8-1:大双壁の崩落
***
闇の中、微睡む様な感覚に包まれていたフェズの意識。視界に光が溢れ、彼女の意識が研ぎ澄まされて行く。
景色の一瞬の歪みを経て、フェズの姿が”ハイパーゲート”の光の中から現れる!
灰色の巨大な石のブロックを組んで造られた頑強な部屋。
フェズの身体を転送した足元の”転送陣”からは光が放出され、壁のレリーフに埋め込まれた碧い魔導石も淡い光を放っている。
「ヴォルフケイジ大双壁……」
転送先の名を呟いて、フェズは部屋の出口――強固な鉄扉に走り寄った。
この先に、アデルがいる筈だ。
彼は、アイオライド商会の”ハイパーゲート”を使い、ヴォルフケイジ大双壁へ移動した。
ここに設置されている攻城兵器”魔導破城槌”を使って首都チャロ・アイアを攻撃する為だ。
その”魔導破城槌”のエネルギー源たる”VERDIGRS”。
これをアデルから奪い取らねばならない。出来なければ首都チャロ・アイアが炎に包まれるだけではない。
何よりも、”VERDIGRS”に封じられたルヴィの妹――ガーネットの魂が、魔力として消費され、消滅してしまう!
壁の”魔導錠”に”マギコード”を流し込み、重い扉を押し開けた。
その瞬間――――!
「わっ!?」
扉の隙間から吹き込んで来たのは、灰を含む淀んだ空気!
加えて、地を揺るがす地響きと、人の雄叫びが交差して空気を震わせている。
「まさか……遅かったか!?」
恐る恐る扉を押し開け、”ハイパーゲート”の外に出る。先には石造りの通路。以前来た時と、見た限り変化はない。
だが、北方の積雪地帯にある筈の大双壁には今、汗ばむ程の熱気が充満している。
火が燃えているのだ。
フェズは通路を走り、奥へと続く扉を開けた。
「何だこれは!?」
彼女の眼前に――分厚い雲に覆われた空が広がる!
ここは屋内である。空など見える筈もない。
だが、部屋の天井や壁は崩れ落ち、あちこちから火の手が上がる大双壁の様子が一望出来た。
城壁は、そこかしこが崩れ落ち、フェズのいる場所同様に内部の部屋や通路が剥き出しとなり、黒煙が立ち上っている。
かなり大規模な戦いが起きている様である。
「アデルがやったのか……?」
まさかの光景に唖然とするフェズ。いくら高い魔力を持つ人狼族のアデルとは言え、彼ひとりでここまでの事を……?
その疑問はすぐに解ける。
爆音とともに、大双壁の一部が崩落し、瓦礫と一緒に数人の兵士が薙ぎ飛ばされて行く!
それを追う様に、猛煙の中からのっそりと姿を現した”巨人”の姿!
「『ゴーレム』!?」
焦げ茶色のボロボロのローブを纏った白い仮面の”巨人”、『ゴーレム』だった!
アデルが、自らの尖兵として操る使い魔だ。
この一撃で堰を切った様に、大双壁の地上、屋上、剥き出しの通路や、果ては上空まで――次々に『ゴーレム』が現れる。
ぱっと見で十数体はいる『ゴーレム』が、大双壁に取り着いて兵士たちを攻撃しているのだ。
「あいつ……まだこんなにも戦力を残していたのか?」
兵士たちと『ゴーレム』の戦いを呆然と見つめ――我に返る!
こんな事をしている場合ではない。
フェズは、屋上の”魔導破城槌”へ走った!
アデルは公国軍を抑える為に『ゴーレム』を放ったのだろうが、これはフェズにも有利に働いている。彼を止める事に専念出来る。
煤煙を吸い込まぬ様に口を腕で覆いながら、狭い通路を駆け抜ける!
場所は”大城門”の真上。階段を駆け上がり、屋上へと辿り着く。
既に半壊し、天に向けて吹き抜けた天井。階段の途中からでも見上げる事が出来た黒鉄の巨大鉄針。その鉄針に築かれた制御盤に取り着くアデルの姿が見えた!
丁度、”VERDIGRS”を魔力の集積路にセットしようとしているところだった。
腰のダガーを抜き放ち、魔導石に”マギコード”を流し込む!
刀身の先端に”光弾”が生み出される!
フェズはダガーを大きく振り被り、鋭い軌道で”光弾”をアデルの背中目掛けて射出した!
”光弾”は、フェズの稚拙なコントロールで大きく軌道を外す。
だが、牽制にはそれで充分だった!
「何ッ!?」
的外れな位置に着弾し、爆炎を上げた”光弾”に驚き、アデルが大きく身を翻して”魔導破城槌”から距離を取る!
「フェズか!?」
ようやく階段を登り切り、肩で大きく息をする彼女を、アデルが驚いた表情で見つめる。
大双壁の最上階。
グーズグレイ山脈から吹き下ろす寒風と、戦火の巻き上げる熱風が入り混じり、小雪の混じる空気が異様に淀んでいる。
どんよりとした曇り空の下、対岸の人狼領側では――我に関係なしとばかりに、人狼族の戦士たちが、大双壁の阿鼻叫喚を見物している。
「驚いたな。まさか追って来るとはね……!」
アデルが金色の瞳を細める。
その脚がゆっくりと”魔導破城槌”に向けられた。
アデルの動きを牽制する如く、フェズも同じ方向に身体をスライドさせて行く。
「アイオライド商会とも縁が切れ……増してや公国軍の戦士でもないキミが、ボクを止める為にここまでするとはね。中々の正義感じゃないか……!」
フェズは、ようやく整って来た息を大きく吐き出す。
「バカ言ってんじゃないさ。そりゃあ、首都を吹っ飛ばされたら大変だ。あたしが止められるんなら止めるさ。けれど――そんな事は、あたしにとって二の次でしかない」
「そんな事……? じゃあ、何しに来たと言うのかな?」
抜身のダガーの切っ先を、アデルに突き付け睨みつける。
「ガーネットの命を取り返す。あたしのやりたい事はそれだけだ!」
「何だって……!?」
アデルの声が震えたのが分かった。
「キミは……そんな事の為に、ボクを追って来たのか!?
ルヴィを助けにボクの隠れ家に乗り込んで来た事は理解出来るよ!
……けれど、キミはガーネットとは言葉を交わした事すらないじゃないか!?」
”VERDIGRS”を両手で大きく掲げ、全身を震わせて叫ぶ。
「人間の首都を救う為、ボクを止めに来たと言うなら納得だ! ボクも人間の首都を破壊する為に、ここにいるのだからね!
それを……”そんな事”だって!?
キミは戦を何だと思っているんだい!?」
こちらに指を突き付ける!
指し示しているのはフェズではない。その後ろ――人狼側の大双壁で高みの見物を決め込む人狼軍の戦士たちだ。
「ボクはあいつらに魔導石の重要性を知らしめる為にここまで来た!
同胞から放逐される事を覚悟の上でだ!
ボクは同胞を護る為に、決死の覚悟でここまで来たと言うのに……ッ!」
怒りの余りか、アデルは途中で言葉を詰まらせた。
そのアデルを、フェズは一瞥して吐き捨てる。
「アンタの覚悟なんて知ったこっちゃないわ!
あたしに……ルヴィの妹を返しなさい!」
一瞬、唖然とした表情を見せるアデル。
だが、その視線はすぐに冷ややかな、蔑むものへと変化する。
片手を額に当てて、低い笑い声を上げた。
「ボクはキミを過大評価していた様だ!
そう言う事なら、何の躊躇もなく消し炭にしてあげるよ!
キミはここに居合わせる価値もない女だ!」
「別にいいわ。どーせ、”VERDIGRS”を取り返したら、さっさとルヴィの下へ帰るだけだもの……!」
アデルの言葉を鼻で笑う。
腰を落とし、ダガーを逆手に構え直す!
魔導石に”マギコード”を流し込み、組み上げられた魔力を刀身に纏わせて行く!
紅く輝く刀身が纏った魔力の振動が、柄を通じてフェズの腕に伝わって来た。
未だ見下した表情でフェズを見つめるアデルに、一足飛びに斬りかかる!




