【第21話-2】最強の手札
第15区域の特異能力所持者の鎮圧を終えた私―――夕暮佳子は、腕に装着したイマージュギアの改良機(通称イマージュギア・Mk-2)の電源を切る。ギアの想像武装能力はかなりのもので、現役殲滅隊員時代の姿に変身して戦うというのは、例えるならば遅咲きの魔法少女と言った所だろうか(魔法少女の類に憧れたことは一度もないが)。これまでにも増して特異能力所持者による被害が深刻になってきている。最優先鎮圧という程でもない低級個体だとしても侮れない領域まで来ている。
(異常生命体の時以上に、厄介な事になっているわね……)
その時、鞄からメッセージアプリの通知音が微かに聞こえた。鞄から携帯を取り出す。通知の主は夫の有栖川英二だった。
「英二?こんな時に何なのよ…」
呆れ調子で呟き、メッセージの内容を確認する。
《今すぐにKing's Courtに来てくれ》
"King's Court"と言えば英二が度々訪れる遊技場である。特別部隊の一件以降、"考える時間をくれ"だの"歌手活動を休止したい"だの神妙な雰囲気で言っていた割には趣味のギャンブルに興じる相変わらず余裕はあるようだ。
(何の心算なの?こっちは老体に鞭打って世界救ってるっていうのに……)
そんな事を思いながら画面をスクロールする。次に英二が送ってきたメッセージに、私は驚愕した。
《覚悟は出来た 俺も一緒に戦う》
それは彼からの、特別部隊への合流の意思表示だった。焦り故に予測変換でそうなってしまった様にも思えるが、彼が自身の事を俺と言う時は、心の底から怒っている時だ。その時の彼の言葉に偽りはない。心の底からの言葉だという事は私が一番分かっていた。どういう経緯で覚悟を決めたのかは分からない。だが私は、愛する夫の覚悟に、特別顧問として、彼の相棒として、そして妻として精一杯応えるだけだ。私は英二に指定された遊技場へと走り出した。
地下にある遊技場の受付に行くと、既に英二と、娘の心姫が待っていた。全力疾走した為に荒く息をしながら、二人を見つめる。
「お待たせ…英二、心姫!」
「待っていたぞ、マイレディ」
「お母様も来てくれたのですね、助かりますわ!」
「それで……どういう状況な訳?」
私は二人に説明を求めると、英二は少し神妙な面持ちになって言った。
「心姫から説明を受けた。特異能力所持者が扉の向こうで暴走をしている。既にSpade boyが交戦している様だが……単独で対処できる相手ではないのは明白だ。取り敢えず此処に居た客やスタッフは全員避難させた」
英二の言う"Spade boy"と言うのは数十年前に私達が助けたとある異常生命体から反旗を翻した眷属だ。今は私達に味方をしているが、現世に馴染むために魔力封印治療を受けている事もあり戦力の程は期待できないのが現実だ。英二は続ける。
「Spade boyの事もそうだが、騒動の発端に当たる特異能力所持者と言うのが……私の関係者でな。子供の頃にお世話になった…執事なんだ」
彼は辛い顔を見せまいと下を向く。関係者が特異能力所持者になって暴走をしている事を受け、自分が止めないといけないと思い合流を志願したとの事らしい。私は英二の手を強く握り締め、彼の何時でも渡せるように持ち歩いていた未使用のイマージュギア・Mk-2を渡して言う。
「あの強がった文面は腹立つけど…辛かったんでしょ?助けてほしかったんでしょ?素直にそう言えただけ偉い!」
英二は渡されたギアを見つめ、何かを理解したようで躊躇いなく右手首に装着すると少し口角を上げた。
「あの時の感覚、まだ忘れていないみたいだ」
扉の向こう側―――英二曰くこの遊技場の大部屋―――が段々と騒がしくなってくる。
「警備が被害の拡大を恐れて鍵を閉めやがりましてね……強行突破で行きますわ!」
心姫は扉から数歩離れ、足に装着したローラースケートの車輪を高速回転させる。車輪は火花を散らし、彼女は勢いよく扉へ向かって滑走し、渾身の飛び蹴りをお見舞いした。
遡る事数分前。
完全人は知性もあり狡猾な手を使ってくる奴等だという事は分かっていた。だが戦闘となると話は別らしい。一度標的として捉えた存在を狩るまでは相手に一点集中、横や背後にまで思考は至らなくなる。僕―――御刃多嵐は悪魔の如く変貌を遂げた祖父―――御刃多光影と距離を詰め、レイピアを振り翳す。完全人と近しい能力を使って戦っていた遊技場スタッフと思しき男も苦戦を強いられていた。あの時(たとえそれがまぐれ当たりだったとしても)悪魔へ攻撃を入れられていなかったら彼は今頃奴の毒牙に掛かって死んでいただろう。影の魔力に対抗できる術を持っていたとしても、レイピアを用いた戦闘に関して初心者の僕である。まぐれ当たりで全てやっていける程相手も弱くない。確実に決定打を打ち込まなければ勝ちは見込めない。僕に向かって影の帯が複数迫る。僕はレイピアでそれを全て切り裂き、奴の急所目掛けて剣先を突き刺す。しかし寸での所で躱され、僕はそのまま前方へ突っ込み、その最中に後ろ蹴りを喰らってしまった。背中を激痛が貫き、僕はその場で蹲る。
(確実に折れてる……)
「だ、大丈夫ですか!?」
スタッフの男が僕に駆け寄って手を差し伸べる。僕は彼の手を取って立ち上がり、レイピアを握った手を掲げる。すると、それは紫の光を放ち無数の針状物体に変化し、悪魔に向かって降り注ぐ。奴は針の雨を避け切れず攻撃を喰らった。
(よし、上手く行った!)
『こ、小癪な真似を……』
悔し気な表情で僕達を睨む悪魔に、僕は針の一部を数本のショートナイフに変化させ手元に戻すと、苦しい笑みを浮かべつつ煽る。
「少しでも動いたら、刺しちゃうけど…いいの?」
悪魔の様な風貌であれど相手は祖父だ。祖父の身体を乗っ取っている悪魔を切り離し祖父を助ける方針で戦っているが、力加減を誤れば危うく肉体ごと殺してしまいそうになる。手の震えは恐怖か躊躇か。すると悪魔は咆哮と共に黒い炎を広範囲に放つ。床に刺さった針を慌てて手元に引き寄せ、ショートナイフに変化させると、炎の範囲外まで逃げる。刃を帯電させ、ナイフを悪魔に向けて投げる。悪魔は攻撃を防ごうと黒い帯を絡ませ防壁を形成するが、ナイフは防壁を貫いて飛び、奴の肩を掠め部屋の壁に刺さった。
(やっば、外した…!)
スタッフの男が僕のミスを埋めるように悪魔に向けて走り出す。そして青く光る剣を振り上げる。僕はショートナイフをレイピアに戻して走り出し、姿勢を屈め、下側を狙う。二人で息を合わせ、一撃を叩き込む。
「「食らえええええ!!」」
二色の閃光が煌めく。両腕を切断された悪魔だったが、瞬時に両腕を元に戻し、鋭い爪が伸びた指先でスタッフの男を指差して言う。
『人間に絆されて弱くなったようだな、出来損ない……だが好都合、漸く貴様をこの手で葬れる……』
そして虚空から三叉槍を召喚すると、その先をスタッフの男に向ける。槍先が黒い炎を纏う。
『灰となって消えろ!』
黒い炎がスタッフの男に向かって放たれる。
「やめろぉ!!」
僕は彼と悪魔の間に飛び込み、黒い炎を直で喰らってしまった。全身が熱に襲われる。僕はその場で崩れ落ちた。荒い息をしながらスタッフの男に向けて言う。
「だ、大丈夫……か?」
「いや、大丈夫じゃないのは貴方でしょう!?何で、僕の…為に……」
黒い炎を喰らったせいか、全身を闇の魔力に蝕まれる感覚に襲われる。身体が思うように動かず、男に返事する事もできない。僕は悪魔の方を一瞥する。奴の表情は無様な僕を嘲笑っている様に見えて、少々の焦りを見せていた。怪しく光っていた紅い眼は心なしか僅かに光を陰らせた。その眼差しに、祖父の姿を見た。
―――祖父はまだ、完全に死んでいない。
部屋の扉が開く音がする。
「そこまでですわ、特異能力所持者!!」
時空管理局の制服を着た女性が一人、その両側には銀色のライダースーツ風の服を着た若い男女。あの制服は、かつて政府直下に存在した秘密部隊の制服と完全に一致した。男の方の姿は、祖父の主だった男―――有栖川英二の雰囲気に似ていた。秘密部隊の女性が言う。
「あんたがやった事は絶対に許されない事……静かにこの世界から退場して頂戴!」
「光影さんの身体を借りて非礼を犯す等看過できないぞ、ジョーカー!今度こそこの手で、完全に葬ってやる!」
英二らしき男がそれに続く。僕とスタッフの男の二人だけでは対処しきれない、だとしても三人が援軍で加われば勝てるかもしれない。ポーカーだって5枚のカードで役を作るものだ。
(何だかよく分からないけど、勝てる気がしてきた……)
僕はゆっくりと立ち上がり、天井を見上げて高笑いをする。魔力に蝕まれ、痛みが貫く感覚も、激しく脈を打つ鼓動も心地良い。
(これが冥界の闇に呑まれる、という事か……)
僕は片目を隠していた長い前髪を掻き上げ、レイピアの先を悪魔に向けると、半笑いの表情で言った。
「爺ちゃんの身体で好き勝手して、僕等が苦しむのを楽しんでる最低の悪魔に見せてあげるよ……無様に這い蹲って生きてる人間達の、史上最強の手札を、ね!!」