7-3:ロザリオの救出
フェズの姉――ロザリオを追ってルヴィは駆けた!
夜のアイオライドの街。
街の中央を走る大通りに沿って、ルヴィは青い屋根瓦の屋根を飛び伝った!
その背後を、パプリカが大通りを走って追いかけて来る。
「ルヴィ! あまり先走ってはダメよ!」
夜の街にパプリカの声が響く。
彼女の言う事は分かっていた。以前、それで大きな迷惑をかけたのだ。
だが、それでもルヴィはロザリオを助ける事に必死だった。
屋根伝いに移動するルヴィにはしっかりと見えている。街の向こうに広がる平原に展開された公国軍の陣営が。
あそこに連れ込まれたら手出し出来なくなる。
領民のすべてが屋内待機となっている街は静まり返っている。
ルヴィの大きな耳に――風の音に混じって聞こえる馬車の車輪が転がる音!
この真夜中に、馬車が走っている理由など、ひとつしかない!
屋根から飛び降り、大通りの石畳を駆ける!
街の中央、噴水がある大きな広場に差し掛かり、その眼に前方を行く帆馬車の一団が飛び込んで来た。
「見つけたッ!」
公国軍の紋様が荷台に描かれた帆馬車が一台。周りを十人程度の兵士に囲まれ、街の外へと向かって緩やかに走っている。
その彼らが、ルヴィの叫び声に気付き振り向く!
既に――ルヴィは高く跳躍し、彼らの頭上を取っていた!
高々と振り上げた左腕の五本の指先にそれぞれ光を灯し――
「喰らえッ!」
気合とととも振り下ろされた左の指先から、”光爪”が五又に分かれた斬撃となって飛び込む!
「な……何だッ!?」
まったく想定していなかった不意打ちに、兵士たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く!
”光爪”は何人かの兵士を巻き添えに、石畳を抉り石の破片を舞い上がらせる!
一緒に引き裂いた帆馬車のカバーが、風にもまれて飛んで行く。
地に降り立ったルヴィが馬車に走り寄る。
「ロザリオさん!?」
ルヴィが馬車の中を覗き込むと――果たしてそこには、ひとりの女。
アイオライド商会のローブを纏った赤毛の女が拘束された手足を丸めた姿勢で座り込んでいる。
彼女が頭を上げて、ルヴィを見る。
「貴女は……!?」
驚いて眼鏡の奥の目を丸くするその顔立ちは、なるほどフェズに良く似ている。
問うまでもなく、彼女がロザリオだろう。
「助けに来たよ!」
ルヴィの言葉に、状況を理解出来ない様子で取り乱すロザリオ。
「貴様、いったい何者だ!?」
帆馬車の荷台を覗き込むルヴィの背中に、鋭い怒声が突き刺さる。
振り向けば一度は散開した兵士たちが再び、彼女を取り囲んでいた。
一様に腰を落として構える彼らの腕には、"魔装甲手"!
「構うな、撃ち方始め!」
円形に囲む彼らのリーダーらしい兵士が高らかに声を上げる。
ルヴィは再び左手に”光爪”を生み出すと――
「邪魔をするなッ!」
――水平に撃ち飛ばした!
五重の斬撃と化した”光爪”が、放射状に兵士たちを襲う!
数人が飛び退き、あるいは飛び上がって攻撃をかわすが、残りの兵士は回避が間に合わず、腕や胴を光の爪によって薙ぎ裂かれる!
「こいつ、人狼族かッ!?」
「おのれッ!」
口々に叫びながら兵士たちが、"光弾"を放射して来る!
狙いも何もない直線的に撃ち込まれた”光弾”を、ルヴィは大きく前に跳躍して躱す!
返す刀で、左手に溜めた高密度の炎の塊を――兵士ひとり目掛けて投射した!
ルヴィの火球は、身を捻って回避した兵士の動きを追撃し、爆発を起こして彼の姿を大通りの奥まで吹き飛ばす!
不意に――ルヴィの肩越しから迫る裂光が視界の隅に入る!
「!?」
背中目掛けて撃たれた"光弾"に、ルヴィは咄嗟に左手を伸ばす!
自らも"光弾"を紡いで迎撃する!
相克した"光弾"が、ルヴィの眼前で破裂し、爆炎を巻き上げた!
「きゃああッ!」
目の前で起きた爆発に、思わず腕で顔を覆う!
巻き起こった黒煙を払って、長剣を構えた兵士が突進して来る!
「大人しくしろッ!」
白銀の刃がルヴィの胸を貫く――より先に、
「"雷衝撃"!」
兵士の身体を紫電の茨が絡め取る!
悲鳴が轟き、兵士がルヴィの上に倒れ込んで来た。
長剣の刃は、狙いを外し石の地面に突き刺さる!
「大丈夫!?」
聞こえたのはパプリカの声!
大柄な男の下敷きになりもがくルヴィの腕を掴んで、彼女を引っ張り出す。
「遅いよぉ……っ!」
「だから先に行くなって言ったでしょ!」
文句を垂れるルヴィを戒めながら、彼女の髪をすいて埃を払ってくれる。
「さて……」
兵士を全員叩き伏せたところで、パプリカが帆馬車の中を覗き込む。
一緒に覗き込むルヴィ。馬車の荷台では手足を拘束されたロザリオが頭を抱えて震えてた。
「ロザリオさん、もう大丈夫ですよ」
荷台に乗り込み、パプリカが彼女の拘束を外す。
顔を上げたロザリオが、パプリカを仰ぎ見る。
「……ペペローネ?」
その顔を見て、ロザリオは聞いた事のない名前を出した。
いや――確か、初めてフェズたちと出会った時に、パプリカが名乗っていた偽名である。
知り合いに気付いたロザリオが、パプリカにすがりつく!
「貴女……今までどこに行っていたの!?
貴女と一緒にフェズも消えてしまって……っ」
パプリカのローブを握り締め、涙ながらに訴える。
「フェズがレッドベリル商会のスパイの疑いをかけられているのよ!
貴女が妹を誑かしたんじゃないの!?」
激しい剣幕でまくし立てるロザリオに――流石のパプリカも返す言葉がない。
「パプリカはヴェニッタに命を狙われたフェズを助けてくれたんだよ!」
必死に弁護するルヴィの声は……パニックになっているロザリオの耳にはまったく届いていない様だった。
「妹を……フェズを返して!」
ただその言葉を繰り返し、パプリカを揺さぶるロザリオに、そのパプリカが嘆息する。荷台の床に置いてあった錫杖を取り上げ、そのきっさきをロザリオの胸元に突き付ける!
“マギコード”の詠唱と――ロザリオの「ひっ!?」と言う小さな悲鳴が同時に響き……
「"雷衝撃"!」
ロザリオの身体に雷撃が走り、彼女を昏倒させた!
倒れ込む女の身体を、パプリカが抱き支える。
「説明は帰ってからしましょう。フェズに直接話してもらった方が早そうだわ」
「確かにそうかもだけど……警告なし電撃撃つの、止めた方がいいと思うよ……」
「そうかしら?」
気絶したロザリオの身体を肩に抱え直し、馬車の荷台から飛び降りるパプリカ。それに続いて飛び降りたルヴィは、パプリカの背中に顔をぶつけた!
「ぎゃっ!?」
まさか立ち止まるとは思っておらず、思い切りぶつけた鼻をこする。
「どうしたのさ、急に立ち止まって…………」
文句を言いながら、パプリカの肩越しにその先を見やる。
アイオライド商会へと続く夜の大通り。ルヴィに薙ぎ倒された兵士たちが、あちこちで昏倒しているその先に――佇む銀髪の女剣士!
「ヴァイオレッド隊長!」
ルヴィの顔を見た、ヴァイオレッドの表情が憎しみに歪む。
「念のためアイオライド商会の周囲を見回って見れば……またもわたくしの顔に泥を塗ってくれましたね、人狼族の小娘よ!」




