立てる! 歩ける! その事が。
嬉しかったのだ。
たとえ妙な能力だろうとも、それを使って治癒だか再生だかに導いてくれたシオンに。
――しーちゃんに感謝したい。
「しーちゃん!!」
【な、なんだ】
「ありがとう!!」
【ふ、フン。礼などいらんわ】
ふふっ。しーちゃん照れてませんかねぇ?
何度でも言っちゃいますよ?
「ありがとっ! ありがとぉ!」
【ええい鬱陶しいわ!】
えへへぇ、やっぱり照れてますね!
さてとて私は、ある衝動に駆られていた。
それを実行に移すには、この紫に光るオーラを誤魔化さなければならない。
……あ、確か。
紫色のタイツを持っていた筈です。
靴下入れを探すと――あった。
すかさず私はスカートのホックを外す。
【さ、祭夏!?】
「えへへぇ。私、めっちゃ走りたい気分なんです。タイツ履いて、歯を磨いたら外に出ますよ?」
◆◆◆◆
◇弟side〜
俺はパジャマの匂いを確かめる。
少し甘い、おひさまのような残り香。
裏地に『神宮寺祭夏』と刺繍されたそのパジャマは、まだ少し暖かかった。
――俺の姉ちゃんは少し変だ。
俺たちが生まれる前に放送されていた、エビなんとかというロボットアニメにどハマりしている。
いや、信者と言っても過言ではない。
時たま興奮して、そのアニメの主題歌を歌ったりするのだ。
まあそれはいい、えくないが。
それはそれとして、今朝はいつにもましてアワアワしていた。
部屋で誰かと話していたみたいだったし、もしかしたら危ない男とSNSで交流してたりするのか?
悪い想像を、してしまう。
もしそうなら俺の脳が破壊される。
落ち着け、姉ちゃんは今脚が不自由なのだ。
異常な考えはやめるべき。
……いや、俺も十分異常か。
手に持った姉ちゃんのパジャマを見つめる。
俺は、姉ちゃんの事が――。
「さいとぉ、祭冬、祭冬ぉ。どこですかあぁー」
ヤバ、姉ちゃんの声だ。
「食べたお皿とかはシンクに置いておきますよぉー? 祭冬ぉ? あ、もしかしておトイレですか? 洗面所ですか? 歯磨きなら私もしますよっ」
! こっちに来る!?
姉ちゃんの脚が不自由になって、彼女の部屋は一階になった。
我が家で移動するには、杖や手すりを使っている。
いや、我が家でなく正確には叔父さんの家。
理由あって俺たち姉弟は叔父さんに預けられている。
そこら辺は割愛しよう。
ともかく、姉ちゃんが怪我をして手術をする頃合いには、叔父さんは既に家をバリアフリーに改築していた。
すごい財力と行動力だ。
その叔父さんは家に帰って来る事は稀で、何をしているかは一切謎の人である。
ガラッ。
「ここにいたんですね。あ、私のパジャマを洗濯機に入れるんですか?」
そうこうしているうちに姉ちゃんが洗面所の扉を開けていた。
想定より早い、パジャマを隠す暇もなかったので誤魔化さなければ。
「あーいやこれは。お、俺も今から学校行くし、洗濯は帰ってきてからかなと思ってたところ」
「そうなんですか。いつもありがとぉっ」
ニコッと微笑む姉ちゃんが可愛らしい。
俺はドギマギするしかなかった。
「ね、姉ちゃんは足が不自由だから洗濯も俺がやるぞ。し、下着以外だからな? 流石にそれは姉ちゃんが洗うべきだ」
「! えへへぇ。べつに祭冬になら下着とか預けてもかまいませんよ? ですが――もう心配はありません。炊事洗濯掃除に、なんでも御座れなのですよっ」
そう言って、ちからこぶポーズをする姉ちゃん。
ん? 何か違和感があるし、妙な発言だった。
――すぐ気づく。
姉ちゃんが補助の杖をしていない。
え? どゆこと?
姉ちゃんフツーに立ってるし。
「それはそうと歯磨きをしますよ。ん? どうしたんですかずっと私を見つめて、変な祭冬ですね」
しゃこしゃこ。
しゃこしゃこ。
補助もせずに立ってる姉ちゃんが気になる。
歯磨きする姿でさえ、見ざるをえない。
それとは別に、基本的に――弟とは姉を目で追ってしまうものなのだが。
陸上していた時よりも、少し伸びたセミロングの髪を、サイドに結っていて首元が見える。
それにより、女性らしさをすごく感じてしまう。
更には着ている夏の制服が、爽やかさを際立てる。
むむっ!
俺は特に脚に注視。
スカートから覗く姉ちゃんの御御足!
今は療養中だが陸上部の名残りもあってか、とても健康的に感じられる――今日は紫のタイツが眩しく、いつもとはまた違った魅力的な輝きを放つ。
いや似合ってるんだけれども。
今は梅雨、タイツを履くにはちょっと暑いくらいだ。
んん?
目をこらすと姉ちゃんの脚の周りに、なにかキラキラした紫色の粒子が漂っている。
比喩ではなく、姉ちゃんの脚が輝いているのだ。
なん、だ? 謎の光だ。
それとも俺は疲れているのか……?
俺が戸惑っていると歯磨きを終えたのか、姉ちゃんが口を開く。
「えっとですねえ、私。学校へはまだ行く勇気は無いんですけれども、ちょっと外に出て走りたい気分なんです。祭冬はちゃんと学校に行ってきてくださいね? 家の鍵は私が持っておきます」
え? どゆこと? 走る?
俺は脚の事が心配になる。
「姉ちゃん怪我は、リハビリは――」
「ふふっ、治っちゃいました!」
え? いまなんて?
「は? 治ったて、そんな、えっ?」
玄関に向かう姉ちゃん。
戸惑う俺を尻目に、玄関口で立ち止まり、少しだけ逡巡したかと思えばローファーを素早く履いていた。
カツ! カツ!
そのような、軽快な靴音を鳴らす。
変……というか妙だ。
何があったのだろうか、男か、男なのか?
脳が破壊される。
でも、姉ちゃんの表情や素振りは生き生きとしていた。
本来は、そんなちょこまかとした行動力がある姉なのだ。
少なくとも、俺はそう思う。
ちょっとだけ格好いいと。
「ふふっ。祭冬、いってきまーす!」
「あ、ああ……いってらっしゃい」
微笑んだ後、颯爽と出掛けていく姉ちゃん。
玄関には、姉ちゃんの残り香と共に。
紫色の残光が漂っていた。
今思えば。
脚が不自由だったのに、急に歩けるようになるなんてわけがわからない――が。
うかうかしていると遅刻してしまう。
「皿洗ったら、俺も出よ……」
◆◆◆◆
◇祭夏side〜
タッタッ! タッタッ!
自らの脚で駆けれる事がなんとも心地いい。
玄関口で、靴はスニーカーかローファーで迷ったけれど。
今の気分はローファーだった。
「ヤっば、全然疲れませんよ!」
一瀉千里の如く、風景が過ぎ去っていく。
私の脚は治ったどころか、オーバースペックな力を発揮していた。
明らかに人間の域を超えている力。
一足で数十メートルは進むのだ。
走るというよりは飛んでいる感覚。
アンデッドロードになった事により、感覚も研ぎ澄まされているのか。
視線を感じ、注目されている事がわかる。
登校時間どきも相まってか、スマホで撮られているのだ。
はわわ……ヤバいですねぇ、恥ずかしいですねぇ。
しかし今は嬉しさの方が優っている。
ランナーズハイ? アンデッドハイかな?
【なあ祭夏、何故走っているのだ】
しーちゃんの声で少し我に帰る。
おかげで、応えれる余裕も持てるというものです。
「ふふん、何故走るかですって? 私は17歳ですよ? 気分が高まれば自然とそうなります! 女子高生とは、JKとは、疾く駆けるものなのですよっ!」
【ハッ、よくわからん。わからんが……】
「わからんがなんです?」
【クク。これがこの世界の、女子高生というものなのだな】
「はい! そうなんですよ、女子高生!」
しーちゃんのその言葉に、ちょっとだけ学生に復帰してみたい気持ちがもたげてきた。
ほんのちょっと、先っぽだけ。
【それはそうと何処に向かっているのだ? 学校という所か? 我はこの世界の土地勘は皆無、故に教えろ祭夏】
「あっあの、学校には、復帰したい気持ちもありますが今さら顔を出しづらいといいますか……えとあの、今は目指す目的地も無いですし無性に走りたかっただけですし……」
【ハァ、呆れた奴だ。引き返してもいいぞ】
うゅ……でも、せっかく外に出たのですから何かしたいですね。
ここら辺のぶらぶらスポットといえば。
そうだ、海。
近くには空港と小さな観覧車もある。
「えっと。この先に海岸通りと空港があってですね、ちょっとした観覧車にも乗れますよ? そこから見晴らす海は開放的です。しーちゃんは海って見たことありますか?」
【フン、概念だけは知っている。我は元いた世界でお母様や教団により、様々な教えを――いや、なんでもない】
言葉を濁したしーちゃんに、聞けなかった。
『教団』なんて怪しげな単語が出てきましたが、しーちゃんにはしーちゃんの事情があるのでしょう。
ま、話してくれる時が来るまで待ちますか。
走っているとあっという間に海岸通りに辿り着いたので、少しペースを落としてみる。
ほんと息切れしませんね、コレがアンデッドロードになった効果なのでしょうか?
でも喉は渇きました。
確かこの先に自販機が――あった。
海が見える、海岸通りにあるバス停。
そこに備え付けられている自動販売機でジュースを購入しようと思う。
今の気分は、サイダー。
「スマホをタッチ。ふふっ、財布や現金がなくても良いのです。文明の利器ってやつですよ! って聞いてますぅ? しーちゃん、シオン?」
【――これが海。広くて、眩しいのだな……】
そっか、海を見ていたのか。
初めて見るのであれば、感嘆するのも頷ける。
私の中にいるしーちゃんは、私の目を通して海を見てる。
でもそれってなんだか……寂しいような気もします。
いつか並び立って見られたらいいですね。
ペシッ。
私はプルタブを開けてサイダーを一口含む。
爽やかな匂いと発泡が心地いい――。
【かっら! なんだこれは毒物か? ポーションか?】
辛いて、ポーションて。
はえー、しーちゃん炭酸苦手とみました。
「ふふっ、ちゃんとした飲料ですよぉ? このような物も飲めないとは、お子様な舌ですねぇ」
【祭夏! 前から思っていたが何かしら一言多いぞ貴様っ】
あーはいはい褒め言葉と受け取っておきましょう。
私を人ならざる存在に――。
アンデッドロードにしたというのなら、些細な仕返しくらいは許容してほしいものです。
「ま、脚を治してくれた件もありますし感謝もしてますけどね。えへへぇ」
【そうだ、感謝せよ。我を敬い奉るのだ。クク】
うっわ相変わらず、すごい偉そうですね。
「はいはいそう致します。うやまい、たてまつり候〜っと……そのような隙を見せてからの! サイダー位置について!」
私は腰に手を当て、サイダーの缶を口元に備える。
【な、何をする気だ? 祭夏、やめろぉ】
何をするかですって? もちろん、こうするのです!
「ゲット・セット・ゴーッ!!」
私は掛け声と同時にサイダーイッキ飲みを敢行!
ゴキュ……ゴキュ……!
ゴキュ……!
「ぷっっはぁー!!!」
あ、久々にこんな飲み方してしまいました。
しーちゃん相手だと素が出てしまうもようです。
【ぐぬぅ。甘くて辛いぞ! 舌がピリピリする! 祭夏め、しばらくは口きいてやらん!! 死ね!】
あ、拗ねちゃいました。
それにしても子供みたいな言い回しですね。
私はもう死んでいるらしいので気にしませんが。
「ごめんです、ごめんですってば」
とりあえず私は謝るのだった。
その後、口を聞かないと言った通り、しーちゃんは無言だった。
むー。調子に乗った私も悪いですが。
しゃーないですね。
ちょっと砂浜を散歩してみる。
サフ、サフ。
ローファーで砂を踏む、妙な感じ。
うん、久々な感覚だ。
「午前中に制服姿でこのような場所にいると、開放感あってサボり感マシマシですね! 実際サボってますけども!」
私の声が響いた後。
ざーん。
ざざーん。
海岸には波の音が際立つ。
しーちゃんは相変わらず無言だ。
……意固地ですね、まったく。
まあいいです。
しーちゃんの天岩戸を開く方法、ないこともありません。
「……えっと、ここから話すのは私の独り言。なので、聞いていてもそうでなくてもいいです」
【……】
息づかいがなんとなくわかる。
しーちゃん起きていますね、よし。
「この世界、特に日本には四季がありまして、もうすぐ夏が来ます」
私は身振り手振りしながら砂浜をスキップする。
――そうだ!
濡れるのも構いません、波打ち際に行きましょう!
「夏には! この海で泳いだり、花火大会も催されますよ? それを見たり、楽しむのも女子高生の醍醐味――これもアオハルってやつです!!」
私は波打ち際でジャンプする。
ジャバジャバ。
んん、思いのほか冷たっ! でもその飛沫が。
波の音が物語る、夏が来ると言っている。
「きっと楽しい夏が、来ますよ」
【……アオハル、それに女子高生、か。なあ祭夏、我はそれを体験してみたくなったぞ】
「――やっと反応してくれましたね! にしてもどういう事ですか? 学生を体験してみたいだなんて」
【なに、学校とやらに興味が出てきたし、ふと思ったのだ。アンデッドロードとなった祭夏ならば、その力で我を蘇生する事も可能やもしれん。それも肉体までもな】
! 私は驚く。アンデッドロードとは。
自らの脚のみならず、異世界の思念体までも蘇生できる可能性がある!?
まさに人智を超えた力、そんな事ができるのであれば――。
私は、もう人の範疇から外れつつあるんですね。
【それだけではない、我は決めたぞ】
「えっと、何を決めたのですか?」
【目標だ。学校に行くだけではい、アオハルとやらまでも体験してみせよう――!】
ありゃま、この子声が高鳴ってますよ。
「ふふっ、微笑ましいですね」
【ええい祭夏、お前はどうなのだ】
「え、どうって?」
【脚も治って自由となったのだ、弟を世話するだけではないだろう。何かやりたい事はないのか、それを成すのがアオハルなのだろう?】
ヤリたい事……?
しーちゃん急に虚を突かないでくださいよ。
そりゃあ、部活復帰はしたいですけどこの脚は治りすぎて人外の域です。
恋愛はよくわかりませんし、勉強は程々にそこそこできてればいいですし。
できれば現状維持して――。
アレ? 私学校に復帰したところで何がしたいんだろ。
それどころか。
わずかでも何かを、やらない理由、やれない理由を探してしまっていた。思ってしまっていた。
私は自分自身に、何にもない事を自覚する。
あはは。
あはははは。
――虚無、と自己嫌悪。
うう、こんなお姉ちゃんじゃ……弟に、祭冬にいい格好出来ませんよ。
しーちゃんの、シオンの意気込みが眩しい。
そして私自身のモヤモヤ……それを解消するには。
――甘いものだ。
パフェを食べたい、唐突に思ったのはそんな事。
甘いものを摂取する、その効果。
根本的な悩みは解決しないけれど、そうする事で紛らわせる事はできるので、今日はチートデイに決定する。
はい反省終わり! 頭の中はパフェ!
すぅ、と息を吸い込む。
「あああああぁぁっ!! パルフェ!!」
【! な、なんだ祭夏、急に叫んで】
「えっへ、なんでもないです」
パァン!
両手で頬を叩く。
よし、気持ちの切り替え完了……!
ついでにしーちゃんに、アオハルについてのかいつまんだ説明をしましょう。
やりたい事が不明な私が、それについて偉そうに講釈を垂れるんです。
ふふっ矛盾してますねえ、歪んでますねえ。
「えっとですね、しーちゃん? アオハルの概念は人にもよりけりです。部活に恋愛に行事に交友関係に、その雰囲気までも含めて多岐にわたるんですよ?」
【ハッ。そんな事は後で考える、善は急げと言うだろう? 我を蘇えらせてみせろ。概念を超えるのがアンデッドロードという存在だ――さぁ超越してみせろ祭夏】
そんなコンビニ行って来いみたいな感覚で超越しろと言われましても……でも、私の力でしーちゃんを蘇生だか顕現だかさせてみる?
なんだかちょっと面白そう。
でもそれをするには家に帰ってからかな? 能力だかスキルだかを使えば変な光出そうですし。
その前に久々に観覧車乗りたいですし。
今現在の目標はパフェを食べる事ですし。
「しーちゃん? 今すぐは無理です。ここは野外ですし、何やら怪しげな力を使用するのは家に帰ってからにしましょう! なにより私は、パフェが食べたいのですし!」
【は? パフェ? なんだそれは、我は拒否する。そんな事より今すぐ超越しろ祭夏】
んもー、駄々こねないでください。
ゴォォォォ……!
ふと、空に轟音が響く。
【! なんの音だ祭夏、ドラゴンか?】
ドラゴンて、ここは現代ですよ。
んーと、この音はですね。
「ここあ空港も近くにありまして、ジャンボジェットも割と近くに見えたりするんですよ。空を飛ぶ乗り物です、知ってますか? 飛行機、人類の叡智ってやつです」
あ。
そうだ、空港に行けば飲食街があって、パフェもおそらくあるはずでは? 利用する事にしましょう。
ふと見れば空を見上げるまでもなく。
視界には離陸して間もないジャンボジェット。
「あ、アレがジャンボです」
【む、なんと速い飛空艇か】
次の瞬間、ジャンボジェットは爆発した。
◆◆◆◆
空中爆発。
それに伴う黒煙。
「は?」
え、どういうこと?
爆散したジャンボの破片、それが降り注ぎ、私の頬を掠める。
【この気配は……死の特異点!?】
しーちゃんが言う死の特異点、聞き覚えがある。
私がKKGFで体験したような、超常的現象が起きてる!?
「え。ええ、しーちゃんがやったのですか?」
【んなわけあるか、注意しろ祭夏! 恐らく、別次元のアンデッドロードが顕現する!】
見ると黒い爆炎の中に、何かが見える。
その黒煙が爆縮する、中空に、人型が立つ――。
直感する。
アレはいけない存在だと。
途端に空が部分的に、赤黒く染まっていく。
辺りには血と腐敗した臭いが湧く。
「ゔぉえ」
私は吐いていた。
せっかく食べた祭冬が作ってくれた朝ごはん――ごめんです祭冬。
でも今は、それよりも。
「あっアレはなんなんですか! シオン!」
【――祭夏、部屋で言ったではないか。様々な世界より、異界のアンデッドロードが来ると! アレもその一柱だ。死の祭は火蓋を切った!】
「えと、あのっそれって500年後とかではなかったのですか」
【ものの例えだ。それより――】
ゆっくりと人型が海面に降り立つ。
私は少しも動けず、研ぎ澄まされた視力でソレを見るしかなかった。
人間サイズの真っ赤な球体関節が付いたマネキン人形? そう形容すればいいのだろうか。
そののっぺらぼうは辺りをカクカクと見渡していた、気味が悪い。
あ、首が一回転した。
私と目が合う、表情どころか目もないのに、そう感じたのだ。
瞬時――私の眼前にソレは来た!
「ヒッ」
怖い!
咄嗟に回避する!
ドォン!
砂浜にソレは着地する。
私のいた場所は瞬時にクレーターとなった。
「オネエチャン? アソボ」
首をカクカク回転させながら何か言っている。
「アソボ、アソボ」
逃げなきゃ。
私は逃げるしかなかった。
「ワア、オニゴッコ?」
きょ、距離を取る。
とらざるをえません、怖いし。
だが、ソレは間を置かず追いかけてくる。
「ワタシガ、オニ? マッテヨオネエチャン」
「ひぃぃ」
【……おい、祭夏。逃げずに戦え! あのアンデッドロードの個体、見たところ子供で――成りそこないのようだ。ならば付け入る隙はある】
「どど、どうするんですか」
【倒す、事は不死ゆえに現実的ではないな。吸収するか眷属として従わせるか】
「あっアレをですか? むむっむ無理ですよ!」
【ええい、このような戯れるだけの子供の個体ですら攻略できないようでは、いずれ此方がそうなるぞ。様々な世界より比較にならん程の屈強なアンデッドロードが迫り来るのだ!】
アンデッドロードによる死の祭り、死の覇権争い。
とてもとても恐ろしい事に巻き込まれてしまった。
いや、私自身も今やアンデッドロード。
戦うしか、ないのかな?
しーちゃんが言うように、私の眼前にいるこの個体と。
私はしーちゃんの言葉を頭の中で反芻する。
――成りそこない、子供、戯れている。
ん……子供?
だったら、やりようはあるはずです!
……やってみよう、まずは問いかけだ。
「貴方っ! 名前はなんですか!?」
私は足を止め、ソレに向かって問いかける。
【さ、祭夏何をしようというのだ】
「シオンは黙って見ていてください!」
んん! 気合い入れろ、私!!
突進し、両腕を伸ばしてくるソレ。
私はその掌を、同じく自らの掌を使って食い止めを試みる!
出来るかな? ええい、やらいでかっ!
ガシィ!!
あ、出来た。
そうだ。私は今やアンデッドロードだ、身体能力が凄いんだ!
ヨシ、なら間髪入れず問いかけの続きだ!
「私はっ! 神宮寺! 祭夏!!」
ガンッ!
自己紹介と同時に、私はソレの顔面に頭突きをかます!
「貴方のっ! 名前!! なんですか!!」
更なる問いかけに――。
ソレは動きを止めてくれていた。
「ワタシノ、ナマエ?」
「そうです名前!」
「……アマ、ネ。4サイ」
うん、年齢までも素直に応えてくれた。
子供なら、悪意も敵意も無いはずです。
あ、ちょっとヒートアップしちゃいました。
おでこも痛い。
わからなかったとはいえ、4歳の子供に頭突きをしてしまったのだ、謝ろう。
「アマネちゃん、頭突きしちゃってごめんなさいです」
「ウウン、ソレヨリオネエチャン、ハナヂデテルヨ」
「ふぇっ!? マジですか。しーちゃんちょっと血を止めてくださいよぉ」
【あ、ああ。わかった】
すぐさま鼻血は止まる。
「ありがとうです、しーちゃん」
気がつけばおでこの痛みも消えていた。
再生? できるとはいえ細やかな能力操作は、しーちゃんを頼るしかないのかな?
血は止まっても、その跡は取れない。
ポケットをまさぐってみてもティッシュは無く、弟のハンカチしかなかった。
このハンカチを代用するしかない。
えぅ、ごめんです祭冬。
「ダイジヨウブ? サイカオネエチャン、いたいのなおれー?」
ふふっ、治ってますけども。
アマネちゃんは優しい子だ。
お礼に私は、何かを提案する事にした。
「アマネちゃん。ここは砂浜ですし、砂遊びしましょうか?」
「ウン、ヤルヤル」
砂を造形しつつ、アマネちゃんの話を聞く。
話したい盛りらしく、ママの事、保育園の事などをつらつらと話してくれた。
いつしかアマネちゃんは、剥がれるような輝きを放ち、人形の姿から4歳ごろの女児の姿になっていた。
「そうなんだ。保育園でも砂場あるんですね」
「うん、あるよー。ほら、わたしのつくったのはくまさん。おねえちゃんのつくってるそれなに?」
「コレですか? ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました甲殻剣聖エビカニウスです」
「こ、こうかく?」
驚いているようですね、アマネちゃん。
私はサンドアートで甲殻剣聖エビカニウスを制作する。
そこそこに作り終えると、不思議な事が起こった。
紫の光を放ち、動きだしたのだ。
えぇ…。
これもアンデッドロードの力なのでしょうか。
「わあっすごい。どうやったの? わたしのくまさんもうごかしてよー」
「あっハイ」
アマネちゃんの作ったくまさんに手をかざし、力を込めると同様に光を放って動きだす。
砂で作ったエビカニウスとくまさんは、踊りだした。
「お姉ちゃんすごいねぇ。たのしい」
「ふふっ、それはよかったです」
「でもね、もっとたのしみにしてることがあるの」
アマネちゃんは続ける。
「ママとひこうきにのって、たんしんふにんちゅのパパにあいにいくの」
「難しい言葉知ってますね、凄いぞアマネちゃん」
「くふふー、あれ? ひこうきにのって、それからうきあがったような……? そこからさきはよくわからない。おぼえてないの」
心がズキンとする。
おそらく飛行機内で死の特異点が発生して、異界からの存在に憑依だか受肉された後。
飛行機は爆発、アマネちゃんはアンデッドロードに成りかかったのだと思う。
それと共にアマネちゃんは記憶が曖昧になってしまったのかもしれない。
自らが、ママもろとも、たくさんの乗客と共に死んでしまった事を自覚できていない。
――死の特異点、それが発生すると異界からの来訪者を招き入れる。
そして場合によっては見定めた対象者も知らないうちに、身体を乗っ取られて勝手に変質までさせられる――?
おぼろげながらわかってきたが、私はイカれたこのシステムに、怒りを感じていた。
私の場合は百歩譲ってまだいいです、しーちゃんは無駄に偉そうだけれど、ちゃんと私と契約? してくれましたし、話は通じる相手だ。
なにやら学校に行きたがってますし、そこら辺は年相応な気がします。
でも、アマネちゃんはまだ幼いんです。
たまたま完全なアンデッドロードにならなかったとはいえ、4歳で死んで人ならざる存在になって、親も失ってあんまりじゃないですか!
私は拳をギュッと握りしめる。
もし――できる事ならば。
こんなシステムぶっ壊してやりましょうか。
◆◆◆◆
◇シオンside〜
我は、祭夏の中で驚くしかなかった。
成りそこないのアンデッドロードを半ば浄化。
そして造形した物に、生を宿す。
死骸を操ったり蘇生するならば、それはわかる。
だが我が目の当たりにしているのは、それとは真逆の力。
――祭夏、お前は何者なのだ。
我が元いた世界で学習したアンデッドロードの範疇を、逸脱しつつある女。
その底知れなさに、少しの畏怖と興味を持たされているのは事実だ。
興味といえばJKとアオハルもそう。
少し感慨にふける。
元いた世界で、我が生贄となったのは、祭夏と変わらないくらいの年齢だった。
教義と、特殊な思念体となるための、生贄としての準備に費やした日々。
だから青春を、アオハルとやらを知らない。
もし――できる事ならば。
我も年相応な自由を謳歌していいのだろうか?
この世界に我を送り込んだ、お母様はそれを許してくれるだろうか。
家に帰れば、おそらく祭夏は我を実体化する。
これほどの能力だ、出来るに違いない。
それが楽しみでもあり少し不安でもある。
その前に、だ。
少し気になる事があった。
空はまだ赤黒く、死の特異点は解かれていない。
だが近くに、別のアンデッドロードの気配は感じない。
何かを、見落としているような気がしてならない。
思い出せ。
教団やお母様から教わった、アンデッドロードの顕現、造り方を。
いくつかの方法論を教わる中で、お母様は言っていた。
様々な多元世界でアンデッドロードを顕現させる方法が模索されていると。
悲しき運命や理を変える存在は禁忌であると同時に、あまねく人類の悲願であると。
祭夏がアマネと遊んでいる間に、少しアンデッドロードの顕現方法を整理してみる事にした。
先の成りそこない、アマネはスタンダードな『受肉型』だ。
異界より、我のような思念体や魂が無作為に送られ、受肉などを試みる方法。
利点は次元の壁を突破しやすいという事、思念体や魂ならば質量や総量はそう多くないので、それもある程度可能だ。
だが、大事なのは契約内容や相性。
それを伴っていない場合、強力なアンデッドロードは誕生しにくい。
一方で現地の生物がアンデッドロードに成る、これは『覚醒型』
戦争や飢饉などの過酷な状況で稀に誕生すると考えられる。
異界の意思がほぼ介在しない為、送り込む側としてはイレギュラーな存在だ。
祭夏は、なんなのだろうな。
特殊な例である事は間違いない。
『受肉型』と『覚醒型』のハイブリッドと言えるだろうか?
我は当事者でもあるが。クク。
――変な女だ、神宮寺祭夏。
ここ数時間の、この女の言動を思い出す
一言多く、ふざけた言い回しや聞き間違いも多いが、謎の行動力や決断力がある。
悪意のあるような奴ではないし、色々な意味で相性も、まあ悪くないと思う。
我らは年齢も近い。
異界の思念体と、現地の女子高生……か。
同じ世界で平凡に出会えていたならば、いたって普通の友人となれていたかもしれんな。ククッ。
わずかな気付き。
――自らが、微笑んでいることを自覚する。
我は……祭夏に出会えた事が嬉しいのか――?
まあいい。
我は考えを深める。
他にも、既に異界の神格となっているアンデッドロードを呼び出す方法がある。
『召喚型』と『降臨型』
既に神格なので強力な能力を持つが、たいてい我儘で傲慢で、悪魔のような存在とされている。
質量が大きいため、どちらも次元の壁を超えて世界を渡るには、大量の生贄が必要だ。
そのような存在は今すぐには顕現しないだろう。
そして、お母様は言っていた。
突如として現れ、消えていく。
意思も何もなく、破壊と死の限りを尽くす巨大な質量を伴うアンデッドロード――『襲来型』も存在すると。
最早大災害級の、世界の理を覆す。
その発生の予測も不可能な、大怪獣。
まあ。
これはお母様がいたずらに、我に聞かせた御伽話かもしれないな。
「――ちゃん! シオン!」
ハッと我に帰る。
【む、どうしたのだ祭夏】
「ずっと無言なのでどうかしたのかと思いましたよ! それより、アマネちゃんの様子がおかしいんです」
「ううう、いたいよぉ……」
痛みを訴え、うずくまるアマネ。
その背中は、赤黒くヒビ割れていた。
【――これは、いやまさか!?】
パリ。パリ。
アマネのヒビ割れは増大する。
「いたいよ、こわいよ、ママ、パパ」
パキィ……!
「おねえちゃん――」
バシュッ!!
【!】
「アマネちゃん!」
アマネはヒビ割れ破局し、血煙と化した。
そこから魔法陣らしきものが浮かび上がる。
赤黒い空の色が、より一層濃くなっていく。
多重化する死の特異点――確信する。
【これは『降臨型』だ……】
油断していた。
アンデッドロードか、それに連なる存在を媒介に、そのエネルギーを以って一時的に次元を通じさせる。
確かに、この方法ならば質量の大きい強力なアンデッドロードでも次元の壁を突破できる、理論上は。
【すまない祭夏、我がもっと早く気づいていれば……】
違う、気づいたところでどうしようもなかった。
アマネにそうなる因子が既に植え付けられていれば、いずれこうなっただろう。
「……シオンは別に悪くありませんよ。わかるのは、ふざけたドブ臭い悪意しか感じない事です」
その声は震えている。
祭夏から、動揺と怒りを感じる。
【これは推測だが、異界の者が……わざと失敗のアンデッドロードのアマネを作り、それを贄として異界のゲートを生成したのだ】
「――ドブ臭いとは失礼ですわね、それに失敗などではない事よ?」
声の主――魔法陣からだ。
魔法陣は、荘厳な扉に姿を変えていく。
ギィ。
その扉が、開く。
現れたのは、茶髪で暗褐色のドレスを着た女。
「ごきげんよう。現地の民草共」
その女はニチャリと笑みを浮かべて口を開く。
「キチキチキチ、そこな小娘の中にいる思念体、わたくしが現地の幼女を媒介にゲートを作ろうとしたのは事実ですわ? もっとも――失敗などではなく、そうなるように仕向けたのですけれど? キチチッ」
奇妙な笑い方で気色が悪く、不快だ。
【フン、随分面倒くさい事をするではないか。そんなにこの世界に来たかったか】
「キチチッ、当然ですわ。いち早く開催地の世界を掌握し、この催しを有利に進める……死の覇権争いは動いた者勝ちでしてよ?」
「……あのですね。勝手に話進めないでくれちゃってます? この人誰ですか、アマネちゃんはどうなったんですか!!」
祭夏の叫びに、したり顔の女は反応する。
「キチチッ、順を追って応えますわ? わたくしの名は夜翅・ブラティロッチ。またの名をG・聖女――異界の神格聖女にして御器齧のアンデッドロード!」
ギチギチと音を立て、その女――夜翅・ブラティロッチの背から蟲の脚が生えてくる。
ニチャリと口から黄緑の粘液を垂らす。
「それにアマネ? キチキチ、わたくしが踏み台にした、ガキの名ですのね? ガキはどうなったか、見てわからないので? わたくしを顕現させるための贄でしかなかったのですわ!! キチキチキチ」
そう言って、奴の足元にいた砂のくまとなにかを踏み潰し、消し飛ばす夜翅。
【……逃げるぞ祭夏、この夜翅とかいう女。ドス黒い、いやゲスみたいな悪意しか感じないが、アンデッドロードとしての格が違う!】
「逃げる、ですって? さっきは逃げるなで今度は逃げろですか、シオン……なに日和ってんですか。私は、今怒ってます! あいつに一発決めてやらないと、私の気が収まりません!」
【祭夏。お前の怒りはわかるが、奴は神格級の聖女だ。勝てるわけがない!】
「勝つか負けるかじゃありません。やるんです、それに――負ける気しないんですよ、なんか」
祭夏は、光り輝く紫光のオーラを放つ。
「それにアレが聖女? ただの汚ったないゴキブリ女じゃないですか!!」
「――小娘、言ってはならない事を言ってしまいましたわね。ですが見たところ、礼儀のなっていない新米のアンデッドロードといったところでしょう? 寛容なわたくしは一度は許しますわ」
「うっさいですよ! ゴキブリ!!」
「二度目はないですわ! キチキチキチ、まさか立ち向かおうというんですの? このわたくしにィ!? 雑魚が!!」
「はい! 貴女を、ブッ飛ばします!!」
「キチキチチッ! 片腹痛いッ! 四肢を切断して皮を剥いで生きたまま剥製にしてやりますわっ!!」
肘を折り曲げる夜翅、何をする!?
「G・ホイール!! 射出ですわ!」
夜翅は、その肘から円盤を飛ばす!
速い!
ザンッ!
祭夏の右腕が飛ぶ。
「キチチッ! やはり雑魚、雑魚、終わらせますわ! Gホイール! 三連射ですわ!」
ザンッ! ザンッ! ズバンッ!
射出した円盤に腕と脚も飛ばされ、倒れる感覚。
――死なないまでも。
倒されれば、再生する間に奴の糧か眷属にされて、終わりだ。
こうして、我と祭夏は終わるのか。
「キチキチチッ! 他愛無いですわね!!」
夜翅の気色悪い高笑いが響く。
それと同時に、視界が紫色に光転した。
◆◆◆◆
◇シオンside〜
「二度目はないですわ! キチキチキチ、まさか立ち向かおうというんですの? このわたくしにィ!? 雑魚が!!」
「はい! 貴女を、ブッ飛ばします!!」
――え?
どういう事だ? さっきのやりとりだ。
祭夏は、我は四肢を飛ばされたはず。
「キチキチチッ! 片腹痛いッ! 四肢を切断して皮を剥いで生きたまま剥製にしてやりますわっ!!」
Gホイールとかいう円盤を発射する夜翅、だが。
さっきと違う点――。
「その軌道、見切ってますよ!」
祭夏が攻撃を完全回避している事だ。
「チッ! コレならどうですの!? G・バルカン!!」
夜翅の両肩から小型砲塔が出現する。
「一斉掃射ですわ!」
ダダダダダダダダッ!
今度は避けきれず穴だらけになる、だがこのくらい瞬時に再生して――。
「キチチッ、再生出来るからといって安心するのは早いんですの! わたくしの体液弾は爆発するんですわ! さようなら、キチキチキチチッ」
閃光に包まれた。
今度こそ、終わるのか――?
そして視界は光転する。
◆◆◆◆
◇シオンside〜
次の瞬間には。
祭夏は夜翅の背後を取っていた。
!? まただ、これは転移?
「一斉掃射ですわ!」
ダダダダダダダダッ!
あらぬ方向へ弾丸を発射する夜翅。
「キチチッ! やりましたわ?」
背中がガラ空きだ。
「んん!!」
ズドオッ!
すかさず尋常ならざる脚力で、夜翅の背に跳び膝蹴りをかます祭夏。
吹っ飛び、砂浜に転がる夜翅。
その翅などの散らばり様が、凄まじい威力を物語る。
「ギギィ……! 糞がッ! 高速移動の能力ですの!?」
そうだ、夜翅が言うように我も戸惑っている。
その類の力なのか?
「――ちょっと違うかもしれません。少し話は変わりますけど私、陸上で怪我をしてからずっと死を考えていたんですよね。私の青春は、アオハルはなんなのか、なんだったのか考えても考えても曇天ばかりで、死のうかな? 死んでもいいんじゃないかな? そう思って最後の思い出にKKGFを訪れていたんですよ」
【な、何を言っているのだ祭夏】
「わけのわからない事を! 糞がッ! ちょっと速いだけの固有能力を得たくらいで自分語りィ!? 良い気にならないでくださいましッ!!」
血反吐と体液を撒き散らしながら――。
夜翅の下腹部から、巨大な昆虫の腹をした砲身が現れる。
「いかに超速といえどもコレは避けられませんわよ? わたくしの大爆発する卵子を飛翔体にして尚且つ、爆破粘液を潤滑油にした超爆蟲砲ですのよ! 再生どころかチリも残りませんわ! わたくしは瞬時にサナギ状態になりますので無事ですけれど!」
「御託はいいです。撃ってみてくださいよ、ソレ」
この期に及んで挑発をする祭夏。
我と初めて会った時とは、まるで別人のようだ。
「キチチッ! お望み通り死ね雑魚がッ! G・レールシリンダァァ!!」
ソレが発射されると同時に、祭夏と我は大爆発に巻き込まれて消滅した。
――筈だった。
◆◆◆◆
◇シオンside〜
「キチチッ、いかな高速移動能力であろうとも避けられず、消滅しましたわね? とはいえ近い距離で爆発しましたので、わたくしもしばらくは再生に努めなければなりませんが」
「そうなんだ。じゃあ攻撃していいですか?」
気がつけば屈伸運動をする祭夏。
またも夜翅の背後を取っていた。
「ヒッ! どういう事ですの――ガべッ」
サナギから脱皮中で、動けない夜翅の顔面。
それを空高く蹴り上げる――!
「ゲット・セット・ゴーッッ!!」
そして掛け声と共に、自らも跳ぶ!
「さっきの続きを話します」
空中で夜翅に追撃をしながら話す祭夏。
「考えても考えても曇天で、頭の中には死があって! そんな時にシオンに会ったんです! ちょっと偉そうだけど、彼女は私に力をくれました! 殺してくれました! 私は死んで! 生まれ変わったんです!!」
【祭夏……】
「そして! やりたい事を見つけました! 私のアオハルは戻らない! でもアンデッドロードになってしまったというのなら! 力があるというのなら! せめてこの赤黒い曇天! 晴らしてみせます!!」
さらに夜翅を蹴り上げる!
「この……糞雑魚の新米がッ!」
「新米アンデッドロード? はい! その通りなんで、それでいいです――!!」
祭夏の右脚がさらに輝きを放ち! 加速する!
夜翅を、死の特異点に打ちつける!!
それは推力を伴った純粋無垢な飛び蹴り。
その蹴りは、空間に亀裂を生じさせる。
次元の狭間が見える。
「んああ!! んいけええええええ!!!!」
【そうだ、祭夏! いっけええええ!!!!】
気づけば我も叫んで、協力していた。
エネルギー効率を右脚に集約!
パキ、パキ!!
その凄まじい推力を持った衝撃で。
死の特異点、赤黒い空はヒビ割れ――。
やがて破局する!!
パキィン!!!!
「糞ォッ!! 有り得ませんわ! わ、わたくしは……絶対に消えません事よッ! いつか必ず! 舞い戻ってみせますわぁぁ!!」
次元の狭間と死の特異点は崩壊――。
青空が広がっていく。
捨て台詞を吐いていた夜翅はどうなったのだろうか。
不死な存在は、生きたまま次元の狭間を永劫に漂うのかもしれない。
まあ奴のことはどうでもいい。
「ふへへ……私としたことが決め技の名前、考えていませんでしたね」
【この期に及んで何を言ってるのだ祭夏。さあ身体を立て直せ、落下しているぞ】
「えへへぇ。身体がいう事を聞きません、一度ちょっと死ぬことにします」
祭夏は何を……まさか死を超越する事が、能力発動のキーなのか?
考える間も無く。
祭夏と我は落下、砂浜に激突した。
◆◆◆◆
◇祭夏side〜
目を覚ます、空中3メートルくらいにいるのを自覚した瞬間、砂浜に身体を打ちつける。
「えうっ! 痛ったぁぁ」
だけど……思った通りだ。
落下位置をリセットする事で、ダメージを最小限に抑えられた。
再生するとはいえ、身体がバラバラになったりするのは目覚めが悪いですしね。
【――説明してもらうぞ、祭夏】
「……ええと。シオン、多分なんですけど。私の能力、短期的なコンティニュー、もしくはリスポーンに近いです」
【なんの用語かよくわからんのだが……】
「痛つつ」
ふらりと立ち上がる。
うっわ制服ボロボロです、祭冬になんて言いましょう。
「えっとですね。例えば死んだとします、すると少し時間を巻き戻って、近くの、望んだ座標で復活できる……そんな感じです」
【……イかれた能力ではないか。開いた口が塞がらんぞ】
うん――イかれてますね。
既に死んでいるのに、不死なのに死ぬって矛盾してますしね。
脚を見ると、その輝きは既に落ち着いていた。
能力の発動条件もよくわからない。
無我夢中であのゴキブリ聖女と戦ううちに、たまたま能力が覚醒したのかもしれない。
何回も死んでますから勝ったのは奇跡、でも。
ゴキブリ聖女――夜翅・ブラティロッチは多分、完全には倒せていませんし。
なんだか勝ったけど釈然としない気分です。
それに短期間しか巻き戻れないという事は、もうアマネちゃんを救えないという事だ。
シオンが私を殺してくれた時には、2日も巻き戻れたというのに。
――この身体、能力、謎があるけど使いこなしたい。
強くなりたい!
「しーちゃん、私、強くなりたいです!」
【何を言う……奴の言葉を借りるが、新米アンデッドロード。それにしては十分強いぞ、祭夏】
「今のままじゃダメなんです! アマネちゃんのような事が、これからも起きるんでしょう?」
【……ああ】
私は、海に向かって手を合わせる。
【祈っているのか】
「あっハイよくわかりましたね。祈りの所作はどんな世界でもおんなじなのかもしれませんね」
再び手を合わせ、祈る、だけではない。
きっとこれは、願いと決意。
「見ていてください、アマネちゃん。私はこの祭りを
、死の覇権争いを駆け抜けて、アンデッドロードの唯一神になってみせます!」
【クク。大きく出たな。だが、この我がついているのだ! そうでなくてはな!】
「えっへへぇ、なんだか偉そうですね、しーちゃん! そうでなくてはです!」
グウ……。
あ、お腹がすきました。
そうです、パフェを食べましょう。
身体ボッロボロですけど。
「パフェ食べますよ、シオン!」
【なにっ。帰って我を顕現させるのではないのか】
「腹が減ってはなんとやらです! それに甘いモノを食べるのも――アオハルってやつです!」
【! クク。乗ったぞ祭夏!】
「三杯は食べますよっチョコと、ストロベリーと、ミント!」
【よくわからんが辛い味は遠慮するぞ】
「ふっふっふどうでしょうかねぇ〜? お子様な舌では耐えられないかもしれませんよ?」
【ええい一言多いぞ祭夏、死ね!】
「はーい、死んでまーす」
初夏、私は人ならざる存在になった。
でも孤独じゃない、ぼっちじゃない。
しーちゃん、いえ。
シオンと一緒なら、駆け抜けられる気がします。
――このアンデッド・ユニバースを!
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