8-2:最後の攻防
鋭く斬りつけられたフェズの斬撃を、アデルは大きく身を仰け反らせて躱す!
続く刺突も、やはりしっかりと見切って軌道から身を逸らした。
「キミの剣には気を付けなくてはね!」
悉くフェズのダガーを避けるアデルに、彼女は舌打ちした。
以前、ギルド『タンザナイト』で『ゴーレム』と戦った際、彼はフェズの戦い方を見ている。
ダガーの刀身を受け止めなければいい。その事実に気付いていた。
「今度はこちらから行くよ!」
空中高く飛び上がり振り上げた右腕の先端に、”マギコード”を組み立てて行く!
突き出された腕から放たれたのは、咢のかたちを成した漆黒のエネルギー!
それがフェズをかみ砕く様に、大きな口を開けて突っ込んで来る!
狙いは頭か胸か――いや、急所ではなく右腕!
「と――ッ!?」
逸らしたフェズの手元を“黒牙”が、掠めて行く!
外れた”黒牙”はそのまま床をかみ砕き、堅牢な大双壁の石畳を粉々に粉砕した!
彼が狙ったのは腕ではなく――フェズの持つダガー。もっと言えばその刀身にはめこまれた魔導石だ。これが破壊されれば人間の魔導師が何も出来なく無くなる。
アデルはそれを熟知している。
やはり、彼の戦い方は人狼族のそれではない。
人間の戦い方を良く理解している。
なおも、アデルはその身体能力の高さを活かして空中高く舞い上がり、こちらの攻撃が届かない位置から”黒牙”を乱発して来る!
迫りくる”黒牙”を避け、あるいはダガーで斬り飛ばし、距離を詰め様とするが、そのフェズからアデルはうまく距離を取る!
「なら――――」
ダガーを大きく振り被り――
「――――これでどうだッ!?」
――ダガーを大きく振ると同時に、刀身に込められていた魔力を弾き飛ばしす!
魔力は刀身のかたちそのまま、遠心力を受けて回転し、鋭い風切り音を奏でながらブーメランの様にアデルに迫る!
「何ッ!?」
アデルが叫ぶ!
流石に想定外だったらしい。
ちょうど床に着地したところだったアデルも体勢の立て直しが間に合わない!
「ちッ!」
舌打ちして――右手に展開した”魔法障壁”で迎え撃つ!
同時に、上半身を極端に沈める。おそらく、ダガーに纏わせている時の様な貫通力を持つと考えたのだろうが――
光の盾と接触した赤光のブーメランは、かたちが崩れ、爆炎を上げる!
「ぐあ……ッ!?」
“魔法障壁”で完全に防ぎきったとは言え、爆発するとは思っていなかったアデルが身を屈めて呻き声を上げる!
チャンスとばかりに、動きの止まったアデルにフェズが走り込む!
“魔法障壁”を展開させていた彼の右腕にダガーの刃を叩き込んだ!
魔法は防げても、ダガーの刀身は、そのまま“魔法障壁”をすり抜ける。
だが――――
鈍い手応えとともに、ダガー刃がアデルの生身の腕に受け止められた!
「嘘だろッ!?」
思わず叫ぶフェズ!
いや、良く見れば受け止めた訳ではない。刃が食い込んだ彼の腕から、赤い血が滴る。
しかし、太く強い体毛と分厚い皮膚を持つ人狼族の肌を切断する事が、人間の女の腕力では難しかったのだ!
「やってくれたなッ!」
吠えたアデルは、刃の食い込んだ右腕をそのまま振り上げる荒業に出る!
腕力では勝負にならず、思い切りダガーごと引っ張られるフェズの身体!
その彼女のみぞおちに――アデルが強烈な膝蹴りを打ち込んだ!
「がは……ッ!」
腹部に走った強烈な痛みにフェズが膝から落ちる。フェズが姿勢を崩した事で、刺さっていたダガーがアデルの腕から抜け落ち、開いた右腕の鉄拳が、フェズの頬を捕えた!
真上から殴り倒され、石の床に後頭部を強打する!
意識が一瞬暗転し、再び戻った時には、目の前にアデルの蹴足が迫った!
「きゃッ!」
咄嗟に両腕で衝撃を吸収するが、そのまま数メートルは後ろに蹴り飛ばされる!
崩壊した瓦礫の山に背中を叩き付けられ、フェズは床に崩れ落ちた。
何とか上半身を起こす。
未だ鈍痛が走る腹を押さえ、嘔吐感を抑えてよろよろと立ち上がる。
ダガーを顔の前に構え、魔導石に意識を手中して再び刀身に魔力を灯す。
痛みに腕が震え、涙が零れる。
ローブの袖で涙を拭う。その彼女の周囲を影が覆う!
「!」
頭上を仰ぎ見れば――視界一面の闇!
いや、これは巨大な”黒牙”だ! フェズを呑み込む程巨大な漆黒の咢が、再び中空を舞ったアデルから放たれたのだ!
「ちくしょうッ!」
射程から逃れる余裕を失ったフェズは、ダガーを床に突き立てる!
魔力を帯びた刀身は何の抵抗もなく深々と石の床を貫き――フェズはそのまま身体を鋭く一回転させた!
床に紅い新円が描かれる!
ほぼ同時に――空から迫った巨大な”黒牙”がフェズの姿もろとも、床を粉々に打ち砕いた!
「よしッ!」
舞い上がった粉塵の向こうから、アデルの勝利を確信した叫びが木霊する!
だが――一瞬早く、床をくり貫き階下へ逃れたフェズは、煙渦巻くその下で、崩れた天井の淵に佇むアデルに狙いを定めていた!
煙に映るアデルのシルエットが、”魔導破城槌”へ向かおうと身を翻す。警戒心の解けたその姿目掛けて、フェズは再び紅い刃を飛ばした!
同時に、”マギコード”を組み上げる!
ごくごく単純な、エネルギーの塊を生み出す魔法が、フェズの手のひらに構築される。
その瞬間、飛ばした紅刃が、アデルに襲い掛かる!
「何だってッ!?」
悲鳴を上げ、咄嗟に身を捻って躱す! だが、不意の一撃を完全に躱す事は出来ず、紅刃が彼の脇腹を薙いだのが見て取れた!
「ぐああ……ッ!」
苦悶の声を上げて倒れるアデルのシルエット。
それを見届け、フェズは跳躍すると同時に、手にしていたエネルギーの塊を床に叩き付ける! 破裂したエネルギーの圧力に乗って高々と舞い上がり、白煙を抜けて空中に飛び出す!
見下ろせば、脇腹を押さえて床にうずくまるアデルの姿。流石に”VERDIGRIS”を抱えてはいられなかったか、紅い光を放つ魔導石が、傍らに転がっている。
同じヘマはしない!
重力に乗って落ちるフェズは、アデル目掛けてダガーの刃を立てた。頑丈な彼の皮膚でも、貫く事は出来る!
しかし――
「く……ッ!」
――こちらの攻撃に一瞬早く反応したアデルは、大きく身を翻して飛び退く!
フェズのダガーは目標を失い、硬い石の床に弾かれるが――これで、”VERDIGRIS”は完全にアデルの手から離れた!
明後日の方向で、もがき苦しむアデル。フェズを挟んだ反対側に転がる”VERDIGRIS”に、彼女は駆け寄った!
「ま……待て……ッ!」
苦しげなアデルの声が背後から響く。魔法攻撃を警戒して肩越しに見やるが、脇腹のダメージは思ったより大きい様で、未だに立ち上がれずにいる。
流石に命の危険がある出血量な為――フェズは立ち止まった。
「動くんじゃない! もう勝負はついた! 大人しくしていろッ!」
警告するフェズを、アデルが脂汗に塗れた顔を上げて憎々しげに見据える。
隠し砦でもそうだったが、彼は回復魔法の類を一切持ち合わせていない様だ。
「静かにしていれば、後であたしが治してやるよ。
自信ないけど……」
大きく深呼吸して――フェズは、床に転がった”VERDIGRIS”を拾い上げた。
人の頭ほどの結晶体は、高密度の結晶構造が透けて見え、その中を鮮やかな紅い光が無数の乱反射を起こしている。
息を呑む程美しい光の旋律に、フェズは一瞬我を忘れた。
しかし、忘れてはいけない。この光こそが、ガーネットの魂そのものであると言う事を。
「一刻も早く、レッドベリルに持ち帰ってガーネットを助け出さなくては……」
頷いて、フェズはアデルに向き直る。
彼は、依然として床にうずくまり、立ち上がれずにいた。
「さて、今あたしの拙い回復魔法で応急処置してやるからな。傷痕が歪んでも文句言うなよ?」
彼に歩み寄ろうとするフェズ。
その彼女の頭上に――大きな影が落ちる!
「え…………ッ!?」
振り向けば――大双壁の下から現れた『ゴーレム』の姿!
「貴様の好きにはさせぬ!」
振り下ろされた巨大な拳が――フェズの背中を殴り飛ばした!




