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出会い

 五月八日の空は澄み渡って晴れ、暗い部屋の中を明るい光が四角い図形を描いて窓から注がれる。

 鳴り響く小鳥の囀りを神子戸蓮みことれんは、この日を讃えるファンファーレのようで心地良く思った。

 ちらほらと通行人が歩く姿が窓から窺える。今日は金曜日であり、時刻は午前八時を回る。

 高校生である蓮も時間に追われる立場でありながら、ゆったりとした動作でスマートフォンを手に取る。

「もしもし。一年三組の神子戸なんですけど今日は体調が悪いので休ませて頂きます……」

 電話口では申し訳なさを演出しながら欠席の連絡を入れた。事務員からは「お大事に」という無機質な返事を受け、彼は電話を切る。

 今日はフルダイブ技術を応用した初のVRMMORPG≪Another Life Online≫の正式サービスが開始される日だ。

 ベータテストを経験した蓮は現実と見紛う出来栄えをした≪ALO≫の世界観に魅了され、彼の心中しんちゅうはゲーム一色に染まっていた。

 手早く食事を済ませ、情報サイトや電子掲示板で≪ALO≫の情報収集をする。逸る気持ちを抑えるように何度も見直した内容を復習する。

 やがて≪ALO≫の開始時刻である午前九時に迫り、ヘルメット状の専用デバイスを頭から被る。

 元々VR技術は医療用としてカメラからの入力を処理ユニットを通じて脳に送る技術が開発された。これによって目の見えない人でも光が見えるようにするというものだ。

 やがて兵士のトレーニングに掛かる費用をVRシミュレーションを用いて削減する名目で軍事転用される運びとなる。しかし、映像だけでは補い切れないものもある。身体的接触が必要となる近接格闘術はもとより、匂いや温度・湿度など。あらゆる状況を想定した訓練を施すには五感で体感する必要があった。そこで仮想空間への完全な没入、並びに仮想空間内で使用する肉体≪アバター≫の開発に乗り出した。幾つもの技術的困難を乗り越え、数十年の歳月を掛けて完成したVR技術は後に教育機関に導入される。そしてVR技術が普及されて更に十年が経とうという頃、遂にVR技術を用いたゲーム機器が完成したのだ。

「ゲームスタート!」

 音声認識の起動コマンドを高らかに発し、意識は仮想空間へと飛び立った。

「≪Another Life Online≫の世界にようこそ」

 真っ白な空間が広がり、無機質な声が木霊する。

「キャラクターの作成を行いますか?」

 中空に≪Yes/No≫と表示されたウィンドウが出現し、蓮は素早くYesと押す。

 専用デバイスに登録された身体データを基に自分を模した等身大のキャラクターが眼前に現れる。

 身長や体重といった体の構造を変更することによる不具合を避ける必要があり、プレイヤーが手を加えることができるのは頭髪と色素だけである。

 サービス開始に先駆けて行われた先行ダウンロードでキャラクターの作成を済ませている蓮は、『キャラクター作成情報の読み込み』というボタンをタッチする。

 そこには白銀の髪に深紅の瞳、透き通るような白い肌をした中性的な少年が映し出された。

 インドアな生活を送っていた蓮の肌はクラスメイトの女子に羨まれるほど白く、手を加えたのは頭髪の色と瞳の色だけだ。

「……リアルの知り合いに遭ったら身バレするな」

 VRMMOでは前述したが身体データのスキャンが必須事項であり、アバターには最低限しか手を加えることができない。

 自らのアバターを改めて確認した蓮は不安を口にしながらも、『作成完了』のボタンを押す。

「最後に名前を入力してください」

 ポップアップした画面の下にキーボードが表示され、タップする。

「……『ロートス』っと」

 自身の名前をドイツ語にしただけの安直な名前だが、どのオンラインゲームにも探せば必ずいるメジャーな名前の一つであるため、蓮は重宝していた。

「キャラクターの作成が完了しました。転送を開始します」

 視界が暗転し、蓮は僅かな浮遊感を覚える。

 そして、再び意識が覚醒した時には景色が一変した。

 鬱蒼うっそうとした森の中に円形状の広場が出来上がっており、広場の端をなぞるように大きく厚い石碑が半円形状となるように覆っている。

 石碑にはベータテスト中に戦闘、採集、釣り、調教、貿易、料理、錬金術、鍛冶、木工、裁縫、革皮を行った各上位百名の名前が記されている。

「おっ、あったあった!」

 上位入賞者であるロートスも『戦闘の先駆者』と刻まれた石碑の三十位に名を連ねており、それを満足気に眺めていた。

「混み合う前に進めるか」

 平日の午前中であるにも拘わらず、広場を埋め尽くさんばかりの勢いでプレイヤーが続々とログインしている。

 絶え間なく次々と転送されてくるプレイヤーを尻目にロートスは広場から続く一本道の林道を歩いていると、やがて最初の村である≪テンピオ村≫を囲う石垣が目に入る。

 テンピオ村は農業と養蜂業で大きく発展した村であり、特産品のブドウジャムは砂糖を使わずに濃縮果汁と蜂蜜で甘味を付けた品となっている。パンと共に≪ALO≫内でロートスが初めて口にした物で、ゲームの世界でありながら現実同様に味覚を再現していて深く感動したことは記憶に新しかった。

 村へは自由に出入りができ、ロートスは一目散に修練場へと駆け込んだ。

 修練場にいる戦闘教官からチュートリアルが受けることで報酬として装備とスキルを無料で入手することができるのだ。

 テンピオ村周辺にいるモンスターの一体一体は弱く、無手であろうと倒すのは不可能ではない。戦闘を重ねてスキルポイントを貯めることでスキルを取得できるが、後々を考えれば少しでも節約するに越したことはなかった。

「すみません、訓練を受けたいんですが」

「冒険者志望か。武器は何を使う?」

「片手剣で」

 戦闘教官の問いにロートスは迷いなく答えた。

「ではこの剣でそこにある木偶を斬ってみろ」

 頷きながら片手剣を受け取ると、上段の構えから木偶を斬りつける。二度、三度と彼が繰り返し行うと戦闘教官から声が掛かる。

め! 次はこのスクロールを使ってスキルを取得してもらう。……使い方はわかるか?」

「はい」

 受け取ったスクロールをビリビリと真っ二つに破る。

 封じられた力を解放する演出であり、粒子状に変化したスクロールがロートスの体に吸い込まれていった。

 ポップアップされたウィンドウには≪スラッシュ≫を取得した旨が綴られている。 

「取得できたようだな。では、相手を袈裟斬りにするイメージを強く持ってスラッシュと唱えるんだ」

「……≪スラッシュ≫!」

 剣身から淡い光が発せられ、まるで誰かに操られているかのようにロートスは綺麗なフォームで袈裟斬りを放った。

 これはシステムアシストによるものであり、習得しているスキル名を唱えることで誰もが型通りの動きをすることが可能となる。

「合格だ。餞別として片手剣と盾を受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

 指を上から下にスライドさせてロートスはメニューを開く。

 ストレージから≪民兵の片手剣≫と≪民兵の盾≫を取り出して装備すると、戦闘教官が新たなクエストを提示した。

「お前を見込んで一つ頼みがある。村の周辺にいるオオカミを十頭倒してくれないか?」

「わかりました」

 クエストを受諾したロートスは村を出ると、街道を逸れて西進した。

 ぽつぽつと木が生えた見渡しの良い山麓へと出る。そこは≪オオカミの丘≫と呼ばれるフィールドで、その由来となるオオカミが多く点在している。

「何度見ても動物虐待のようで気が引けるなぁ……」

 精巧にプログラミングされたオオカミの行動は本物と比べても遜色のない出来栄えで、石の上で昼寝をしている個体もいれば他のものとじゃれ合っている個体もいる。そんな微笑ましい光景を無残にも引き裂き、駆り立てるプレイヤーの姿は現実で犬を飼っている彼としては抵抗を覚えた。

「でも所詮はデータだし、割り切りも必要か……」

 罪悪感を覚えながらもロートスは地面に落ちている石を拾い上げてオオカミへと投げつけた。手前の一頭に石が命中し、周辺にいた四頭と共に彼へと襲い掛かる。

 跳躍して襲い掛かるオオカミの頭部を目掛けて盾で殴りつける。

「ぎゃいんっ!」

「≪スラッシュ≫!」

 二の矢で怯んだオオカミにスキルを放った。

 倒れ伏す一頭を尻目に、くるりと回転して返す刀で二頭目の首を斬る。

 ≪ALO≫では急所となる部位を攻撃すると確定でクリティカル判定となり、討伐は順調に進んだ。

 難なく二頭の討伐を済ませたロートスだが、前進したことでオオカミに取り囲まれてしまう。デルタ状に包囲されて危機的状況と言える中で彼は正面の個体へと踏み込んだ。三頭のオオカミが同時に動き出すが、先程と同様に飛び掛かってきた正面の個体を盾で殴打する。バランスが崩れて態勢を整えようとするオオカミを容赦なく押し蹴り、転倒させると荒々しく剣を突き立てた。

 背後から迫る二頭には見向きもせずに再び前進を開始する。十秒ほど全力で走り、輪を描くようにして突き立てた剣の場所まで戻って武器を回収する。

 距離を稼ぐと同時に包囲網から抜け出して正面から二頭と相対する。盾を構えながら駆け出し、首を目掛けて剣を振り下ろすがサイドステップで避けられてしまう。追撃を諦めて側面から迫る個体を逆袈裟に一閃し、そのまま柄を一回転させて逆手で持つと勢いよく振り下ろす。最後の一頭を刃が貫いて戦闘は終了した。

「……ふー」

 大きく息を吐き出してからロートスは戦闘の構えを解く。

「うわあああああ!」

 二頭のオオカミに背を向けて逃走する少年が絶叫を上げながらロートスがいる方角へと一直線に進んでいた。

「退いて! 退いてぇ!」

「ふふっ……」

 あまりにも必死な形相で逃げ回る少年の姿が可笑しく、そしてかつての自分を想起させてロートスは懐かしくも思った。

「そのままこっちに来いよ!」

 スピードを上げて一目散に駆け込む少年を迎え入れ、遅れてやってきたオオカミをロートスは力業で討伐した。

「……はぁ……はぁ……。た、助かったよ……。ありがとう」

「君って初心者だよね? この先にあるエクレール山脈にいる野生動物を狩った方がいいよ。あっちは単独で行動してるから」

「……あはは。実はクエストでオオカミの討伐に来たんだけど、僕にはまだ早かったみたいだね」

 山脈のある方角を指差すロートスに少年は苦笑した。

「嗚呼、チュートリアルを受けられたんだ? 案内とかないのによくわかったね」

「迷いのない足取りで同じ方向に駆けて行く人たちを見て気になってね」

「なるほど。じゃあ、ここで会ったのも何かの縁だしパーティー組まない? 俺も今そのクエスト受けてるから」

「いいのかい!? 助かるよ、僕はハリー!」

「俺はロートス。よろしくね」

 パーティー申請をロートスが送ると、それに間髪を容れずにハリーは承諾した。

 一時的にチームを結成することをパーティーと呼称し、これに由って同じパーティーに所属するメンバーとの同士討ちが不可能となる。

 一人では倒せない強敵を倒すことができ、短時間で多くのモンスターを討伐することが可能となる。効率よく狩りを行うことがパーティーを組むメリットとなる。

 また、自身が倒したモンスターの経験値を周囲のメンバーと均等に分配することがデメリットとなるが、これはデメリットたり得ない。一人で戦うよりも多くのモンスターを討伐することで損失を上回る成果を上げることができるからだ。

「まずは戦いのレクチャーからしようか」

 フィールドに落ちていた石ころを拾い上げたロートスは、それをオオカミに向けて投擲した。

「よく見てて」

 先の戦いと寸分違わぬ初動で来襲するオオカミの顔面を盾で殴打し、そのまま防御態勢を崩さずに剣で貫いた。

 続けて迫りくるオオカミを受け流し、後方にいるハリーの下へ誘導する。

「外見はリアルに作られているけど、実際はパターン化された動きをするように設計されているから対処はそこまで難しくない。……一頭そっちに流すよー」

「うわぁ!」

「逃げるなー! 戦え!」

「いきなりすぎない!? 心の準備くらいさせてよ!」

「いいから戦えー!」

「無理無理無理無理!」

「さっきの戦闘ちゃんと見てた!? その盾で殴りつけるなり、剣で斬り付けるなりしろ!」

「う、うわああああ!」

「ぎゃいんっ!」

 助言に従ってハリーは一心不乱に剣を振り回した。飛び掛かってきたオオカミに剣身が偶然ぶつかり、HPを損耗させる。

「そうそう! 次は修練場で習ったスキルを撃つんだ!」

「す、≪スラッシュ≫ぅ!」

 情けない掛け声を上げながら放たれたハリーの一撃が命中し、スキルを受けたオオカミは横倒しになったまま動かなくなった。

「や、やったぁ……!」

「お疲れ。でもあと八頭は倒さないとクエストは終わらないよ?」

 尻餅をつきながらも喜びの声を挙げるハリー。そんな彼にロートスは苦笑交じりに無慈悲な宣告を下した。

「そうだった……」

 達成感を得て嬉しそうなハリーの顔付きが途端に憂鬱な表情へと変わっていった。

「一頭倒したんだから次もやれるって! はい、立った立った!」

 意気消沈した彼を促してロートスは次の標的へと石ころを投擲するのだった。


 やがて四苦八苦しながらも二人はクエストを達成し、テンピオ村へと帰還する。

「オオカミが畑を荒らして困っていたんだ。本当にありがとう」

 戦闘教官にクエスト達成の報告を済ませ、二人はパーティーを解散した。

「今回はありがとう、ロートス」

「まあ、これもMMOの醍醐味ってやつだよ」

「それで、もしよかったらなんだけど……」

「ん?」

「その……僕とフレンドになってくれないかい?」

「ふふっ。何だか一世一代の告白みたい」

「茶化すなよ……」

「ごめんごめん。フレンド申請送るね」

「ありがとう。これからもよろしく!」

「またどこかで」

 分かたれた二人の道が再び交わることを願って、それぞれの冒険が始まる。

ご一読頂き有り難う御座います。

ノクターンノベルズで掲載している『渡界の軌跡』の前日譚という扱いなので申し訳御座いませんが投稿頻度は未定となります。


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