【第5話】QUARREL
時空管理局にマークされてしまった僕達は、S38世界線にある副拠点に緊急逃亡し何とか事無きを得た。
「危うく本当に死ぬかと思った……」
先刻の戦いで負傷した頭部を麻英田華に手当して貰いながら僕―――御刃多嵐は言う。
「私が来てなかったら即死確定だったな」
「本当にね…」
「にしたってよぉ…管理局連中、結構殺気立ってたけど…」
「当然でしょ?僕達は今や全次元指名手配レベルでヤバい事してるんだからさ…今の立場分かってんの?」
「それは分かってる。でも、あいつらが果ての世界について聞いてきた時、今まで以上に厳つい顔してなかったか?例えるなら…国家機密レベルの情報が引き抜かれた時みたいに」
確かに言われてみればそうだった。一般人如きに踏み込まれたら拙いとでも言うような表情をしていた。僕も一度時空管理局の職員と対峙した事はあったが、あれ程の気迫は感じられなかった。
「By the way、聞くの忘れてたけど…何等かの成果は得られたのか?」
一通り僕の治療を終えた華は愛機の機械ハンマーの整備に着手しながら言う。僕は果ての世界で得た石柱の預言書にある世界を終焉に追いやる存在を探る為、大規模時空テロを企てる組織に幾つか潜入をしていた。
「いやいや、全部外れだよ。世界を滅ぼせる程の計画立ててる組織なんて潰されたら厄介だろうし、其方側も表立って動いてないと思うよ?だから見つけられたとしても潜入はほぼ不可能。何の成果も得られませんでしたー、報告は以上でーす!!」
これが全てである。僕の投げやりな報告に華は作業を止め、僕の方を見ると真顔で言った。
「そうか……じゃあ出てってくれ」
「………へ?」
「聞こえなかったのか?出てけよ、お前はもう用済み」
彼女からの突然の用済み発言に僕は唖然とした。
「え、ちょ……いきなり過ぎない!?何で!!?」
「数年も待たせておいて成果0って…私はそんな無能と組んだ訳じゃねーんだわ」
「いやいや!世界規模のテロ阻止なんてそんな簡単にいくものじゃないって!」
「言い訳なんざ聞く気ねーよ、分かったんなら出てけや」
その時、僕の中で何らかの制御装置が壊れる様な音がした。僕は舌打ちを一つすると呟く。
「人生イージーモードだと思ってんのかよ、破壊衝動の擬人化女」
華は聞き捨てならないという様に立ち上がり僕の胸倉を掴んで叫ぶ。
「Say it again, you bastard!!!」
痛みに耐えながらも僕は彼女から目を逸らさずに言う。
「どんな窮地や困難でも全部壊せば何とかなるって思ってるからそんな事言えるんだよ!人の苦労も知らないで!この破壊女王が!!」
「無能如きが口答えすんじゃねえよ!お前なら時空管理局職員の一人や二人、単独で処理出来んだろうが!それが何だ?ただ逃げ回って喚いてるだけじゃねえか!挙句の果て私に泣き縋って……世界救うのに無能なんて要らねえんだよ!」
「世界救うって話、発案したのは僕だぞ!二人でやるって決めたじゃないか…快く乗ってくれたのに今更突き放すのか!?」
「救世主は二人もいらねえ!私だけで十分、お前なんか居なくたって対して苦じゃねえよ」
もう我慢ならなかった。僕は無言で華の鳩尾目掛けて蹴りを入れる。痛烈なクリーンヒット。華はその場に蹲る。
「痛ってぇ……やりやがったな!!」
不意を突かれた悔しさと蹴りを喰らった痛さが混ざった表情で睨んでくる彼女を冷たい視線で睨み返し、僕はとある小説から台詞を引用して蔑む様な声色で言った。
「そうかそうか、つまり君はそんなやつだったんだな」
「…何が言いてえんだよ」
「一度自分が助けた命を平気で切り捨てられる無慈悲な女だって事だよ、君は」
数年前、華は自殺未遂を図ろうとした僕に手を差し伸べてくれた恩人とも言える存在だ。僕の命は彼女に拾われたと言っても過言ではない。
「君が居なければ僕は数年前の段階で既にこの世に居なかった。世界の行く末なんてどうでもいいと思っていたけど…君が僕を変えてくれたお陰で、世界を救いたいって…未来を変えたいって思えたんだよ!!なのに君は…そんな想いすら踏み躙って僕を見捨てるんだ!!失望したよ!人の心を失った殺戮兵器!ター●ネー●ー!!」
「お前が自殺しようが何処かで野垂れ死のうが私には知ったこっちゃねえ。失望したのはこっちの方だわ、阿呆!もうお前の顔も見たかぁねえよ!とっとと失せな、このスパイス中毒者!バターチキン!!」
「言われなくても出て行ってやるさ!僕は僕なりにこの世界の救世主になってやる。いつかネットニュースのトップトレンドに僕の画像が載るだろうね、期待して待ってなよ」
そう言って僕は副拠点を後にした。
もう二度とあの場所に行く事はないだろう。問屋街から北西の方向、人気の少ない荒野を独り歩きながら思う。ずっと信じてついてきた相棒にあんな突き放し方をされるなんてあんまりじゃないか。でも正直言って彼女と一緒に行動していると調子を狂わされて落ち着かない日々だった。単独行動していた時がどれだけ自分らしくいられたことか。
(寧ろ喧嘩別れして正解って感じ?)
でも何故だろう、心の端に靄がかかった様にすっきりしない、彼女の事を切り捨てきれないこの感じは。彼女に言った言葉の数々は本心だったのだろうか。考えれば考える程募るのは後悔ばかりだ。徐に鞄から取り出したタイムボムを見つめる。道中命の危険を感じた時に何時でも此処に戻って来られるように華から持たされていた。今やそれも、彼女から「何処へでも行ってしまえばいい」と言うメッセージにしか見えなくなっていた。気付くと視界が滲み不明瞭になっていく。
(今更戻って謝った所で、許してくれる筈もないよな……)
僕は涙を上着の袖で拭うと、タイムボムの座標指定基盤を操作する。僕には何時か行きたいと思っていた場所があった。座標指定を終え、タイムボムを前方に向けて軽く投げる。爆音と共に時空ゲートが開く。僕はゆっくりと極彩色の渦に歩みを進める。
向かうは僕の両親の故郷―――A1世界線、日本、高度学術研究都市エクスだ。