【第1話】旅は準備の時が一番楽しい
S83世界線の中心部。錆鉄色の問屋街を歩く。旅の続きを始める、と言われて麻英田華について来たのだが、何処かの世界線に行くとかじゃなくて、さっきまで居たガレージ風味のアジトから数本ずれた先の問屋街だった。
「あのさ」
「What?」
僕―――御刃多嵐の一言に前を歩いていた華が振り返る。
「此処って普通に問屋街じゃん。旅の話は何処行ったわけ?」
僕の問いに彼女は得意げに応える。
「旅を再開するにしたって、準備ってもんは大事だろ?特に世界線渡航は常に危険と隣り合わせ。お前だって、死地に丸腰特攻する愚か者じゃねーだろ?」
「まぁ、そりゃあそうだけどさ……」
確かに彼女の言う事は御尤もである。その時、僕は致命的な事態に気が付いた。僕はこの間まで投獄されていた身、携帯電話等諸々の連絡手段は時空管理局に押収されている。今や僕は彼女から1ミリでも離れれば迷子通り越して行方不明まっしぐらだ。
(今一番準備整ってないの、僕じゃん!!)
そんな心中を知ってか知らずか、華は僕を見てニヤリと笑うと、上着のポケットから袋を取り出して見せた。
「What is this?」
透明なパウチ状になっている袋が二つ。一つは僕の生命線と言っても過言ではない携帯電話、もう一つは僕が数年前から必死に集めていた釘コレクション(武器扱いとなりこれも押収されていた)だ。僕は食べ物に飛びつく餓えた獣の如きスピードで袋を彼女から強奪すると白いロングコートの両ポケットに急いで突っ込んだ。
「あ、ありがとう……というか、どうやって取り返したのさ?監獄棟は警備が厳重なはず…」
僕の頭で踊る疑問符。すると華は君の悪い程に静かに笑って此方に圧を掛けてきた。どうやら厳重機密という事らしい。まあ、常識の通用しない彼女がする事だ。方法を聞いた所で僕の理解しえない範疇の手段が出てくるだろう。僕は深く考える事を止めた。そして華は何かを思い出したように言った。
「お前の釘の事だけど、そのまま使うんじゃ何の戦力にもならんし私の手でrebuildしといたわ」
「rebuild……か、改造したって事!?何勝手な事してくれてんのさ!!」
「だってお前の持ってたやつなんか木工DIYか磁石遊び位しか使い道無いやろ?私ぁ木工は専門外だし…それに、こっちの方が疑似電磁砲だって使えるし良いと思うぜ?私の技術力なめんな!」
「悔しいけど凄い格好良い」
「ま、使いこなせるかどうかはお前次第だけどな~」
そう言って華は再び歩き出した。僕も慌ててその後を追う。彼女の手で生まれ変わった姿の愛機達の威力はどれ程か使える日が来るのが楽しみな反面、自衛手段を使わざるを得ない状況に巻き込まれたくはない。僕の中で相反する感情が渦巻いていた。
暫く錆色の問屋街を歩く。流石は工業発展の著しい世界線だ、家電量販店からパーツショップ、修理屋に至るまで、ありとあらゆる機械系専門店が軒を連ねている。そんな中、とある店の前で華が止まり呟く。
「あんたを此処に連れてくるのは初めてだったかな……」
其処は他の世界線から輸入した武器や機械を取り揃えた輸入品店だった。彼女に付いて行くように恐る恐る入店する。どうやら彼女はこの店の常連らしく、店長らしきサイボーグの男と和気藹々と話し始めた。そんな彼女を横目に陳列棚を眺める。彼女から見せてもらった事のある時空渡航機器や、目が飛び出る位高価なパーツまで、様々な商品が置かれている。中には僕のいた世界線では法外機器扱いになっている物までこの店では売られていた。
(この店、めっちゃ怪しくない?)
そんな事を思いながら僕は華に聞く。
「そういやぁさ…何でこの店な訳?明らかに怪しいしめっちゃ高いし!」
僕の質問に華は得意げに答える。
「此処なら大抵の物は手に入るからね。本当は欲しいのに地元じゃ売ってくれない奴とかもあんのよ。私の愛機に使ってる部品も殆ど此処で買った」
「ほーん…ところで華ちゃん、地元どこなの?此処じゃないの?」
「おん、私A1世界出身だよ。此処は第二の故郷みたいなもんだよ」
僕はずっと彼女の故郷がS83世界だと思っていた。というか、彼女の口ぶりがそう言っている様に聞こえていたのだ。
「部品目当てで移住したの!?」
「完全に移住したわけじゃねえ!行き来してるだけだ。それに、部品目当てだけじゃねえし……」
そう言いながら彼女は声量を段々小さくした。どうやら僕に聞かれたくない事情でもあるのだろうか。
(そういえば、僕ってあまり彼女の事知らないな……)
華とは(一度別行動をしたとはいえ)数年ずっと一緒に冒険してきた仲だ。しかし、彼女の事は全く知らない。今も彼女の故郷が何処か知らなかったし、彼女がどうしてこんな旅をしているのか、危険と分かっている場所にも平気で飛び込むのかも分からない。知られたくない事情があるかもしれないし、ああ見えてかなりの秘密主義者なのかもしれない。或いは彼女について僕が知ろうとしていなかったのか―――
「おい勘違い野郎、聞いてるか?」
僕の思考を遮るように華が僕を呼ぶ。
「えっ、あっ……ごめん、ちょっと考え事を……」
「まあ、いいや。ちょうど話も終わった所だし。By the way,何か欲しいものでもあったか?金は出す」
「え!?いや、別にいいよ…ていうか、こんな高いの買える額持ってるの!?」
僕の問いに華は不敵な笑みを浮かべると胸を張って答えた。
「この店は小金稼ぎにもちょうどいい場所なんだよ。自作機械も他世界線に売り出せるんだ。売れるかどうかは店長の目利きで決まるけどな。あのタイムボムも店長に掛け合って売り出してもらっててな、これがまたいい稼ぎになるんだ!」
「お、おう…」
「お前の超電磁釘も実はお前の救出が失敗したら売ろうと思ってた」
「やめてよ!僕の"愛機"だぞ!」
「Sorry sorry, Half jokeだ」
「そんな言葉無いの英語弱者の僕でも分かるよ!てか、半分本気だったの!?」
僕のツッコミに華は白々しく目を逸らした。僕は深い溜息を吐いた。
諸々買い揃えて店を出る。ただただ準備していただけなのに何か疲れた。華は荷物をいっぱい詰めたバックパックを此方に投げ寄越す。僕は慌ててそれを受け取る。
「ほい、荷物持ち頼むな」
「はいはい、分かりました…」
このやり取りも何年振りだろう。僕は懐かしさを感じつつ、少し嬉しくなり微笑む。華は上着のポケットからタイムボムを一つ取り出しノールックで後ろに投げる。大きな音を立てて空間に時空トンネルが開く。
「さぁ、行こうぜ」
そう言って彼女は僕の手を引く。
「待って待って!何処に着くか分からないんだよ、大丈夫なの!?」
焦る僕に彼女は笑って言った。
「そんなの今更だろ?行き当たりばったり上等!まさか数年のblankで精神鈍ったとか言わねえだろうな?」
図星だ、と言うように僕は目線を逸らす。すると彼女は呆れたような顔で僕を見て、大きくため息を吐くと言った。
「じゃあIce-breakが必要だな。暫くRandom spawn tourで感覚取り戻してから本題に入ろう、いいな?」
「了解」
「よし、行くか」
僕達は手を繋いだまま、開いた時空の渦に飛び込んだ。