8-4:命の引き換え
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フェズは――ルヴィの小さな身体を抱き締めた。
ヴォルフケイジ大双壁の”ハイパーゲート”を使い、何とか窮地を逃れたフェズ。
彼女が飛んだのは、大双壁からほど近い町だった。以前にアテナが教えてくれた転送先だ。
血塗れの女が、光の中から現れた時は、流石に驚かれたが――レッドベリルの魔導師たちに事情を話したところ――アテナがすぐに飛んで来てくれた。
無事、レッドベリル魔導石製造商会へ戻ったフェズは、先に戻っていたルヴィに、”VERDIGRIS”を引き渡した。
涙を流して、紅く輝く魔導石を抱き締めるルヴィ。
これですべてが終わった――と思っていた。
だが――そこにパプリカの姿がない。
「パプリカが、公国軍に捕縛されただって!?」
「公国軍が悪いかの様な言い草はよせ。アイオライドに無断で侵入したのはこちらの方だ」
執務室で、デスクに腰かけるマゼンダ。不機嫌を隠そうともせず、くゆらせていた煙草の煙を勢い良く吐き出す。
がりっと金属製の煙管を歯で噛む音が、こちらまで響いて来た。
「ごめんなさい……ルヴィが頼りないせいで……」
”VERDIGRIS”を抱き締め、ルヴィが俯く。
「ルヴィちゃんは悪くないよ。ヴァイオレッド隊長相手に良くやったよ!
……ルヴィちゃんと……引き換えになっちゃった事は、残念だけど……」
ルヴィの背後にいたアテナが、彼女の身体を優しく抱き締める。
フェズも近寄り、ルヴィの頭を撫でて肩を抱いた。
そのルヴィが、頭を上げる。
「ルヴィの事は後でもいいよ! それよりも、今はガーネットを助けたい!」
フェズとアテナのあいだをすり抜け、マゼンダの前に走り寄る。
「マゼンダ様! ガーネットを助けられるの!?」
不安そうな表情で訴えるルヴィの頭を撫でながら、マゼンダが頭を振り被った。
「……肝心のパプリカがいなくてはな……」
「そっか……」
がっかりした様に下を向くルヴィ。
”VERDIGRIS”のガーネットをサルベージする為に必要なものはふたつ。
ひとつは、アデルの隠し砦にあった設備だ。今からまた、隠し砦に行く訳には行かないから、レッドベリル商会の敷地内に同じものを再現する必要がある。
これに関しては、マゼンダが配下の魔導師に命じて造らせる事が出来るそうだ。
もうひとつは、”VERDIGRIS”の”破壊の言葉”。これが分からなければ、”VERDIGRIS”の機能を停止させ、ガーネットをサルベージ出来ない。
問題は、この”破壊の言葉”を知っているのがパプリカだけだと言う事だ。
「……ゴメンな。アイオライド商会で”破壊の言葉”を調べた時に、あたしも目を通しておけば良かった。
言い訳だけれど、やっぱり姉さんの事で頭がいっぱいだったんだと思う……」
姉のロザリオの事はルヴィに任せ、フェズは”VERDIGRIS”の奪取に集中する。そう心に決めていたし、ルヴィとも約束した。
だが、実際にはやはりロザリオの身を案じるあまり、目が曇っていたと言わざるを得ない。
そのロザリオは、レッドベリル商会の宿舎の一室を間借りして、ひとり籠っている。フェズの説明で、状況を納得してもらったが、心の整理が追い付かない様だ。
項垂れるフェズに、ルヴィが大きく顔を横に振る。
「フェズは悪くないよ。それを言ったらルヴィなんか、人間の文字が読めないから全部フェズとパプリカに頼るしかないんだし……」
その言葉にマゼンダも同意を示す。
「ルヴィの言う通りだ。
そも、フェズが”破壊の言葉”を知っていたとしても、パプリカを公国軍から解放しなければならん状況に、変わりはないのだからな」
「でも……パプリカとルヴィは引き換えになっちゃうから……ルヴィは結局、ガーネットの顔を見れないんだね……」
目に溜まった涙を袖で拭ってルヴィが呟く。妹が助かる安堵と、その妹に二度と会えない事を落胆する、ふたつの感情が入り混じった微妙な声色。
そうだ。一番の問題は、ルヴィの身の振り方なのだ。
フェズはマゼンダに歩み寄ると、彼女のデスクに両手を着いて前のめりに顔を近づけた。
「何とかして、ルヴィを逃がせないだろうか?」
予想していた、と言う顔でマゼンダが逆にフェズの顔を覗き込む。
「以前にもその話をしたな……」
こちらを向いたまま、背後の窓のカーテンを勢いよく開く!
暖かな日光が部屋に降り注ぎ、晴れ渡った青空が覗く。その晴天の下に、鮮やかな紅の帆がたなびいている。海岸線に停泊しているレッドベリル商会の貨物船が見えた。
「見ての通り、数日後にはテユヴェローズ共和国へ向けて貨物船が出航する。ルヴィを乗せてやる事くらいなら、朝飯前だが……」
どかっと音を立てて、深くイスに背をもたれる!
「ルヴィ本人がはっきりと公国軍に眼をつけられてしまってはな……。国外へ逃がす事は難しくないが、後が大変だぞ?
そもそも……ルヴィがいなくなってしまったら、パプリカをどうやって返してもらう? まさか、パプリカをそのまま公国軍に拘束させたままにする――とでも言うのか?」
図星を突かれ、フェズは黙る。
パプリカを還してもらえず、ガーネットをサルベージ出来ないとあっては、本末転倒だ。
魔力を宿したままの”VERDIGRIS”を持ち続ける事自体、レッドベリル商会にとって災いの種にもなる。
「あまり考えている時間もないぞ」
続けてマゼンダが天を仰ぐ。
「”停戦延長協定”が切れかけて、チャロ・アイア公国に対する諸外国の反応は非難轟々だ。おそらく国外へ貿易船を出せるのも、次が最後になるだろう」
マゼンダの言葉に、フェズはゴクリと唾を飲む。
紛争再開を決定したチャロ・アイアに対し、周辺諸国は「海上封鎖」と言う制裁を下した。これが実行されれば、島国であるチャロ・アイアから脱出する手段はなくなる。
悩んでいる時間は、もうないのだ。
フェズの背後で黙っていたルヴィが、意を結した様に頭を上げて歩み出る。
「ならせめて……ガーネットだけでも逃げられる様にしたい! その為にも、早くパプリカを還してもらわないと……!」
その言葉に目を細めたマゼンダに対し、目を大きく開いてルヴィが続ける。
「明日にでも、パプリカを還してもらえる様に、ヴァイオレッド隊長に伝えて欲しい!」




