8-6:姉妹の再会 そして……
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「始めるわよ」
翌日の昼過ぎ――ついに、ガーネットの抽出装置が整う。
レッドベリル商会の魔導石製造工廠を改造して造られた装置は、アデルの隠し砦で見たものと寸分違わぬ出来栄えだった。
床に描かれた大型の魔法陣を、魔導石が埋め込まれた八基の柱が取り囲む。それらが複雑な回路で繋がれているが、基本的なデザインもすべて同じものだ。
「流石パプリカだな。見ただけでよくぞここまで造り込めるよ」
フェズは、ぐるりと見回して感嘆の声を上げた。その隣に佇むルヴィも、うんうんと頷いて同意する。
もっとも、その頷きに感情は籠っていない。深紅のその瞳はただひたすらに、パプリカが手にしている”VERDIGRIS”に向けられていた。
「では……みんな位置についてくれる?」
そのパプリカが音頭を取る。八人の魔導師が、魔法陣を囲む柱のさらに外側を、取り囲む様に等間隔に並んだ。その中には、ロザリオとアテナの姿もある。
万が一、柱の魔導石がうまく機能しなかった時に備えて、人力で”VERDIGRIS”の魔力を制御する為のサポーターである。
残念ながら、このレベルの作業になるとフェズは完全に蚊帳の外であった。
横に立つ、ルヴィの手を握り、一緒になって様子をただただ見守る。
ふたりの肩を、背後にいたマゼンダが叩いた。
「大丈夫だ。パプリカの腕は知っているだろう?」
「うん……!」
マゼンダの激励に、ルヴィが緊張した声で応える。
徐にパプリカが”破壊の言葉”を組み上げ始める。
手にしている”VERDIGRIS”に封じられた魔力が――彼女の構成文を受けて意味を持ち、結晶構造の表面から閃光と轟音を伴って放出される!
紅い光は、やがて激しい奔流となり、火花を散らして荒れ狂う。だが、魔導石が埋め込まれた八基の柱により閉じられた空間が、魔力の流出を防ぐ。
光はさらに激しく明滅し、その中心にいるパプリカの姿さえ、覆い尽くす!
もはや眼を開けてさえいられず、フェズはローブの袖で顔を覆った。
そして――。
魔導石工廠全体を覆う強烈なフラッシュの後――光と音は一瞬にして、魔法陣の上に収束した!
「……ふう!」
溜めに溜めた、パプリカの吐息が響く。
眩んだ眼をこすり――パプリカの方を向き直る。
果たしてそこには――
「ガーネット!」
――フェズがその眼で確認するより早く、ルヴィが声を上げて走り寄った!
後に着いて行けば、魔法陣の上に立つパプリカ。その手にしていた”VERDIGRIS”は”破壊の言葉”を受けて、大きなヒビが無数に走っている。
その足元にルヴィそっくりの少女――ガーネットの姿があった。
「ガーネット! しっかりして!」
一糸纏わぬ少女を抱き上げ、ルヴィが揺さぶる。
ルヴィに良く似た、赤と黒の髪の妹が――呼び声に応えて呼吸した。
ゆっくりとその瞼を開き、姉と同じ深紅の瞳で辺りを見回す。
「……お姉ちゃん……!?」
「ガーネット!」
涙を浮かべ、妹の身体を抱き締めるルヴィ。
「……お姉ちゃん? 何があったの……?」
「大丈夫だよ! お姉ちゃんがいるから……もう大丈夫だよ……!」
妹をぎゅっと抱き締めるルヴィを見下ろして、パプリカが肩を竦める。
「貴女からそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ。やっぱりお姉さんなのね」
からかいながらも、パプリカはローブを脱いで、ガーネットの裸を覆う。
そしてフェズに向き直り、笑顔で親指を立てた。
***
「マゼンダ様――本当にありがとう」
レッドベリル商会の本館。その入口で、ルヴィが小さな頭を下げた。
彼女に向かい合うかたちで、フェズ、パプリカやマゼンダ、そしてフェズの腕に抱かれたガーネットの姿。
対するルヴィの背後には――ヴァイオレッド隊長と、その配下の兵士。
「では――確かにこの娘の身柄は預かります」
ぴしっと敬礼し、フェズたちを見つめるヴァイオレッド。
「抵抗される事も想定していましたが……よくぞ素直にルヴィの身柄を引き渡しました」
こちらを信用していなかった事を隠そうともしないヴァイオレッドに、若干むっとした表情を見せるマゼンダ。
そんなマゼンダを他所に、ヴァイオレッドがルヴィを引き立てる。
その細い腕に、黒鉄の拘束具が硬い音を立ててはめられた。
少女は、瞬きひとつせず――フェズの顔を眺めている。
「フェズ……妹をお願いね?」
感情の籠らない声で、ルヴィがフェズに肩を抱かれる妹に視線を移す。
「ああ。任せておいてくれ」
ぽつりと呟いたフェズの腕を離れ――ガーネットがたどたどしい足取りで姉に歩み寄る。
「お姉ちゃん……!」
ルヴィの肩に腕を回し、ガーネットは抑揚のない声を絞り出して抱き締めた。その身体を――腕を拘束されたルヴィは抱き返す事が出来ない。
「さあ、そろそろ行くぞ……!」
ヴァイオレッドが双子のあいだに入って両者を引き離し――ルヴィの肩を掴んで、振り向かせる。
「ガーネット、こっちにおいで」
連れて行かれる姉の後ろ姿を見送るガーネットを手元に呼び戻すフェズ。
ルヴィは――こちらに視線を向ける事もなかった。
その小さな背中が、公国軍の紋章が描かれた帆馬車の荷台に乗せられる。
「本当に、いいのかフェズ?」
背後からマゼンダが声をかける。
下り坂の向こうへ姿を消して行く馬車の姿を最後まで目で追いながら、フェズは頷いた。
「貨物船に密航する手筈は整えた。だが、一緒に島の外へ出れば、そう簡単に戻って来る事が出来なくなるぞ?」
大方の予想通り、数時間後に迫った”停戦延長協定”の破棄に併せて、チャロ・アイア公国の海上航路はすべて封鎖される運びとなった。
船を出せるのも――後数時間が限度である。
そして、マゼンダの言葉通り一度国外に出れば、数年は戻って来る事が出来ないだろう。
「あたしも着いて行くよ。チャロ・アイアには、もうこの子たちが居られる場所はなくなった。かと言って島の外に子どもだけで放り出す訳にも行かないしね」
ガーネットの肩を抱いて、フェズは遠くに霞むグーズグレイ山脈を見据えた。
マゼンダに向き直り、彼女の顔とその背後に佇むロザリオの顔とを交互に見る。
「それもそれとして……あたしの方も姉さんの事を改めてお願いする。姉さんも姉さんで、アイオライド商会から裏切り者扱いされていて、行くところがない」
「それは任せておけ。まあ、いまのアイオライド商会にロザリオにちょっかいを出す余力があるとは思えんがな……!」
強く頷いてくれたマゼンダに安心して、フェズはロザリオの方を向いた。
「……と言う訳だ、姉さん。悪いけどしばらく会えなくなるな」
ロザリオももう迷いはないらしい。微笑んで妹の頭を撫でる。
「分かったわ。田舎の両親も――マゼンダ様のおちからを借りて、わたしが必ず安全を確保するわ」
姉にすべてを託すと――フェズは、ガーネットを抱き上げた。
最後尾でそれまで黙っていたパプリカがフェズと視線を交わして頷く。
「さあ、フェズ。あまり時間はないわよ。出発する準備をして!」
扉を潜り、本館の中へと足早に戻るパプリカとマゼンダの背中を追いかける。
一瞬、晴天の空を仰ぎ見たフェズの目に――確かに映った。
レッドベリル商会の本館。その紅い三角屋根の頂点に佇んでいた黒い人影が、こちらを見下ろしているのを――。
瞬きをした瞬間――その影はいずこへもなく、姿を消していた。




