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爆華繚嵐 ~Ride on Multiverse True Ending~  作者: 夕景未來
【始章】冒険者達の回顧録
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【回想録1】御刃多嵐の脱獄

―――この世に価値のない人間、期待されない人間なんていない。誰かが誰かを必要としてる。

―――貴方の事を必要としてくれる誰かが、この世界には必ず居る。


 何時から僕は、自分を必要としてくれる"誰か"の事を忘れていたのだろう。


 狭い透明な立方体のワンルームの硬いシングルベッドに腰掛け、僕―――御刃多嵐(ごばた らん)はぼうっと無限遠の天井を見上げる。僕のいる部屋と同じ形状の立方体が縦横無尽に浮遊する此処は、時空管理局の時空犯罪者収容施設―――通称"時空監獄(タイムプリズン)"。僕は数年前の大規模時空テロの共謀者として収監されている。例のテロの首謀者は世界線ごと消失した。消失した世界線に関する記憶や記録は宇宙全てから消える。辛うじて覚えていたとしてもざっくりとしたもの位だ。残された記録は首謀者が共謀者達に洗脳紛いをしていた事程度。その為共謀者は時空犯罪幇助(ほうじょ)罪には問われず、法外機器所持罪や公務執行妨害等の余罪分の刑罰が適用される事になった。僕に言い渡されたのは禁固刑15年。長いとも短いとも取れない刑期だが、これまでの自分の行いを顧みるには十分すぎる年数だ。

 時空監獄の収監者にはある程度の自由が保障されており、職員に要求すれば暇潰しの道具は手に入るのだが、僕にはそんなものに手を出す気力なんて1ミリも残されていなかった。というよりは、その辺の娯楽では安易に満たされなくなっていたという方が近いだろうか。

(どれもこれも、全てはあのマリファナ野郎が狂わせたんだぞ……)


 僕の人生は、一人の、破天荒で無鉄砲で、恐れ知らずな女性の手で、全てが変わった。いや、彼女に誘われて、自分から()()()()()()()()のだ。


 思えば、僕らの出会いは突然だった。話は約6年前位に遡る。

 E33世界線に住む僕は、もう既に自分の人生に失望していた。あらぬ罪を着せて僕を虐める輩、特に理由もなく僕に後ろ指を指して笑う人々、虐めに構えば次は己が標的(ターゲット)になると恐れ見て見ぬふりをする静かな共犯者。人を(おとし)めてその反応を楽しむ知能指数の低い(クズ)共にうんざりしていた。

(此処に僕の居場所は無い)

 気付けば僕は自分の事をこの世界に居るべき存在では無いと思うようになった。ある種の現実逃避である。しかもそれも極端なもので、僕は人間とは違う高次の存在―――"天使"だと思うようになった。自分は人間とは格の違う存在で、此処に居るべきではない。本来天界に居るべき存在なら何故下界に留まる?そんな都合のいい口実を作って僕は中学の卒業式の日、自宅マンションの最上階から飛び降りる事を決意した。

(これは自殺じゃない、在るべき場所へ帰るだけだ)

 そう心で言い聞かせ、僕は両腕を広げて空を見上げる。そして身体の重心を前に向けた―――その時、凄まじい力が僕の横から凄まじい速度でぶつかってくる。一瞬の出来事だったが、それはまるでスローモーションのように感じられた。視界が一瞬歪み、頭がくらりとして目の前が真っ白になった。気付けば僕は、自宅よりも二軒先の高層ビルの壁に全身をめり込ませた状態になっていた。

「いってぇ……何なんだよ!もうちょっとで僕死んでたんだぞ!」

 視線を少し上げると、僕より少し背の高い女性がそのまま僕を押し倒したような形になっていた。

「はあ?あんたがそんな所にいるから悪いんだろ?あ、まさか……自殺(Suicide)?」

「あ、いや……それはその……実へぶぁっ!?」

 図星を突かれて口ごもる僕。その時、目の前から巨大な鉄の塊が僕に向かって飛んでくる。避ける間もなくその鉄の塊は僕の頭を直撃する。鉄の塊はよく見ると機械仕掛けのハンマーだった。

「に、二回も死にかけた……というかこれ、物理法則大丈夫?」

 混乱した頭のまま何とか言葉を紡ぐと、女性は表情を変えずに言う。

「何が"二回も死にかけた"だ!それを望んであそこにいた癖に死にかけたら文句かよ……」

 女性は僕の傍らに落ちたハンマーを軽々と拾って担ぐ。僕は目の前でいとも容易く行われる常識外れの行為に戸惑いながら言う。

「えっと…そろそろ降りてくれません?」

「Oh! Sorry, guy!!」

 彼女は軽く謝った後、何かに気付いたような表情をすると瞬時にハンマーをコンパクトに折り畳んで(どういう構造なのかは本人のみぞ知るだ)上着のポケットに仕舞うと、僕を肩に担いでそのまま高らかに跳躍した。


(僕は、夢でも見てるのか…?)

 迫る高層の建物の壁を蹴り、屋根から屋根へ飛ぶ。空が近い。生まれて初めて見る景色、否、本当なら何時でも見られるものだが僕が見ようとしなかった景色なのかもしれない。暫く美しい景色に感動していると、僕らの背後からエンジン音にも近い爆音が聞こえる。ふと振り返ると、改造飛行バイクに乗った集団が迫ってきていた。

「こ、今度は何!?」

「Oh, shit!!ここまで追って来やがったかあの馬鹿共(Assholes)!!」

 女性はそう言うと上着の左ポケットから黒い機械仕掛けの玉を取り出して遠くに投げた。玉は大きな爆発音を上げ、空間に極彩色の円形トンネルを作る。女性は僕の方を見て言った。

「飛ぶよ。Are you ready?」

「は!?飛ぶって何!?まだ心の準備が……」

 僕の返答を待たずして女性は地を強く蹴ると、これまでよりも高く跳んだ。そしてそのまま極彩色のトンネルの中へ突っ込んでいく。

「Fooooooo!!!」

「わああああああああ!!!!?」

 トンネルの中に二つの絶叫が響く。


 彼女には、常識も物理法則も通用しない。本当の意味で、()()な女だ。そう感じた時、僕は全ての思考を放棄した。難しく考える事が、馬鹿らしく思えた。


 トンネルの出口は赤茶の砂地が広がる荒野だった。僕は着地姿勢が上手く取れず砂地に顔面からダイブしてしまった。

「いってぇ……やっば、服めっちゃ汚れたぁ…僕潔癖症(けっぺきしょう)なんだけど?」

 服に付いた砂を払いながら文句を垂れる。一通り砂を払い顔を上げる。

 目の前に広がる未知の景色。延々と広がる荒野。廃材を雑に積んで造ったような建物達。鉄製の馬と改造トラックが同じ道を走るその様子は、西部劇(ワイルドウエスト)と世紀末世界を足して割ったみたいだ。

「うわ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。女性は笑って言った。

「HAHAHA!!あんた、すっごい面白い反応するじゃん!よっしゃ、付いてきな!」

 そして僕の腕を強引に引いて歩き出す。


「さっき僕らを追い掛けてた人って…何だったの?」

 錆鉄色の街を歩きながら僕は恐る恐る聞く。

「あー、ただの金品目的の輩だよ。私の愛機狙いだったみたいでねー」

「"愛機"って……君が持ってたあのデカいハンマーの事?」

「Exactly!一から私が作ったOne-and-Onlyモデルだからね。誰にも奪わせる心算は無いよ。ま、パーツに高価なもん使ってるし、奪いたくなるのは無理ないけどさ」

 自分が先程まで追われていた立場だと言うのに、彼女は余裕綽々といった表情で語る。

「By the way,あんたは何でSuicideなんかに手を出した訳?」

(急に質問振られた!?)

「え、えっと……」

 言葉に詰まる僕。彼女は少し呆れたような顔をした後、僕に顔を近づけて言う。

「素直に言ったら気が楽になるもんだ、言ってみ?」

「ち、近い……」

 距離を詰めてきた彼女に困惑しながらも、僕は自分の考えを正直に話した。

「勘違いしないでくれ!あれは自殺なんかじゃない、帰郷だ!」

「帰郷だぁ?あれが?」

 疑念の顔を見せる彼女に、僕は得意げな顔で言った。

「聞いて驚くなよ?実は僕、偉大なる天使なのさ!下界の人間達の動向を偵察してたんだけど…あんな糞みたいな世界、反吐(へど)がでそうでやってられなくてさ。だから早急に天界に帰ろうと……」

「That's bullshit!!」

(え、何て!?)

 食い気味に言われた英語に驚きで言葉が止まる。彼女は溜め息を吐いて言った。

「あんたってとんでもない嘘吐きだな。そんなくだらねぇ冗談(Joke)、私には通用しねーよ」

「え?じょ、冗談じゃなくて本気で……」

「はい、ダウト。本当は?」

「え、いや……もう分かったよ、本当の事を言う」

 僕は観念して真実を話す事にした。

「ありきたりかもしれないけど…虐めだよ、虐め。僕が何をしたか知らないけど、やりやすい標的見つけて虐める屑みたいな輩に絡まれてたんだ。助けを求めようにも孤立無援だし、教師も見て見ぬふりをする始末。やってられなくなっちゃってさ、いっそ死んでしまおうと思ったんだ。自分が天使だって言うのもある種の現実逃避、自殺を正当化する口実だよ」

 僕の語りを素晴らしい程の真顔で腕を組みながら聞く彼女。そんな彼女を見て僕は溜め息を一つ吐くと言った。

「これが全てだ、満足?」

 すると何を思ったのか、彼女は僕の頬に一発平手打ちをお見舞いした。

「いっっってえ!!ぶった、ぶったね!!」

 叩かれた右頬を押さえつつ、平手打ちの勢いで飛んで行った眼鏡を拾う。眼鏡をかけ直して彼女の方を向いた刹那、今度は左頬にもう一発平手。再び宙を舞う眼鏡。

「に…二度もぶった!親父にもぶたれた事無いのに……って言うか君、二回痛めつけないと気が済まないタイプかい!?」

 何処かで聞いた事のあるフレーズを引用しつつ彼女に抗議をする。ぼやける視界に目を細めつつ、地面に落ちた眼鏡に手を伸ばす。しかし、その前に彼女が先に眼鏡を拾い上げた。

「Suicideってのはな、狭い世界で満足してる馬鹿がする事だ。この世界はお前が思ってる以上に広くて、無限の可能性で溢れてる」

 そう言いながら、彼女は僕に眼鏡を投げて寄越す。僕は慌ててそれを受け取り、レンズに着いた砂埃を払いかけ直した。彼女は続ける。

「あんたがいた世界じゃ居場所も無くて肩身が狭いって思ってるんなら外の世界に目を向けろ。あんたの身の丈にあった世界が絶対に見つかる。この世界に居場所の無い人間なんていねぇよ」

「僕の、居場所……?」

 僕はそう呟くと、半顔を隠していた長い前髪をかき上げ彼女の顔を見る。それを見た彼女は少し驚いた表情で硬直する。

「こんな気味悪い眼の僕だけど……そんな僕でも、居場所はあるの?」

「おい、まさか…その眼が、虐めの原因?」

 彼女の問いに僕は自嘲気味に笑う。僕は生まれつき両目で瞳の色が違っていた。それが周囲から気味悪がられ、虐めを受けていたのだ。

「正解。みんなこの眼を怖がって、化け物扱いして虐めてきた。君は…僕の眼、怖くないのかい?」

 僕は恐る恐る尋ねると、彼女は笑顔を見せた後こう答えた。

「怖かぁねえよ。それってあんたの個性だろ?他人の個性は否定する方が悪い。それに、私はそのオッドアイ、かっけえじゃん」

 女性は凛とした態度でその言葉を言い放った。

「格好いい?…僕が?」

「いや、お前じゃねえ。お前の()が、だよ」

「何だよ!ちょっと位自惚れたって良いじゃないか!?」

「悪ぃ悪ぃ、Just kidding!!」

 女性は歯を出して無邪気に笑いながら言った。

 今まで自分の事を(正確には自分の眼の事をだが)格好いいだなんて言ってくれた人は一人もいなかった。だから正直嬉しかった。気付いたら僕の心から陰鬱(いんうつ)な気持ちは抜けきって、素直に笑えるまでになっていた。そんな僕を見て彼女は笑って言った。

「何だよお前、良い笑顔すんじゃん」

 そして僕に向けて手を差し伸べると続けた。


「独りで外の世界に出るのが怖いって言うなら私について来い。死にたいなんて気持ちがぶっ飛ぶようなamazingな景色、見せてやっから!」


 彼女の鮮やかな黄緑色の瞳を見た時から、僕の気持ちは決まっていた。差し出された手を取り、僕は微笑む。

「改めて、僕は天使ゴヴァティ…じゃなかった、御刃多嵐だ。君の名前は?」

 誤って偽りの名を言おうとしてしまい訂正する僕を笑いながら彼女も名乗った。

「私?麻英田華(まえだ はな)。宜しくな、FMG」

「え、いや名前で呼んでって…というか、どういう意味それ?」

とんだ(Fuckin')勘違い(Mistaken)野郎(Guy)

「あっそう、何かの略称なのね」


 僕と彼女―――麻英田華との自由な旅は、こうして幕を開けたのである。


 数年の間に色々あった。その色々は追々明かしていくとして、そんな旅路が今にも終焉を迎えようとしているのが現実だ。

 遠方から此方に飛んでくる立方体に目をやる。天井から吊り下げられたサンドバッグにパンチとキックを絶え間なく打ち込む男―――北澤海吏(きたざわ かいり)だ。流石は格闘家が本職の男、その勢いは凄まじいものだ。海吏は僕の姿をその目に捉えると、動きを止めぬまま言った。

「相変わらず辛気臭ぇ顔してんな、()()()()

「だから僕の名前は()()()です。いい加減名前覚えてください、()()()()()さん」

「誰がゴリラだよ!!」

 怒りに任せて渾身(こんしん)の蹴りがサンドバッグを貫く。破壊されたサンドバッグ()()()()()を見つめ、海吏は舌打ちをした。

「不慮の事故に見せかけて脱獄する心算?無駄だって」

 上空から聞こえる声に顔を上げる。無気力な眼差しでベッドに横たわる男子学生―――胡山望深(えびすやま のぞみ)だった。推しを失った彼は生きる気力を完全に失くしていた。支給物のMP3プレイヤーから流れるヒーリング音楽に身を委ねながら望深は言う。

「素直に刑期満了まで大人しくしていた方が身の為……」

 言葉の途中で寝落ちしてしまった彼を見て海吏は溜め息を吐く。その時、僕の部屋の前に一機のドローンが飛んできた。時空配送のものだった。ドローンのアームには一通の封筒。僕は一時的に開いた小さな穴から手を伸ばし封筒を受け取る。封筒の中にはメッセージカードが入っていた。カードを開くと音楽が流れる仕様のものだった。部屋中に響くクリスマスソング。

(クリスマスはもう終わってるのに……季節外れすぎやしないか?)

 そんな疑問を抱きつつもメッセージに目を通す。ボールペン字の筆記体で記されたメッセージはこうだ。


"Merry Christmas, Motherfucker.  Jasmine"


 この字体を見て全てを察し微笑む。僕を必要としてくれている"誰か"はまだ、僕の事を忘れてはいない。音楽が鳴り終わった途端、メッセージカードを基点に大爆発が起こった。爆風を直で浴び、一瞬で意識が飛んだ。最後に聞こえたのは海吏の驚愕の声と、けたたましい警報音だった。


「…………ろ……きろ…起きろ、FMG!!」

「うわぁあっ!?」

 聞き慣れた声に頓狂(とんきょう)な声を上げながら飛び起きる。辺りを見渡すと、そこは散々見慣れたガレージ―――の様な作業場だった。目の前では、作業着を着た女性―――麻英田華が僕の顔を覗き込んでいた。

「Good morning, guy?」

「あぁ、おはよ……ってか、何してくれてんの!?」

 僕は華の両肩を掴んで揺らしながら問い詰める。華は顔色を変えずに言った。

「え?何って…あんたが投獄されてんのを裏ニュースで知ったから助けたまでで」

「いやいや、だとしても死にかけたんだから!!何なのあれ!?」

 僕の問いに対し、華は作業着のポケットに入れた黒い機械玉を取り出して言う。

「これ、見覚えあんだろ」

 それは彼女が僕を外の世界に連れ出した発端となった物だった。華は悪戯(いたずら)っぽく笑って続ける。

「これは時空ゲート強制開通タイムボム。(あらかじ)め接続したい世界を組み込んでおいて、空に向かって投げてゲートを開くの。私の完全自作アイテムの一つさ。あんたが受け取ったメッセージカードもタイムボムの応用。音楽が止まるタイミングで起動するようにしておいたんだ!どう?びっくりしただろ?」

「あーうん、びっくりした……」

 得意げな表情で聞く彼女に、僕は呆れ気味に笑う。彼女は僕に手を差し伸べる。旅の始まりに見た光景が過る。華は無邪気な笑みを見せて言った。

「FMGの救出も無事終わったことだし、ほら、行こうぜ?」

「行くって……何処へ?」

 僕の質問に彼女は満面の笑みで言う。

「決まってんじゃん、旅の続きだよ!」

 そう言って彼女は僕の手を引いて歩き出す。僕は彼女の手を強く握り返し、笑顔を見せた。


 僕らの自由な世界旅行が再び動き出す。しかしその旅路は平坦なものではないというのは、僕はこの時既に覚悟の上だった。

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