7-6:勝利の代償
「さて、どうしましょうか?」
ヴァイオレッドが淡々とルヴィに問うた。
戦局は、ルヴィが完全に制している。
ヴァイオレッドは、剣も魔導石も失い丸腰。更にはルヴィに”光爪”を突き付けられている。
だが――追い詰められているのはルヴィだった。
夜風に乗って聞こえて来る軍靴の音。
遥か遠く、町はずれの平原に展開されている公国軍が、アイオライド商会での騒ぎを聞きつけて、行軍を始めたのだ。
ほんの一部とは言え、軍隊が押し寄せてくれば、ルヴィでは歯が立たない。
増してや――――。
足元に倒れたパプリカは大量の失血で完全に意識を失っている。
顔は蒼白を通り越して土気色に変色し、飛び散った血が黒く濁り始めていた。
「どうしました? 逃げないのですか?」
ヴァイオレッドの言葉に、ルヴィが涙を溜めて睨みつける!
「早くしなければ、わたくしの部下に取り囲まれる事になりますよ?」
このまま逃げる事は、簡単だ。
だが、それはパプリカを見捨てる事を意味する。
それを分かった上で、ヴァイオレッドはルヴィを挑発しているのである。
迷いに、ルヴィの表情が崩れる。
涙が頬を伝い、唇が震えた。
「パプリカは……もう助からない」
ルヴィは強く頭を振った!
この状況を打開出来ないのであれば――せめてこの女隊長を仕留めるのみだ!
「パプリカの仇を討ってやる!」
左手に構えていた”光爪”にちからを込める!
少女の鋭い爪が、ヴァイオレッドの命を刈り取りに行く!
「落ち着きなさい!」
ルヴィの行動を止めたのは、他でもないヴァイオレッドだった。腕組みをして、冷静な瞳でルヴィを見下ろしている。
「今ここで、わたしを斃せば、このパプリカと言う女は命を落としますよ」
「お前を斃さなくたって……同じじゃないか!?」
大粒の涙を振り乱し、ルヴィが吠える!
自分を睨みつける少女に、ヴァイオレッドがため息を付く。
「だから良く考えろと言っているのですよ。
間もなく、わたくしの部下がここへやって来ます。
そうすれば、貴女がわたくしを生かしておく理由がなくなります。
それは、わたくしも御免です」
肩を竦めるヴァイオレッド。
「まったく忌々しい限りですが、交渉しましょう」
「交渉?」
ルヴィの紅い瞳をまっすぐ見据え、ヴァイオレッドがパプリカを指差す。
「貴女の身柄をわたくしに差し出しなさい」
「何だって!?」
「元々、この女に大した興味はありません。
貴女を人狼領へ返還する事が、わたしの当初からの任務です」
驚愕するルヴィの頭を、ヴァイオレッドは笑いながら軽く叩いた。
「もちろん今すぐに、とは言いません。
部下の中には衛生兵もいます。その衛生兵に、パプリカの蘇生をさせましょう。
そして後日、貴女の身柄とパプリカを交換――と言う事で、この場を手打ちとしませんか?」
ヴァイオレッドの提案に、ルヴィは愕然とした。
確かにそれならば、パプリカを助けられる。
だが、ルヴィが人狼領に還ればどうなるか? ヴォルフケイジ大双壁で、ヴァイオレッドも見て、知っている筈だ。
実質的に――彼女の提案は、ルヴィに命を差し出せと言っているに等しい!
迷うルヴィをヴァイオレッドが急かす。
「早く決断しなさい。わたくしの命が貴女に握られているとも知らない部下たちが雪崩れ込んで来れば、わたくしも貴女も終わりなのですよ?」
唇を強く噛んで、ルヴィはヴァイオレッドを睨みつけた。
「本当に……パプリカを救ってくれるんだねッ!?」
「嘘は言いません」
「本当に、ルヴィが命を差し出せば、パプリカを返してくれるんだね!?」
「誓いましょう。この場でわたしを見逃してくれれば、必ずパプリカを助けると」
もはや自身に突き付けられていた”光爪”など気にも留めず、ヴァイオレッドは片膝をついて、ルヴィに頭を垂れた。
「これは戦場における戦士の約束です」
「…………」
服の袖で涙を拭って大きな瞳をいっぱいに開く。
「それで、ルヴィはどうすればいい?」
「貴女の目的は、そこに倒れているロザリオと言う女の救出でしょう?
早くあの女を連れて、この場を離れるのです」
未だに気絶したまま倒れているロザリオを指差す。
「貴女とパプリカの引き換えは後日、レッドベリル商会にて行いましょう」
ルヴィは、この女の言葉を信じるべきか迷った。
仮にその指示通り、ルヴィがその身を差し出したとしても、返されたパプリカが事切れていない可能性は否定出来ない。
だが――迷っている時間は後僅かだった。
大通りの向こうに、もはやはっきりと聞こえる軍靴の音。加えて、公国軍が掲げる大きな旗が揺らめいているのが見えて来ている!
「分かった!」
ヴァイオレッドと視線を合わせる。
「ここはアンタの命を助ける!
その代わり、必ずパプリカを救って! ……そうすれば、ルヴィは約束通り、この命を引き渡すよ!」
「その言葉に――嘘はありませんね?」
大きく頷くルヴィ。
「ならばさっさと姿を消しなさい!
公国軍が到着したら、ふたりとも終わりです!」
語気を強めるヴァイオレッドに従い、”光爪”を掻き消すルヴィ。
一目散にロザリオに駆け寄ると、彼女の身体を抱き抱えた。
「さあ、早く行くのです!」
「パプリカをお願いね!」
ヴァイオレッドが確かに頷いたのを確認して――
地面に倒れ、ぴくりとも動かないパプリカを一瞥し――ルヴィは、アテナの待つ裏山のハイパーゲートを目指して走った!
しばらく走り、彼女らの視界から外れた建物の影に入り込み、ヴァイオレッドの様子を伺う。ほぼルヴィとすれ違いに、ヴァイオレッドの下には大勢の兵士たちが集まっていた。
「その女を蘇生させなさい!」
ヴァイオレッドの指示が響き、衛生兵らしい女たち数人が、パプリカを取り囲んでいるのが見えた。
どうやら、彼女を蘇生すると言ったヴァイオレッドの言葉は本当だったらしい。
ほっと息をついて、ルヴィは足早に立ち去った。
街を駆け抜け、アイオライド商会の横を走り、裏山へと踏み込む。
自分の命をヴァイオレッドに明け渡してしまった事を――フェズはどう思うだろうか?
怒るだろうか?
悲しむだろうか?
山を駆け登り、木々の向こうに”ハイパーゲート”の光が見えて来る。
「ルヴィちゃん!」
”ハイパーゲート”の前で、手を振るのはアテナ。
その元へと走り着いたルヴィは、ロザリオを地面に降ろすと――――
――アテナに抱きついた!。
顔をアテナの胸に埋めて、肩を震わせて泣いた。
「どうしたの? 何があったの!?」
動揺したアテナが、ルヴィを抱き締める!
すべての事情を聴いたアテナが、震える手でルヴィの頭を撫でた。
「大丈夫だよ! きっと、マゼンダ様やフェズさんが良い手を考えてくれるよ!」
彼女の声も震えている。
いくらマゼンダが大手魔導石製造商会の会長だとしても――交渉相手は公国軍。
勝ち目は薄い……。
「きっと大丈夫だよ……!」
ルヴィを励ますアテナの声が、アイオライドの夜風に吹かれて虚しく消えて行った……。




