【短編】戦国ぴいけえ~武士、妖術師、絡繰による三つ巴大天狗退治録~
特撮時代劇VRMMOのごちゃまぜバトルです。
実在の人物や元となる伝承と本作の内容は異なりますので、了承頂ける方のみご覧ください。
新米の信太の手に握られているのは、凡庸な長槍である。
馬も持たず、具足の一式も揃えられない。
それでいて無頼屋として戦に参加したいという気持ちだけは一人前だった。
秋となり赤や橙混じりの山中。
四十人の阿国勢の列が闊歩し、敵が陣取っていると思われる山頂近くまで登っていく。
狙いは山奥に運ばれたという敵の資材を破壊、略奪することだ。
(早く、早く……!)
戦場に出て、敵を倒し、英雄となりたい。
「麒麟児」「神剣「「剛力無双」……
身近では、今から入る象頭山にいるという「象頭山の大天狗」、隣国で暴れまわっているという「刑部の鬼武者」……
その活躍から二つ名がつき、轟かせる将は多くいる。
この部隊を率いる筋骨隆々の将も「天下惣一」の名を取る弓取り、和佐大八郎範遠である。
自分も世に幅を利かせる名将の一つとなり、ゆくゆくは総大将に成り上りたいと、信太は逸っていた。
そんな渇望により高揚した気分では、周囲の警戒もうまくいかない。
そのくせ視線だけはあちこちに動き回る。
まさに端からみても新参者であり、だからこそ的としては最適だった。
ヒュンと音がする。
それが信太の最後に聞いた音であり、彼の頭を矢が貫通する音でもあった。
身体は二、三歩歩き、そのままふらふらと揺れて地面に倒れ伏す。
そしてサラサラと音を立てて灰となった。
これが無頼屋「信太」としての終焉であり、出得は消失した。
同時に、この戦の始まる合図でもある。
「そこの影へ!! ぐうぅ!!」
矢を受けながらも叫んだ将、大八郎の命令により、兵士は岩陰や斜面に身を隠す。
先に走らせた密偵の話ではもう少し先の岩に伏兵が忍んでいるはずだったが、どうやら煮え湯を飲まされたのだと、皆は気づく。
今もこちらが顔を少しでも出そうものなら、隙間に矢を放ってくるあたり、弓の腕に自信がある兵が集まっていらしい。
だが、こちらは消滅が1名、軽傷者が数名いるのみ。
「弓構えい!!」
完全に囲まれて動けなくなる前に、即座に反撃しつつ、体勢を立て直す。
それに弓術に自信があるのは、向こうだけではなかった。
『火箭矢』『破魔矢』『紅葉三連』
それぞれの数奇流が放たれ、敵の悲鳴が聞こえた。
向こうが弓兵ぞろいなら、こちらも日置流から小笠原流の段位者、その中でも大弓持ちが十五人いる弓術部隊だ。
山の斜面では、上にいるものが圧倒的に優位だが、その木々の隙間を堂射できる技量があれば、下から登る者にも利がある。
(敵は……なるほど、四十級が五人、その周りに二十から三十級がちらほらと。ではあの五人を倒しさえすれば、こちらの勝ち。倒せねば加勢を連れられてこちらが全滅だな)
そう計算したのは、この中で一番の軽装である隠助であった。
彼は武具も籠手と胸当て、武器は短刀のみという徹底した軽量武装であり、だからこそ絶壁であろうとも、鹿のような速さで登る身軽さを持っていた。
「では、行きます!!」
そういって、降りしきる矢の中へ身を投じ、じぐざぐに、木々の間を取り抜けながら、山を掛けていく。
その走り方は、腰を低く維持したまま地面と擦れるほどの伏せており、矢は中々当たらない。
「『天泣矢』!!」
来る……と、隠助は身を逸らす。
すると彼のいた場所に、およそ二十本もの矢の雨が局所的に降り注いだ。
単なる技と違い、無頼屋の使う数奇流は神業にも似た奥義を引き起こす。
雷の如き速さの連射、爆発する矢、当たれば痺れ、凍り、動きが鈍くなる矢。
回数や時間に制限はあるが、極めれば一度に十人、百人をも負かすことができる。
それらに対抗するには、こちらも数奇流を使わねばなるまい。
隠助の得意とする術は、武術ではなく妖術。
変幻自在を掲げる誠浄流妖術の門下である。
『変化の術、信州信濃大狗』
身体は前のめりとなり、服の上から白毛が生えて膨れ上がる。
指先には鋭い爪。口は顔の横まで避け、金色の瞳は木陰を映し光芒を宿す。
果ての果てに、現れるは狼にも虎にも似た、一匹の大獣となった。
制限時間の中で、自らの姿を変えて能力を控除させる数奇流である。
「があぅ!!」
一つ吠えて、草木を踏み、颯爽と山中を駆け、そして一つ高く飛んだ。
そして敵の弓兵が矢を持つ暇もなく、その喉元にかみついた。
慌てふためく敵陣。一瞬、目の前の獣に注意を奪われて、隠れていた軍から目を逸らす。
ガツン、と音がしたのは、飛んできた槍が腹にささり、そのまま横の岩へとぶつかった音。
下に隠れていた兵士たちは、反撃の機会を逃さず、死んだ仲間の槍を投擲したのだ。
かくして、今度は慌てふためくことになったのは伏兵らのほうであった。
化狼にかく乱されてる間に、敵は岩を登り、既に刀と槍の間合いまで近づいている。
「我らこそ真なる阿国の武士だ、恐れず進めえ!!」
次の瞬間、戦いは雄叫びと共に全軍衝突へと転じた。
弓を捨てて刀や槍を取り、互いの首や胴元目掛けて刃を振り、赤い飛沫が飛び交う。
倒れた者は灰となり、銭と道具袋、そして装備を残して消滅していく。
新道流、義経流、天然理心流、我流、宝蔵院流……
現在までに消滅したものを含め、およそあらゆる時代の武術と流派の技が繰り広げられるのは、ここが単なる戦国正史をなぞる世界ではないからだ。
その鎧や武器も、よくみると近現代の意匠や技法が組み込まれ、更に現世ではありえない強度や軽さを成している。
この世界は遊戯、戦国時代風の永夢絵夢往在日路と呼ばれる遊戯である。
技術革新の進んだ先の世にて、恐るべき物理演算で作られた仮想世界と全身の感覚を電脳機器にて再現できるようになった時代、目の前の土塊の触感から匂いまで感じれるほど、夢と現の堺がなくなっていた。
そこで何よりも「りある」に戦いを演じれる遊戯が生まれた。この世界である。
実際の戦国に飛び込んだかのようと唄い文句をつけられたこの遊戯の名は「戦国ぴいけえ」。
膨大な史実資料を、えいあいに読み込ませ、架空の地に縄文時代から二千年の歴史を演算させて創生されたのが、この仮世である。
日本の歴史と流れは異なれど、現世と同じく、貴族や武家階級が生まれ、文化、風習、更には武具まで同じ様式で武人らが勢力争いをする世界である。
更に、この『戦国ぴいけえ』の大きな特徴は、他の世界より一層迫真をつけるべく、無頼屋式目がつけられていることである。
それが「ぴいけえ」である。
この世界で死ぬと、仮想の身体は消滅し、出得は消滅する。
続投も復活蘇生もなく、次は新たな無頼屋として一から始めることとなる。
更に記憶を預かる中枢神経にまで影響を及ぼせる特許技法により、次回には記憶を持ち越せない。
現実でさえも、遊戯をぷれいしたことは覚えているが、内容に靄が掛かってしまう。
これにより、例えば自分を殺した相手に復讐しようだとか、死様遊戯だとか、転生連打だとか、現実で情報共有をして有利に進めようだとかいったことは一切不可となっている。
この式目により、無頼屋たちは一つ一つの戦いに命を賭して全身全霊となり、平和な現世日本では決してできない戦いを味わえる。
だから今この瞬間の両陣はともに、全力で相手を倒したいものだけが参戦しており、だからこそ戦は激闘以外の何物でもなくなる。
逃げようとする者はいない。
弱者は既に狩られ尽くし、残るは腕に自慢のある者どものみ。
自分こそが強者であるならば、目の前の好機に飛びつかなくてどうするか。
ある者は煙を巻いたかと思うと大鎧を身に纏い、敵を衝突し圧し潰した。
その喉輪の隙間目掛けて手裏剣が飛び、崩れたところを小柄な青年が柔術にて崖まで投げ飛ばした。
己の背丈を超える長刀を綿甲が振り回せば、相手は二刀流でそれを捌き切る。
十文字槍で善戦していた男の背にぺたりと札が張り付くと、全身に呪いが回り倒れ伏す。
一挙一動が生死に繋がり、されど迷う暇などなく、背中を仲間に預けて暴れまわる。
今味方は何人いるのか。視界の人影が減っていき、判断がつかなくなる。
「がぁ!!」
「うるぁ!!」
やがて、最後に残ったのは将である大八郎と敵将の二人のみ。
武器を振るう間もないほど近距離での取っ組み合いとなり、ごろごろと斜面を転がりながら相手を殴り続ける。
そして重い一撃を食らったことで将が倒れ伏した。
勝負はついた。
相手は戦いの中で、虫の息を上げている大八郎の正体に気付く。
「お前、数奇流を使わないと思ったが、無頼屋でなく『原住者』だったか。ただの凡人にしては、ひどく強かったな」
「ぐぅ……」
大八郎は、無頼屋にそう侮られることが嫌いだった。
無頼屋は数奇流を使えるが、現住者は使えない。
そのため、戦で手柄を立てるのは決まって無頼屋だった。
大八郎が天下に名を轟かせながら、この小規模な軍しか動かせないのもそのためである。
だがいくら侮辱されて怒りが湧こうとも、身体は動かない。
相手が何にせよ、将であれば確実に息の根を止めなくてはと、勝利した兵士は立ち上がる。
腕力だけで殺すには気力が尽きており、自分の武器は斜面の上に落としてある。
敵の一人は、虚ろな目をして、戦場に残る武器と赤色を見て深い息をつき、ふらふらと回収しに向かった。
「はぁ……」
遠くで音がする。
そう思って目を動かしたとき、その首元目掛けて大口を開けた白獣が眼前にいた。
ガブリ
こうして、全てが灰となり、獣は一人の人間へと戻る。
口元の血を拭い、あたりを見渡して、地面に転がった鎧を敷物にして胡坐を組んだ。
土のかかりボサボサとなった髪を後ろで結いなおし、目尻の濃い隈を擦る。
まだ見た目は成人直後の若造に見えるが、この仮世で二年は生活する妖兵であり、つまりはその年月の分だけ修羅場を潜り抜けながら一度も死ぬことなく生き抜いてきた猛者でもある。
証拠として、今の隠助の目には勝利への陶酔も消耗による空虚もない。
この小競り合いは終焉したが、それは大きな戦の一つに過ぎない。
戦いは始まったばかりであれば、彼の頭には既に次の戦略を見据えていた。
(俺と同じ名うての妖術師がここらにいると聞いたが、今回は全員違ったか。であれば、更に山奥にて
準備をしている……これは、もしかすると大国主が動くかもしれん)
「お前……何者だ……」
か細い声の正体は、先ほど倒れ伏していた味方の将だ。
死にかけではあるが、まだ意識はあるらしい。
隠助は手を貸すことなく、水を飲みながら答えた。
「ぷはぁ……獣に化けるのが得意な、しがない一兵だ」
「はぁ、はぁ……いいや、お前のような妖術使いが……我が隊にいるとは聞いていなかったぞ」
「その通り、俺は阿国と象頭の両陣営どちらのものでもない。それの漁夫の利を狙う隠神の国の、隠助だ。冥途の土産に覚えておけ」
「冥途の土産ならば聞かせろ、狙いは……なんだ」
「この象頭の山奥に、大量の銭と建築材が貯めこまれていると情報を得た。それがただの山城を建てるためであるならば、戦に乗じて我らが財を奪う。他の目的であれば、早めに潰す。最後に俺がいたと知る者全てを消して立ち去る。それださ」
「……はぁ、ならば己も殺すのか」
「ああ、だが折角今生きているんだ。最後の頼みがあれば聞くぞ」
「では、俺のことを国の人々に我が武勇を伝えてくれ……和佐大八郎範遠は、壮絶なる戦いの末に立派な最期を遂げたと」
「……それは」
と、隠助の耳に地響きが聞こえてきた。
地面に伏せて、転がっていた兜を被っていると、山全体が震え始める。
空に大きな影がかかり、隠助は目を見張った。
地面に寝たままの大八郎は、動けない身のまま口をあんぐりとさせた。
「なんだ、これは……?」
「いやはや、騒ぎがあると思い来てみれば、狼とは面白い。それにそこに転がっているのは、もしや天下惣一の大八か?」
頭上よりする老いた男の声。
そこには身の丈三丈(約9メートル)はあろう、巨大絡繰があった。
まるで天守閣のごとき白と黒の装甲で防御を固めた大入道。
表面は鰐肌のようにざらつく瓦と、手足に走る薄く金色の模様。
強靭な四肢を持ち、胸には八つ手の葉の家紋が刻まれている。
(八つ手は象頭の紋……では、これが象頭の大天狗か!? だがこれでは、天狗どころか大権現の化身ではないか!?)
肩上には畳を張り付けたような分厚い瓦の連なる鎧板、胴より垂れる草摺は膝近くまで伸び、そこから重心を取るため石垣のように無数の石をはめ込んだ巨大な脚部が伸びる。
城の天辺に似た三角の兜を被り、額には角の用に二股に分かれた金色の鍬形。
顔は赤き総面で覆われ、目と口元を繰りぬかれたツルリとした表面に、大きな鼻とその下から横に伸びる白髭を蓄えてる。
その背後には、揺れる火炎のようにうねる後光の輪があった。
まるでだいだらぼっちが如き巨大な鎧武者が、今、隠助を見下している。
「大八郎、下手に恐れるな。これは妖術師の間に伝わる数奇流の秘術。人が乗り込み操る絡繰式城塞、大国主だ」
隠助は大八郎に告げながら、警戒を強める。
その巨人の内部から、もう一度操者の声がした。
「私が君の探している妖術師、金剛坊だ。どうだね、我が大国主『象頭城』は。君も妖術に詳しければ、この出来の良さが分かるはずだ」
「財が贅沢につぎ込まれているな。この山で密かに活動していたのは、お前だったか」
隠助は座ったまま睨みを効かせ、敵の出方を探る。
予想より、大国主の大きさは小さい。聞いていた話では山一つ程度に拡張するとしていたが、恐らくはまだ間に合わず、三の丸のみを分離してこちらへきたのだろう。
「おや、君が私に用があると思って来たというのに、素気ない。同じ妖術使い、知見を深め合おうとは思わんかね」
「黙れ、戦の火種を巻くような輩と親しくなってたまるか」
「君も似たようなものだろう。他国間の戦に乗じて潜り込み、利益を吸い取る隠密だ。そこの兵を両軍全滅させたのも、君の目的の一つだろう。私は大国主完成のため、君は自分の国のために戦を利用しているわけだ」
「では、互いにこれ以上戦に関わらぬということで手打ちとするか? お前がその大国主を捨て置くなら、俺はおとなしく手をひこう」
「まさか! 折角ここまで完成したのじゃ、一度は性能試しに、敵国の兵を屠らねば勿体ないだろう。そして世間にこの金剛坊こそが、象頭山を護る大天狗と知らしめなくてはのお」
「分かった。ではやるしかないな」
そう言いながら、隠助は大国主めがけて飛び上がった。
空中にて再び白獣へと変化し、その関節目掛けて牙を立てようとする。
が、発条の急速に回る音がした。
機体は背後へのけ反ると、隠助の顔面目掛けてその巨大な拳を一発叩きこんだ。
あっという間に、木々の間を抜けて隠助は吹き飛ばされ、大木にぶつかってその場に崩れ落ちる。
変化の術は溶け、胸元に赤いくぼみを作った人間となる。
「ふはは!! あっけない。では次に、そこの死にかけの大八とやらを……おや?」
今のやり取りのうちに、大八郎は残った気力を振り絞って、近くの木の陰に身を寄せていた。
しばらく首を動かしていたが、やがてため息が聞こえた。
「やれやれ、この大天狗と呼ばれた金剛坊に、山で隠れんぼをしたがるとは、興が乗ってしまうわい」
象頭城は背後に担いでいた黒鋼の大剣をゆっくりと抜き出した。
刀身はまっすぐで、ただあるだけで神意を感じる両刃。
そして、大きく体をひねったかと思うと、横に一回りながら剣を振るい、周囲の木々を全て切り落としてしまった。
巻藁のようにいともたやすく切られた木々の幹は、どおんどおんと音を立てながら落下し、大八郎のすぐ脇にも倒れてきた。
「さあ、これで隠れる場所はなくなったぞ。次はどうする?」
大八郎は重傷の身体。
武器も手元になく、大敵を前に何もできずに死ぬのか。
無頼屋のように数奇流で逆転を狙えない身の上では、これが天命だというのか。
(戦による死であれば誉れあれど、こんなもの犬死もいいところだ)
何よりこんなにも近くにいる敵を前に、恐怖で頭が支配されている。
それは仮にも努力を重ね、無頼屋でない原住者ながら名をはせた将という少なくない自負を、散々に打ちのめすものだった。
「おぉ、そういえば、白犬の兵士もいたのぉ。戯れは彼奴を殺してからじゃ」
そういって、ドスンドスンと音を立てながら、象頭城は遠ざかっていった。
大八郎の中に安堵が生まれ、そして安堵してしまう自分をひどく情けなく思って涙が出た。
ただ今の彼には、地面を虫のように這いずり回り、少しでも遠くに身を移すことしかできなかった。
一方で、象頭城は、大木のもとでうずくまる隠助に近づいた。
どうみても人の形をしていないほど強く打ちつけられたが、まだ意識はあるようだ。
「そういえば名前を聞いていなかったな。倒される前に言ってみろ。死ねば消える世界だ、私だけでも君の名前を憶えておいてやろう。」
「……名前? 覚えてもらう必要なんざねえよ。俺は何度倒されても生き残ってみせるからな」
「いい度胸じゃのお。若いの。儂の配下になれば生き残らせてやらんでもないぞ。折角そこまで育てた技と肉体を、死んで一からにされたくはないじゃろ」
「それ以上に嫌なのが、愉悦に浸ってる天狗風情に、頭を下げることなんだよ」
人影はふらふらと立ち上がる。
足を引きずり、手をだらんと下ろし、それでも闘志は消えていない。
その姿は大八郎の胸を強く張り詰めさせた。
名も語らず、逆境にても諦めぬ気高き者。
それは名誉を求め、潔く死ぬべき武士ならば恥ずべき姿。
信念より使命を重んじるべき隠密としてもあるましき姿。
だというのになぜ、自分はあの姿に焦がれてしまうのか。
真なる武士を名乗った己だが、死を迎える最後の瞬間に、新たなる境地を浴びせられたような気がした。
(あれもまた……一つの道か。ならば、我のなすべきことは……)
彼が顔を上げると、そこには長槍が落ちていた。
新米の信太のものである。
大八郎には、それが一つの導きにみえた。
金剛坊は気に食わなかった。
自分という絶対的な力の前に、恐れなく立ち続ける存在を。
やっと作り上げた象頭城の威力を微塵も理解などせぬという、屹然とした態度が癪に障る。
「そうか、ではこの金剛坊と象頭城が最後の一撃をくれてやろう」
ガシン、ガシンと音を鳴らし、巨躯の絡繰は隠助へと迫る。
大剣を背中越しにまで振りかぶると、上から勢いよく手負いの兵士向けて叩き下ろした。
弱き者を強き力で弄ぶ爽快感、それがこの仮世にて金剛坊が覚えた快楽であり、今この瞬間も頭の中で興奮が泡のように弾けていた。
ガン!! ガン!!
何度も大きな刃を地面に打ちつけ、敵の形すら残さぬほどに振り続ける。
大国主という手に入れたばかりの暴力は、彼の神経を心地よく痺れさせる。
その殴殺はおよそ数分に渡って続いた。
「ハハハ!! はぁ、はぁ……!!」
そうしてようやく目に正気が戻り、大木の根本にある遺体は灰となったか確認しようと、大剣を地面から持ち上げたとき。
「……!?」
そこには、代わりに丸太があった。
金剛坊が失念していたこと、それは相手が妖術師であったということ。
「だから、戦国時代に巨大ロボなんざ無粋だって前々から運営に言ってんだ」
頭上より声がして、金剛坊は驚く。
この象頭城の背丈より上から、なぜ声がする。
「金剛坊よ、俺たち妖術師は化かし合いが基本だろう? それを大入道になったくらいで我を忘れるようじゃ未熟極まりないぞ」
大木の天辺、青空を背景に二つの角がある。
その身は全身真っ赤な当世具足に身を包み、口元を大きく裂けて笑う鬼の仮面がある。
金色の髪をなびかせ、木の頂点で短刀を抜き声を張る。
仮面の下から洩れる眼光は満月のようにぎらつく。
それは地獄より出づる鬼武者であった。
敵が巨大絡繰の数奇流を使うなら、こちらもまた数奇流を使って化けて出る。
人でも獣でもない、異形の物の怪へと。
『変化の術 赤鬼殿中』
「さっき名を尋ねたな、なら教えよう。吾は正城流が妖兵、隠神太三郎。号は隠助、妖術師であり、お前を食らう化獣である」
「貴様、刑部の鬼武者か!!」
「象頭城か。だったらその象と天狗の鼻、へし折ってくれよう」
武者は天より飛び立ち、巨人の顔めがけて刃をふるう。
そうはさせまいと金剛坊は機体の右腕を操り、先と同じように拳を突き出した。
だが、鬼武者の姿は霞のごとく消え、大きく空振りする。
幻、それは妖術使いの初歩的な技である。
(どこに消えた!?)
赤い姿が木々の中に見え、木ごと大剣で薙ぎ払うが、全て幻。
暴力に高揚し、精神を乱されれば、周囲の警戒もうまくいかない。
そのくせ視線だけはあちこちに動き回る。
まさに端からみても操縦者として素人であり、だからこそ的としては最適だった。
大国主は巨人ゆえ、敵に股下へ入られると視界に映らなくなる。
鬼武者はそこで腰から短刀を抜く。
片腕で石や瓦を引っ剝がし、鎧の継ぎ目を狙って刃を打ちつける。
そして、脚に挟み込まれる前に飛び去っては、森の中へと消えていく。
「こざかしい、小鬼風情めが!!」
赤い姿が象頭城の頭上の斜面の上にみえた。
追おうと大頭城が顔をあげたとき、ガツンと衝撃がはしり、首が水平以上に後ろへのけ反る。
面のくぼみの奥にある片目から、白煙がのぼる。
それは、強弓にして精確無比の通し矢であった。
「何じゃ……おおお、我が機体の顔が!!」
「手足が動かずとも、我が矢は走る。天下惣一を舐めてくれるな」
それは、大八郎の一矢だった。
木陰から山の斜面まで、一つの血の跡が蛇の道のように残る。
隠助と金剛坊が戦う中、身体を這って斜面を登り、自らの武器を取りに戻ったのだ。
鎧を脱ぎ捨てて身軽となり、信太の長槍を杖として、大木の転がる地面を抜け、我武者羅に木の葉をかき分けた。。
脚は立たず、上半身のみを起こし、されど弓を持つ手は一切震えない。
数千数万の矢を放とうとも衰えぬことなき矢の鋭さこそ、彼が天下に名を轟かす所以である。
続け様に矢を放ち、象頭城の脆いと思われる武具の隙間めがけて、矢を射続ける。
幸い、象頭城が振り回した大剣によって木々は倒れ、視界を遮るものは何もない。
「むぅ、虫がこの象頭城を刺しにくるか!!」
矢による援護をまずは止める。
冷静な金剛坊ならそうしていただろう。
しかし今は、幻術にて挑発し続ける赤武者こそが彼の怒りの矛先であり、重厚な鎧をたかが矢で敗れるはずないと、金剛坊は判断してしまった。
事実、先の戦いで矢を随分消耗しており、大八郎が全て打ち尽くしても、象頭城の動きは止まらなかった。
遂には、幻でなく本物の隠助の身に大剣が当たり、身を逸らしたものの、骨は大きく軋む。
まるで敵を軽々と欺いているようにみえるが、実際は硬い装甲を前に決定打をもたないため、技を出し渋っているのだ。
このままではいずれ数奇流の制限時間が切れ、赤鬼の姿が解けてしまい、敗北することは必至。
(これまでか……いや、まだまだ)
矢がなければ、弓兵は無力なのか。
数万本を射たこの手は、凡夫の手となるのか。
大八郎は空となった矢筒を捨てて、這いまわる。
ここは、先の阿国と象頭の兵が戦い、灰と武具が散乱した場所。
であれば、大小様々な武器が転がっている。
大八郎はそれをかき集めて、矢として番える。
右手には太刀。矢羽根はないが、この距離なら十分。
「我が同胞よ、この世に生きた兵どもよ、願わくば、あの大権現を射させたまえ!!」
矢筈はなく、されど弓弦は張り詰め、友の矢は音を割いて象頭城の鎧へ深々と突き刺さった。
ひょうと空を舞い、剣や槍が突き刺さり、弁慶もかくやの針山地獄の姿ができあがる。
こうなれば流石に動きも遅くなり、死に体の弓兵を無視したことを金剛坊は後悔した。
「丁度いい、この征矢を利用させて貰うか」
隠助は、武者は脚から背中へ短刀を口にくわえて、象頭城に刺さった武器に手足をかけて、身軽にその巨躯を登りきった。
鎧にめりこんだ刃は、重心をかけてもびくともしない。
隠助の狙いは、操縦者がいる以上ある、内部への入り扉である。
金剛坊は、背後の扉にガンという大砲でも撃ち込まれたかのような衝撃音に驚く。
(まさか、打ち破ろうというのか!!)
だが、最も狙われやすい部分であれば、当然守りも強固にしてある。
何重もの錠と格子を組み合わせ、容易に外から開けることはできない。
ガン、ガン、ガンと、4回音がする。
数奇流でも使って打ち破るつもりだろうが、それは居場所を教えているのと同じこと。
むしろ、むやみやたらと数奇流を使えば、回数制限が来て使えなくなるのを忘れているのか。
機体の左腕を操作し、その背後へと手を伸ばした。
しかし鎧を着こんだ可動に制限のある絡繰仕掛け、背中を掻く動きはできない。
仕方なく、黒剣を孫の手のように背中へ回して、ついた虫けらを落とそうとする。
だが、音がしたからといってそこにいるわけではない。
「……我が弓術、一射絶命。数奇流に頼らぬただの技。ゆえに射は絶えることなく、最後の一矢まで衰えず」
先ほど背中の扉を確認し、破壊をすぐに諦めた鬼武者は大八郎のほうを見た。
二人の武者にとって、言葉は交わさずともそれで充分だった。
隠助は近くの木に飛び移り、代わりに大八郎が扉に向けて援護の矢を放つ。
金剛坊は未だに隠助が背中にいるものと思いこみ、大きく後ろに手をやったままだ。
そこで空いた脇は、弱い関節がむき出しとなる。
木を伝い、隠助は敵の側面へと回りこむ。
大きく跳躍し、右手の短刀をその連結部へ突き刺し、一思いに切断した。
「何事か!?」
突然反応しなくなった腕。
大剣は地面へと落下する。
「獲物を落としたな。では借りるか」
鬼武者はくるりと身をひるがえし、大剣の根本を握る。
目の前にはがら空きとなった巨人の白い背。
両腕に力を込めると、重力を無視したかのごとく地面から剣が抜け出てきた。
この世は仮世、遊戯の世界。
戦国の中にあって
古今東西の武術があり
異な技の数奇流もあり、
人を化かす妖術もあり、
巨大な絡繰仕掛ある。
ならば、この程度のこと、鬼武者であれば起こしてみせるだろう。
隠助は空中でその巨大な黒剣をぐるりと振り回す。
咄嗟に象頭城は残る左手で防ごうとして、その手が矢に弾かれる。
遠くから大八郎が矢に選び放ったのは、信太の長槍であった。
刃がその身に届く。
鎧の瓦を砕き、その奥にまで亀裂が走っていく。
最後に、一つ。
大きく釣り鐘を鳴らしたような音が山に響き渡った。
「……くうぅ」
瓦礫の山となった象頭城。
中から出てきた金剛坊は、山伏のような恰好をした白髪の老人であった。
大剣により自らも重傷を負った彼は、装備を解いた隠助によって最後の時を迎えようとしていた。
「私は……特撮が好きでね、それも巨大な絡繰と怪人が戦う話が好きだった。いつか自分も巨大な絡繰に乗り、敵を倒すべく努めてみたが、此度はちと難しかったか……」
「そうだな。だが、一瞬でも夢が叶ったのなら儲けものだろう」
「フフフ、手厳しい。しかし……君は不思議じゃな。仮世にて戦場にいるものは、皆血気盛んな武者か、私のように強い野望のあるものだけじゃ。ここにいる無頼屋は皆、争いを求めてこの荒々しい世界に来ている。だが、君は……強くあれど戦いに狂わず、野望も見えん。なんのために戦っている?」
老人はじいっと隠助の目をみた。
沈黙の後、ゆっくりと口が開かれた。
「俺は……戦のために作られたこの仮世を、平和にしてみたくて戦っている」
「そうか、それは……」
大きすぎて、私には見えん野望であったな。
そういって老人の身体は灰となった。
兵どもが全て塵となり、隠助はそこに座り込む。
「ぴいけえか……」
ここで死んでいった無頼屋たちは、再び一から出直す者もいるし、そのまま辞めてしまうものもいる。
この仮世に生死のやり取りはあるが、現世の生活には影響しないし、他にも遊戯は多くある。
それでもこの遊戯にのめり込むのは、今そこに生きているという実感を、あの死闘の中に感じる者が多いからであろう。
これは、そんな遊戯の小さな争いの一場面。
信太も金剛坊も多くの無頼屋も、全員死んで消えてしまった。
隠助もまたその運命からは逃れられず、数年後消えることになる。
ザッザッザッ
木の葉を踏みながら、隠助は斜面を登った。
そこには力を出し切って、空を眺める大八郎がいた。
死にかけと思っていたが、どうもまだまだ生きる気配はあるようだ。
隠助はふっと笑うと、懐から水袋を取り出して、大八郎の身体を起こすと口元まで運んだ。
「共に戦った礼だ、好きなだけ飲め」
「……」
言われるがまま、大八郎は喉の渇きを潤した。
その間、隠助の目は矢を射続けたその腕をみた。
限界以上に動いた腕は、血が皮膚の内側で溜まってコブとなり、風船のように膨らんでいた。
「もし辛いなら、刃で少し切ってやろうか?」
「……いいや、良い。この程度なら、一月もすれば治る。鍛錬中、何度も似た腕になったから、分かる」
「そうか、ふふ」
「何がおかしい?」
「……あれ、何だろうな? 自分でも分からないけど、何故かおかしくなったんだ」
「変な奴だな。妖術師とは、皆こんなものばかりか」
隠助は大八郎をおぶって阿国の陣地に届け、そのまま姿をくらませた。
見事象頭山の大天狗の謀略を止めたとして、和佐大八郎の名前は天狗退治の名と共に更に広まることとなる。
一方で隠助と共闘したことを大八郎は伏せ、それは彼の死後、日記が見つかるまで明らかとならなかった。
ここは仮世の遊戯の中。
だが出得だけであろうとも、出得がいつか消えようとも、そこにあった熱い感情だけは決して消えずに生涯残り続けたのだと、多くの無頼屋たちは語っていたのだった。
つわものどもは、今も夢の中にいる。
お読みいただき、感謝いたします。
私はVRMMOの小説も時代劇の小説好きなのですが、そこに史実や現実味を借りながら、ゲームらしい要素を大胆に入れたらどうなるかを試してみました。
内容がごちゃごちゃしているのは、元々は短編でなく長編用の設定だったのと、二つジャンルを混ぜ込んだとき、必要な設定を厳選できなかった筆者の落ち度です。似た設定でもう一作程度書く予定ですので、もし感想などを頂ければ、大切に勉強させて頂きます。
象頭山金剛坊、和佐大八郎はそれぞれ伝承と史実から名を借りましたが、現実ではなくゲーム世界における別の人生を歩んだ人物のため、設定などは大きく異なりますのでご容赦ください。逆に興味が湧いた方は調べて頂けると楽しいかもしれません。
最後に改めて、ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。