8-5:月下の密会②
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「パプリカ! 良かった、無事だった!」
公国軍の兵士に連れられて、パプリカがレッドベリル商会に戻って来たのは、数日後の事。軍用の帆馬車に乗せられた彼女が、ゆっくりとレッドベリル商会の敷地に現れた。
本館の入口に、手枷をはめられて姿を見せたパプリカに、ルヴィが抱き付く!
その身体を、パプリカも優しく抱き締めた。
「ルヴィ……。ごめんね、わたしが頼りないばかりに、貴女と引き換えになっちゃって……」
「そんな事ないよ……!」
フェズとマゼンダ、それにアテナを含めたレッドベリル商会の魔導師数名が、パプリカの帰還を出迎えた。空は阿呆程に晴れ渡り、およそ人質の交換にふさわしいロケーションとは言い難い。
彼女たちの再会を、隣で見守っていた銀髪の女隊長――ヴァイオレッドがわざとらしく咳払いをする。自分たちを悪者にするな、と言う意味だろう。
「いいダイエットになったみたいだな」
「うるさいわね」
軽口を叩いたフェズに、パプリカがじろりと半目を向ける。
僅か数日間ではあったが――収監生活が堪えたのか、パプリカはかなり痩せて見えた。
いたずらっぽい反応を見せたパプリカだが、収監中はかなり荒れていたと聞く。自分がルヴィと引き換えになった事を知って暴れに暴れたらしい。
結局、マゼンダから「”VERDIGRIS”の解放にお前が必要だから大人しく帰って来い」と言うメッセージを受けて、ようやく落ち着いたとの事だった。
「さて……」
再会の挨拶もそこそこに、ヴァイオレッドがふたりのあいだに入る。
「それでは約束通り、ルヴィの身柄を引き渡していただけますかな?」
「その点について……」
粛々と事を進め様とするヴァイオレッドとルヴィのあいだに、マゼンダが割って入る。
「このルヴィが、どうしてもパプリカのちからを必要としている事柄がひとつございます。勝手を申し上げますが、数日ほど、ふたりを一緒にお引渡し願えないでしょうか?」
「ふむ……?」
マゼンダの申し出に、ヴァイオレッドが顎に手を置く。その様子から、計算を巡らしている事が伺えた。
ヴァイオレッドは”VERDIGRIS”がレッドベリル商会の手に移った事を、当然承知している。そして、”VERDIGRIS”を失ったアイオライド商会の権威は大きく失墜した。
人狼族との戦闘を控え、アイオライド商会が転落の一途を辿るいま、双璧であるレッドベリルとの関係を悪化させたくない。――と言う計算である。
「……分かりました。善処しましょう。但し、逃亡の恐れがある為、必ず定時の面会を要求します」
「それで結構です」
合意を得たマゼンダとヴァイオレッドが、握手を交わす。
くるりときびすを返したヴァイオレッドは、靴音も高らかに、部下を従えて通りに待たせている馬車へと引き上げて行く。
すれ違い様に、パプリカに抱かれたルヴィをぎろりと睨みつけた。
軍が去ったあと、パプリカがレッドベリルの魔導師に囲まれる。
彼女の帰還を喜ぶ後輩たちに、複雑な笑みを浮かべるパプリカ。
「ありがとう。でもちょっと離してくれる?」
後輩を押し退け、パプリカはマゼンダの前に立った。
「迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「良く帰った。ずいぶんと痩せた様だが……聞いての通り、時間がない。
早速、”VERDIGRIS”からガーネットをサルベージする為の準備を手伝ってもらいたい」
「分かりました!」
大きく頷くパプリカの手を、ルヴィが握る。
「ルヴィも手伝うよ!」
「頼んだわ。フェズも手伝ってもらえる?」
「もちろん!」
別館にある魔導石製造工廠に向かい歩き始めたふたりに続いて、フェズも後を追った。
***
パプリカが戻ったレッドベリル商会の作業は早いものだった。
マゼンダが、その財力とパイプにものを言わせ、資材を調達。アデルの隠し砦で、ざっくりとその様子を見ただけのパプリカは、用意された資材を元に、てきぱきと準備を進めて行く。
これを、指示された通りにフェズやルヴィを含め、彼女の後輩の魔導師たちが手伝う。同じ魔導石製造に携わる者として、フェズはパプリカの腕の良さに改めて舌を巻いた。
オマケに、ルヴィの顔を確認しに訪れるヴァイオレッドが、物珍しさにその建設風景を見学しに来る始末である。
そんな日々が数日間続き――ガーネットの解放が、いよいよ明日には可能かと言う日の夜だった。
レッドベリル商会に滞在中、フェズとルヴィ、そしてロザリオは、揃って宿舎の一室を間借りしている。ルヴィとロザリオは日々の疲れからか、早々にベッドに潜り、寝息を立てていた。
しかし、フェズは眠れない――。
月明かりに照らされた窓辺に座り、ひとり夜の街並みを眺めていた。
明日にはガーネットのサルベージが可能になる。だが、それが成功した暁には、ルヴィをヴァイオレッドに引き渡さなければならない。その現実を、未だに受け止めきれないでいる。
パプリカやマゼンダ、そして当人であるルヴィですら――その事実を受け入れた様に、日々を当たり前の様に過ごしていた。
何とかルヴィを逃がせないか?
――そんな考えが、いくら頭を振って打ち消しても、すぐに沸いて出て来た。
やればレッドベリル商会と公国軍のあいだで、大きな確執を生む事になる。――それが、分かっていても頭から離れる事がなかった。
恐らく、みんなも頭の中では同じ事を考えている。しかし、それを表面には出さない。
フェズは――考えれば考える程、涙が溢れた。
「ルヴィだって受け入れてるのに――あたしは子どもなのかな……?」
ぽつりと呟く。
――と、その時。
こつん、と軽い音が窓を叩く!
「?」
小石か何かが、窓にぶつかったのだ。不思議に思って身を乗り出し、ガラス越しに外を見やる。
静まり返ったレッドベリル商会の中庭で、窓に向かって手を振るひとりの人影が目に入った。
「あいつは……!?」
息を呑んで、立ち上がる!
肌着姿のまま――廊下に走り出る!
階段を駆け下り、給湯室の裏口を開け放って中庭に飛び出す!
人影は――既にいなくなっていた。
息を整えながら、真っ暗な中庭に眼を凝らす。
「こっちだよ」
背後から声をかけられ、フェズは飛び上がって身構えた!
宿舎の壁。月明かりが遮られ、闇になった影の中に、ローブを纏った人影が、もたれかかっていた。
「アデル!」
見紛う筈もない、人狼族の青年の名を叫び――睨みつける!
「おやおや、これまた随分な格好だね? 年頃の女の子なんだから、もう少し気にした方がいいと思うけど……」
軽口を叩きながら、アデルが暗がりから月明かりの下に現れた。
ローブのフードを剥ぎ、黒いたてがみを持つ顔を露わにする。金色の相貌が、月明かりを反射してギラリと光った。
「生憎、あたしはそういうの気にしないタチなんでね……!」
フェズの言葉を強がりと受け取ったか、アデルが肩を竦める。徐に、自身のローブを脱ぐと――それをこちらに放ってよこす。
「寒いだろ?」
「アンタは、寒くないの……?」
「ボクたち人狼族には、これくらいの気温はむしろ暑いくらいだよ」
ケラケラと笑うアデル。
「じゃ、ご厚意に甘えるわ」
アデルのローブを身に纏い、装いを整える。
実際、肌着姿で飛び出して来たのはまずかった。羞恥心の問題ではなく、フェズはいま、アデルを前に完全に丸腰である。
愛用のダガーは先日、ヴォルフケイジ大双壁でそのアデルに踏み砕かれている。
代わりの魔導石を支給してもらったが、身に着ける習慣がまだしみ込んでいない為、部屋に置いて来てしまった。
「こうして月明かりの下で話をしていると――ヴェニッタとアイオライドの森で取引した時を思い出すよ」
無防備なフェズが相手だからか、まったく警戒心もなく両腕を高々と広げて見せるアデル。その様子からは、まったく敵意を感じられない。
「何しに来た訳……?」
「ヴォルフケイジ大双壁で言っただろう? キミに借りを返しに来たのさ」
ぱちん! とアデルが指を鳴らす!
その背後の闇が蠢き――虚空から、巨大な影が姿を現した!
「『ゴーレム』……!」
飛び退いて、彼らから距離を取るフェズ!
その彼女に、悠々とアデルは歩み寄って来る。
「そんなに警戒しないでくれ。ボクは多分――キミと同じ想いを共有している。そう思ってやって来たのさ」
「?」
顔が触れ合う程、近寄って来たアデルの言葉に――フェズはただただ困惑の表情を返すのみだった。




