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END:人狼族の姉妹

「沖まで出れば、もう安心ね」

 パプリカが眼鏡を直して頷く。


 大海原を行く、レッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の貨物船。

 晴れ渡った青空の下、穏やかな海の上に(くれない)の帆を走らせ、一面に広がる水平線へと向かう。


 フェズとパプリカは、露天甲板で白くさざめく船の航跡(ウエーキ)を眺めていた。

 船の背後には、水平線の向こうに沈みつつあるグーズグレイ山脈の尾根が見える。

 大丈夫だと言う確信はあったものの、一抹(いちまつ)の不安から、ふたりは追跡を警戒してずっと来た道を見据(みす)えていた。


「アデルがうまくやってくれたみたいだな」

 安堵のため息をついて、フェズは天を(あお)いだ。

「お前たち、もういいぞ」

 背後で、甲板にぺたんと座り込む姉妹――ルヴィとガーネットに声をかける。


公国軍(グランドアーミー)は追っかけて来てない?」

 心配そうに恐る恐る波際に近寄って来るルヴィ。フェズにしがみついて(あか)い髪を(なび)かせ、海原を見渡す。

 怖いのは公国軍(グランドアーミー)の追手と言うより海の様だ。泳げないらしい。

 妹のガーネットに至っては船酔いからか気持ち悪そうな表情でへたり込んでいる。

 その背中を(さす)るパプリカに、フェズが首を(かし)げた。


「ところでパプリカはいいのか?」

「何が?」

「これからが大変って時にレッドベリル商会を抜けて来ちゃって」

 ガーネットを(ひざ)の上に寝かしつつ、パプリカがため息を付く。

「あら、ここまで来てわたしを()け者にする気だったの? このふたりの面倒は、貴女(あなた)ひとりじゃ見切れないでしょう?」

「じゃあパプリカも、向こうに着いたら一緒にいてくれるの!?」

 嬉しそうに笑顔を見せるルヴィに、微笑(ほほえ)むパプリカ。


「でも、テユヴェローズ共和国って安全なところなのかな? ルヴィたちを無理やりチャロ・アイアに戻そうとしたりしない?」

 不安を見せるルヴィの頭を、フェズが()でる。

「大丈夫さ。あたしも行くのは初めてだけど、魔導技術はともかく統治機構のレベルはチャロ・アイアよりずっと進んでるって話だぞ」

「そうなの?」

「なんでも、統治者であるローザって人は竜族(ドラゴン)末裔(まつえい)なんだとか。本当の話かどうかは知らないけれどな」


 フェズの言葉に、緊張してたルヴィの表情が若干(じやつかん)緩む。居場所の一切を失い、これからの展望がまったく見えなくなってしまっていた故郷よりは、希望が持てたのだろう。

 先を見据える様に――視線を水平線の向こうに沈み行くグーズグレイ山脈の尾根から、行く先に広がる大きな大陸へと向けた。

「船の先っぽに行ってみていい?」

「船から落っこちるなよ?」


 元気よく頷いて、ルヴィは船首へと駆けて行く。

 よくよく考えてみれば、彼女のこうした少女らしい振舞いを見たのは初めてかも知れない。甲板上で忙しく働く船員たちの合間を()って駆けるルヴィの後ろ姿を、フェズは微笑んで見守る。


 そのフェズの耳に――風に乗って届く砲声。

 息を()んで、チャロ・アイア島の方向へと視線を向けた。

 パプリカも同じ様に、神妙な面持ちでそちらを眺めている。

「”停戦延長協定(シース・フアイア)”が切れたわ」

「 ”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”なしで、公国軍(グランドアーミー)人狼族(ヴエアヴオルフ)に勝てるかな?」


 アデルの言う通り、魔導石の存在によって人間と人狼族(ヴエアヴオルフ)の差は確かに縮まった。だが、それでもなお生まれ持った魔力の差は大きいと言わざるを得ない。

「正直、厳しいかもね。これからが人狼族(ヴエアヴオルフ)の得意とする季節でもあるし……」


 パプリカの言葉に、フェズは(うつむ)く。

「人間の切り札を破壊して、この大事(だいじ)に国を離れて――あたしのやってる事って正しいのかな?」

「珍しく弱気ね?」

 ケラケラと笑って、パプリカがフェズの目を見据えて微笑んだ。

「正しいかどうかなんて関係ないわ。ルヴィと――このガーネットが生きてここにいる事が、貴女の勝利なのよ」


 船首で危なっかしく海を眺めるルヴィの背中を見つめて、フェズは頷いた。

「あいつが海に落っこちる前に、向こうに行こうか」

「そうね」

 歩き出すフェズ。その後を、ガーネットを抱いたパプリカが追う。


 その後、”チャロ・アイアン内戦(シビルウォー)”と呼ばれる戦いがどの様に推移したのか――定かではない。

 内戦の激化に(ともな)い、チャロ・アイア公国は諸国より国境封鎖を受け、パプリカは内戦終結まで帰国する事が叶わなかった。

 アイオライド商会は――切り札だった”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の紛失によって、その地位を大きく落とし、やがて並み居る魔導石製造商会(ベンダーズ)のひとつに埋没して行く。


 そうした先の事は、フェズたちには分からない。

 だが、いまのフェズが成すべき事は――行き場を失った姉妹を、離さぬ様にしっかりと抱き締める事だけだ。


「テユヴェローズ共和国についたらどうするの?」

 栗色の髪を海風になびかせて、隣を歩くパプリカがフェズに問う。

「まあ、やらなきゃならない事は色々あるんだろうけれど――」

 いたずらっぽく笑って、フェズはパプリカに向き直った。

「――ひと仕事終わったところで――少しウィンドウショッピングでもしてから、今後の事は決めないか?」

「いいわね!」


 ルヴィの背後に辿り着いたフェズを、少女が無邪気に笑って見上げる。

 フェズは、ルヴィのその暖かな身体を強く――強く抱き締めた。


 二度と離さぬ様に――――


 ――そして見届ける。


 彼女たちを迎える様に広がる、テユヴェローズ共和国の街並みを――。


  ――終わり――

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