【第29話】大いなる闇の前に
エクス一帯を覆っていた結晶のドームは消失し、はっきりと空が見える。生憎の雨である。混沌とした街並みに降り頻る雨は、まだ終わりの見えない戦いを示している様で、僕達の心にも影を落とす。空を見上げ溜め息を漏らす僕―――御刃多嵐に、ふと声を掛ける男がいた。時空管理局の制服を着た、僕と同じくらいの身長の男だ。
「そこのお前」
「何ですか?"お前"じゃなくて…僕には御刃多嵐というちゃんとした名前が……」
「それは知ってる」
管理局の男は一つ咳払いをすると、僕に丁重に礼をした。突然の事に僕は驚く。
(え、何!?僕…そんな礼を言われるようなことしたっけ!?)
男は礼をしたまま言う。
「今回の件、お前達にはかなり助けられた。本当にありがとう」
「え!?嫌…そんな、言うほど大層な事してないですよ?寧ろ管理局の皆様には、かなり迷惑を掛けてしまったと言いますか……」
たどたどしく返答する僕の隣で、呆れた様な声で麻英田華が言う。
「別にお前らと協力していた心算はねえ。自分の為にやってただけだ」
「ちょ…華ちゃん!相手は管理局だよ、そんな態度で良いの!?」
僕は彼女を小声で咎める。華はそんな咎め等聞く気は無いという表情で受け流していた。管理局の男は上体を起こし、前髪をそっと整えた後に言う。
「お前達の助力の甲斐もあり、対象区域内の特異能力所持者は全て鎮圧に成功した。残るは騒動の主犯……SS級危険度の特異能力所持者だけだ」
「切原瑞希、だな……」
苗場時雨が聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。彼一人さえ倒す事が出来れば、この長い戦いが終わる。男は続ける。
「これ以上は無駄な犠牲は出したくない。だから此処からは少数精鋭で向かう。負傷者は特別部隊と調査課職員が区域外に避難させた。後は戦力になる奴、戦う気のある奴だけが残ればいい」
彼の真剣な表情に少し気圧される。その時、二人の声が名乗りを上げた。胡山望深と北澤海吏だ。
「俺達も協力する!良いだろ、嵐君?」
「まだまだ不完全燃焼なんでな…やらせてくれ」
やる気十分という感じの二人に、僕は申し訳なさそうな表情で言う。
「悪いけど、君達は今すぐ逃げてくれ」
「はぁ!?何言ってんだ、厨二メガネ!!ちょっと俺らよりも強くなってるからって英雄気取ってんじゃねえ!」
海吏が僕の胸倉を掴んで叫ぶ。彼が僕の事を"厨二メガネ"と言う時はかなり怒っている時だ。手袋で得た力のせいでYシャツが千切れる勢いである。
「嵐君!俺達は3人で一つ、ずっと一緒にいるって決めたじゃないか!!」
望深が続ける。僕は海吏の手を掴んで言う。
「ずっと一緒に居たい……だから言ってんだよ」
僕の言葉に二人はハッとした表情を見せる。僕は続ける。
「北国ゴリラはお姉さんの事もあるだろ。それに…これ以上君達を、危険な事に巻き込みたくないんだ。此処は、僕を信じて任せてくれないか?」
海吏は僕の胸倉から手を離し、その手を握り僕に突き出して言った。
「分かった、お前を信じるぜ……死んだら許さねえから」
僕は彼と拳を合わせ、ふっと微笑んで言う。
「言われなくても…僕は死なないよ」
「え、ちょっと!二人だけズルい!」
望深も僕達と拳を合わせる。そしてお互いに目を合わせ、声を揃えて叫ぶ。
「推しへの愛は最強装備!布教班…フォーエバー!!」
海吏と望深は僕を強く抱き締めた後、救護隊が待つ区域外へと走り去っていった。心強い応援を受け、僕は強く勇気づけられた。
「ダッセw」
「悪かったな、センス無くて!」
僕達のやり取りを小馬鹿にするように華が笑う。実を言うと、先程の掛け声の発案者は僕ではなく望深である。間接的にセンスが無いと一蹴されてしまった彼は少々可哀想である。
結局、この場に残ったのは僕―――亜久津野薔薇と従妹の福留ゆみ、そして特異能力所持者の私人鎮圧を行っていた御刃多嵐と麻英田華、そしてただならぬオーラを放った長身の男の5人だけとなった。他の調査課職員は殆どが酷い負傷状態で、幸い軽い怪我で済んだ職員も大事を取って離脱してもらった。ゆみが僕の腕を軽く掴んで、不安げな声色で言う。
「あのさぁ、野薔薇従兄ちゃん…私、戦うなんて無理だよ!逃げていい?」
僕は首を横に振る。理由は彼女の持つカメラだ。カメラが放つ光は特異能力所持者を弱体化させる力を持っており、期待値は低いとはいえSS級相手でも効果はあると踏んでいる。それにその力は僕にも強く影響を与えるらしく、ここぞという場面で使えば、強制的に裏の僕に身体を明け渡して戦闘という事も出来る。生身のままで戦う時より、裏の僕として戦った時の方が対処スピードが(微々たる差ではあるが)早かったのは事実である。
「君に逃げられたら困る。そのカメラの力を…最終決戦でも存分に発揮してほしい」
ゆみはカメラを不安げに見つめた後、小さく頷いた。
「うん、わかった!後さ…上手く行くか分かんないけど……」
彼女は鞄から携帯を取り出し、ゴー●ロを取りつけて満面の笑みで言う。
「この際全部配信で流そうと思う!この街をめちゃくちゃにした奴を社会的に粛清してやるの!野薔薇従兄ちゃん達の雄姿もばっちり映すからね!」
僕は相変わらずだなとでも言うように苦笑を見せて言う。
「そうしてくれると助かる」
その時だった。急に空に紫色の靄が掛かったようになる。そして轟く雷鳴と共に、白いロングコートの男が上空から現れた。彼の背中には黒い龍の様な大きな翼があり、如何にもラスボスという風体である。僕は鋼鉄鞭を構え、男の方を睨むと言った。
「漸く現れたか……SS級特異能力所持者・西郷淳!貴様を過剰世界線干渉及び犯罪教唆、殺人等の罪で確保する!」
淳は僕達を見下す様に笑うと、両手を広げて言う。
『領域内に潜んでいた同志を全員倒しちゃった事だけは褒めてあげるね♪でも…君達が此処の対処に追われている間に、他の世界線は殆ど僕が放った影獣が荒らし尽くしちゃいました!僕達が不要と判断した人間は皆、影獣の餌になったよ』
「何処まで人の命を弄べば気が済むんだ、貴様ぁ!」
同じ言葉を裏の僕も叫んでいる。脳裏で言葉が二重に響く。淳は続ける。
『言ったよね?僕はいずれこの宇宙全てを支配下に置くって。君達は選ばれたんだよ!僕が、そして完全人が頂点に立つ新たな世界の幕開けを最前列で見届けられるんだ。もっと喜んだって良いんじゃない?寧ろ喜べよ!』
ゆみは携帯を持った手を突き出して叫ぶ。
「此処での様子は全て、パラレルストリームで配信してます!貴方の言った事は、全世界全宇宙の人間が見てる。コメント欄は貴方に対するアンチコメで溢れ返ってる所ですよ?」
半分煽る様な口振りの彼女に苛ついた淳は、彼女に向けて闇を纏った炎を飛ばす。僕はそれを鞭で打ち払う。淳は口笛を軽く鳴らし、余裕そうな表情で言う。
『何か君、僅かに僕達と同じものを感じるんだよね……』
僕の父は彼と同じ異形の存在だった。その血を僅かだが引いている僕は、彼にはそう見えていても然りである。
『一歩間違えたら君だって…僕達の側に付いていたかもしれないんだよ?口では反抗している様だけど……心の何処かではこうなる事、望んでいたんじゃないの?』
僕に向けて揺さぶりをかける淳の言葉を振り払う様に僕は首を強く横に振った。込み上げる憤りで鞭を握る手に力が入る。僕は―――否、僕達は、彼を真っすぐに見つめて言った。
「お前と同じだから何だ!これ以上貴様の好き勝手にはさせない……抗ってやるさ、戦ってやるさ……この命が尽きるまで!!」