【回想録2】果ての世界
果ての世界―――どの世界線に存在するとも言えず、どの世界線とも繋がってないとも言えない座標位置不明世界線の事を言う。普通の時空渡航の様に座標を決め打ちできない為到達困難とされ、一度でも到達出来れば渡航者界隈で羨望の眼差しを向けられるのである。一説では果ての世界はこの世界―――何処か一つの世界線という訳ではなく、宇宙全体という意味で―――の行く末を映していると言われている。
信じてもらえないかもしれないが、僕らは一度、果ての世界に行った事がある。
あれは数年前、僕らがとある世界線の島に行った時の事である。現地を支配している荒くれの海賊に襲われ死にかけた。相棒の麻英田華が持つタイムボムで緊急脱出を図ろうとしたのだが、あまりにも焦っていたせいか、座標の設定を忘れていた。座標を設定せずにタイムボムを使用すると完全にランダムの地点に接続される。
―――今思えば、あれが全ての始まりだった。
接続ゲートの出口はモノクロの荒野だった。雑に投げ出された僕―――御刃多嵐は全身強打と上着砂塗れの二重苦に見舞われた。
「ちゃんと座標設定したの!?」
上着の砂を払いながら、平然と立っている彼女を睨み叫ぶ。華は周囲を見渡しながら言う。
「やらかした…何処だここ……」
僕は鞄から携帯を取り出し、座標情報アプリを起動する。普通なら座標情報が表示される筈だが、画面には《座標情報が取得できませんでした》と表示されている。
「おっかしいなあ…座標不明……」
僕はアプリをリロードするが結果は変わらない。携帯が壊れたのか、それとも―――
困惑の表情を見せた僕を一瞥した彼女は何かを察したのか、フッと笑って呟く。
「よっしゃ…」
「何がよっしゃ、なのさ?」
僕の問いに華がよくぞ聞いてくれたと言うように笑みを見せると、僕に勢いよく指を差して言った。
「此処は果ての世界、世の時空渡航者が憧れてやまない場所だ!!」
障害物の無い無限遠の荒野に彼女の声が果てしなく響く。彼女の眼がこれまで以上に輝いていたのを、今でも鮮明に覚えている。かなりテンションが上がっている様で、華は果て無く続く灰色の大地を駆け抜ける。正直こんな何もない場所でテンションが上がるかと言われたらそうでもない。
「果ての世界って…ただの灰色の世界じゃないか」
僕は駆け回る華に呆れながら言う。彼女は振り向くと笑顔を絶やさずに言う。
「何もないって訳じゃないぜ?此処は世界の行く末を示す場所って言われてるんだ。噂じゃあ何処かに預言書の役割をしている石柱があるって話だけど……」
(世界の行く末って、こんな何も無い世界なら滅亡したも同然だろ……)
僕は周囲を見渡しながらそんな事を思う。そして重い足取りで華を追う。その時、奥の方に黒い塔らしき何かが小さく見えた。
「華ちゃん!あそこ……」
僕は僅かに見える塔の方を指差して叫ぶ。華は塔の方を見て、少し考えた後言った。
「お?まさか見つけたか?そのまま向かってくれ!」
僕は彼女の提案に頷き、二人で黒い塔に向かう事にした。
「もう少し早く走れねえのか、貧弱め」
「悪かったな、インドア貧弱人間で……」
思った以上に距離は長く、かつ砂に足を取られて上手く走れない。そんな状況を諸ともせず気付けば華は僕の前を走っていた。僕は彼女に追いつこうと全力で走った。
「Me first!!!!……まあ、見えてた結果だがな」
華は塔の前に立つとそう言って高らかに拳を突き上げた。彼女に漸く追いついた僕は疲れ切った表情で塔を見上げる。塔だと思っていたそれは黒曜石で出来た様に見える高い石柱だった。
「これが、華ちゃんの言っていた預言書?」
僕は石柱を見上げながら呟いた。それに少し近づくと、側面には何やら奇妙な文字が彫られていた。異界文字の類だろうか。僕は携帯のカメラで石柱を写しリアルタイム翻訳機能での文字解析を試みた。しかし上手い事翻訳できない。対応外言語だろう。その横で華が鞄から一冊のハードカバーのノートを取り出し捲る。そして石柱と見比べながら何かを呟いていた。
「華ちゃん、何やってるの?」
僕が問うと彼女は僕を一瞥して言う。
「全く一緒って訳じゃねえが、文字の形とか文法が似てたやつがあってな。完璧な訳しにはならねえかもだけど……メモするなら好きにしろ」
自分の眼で焼き付けた物が全てという感じの彼女が、旅した先の言語や文字をメモしているとは意外だと思いつつ、僕は彼女が石柱の文章を訳す声を注意深く聞きながら、ポケットサイズのメモ帳に記していく。しかし読み進めていく程に言葉は途切れ途切れになり速度が落ちていく。それは翻訳に手間取っているというよりは、その文章の意味に困惑或いは絶望しているかの様だった。そして完全に言葉が切れた時、彼女は手からノートを落とした。
「ど、どうした…の?」
僕は彼女の異常な様子に驚き、恐る恐る尋ねる。彼女は震えながら呟く。
「What the hell…こんな事って、アリかよ……」
僕は手元に握ったメモを熟読する。そこにあったのは―――
―――世界の終焉を綴った詩だった。
華は悔し気に勢いよく石柱の根本を蹴る。その硬さは容易く倒れたり壊れたりするようなものではなく、彼女は足に走る激痛に声を漏らすまいとグッと耐えていた。僕はそんな様子を見て、彼女に何か言葉を掛けようとした。
「あ、のさ…」
「あのさもA●exaもねえよ!お前だって聞いただろ!これは世界の終焉を示してる。どっか一つの世界線とか惑星だけの話じゃねえ、ちゃちな預言者の提言ってレベルの話でもねえ!私の世界も、あんたの世界も無関係じゃねえ宇宙規模の問題だ!!」
彼女は僕の言葉を遮り、僕に掴み掛って叫ぶ。僕は彼女の剣幕に圧され何も言えなかった。彼女のこんな狼狽えた表情は初めてだ。僕は彼女に揺らされながらも言葉を紡ぐ。
「で、でもさ……此処が世界の、行く末を、未来を示して、いるんならさぁ…その未来が、変えられるかも…しれないじゃん?」
「What?」
僕の言葉を聞いた華は動きを止める。僕はズレかけた眼鏡を直すと続けた。
「世界の終焉のシナリオは決まりきったルートじゃないって事!未来はまだ不確定、この世界は幾千ある仮説のたった一つでしか無い訳だ」
「つまり?」
華の返しに僕は少し考えた後言った。
「未来は変えられる、って訳」
「宇宙規模の未来を変えるだぁ?誰が?」
「僕らが」
厭世的思考に支配されていたその頃の僕にはらしくない発言である。正直自分でも驚いている。僕らは暫く見つめ合い、空間を静寂が包む。すると華は僕を勢いよく突き飛ばし豪快に爆笑をした。
「ははははははっ!!お前、やっぱイカれてるわ!!」
彼女は目に涙を溜めながら腹を抱えて笑い転げる。
「馬鹿にしてる?ですよね~、宇宙規模の未来を僕等が変えるなんて荒唐無稽……」
「いや、"イカれてる"って誉め言葉だから!」
彼女は僕の言葉を遮り、そして息を整えると僕を見て言った。
「お前の口からそんな言葉が出てくるなんて思っちゃあいなかったが、そういやお前自称天使(笑)だったな!よし、その提案乗った!!」
彼女はそう言って立ち上がり、満面の笑みを見せて言う。
「この世界を終焉に陥れようとする輩がどんな奴かは分からねぇ。大規模時空テロ組織、地球外生命体、異形、或いは神に等しい超越存在。だがどんな奴等だろうが上等ってもんだ!私達が果ての世界に辿り着けたのは、私達に世界の終焉を止めろ、世界を変えろって導かれたから!此処に行ける時空渡航者は数少ないし、この事実を知ってる奴もいるかどうかも分かんねえ。ならいっそ私達が世界救って、英雄になっちまえば良い!」
華は拳を握り、天に向けて突き上げる。僕はそんな彼女を見て少し呆れながら言う。
「でも僕らに何ができるのさ?言っちゃった僕が言うのも何だけど…華ちゃんは丈夫だし戦闘能力もあってしかも器用だ。それに比べて僕は何もできない一般人だよ……」
彼女は僕を指差して言う。
「拠点に戻ったら一旦私達は別行動だ。私はもう少し手掛かりを探す。そしてお前は、世界終焉を目論んでるっぽい所に潜入して情報を掴んで来い!」
「つまり…"スパイ"になれって事?」
「Yep、その狡賢い頭とうざい位に巧みな話術を存分に発揮するんだよ!」
こうして、僕等は一旦別行動を取り、僕は幾つかの大規模時空テロ組織に潜入したがどれも外れ。終いには時空監獄行きとなった所を華に救出されて今に至る。
話は戻して現在、B21世界線某所。
僕が先刻落としたメモには、果ての世界で見た石柱の翻文とそれについての考察だ。何も知らない誰かに―――最悪の場合、時空管理局の誰かに拾われたならば僕は脱獄囚どころか陰謀論者の烙印を押されてしまうだろう。
「拙い事になった…多分フードコートで落としたんじゃ……」
僕は来た道を戻ろうと走り出した。そこを華に強く掴まれて引き戻される。
「何だよ!?早く戻らないと……」
僕はそう言って華を睨み付ける。彼女は僕の目を見て言う。
「自分から敵陣に突っ込むつもりか、馬鹿野郎?」
「いや、だけど……!」
そう不毛な言い合いをしているその時、ふと誰かから声を掛けられた。
「そこの君達に聞きたい事がある」
僕達は声の方をゆっくりと向く。そこには薄桃色の髪の若者が立っており、彼は白いジャケットを纏い、白十字の入ったブルーグレーのネクタイを付けていた。僕らは絶句した。
(この人……時空管理局だ!)
若者は表情を変えぬまま、ポケットから皺くちゃになった紙片を取り出し此方に見せた。
「この紙片の持ち主を探しているが…知らないか?」
彼の持つ紙片は、間違いなく僕が持っていたものだった。
「あ、それ……」
僕は思わず手を伸ばす。しかし華は僕の手首を掴み、そのまま勢いよく腕を引く。
「逃げるぞ、FMG!!」
「え!?ちょっと!」
「待て!!」
逃げていく僕達を、時空管理局の職員達が追い掛ける。
(終わった終わった終わった!本当の意味で終わった!!!)
僕は心の中でそう叫びながら、華と共に時空管理局の追っ手から逃げ続けていた。華は徐に上着から折り畳み式機械ハンマーを展開する。
「な、何する心算!?」
「衝撃で飛ぶ」
「はぁ!?」
「ハンマーで地面ぶっ叩いて衝撃波を出す。それで管理局連中を怯ませつつ私達はぶっ飛んで遠くに逃げるっつー寸法だ。まぁ、ちょっとした賭けではあるがな」
「それ、下手したら僕ら死ぬよね!?いや、華ちゃんは無事かもだけど僕は死ぬ!そんな未来しか見えない!!」
僕がそう言うと華はニヤリと笑って言った。
「私を信じろ」
「そんなの信じろって言う方が無理な話じゃない!?」
そうこうしている間に行き止まり。僕達と管理局職員達の距離が縮まっていく。
「逃げ場は無いですわ、観念しなさい!」
女性職員が足に装着されたローラースケートの車輪から火花を散らせながら言う。華は不安げな表情の僕をちらと見やると、口角を少し上げて言った。
「地獄で会おうぜ、Baby!!」
「え、何て?」
そして彼女は勢いよくハンマーを振りかぶり、振り下ろした。周囲の地面が揺れ、大きく衝撃波が放たれる。土埃が巻き起こり、管理局職員は足止めを喰らう。そして―――
―――僕だけが衝撃波に吹き飛ばされ、高層ビル一つ分近い高度まで身体は舞い上がったのである。
「話が違ああああああああああああああああああああう!!」
地上から段々と遠のいていく僕を彼女は見上げ、呆然とした表情で「screwed up...」と呟いた。