表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/53

2-2:月下の密会

「久しぶりだね、ヴェニッタ」

 アデルと呼ばれた男が深く一礼する。

 その様子を、フェズは崖の上から静かに見守った。


 ヴェニッタが何故(なぜ)ここに……?

 何故、あんな怪しげな男と、こんなところで密会している!?

 頭の中を必死で整理するフェズ。

 だが、彼女の理解を置き去りに、話は進んで行く。


「さて……取引を始める前に、謝っておかなきゃね」

 アデルが、肩を(すく)める。

「それは、”実験体”が一匹しかいない……と言う事かしらね?」

 不満げに、ヴェニッタが腕を組んで(つぶや)いた。


「そうなんだよ。ひとり逃がしてしまってね。不測の事態と言うやつだよ……」

「逃がしただけでは済んでいないわ」

 ヴェニッタが、アデルに詰め寄る。

「お前は公国軍(グランドアーミー)に、人間界への侵入を目撃されたわ! おかげで昨日(きのう)はどんな騒ぎだった事か!」

「申し訳ないと思っているよ。

 でも、"VERDIGRIS(ヴエルデグリス)"はキミの商会が開発した魔導石じゃないか。人間たちの軍隊に支給されているのなら、言っておいて欲しかったな。

 おかげで、ボクの『ゴーレム』が一体、撃墜されてしまったよ」


 隣の"巨人"を指差し、低く笑うアデル。

『ゴーレム』とは、あの"巨人"の事か?

 しかも、今のヴェニッタの話振りからすると、このアデルと言う男は……。


 顔を上げたアデルの瞳が、金色(こんじき)に輝く。

 "照明球(フレア)"の光を受けて、その毛皮に(おお)われた顔や細く尖った耳が見える。


 人狼族(ヴエアヴオルフ)か……!?


 民間人の人狼族(ヴエアヴオルフ)との接触は硬く禁じられている(ハズ)である。ヴェニッタは、そのを人狼族(ヴエアヴオルフ)相手に何をやっているのだ?

 取引とは何の事だ?


 ヴェニッタが、吐き捨てる様にアデルを叱責(しつせき)する。

「言い訳はよしてちょうだい!

 どんな理由があれ、商品を満足に用意出来(でき)なかったのだから、今回の支払いはまけてもらうわよ?」

 ヴェニッタの言い草に、イラつきを見せたのは、意外にもアデルの従えている『ゴーレム』だった。


「貴様……人間の分際で、図に乗るなよ……!」

 無機質な外見とは裏腹に、存外しっかりと感情のこもった口調で牽制(けんせい)する。

 その『ゴーレム』を手で制するアデル。

()しなよ。彼女の言う通り……非があるのはボクたちの方だよ」

「……失言でした……」


 出過ぎた『ゴーレム』を下がらせ、アデルはヴェニッタたちの方に向き直る。

「……けれど、キミたちにも、問題がないとは、言えないと思うけれどねぇ……」

「……? どう言う意味かしら……?」

「余計なお供を連れて来ている、と言う事さ!」


「!?」

 フェズの心臓が跳ね上がる!

 バレていたか!?


 咄嗟(とつさ)に身体を後ろに下げ様とするが、それより早くアデルが手にした杖を振りかざす!


 杖の先端の魔導石が輝き、青い炎が渦を巻いて噴き出した!

 炎の渦は―――鋭く孤を描いて、ヴェニッタたちの背後に突き刺さる!


「え……!?」

 青い爆炎が噴き上がり、草や木の葉が火を(まと)って舞い上がる!

 アデルの狙いはフェズではない!?


「きゃあああッ!」

 大木(たいぼく)の影から、人影が甲高い悲鳴を上げて飛び出して来る!

 それは、地面を転がって、身体に付いた火を必死に消し止めようとした。


 出て来たのは、栗色の髪を巻き毛にした、眼鏡の女。あれは―――!


「ペペローネ……!?」

 その女は――フェズが森に入った、そもそもの理由であるペペローネだった!

 どうにか火を消し止め、身を起こした彼女はアデルたちを見据(みす)える。

「バレてたか……!」


「貴様は……スパイだったか!? 何処(どこ)の手の者だ!?」

 バリスが身構える!


 舌打ちして飛び上がり、軽い身のこなしで体勢を立て直すペペローネ。

 足元の草むらに隠していたらしい、錫杖(ロツド)を振りかざして身構える!


 しかし、四対一である。


「おっと! 動かない方がいいよ」

 ヴェニッタの横をゆったりとした動きで通り過ぎ、アデルが彼女に杖の先端を突き付ける。

「少しでも動けば、君は人の形をした炭に変わる。

 ま、動かなくても命が数分伸びるだけだけどね……!」

「ちくしょう……っ!」


 明らかに追い詰められているペペローネ。

 このまま、見過ごせば――目の前で彼女の命が奪われる!

 

「逃げろッ!」

 思わず――叫んだ!


「何!?」

 フェズの叫び声に、全員が驚愕の視線を向ける!

 その(スキ)をペペローネは見逃さない!

 素早い身のこなしで反転すると、森の奥へと走り去って行った!


「待てッ!」

 慌ててヴェニッタが彼女の後を追おうとするが、ペペローネはロングスカート姿とは思えない跳躍で(やぶ)を軽々跳び越え、森の暗がりに消えて行く!


「まだ仲間がいたのか……!?」

 アデルがフェズに杖の先端を差し向ける!

「やばい……!」

 身を(ひるがえ)し、崖から離れる!


「今のは……まさか、フェズ!?」

 ヴェニッタの声が背後から聞こえる。完全に正体は気付かれてしまった様だ。

「バリス、彼女を追いなさい!」

「はいッ!」

 崖下から響くヴェニッタとバリスの声。


 もはや足音など忍ばせる余裕もなく、フェズは(もと)来た草むらを駆け抜ける!

 整理の付かない頭の中に浮かんだ言葉は(ただ)ひとつ!


 捕まったら無事には帰れない!

 どうする!?


 人狼族(ヴエアヴオルフ)の少女が倒れた場所まで戻る。

 彼女はまだ木に寄りかかり、荒い息をしていた。


 もう、こんな子どもに構っている場合ではない!

 逃げなくては!


 少女を()てて――フェズは森の奥へと走った!


 何が起きているのか、まったく理解出来なかった。

 ひたすら生い茂る草と木のあいだを走り抜ける!


 だが、特別体力に自信がある(ワケ)でもないフェズの脚はすぐに悲鳴を上げた。

 脚が止まり、その場に立ち尽くす。

 (ひたい)からぽたぽたと(したた)る汗を、手の甲で(ぬぐ)う。

 (ひざ)に両手をついて、荒い息を整えた。

「くそ……ッ! もう走れない……!」


 辺りを見回すが、そこはまったく見た事もない森の中。闇雲に走ったせいで、来た事もない山奥に迷い込んだ様だ。


 立ち止まっている訳には行かない。すぐにでもヴェニッタたちが追いついて来るかも知れない。

 ふらふらと、足を前に踏み出した――その時!


「見つけたぞ!」

 空気を震わす声とともに――目の前の木々を()ぎ倒される!

 粉々に吹き飛ぶ木片を撒き散らし――『ゴーレム』が姿を現した!!

「きゃああッ!?」

 悲鳴を上げて、尻もちを付く!


 ゆっくりと空中を浮遊する『ゴーレム』の無機質な仮面が、フェズを見下(みお)ろす。

 仮面に開いた蒼い相貌(そうぼう)と、(ひたい)に輝く(あお)い魔導石が、ぎらりとフェズを(にら)む!


「お前は、崖の上から取引を(のぞ)いていた女か?」

「と……取引なんて知らない! あたしは……何も見てない!」

 震える声で、通りもしない嘘を叫ぶ。

 当然――

「何でも良い……! 我が姿を見られた以上、始末するのみ!」

 ――『ゴーレム』の太い腕がフェズに伸びる!


「自分から出て来て勝手な事を――!」

 意を結したフェズは涙を()き払って――ダガーを引き抜き、”マギコード”を組み立てる!

 ――が! それより早く、『ゴーレム』の腕がフェズの頭を鷲掴みにした!

 衝撃に耐えられず、ダガーを取り落とす。


「痛い、痛いッ! 止めて……ッ!」

 凄まじいちからで頭を押し潰され、フェズは(にご)った悲鳴を上げた!


 圧迫された脳が割れる!――そう感じた瞬間!


「”光爪(フアランクス)”ッ!」

 鋭い叫び声とともに裂光!

 フェズの背後から飛び込んだ、幾重もの光の"爪"が『ゴーレム』の身体に突き刺さる!


「ぐあ……ッ!?」

 地響きを立て、『ゴーレム』が地面に崩れ落ちる!

 その衝撃で拘束が解け、フェズの身体が地面に叩き付けられた!


「げほ……! げほ……ッ!」

 激しくせき込んで、混濁(こんだく)した意識を揺り戻す。

 頭を振って視線を向ければ――そこには人狼族(ヴエアヴオルフ)の少女の姿!

「お前……!」


 今の魔法はこの()のものか? 

 脇腹を押さえ、苦しそうな表情で身構えている。

 左半身がうまく動かないのか、左足を引きずってフェズに近寄って来た。

「……大丈夫?」

 横にしゃがむ少女の顔を(のぞ)き込む。

「助けてくれたのか……?」

「さっき、貴女(あなた)も助けてくれた……」

「……でも、見捨てたんだよ?」

 (あか)い髪を揺らして少女は首を振る。

「でも、助けてくれた」


「ふははは……ッ!」

 ふたりの会話を他所(よそ)に、『ゴーレム』が高笑いを上げて起き上がる!

 かなりの勢いで吹き飛んだ(ハズ)だが、大したダメージにはなっていないらしい。


「これは幸運! 目撃者の女と、捜していた”実験体”が同時に見つかるとは!

 これで、アデル様もお喜びになるだろう!」

「……実験体?」

「これでなお、逃がす訳には行かなくなった!」

 フェズの疑問符を無視して、『ゴーレム』の腕が人狼族(ヴエアヴオルフ)の少女に伸びる!


 咄嗟(とつさ)に少女を背後に(かば)う!

 しかし――取り落としたダガーが草に埋もれて見つからない!

 魔導石がなければフェズは、抵抗手段を持たないそこらの町娘と大差ない!


「待ちなさい!」

 覚悟を決めて目を(つむ)ったフェズの耳に、鋭い女の声が響く!


「!」

 脇の草むらから、フェズの前に飛び出す影!

「ペペローネ!」

 威勢よく現れた赤縁眼鏡(あかふちメガネ)の女魔導師!

 フェズに背中を見せ、腰に手を当てて立ち(ふさ)がったペペローネは、大きく杖を振り被って見せる。

「わたしも混ぜてもらおうかしら!?」


「貴様ら……! 仲間だったのか!?」

 余裕が一転、『ゴーレム』が焦りの様相(ようそう)を見せて大きく後退する。


 ペペローネが、錫杖(ロツド)の先端を『ゴーレム』に差し向けた。

「まさか! さっきフェズ(この子)に助けられたからね! 今度はわたしの番!」


 ペペローネに詰め寄られ、じりじりと、『ゴーレム』が後退して行く。

「く……! 人狼族(ヴエアヴオルフ)を含めた三対一では……っ!」

 不利と悟ったか、『ゴーレム』が木々の中に逃げ込もうと動く!


「おっと! まだ、さっきの言葉のお返しをしていないわ!」

 姿を消しにかかる『ゴーレム』にペペローネが宣言する!

「姿を見られた以上、始末するのみよッ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ