7-2:アデルの反撃
「お前、公国軍に拘束されていたんじゃ!?」
ルヴィの身体を押さえつける金髪の男――バリスが、フェズの問いに不敵な笑みを浮かべる。
「釈放してもらったのさ。それだけ、"VERDIGRIS"が公国軍にとって重要なものと言う事だね!」
フェズに余裕を見せた返しをするバリスの拘束を何とか緩め、気道を確保したルヴィが”マギコード”を構成する!
「ダメよ、ルヴィ!」
そのルヴィを制止したのはパプリカ!
息を呑んで――魔法の発動を中断する。
気が付いた時には――ルヴィの喉元にバリスが手にした短剣の刃が突きつけられていた。
「懸命だね。こいつの細い首を斬り落とすなんて、難しい事じゃないぜ?」
バリスの言葉に、ルヴィの背筋が凍る。
「バリス! ルヴィをこっちに渡せ!」
フェズがルヴィに近寄ろうとする。しかし、それを見たバリスはルヴィの喉元に突き付けた短剣のちからを強める。
肌に伝わる金属の冷たい感触に、ルヴィは小さく悲鳴を上げた。
「キミたち次第だね。ヴェニッタ様こちらへ!」
バリスに促され、ヴェニッタが"VERDIGRIS"を抱える。攻守が一転したヴェニッタは、先ほどまでの従順な態度はどこへやら、勝ち誇った表情でバリスの下へと近寄って来た。
パプリカの横をすり抜けるかたちになるが、ルヴィを人質に取られた彼女は見送るしかない。
自分のミスで折角のチャンスがフイになった……。
何とかこの状況を挽回しなくては。
反撃の機会を伺って、背後のバリスを睨む。
だが、それより先に対峙しているパプリカが、小さく首を横に振る。
無茶をするな――と言う警告だ。
皮肉げな笑みを浮かべ、ヴェニッタがバリスの横に並び立って勝ち誇る。
「良くやったわ、バリス!」
ルヴィの顔を指差し、吐き捨てる。
「バリス、そのガキはもはや用済みよ。首を落としなさい!」
「やめろッ!」
フェズが叫ぶが、手出しは出来ない!
ヴェニッタの言葉に、ルヴィは恐怖して眼を瞑った!
「いや、用済みはお前だ。ヴェニッタ=アイオライド」
バリスから返って来た声は――聞いた事もないノイズがかった声。
だが、確かにその声はルヴィの頭の上のバリスから発せられた。
「え……っ!?」
ヴェニッタの驚愕の声が先かどうだったか――。
バリスは、ルヴィに突き付けていた短剣を逆手に持ち直すと――その刃を、ヴェニッタの胸元に突き立てた!
左胸に短剣を受けたまま、仰向けに崩れ落ちるヴェニッタ!
「バリス!?」
非難の声を上げたのはフェズ!
こちらに駆け寄ろうとしてくる彼女に、バリスは拘束していたルヴィを突き飛ばした!
「きゃっ!」
「おっとッ!?」
不意に拘束を解かれて足がもつれたルヴィの身体を、フェズが抱き止めてくれる!
ルヴィを抱いたまま、フェズがバリスを睨みつけた!
その視線を追って、ルヴィもバリスの方を見やる。
「バリス……お前、何て言う事を……!」
床に倒れ、血の海に沈むヴェニッタを見下ろしながら、バリスはニタニタと笑う。
彼女の血に塗れた"VERDIGRIS"を拾い上げ、じろりとルヴィを見つめて来た。
その人間とは思えない目つきに、ルヴィは恐怖を覚えてフェズに抱き着く……!
「残念ながら……これはバリスじゃないよ」
本人の口から飛び出す妙な答え。
だがその声は、確かにバリスの――いや、人間のものですらない!
ケタケタと笑うバリスの姿がぐにゃりと歪み、真っ黒に染まり、形を失い肥大化して行く!
それは次第に巨大になり、執務室の天井に届く程の大きさへと変化した。
漆黒の粘土がかたちを持ち、色付いて行く!
それは、焦げ茶色のボロのローブに真っ白い仮面をつけた"巨人"!
「『ゴーレム』!?」
フェズが驚愕の声を上げる!
「どうだい、良く似ていただろう? ボクの新しい妙技は?」
『ゴーレム』の背後から響く、聞き覚えのある声!
「アデル!」
ゆっくりと姿を現したアデルに、ルヴィが怒りをぶつけた!
「"VERDIGRIS"をどうするつもり?」
パプリカの問いに、アデルがきょとんとした表情を向ける。
「あれ、キミたちには話していなかったかな?」
「前に、人間との戦争に魔導石を活用するって話は聞いたわね」
「ああ、そうか!」
ぽんっと両手を打ってアデルは場違いに笑った。
「そこまでしか話してなかったね。まあ、そんなに難しい話じゃないよ」
『ゴーレム』から"VERDIGRIS"を受け取り、鈍い光を放つ結晶構造に眼を細める。
「ボクは、人間たちが用意している魔導破城槌を乗っ取るつもりなのさ。ターゲットは、もちろんグーズグレイ山脈ではなく――首都チャロ・アイアだ!」
アデルの言葉に危険を感じ取ったか、錫杖を振りかざし、”マギコード”を組み上げるパプリカ!
――天照星の紅光よ! 紅蓮と成りて集い、数多に爆ぜよ! ――
錫杖の魔導石を中心に駆け巡る"マギコード"の旋律に、アデルが目を細める。
「発現せよ! "連光弾"!」
先端に宿した”光弾”を、アデル目掛けて弾き飛ばす!
牽制も警告もない、パプリカの相変わらずの先制攻撃!
だが――その"光弾"は、『ゴーレム』が額の魔導石から放った碧い光線に迎撃される!
ふたつの魔力が交錯し、膨れ上がり――鋭い光を発して執務室を爆風が吹き荒れた!
「きゃああッ!」
ルヴィは、フェズにしがみついて悲鳴を上げる!
轟音に耳がじんじんと痛む。
爆音の余韻に混じって遠ざかって行く駆ける足音。
充満した煙を払って、パプリカが姿を現す。
「くそッ! 逃げられた!」
ルヴィが視線を執務室の扉に向ければ――もはやそんなものはなく、生じた爆発によって扉は周囲の壁ごと、粉々に吹き飛んでいる。
そこにアデルの姿も、『ゴーレム』の姿もない!
爆発音を聞き付けたか、遠くで人のざわめく声が風に乗って聞こえて来た。
このままでは、間もあらず周囲をアイオライドの魔導師に取り囲まれる!
「パプリカ! ヴェニッタ様を回復してくれ!」
「分かったわ!」
フェズに応えて、パプリカが瓦礫に埋まったヴェニッタに駆け寄る。
彼女の身体を掘り起こし、回復魔法をその胸に押し当てながら、慎重に短剣を引き抜いて行く。
「大丈夫、心臓を僅かに逸れているわ。運の良い女ね」
ルヴィにとっては、ヴェニッタの命の心配など、どうでも良かった。
「フェズ、アデルはどこへ行ったの!?」
「"ハイパーゲート"だ! "ハイパーゲート"でヴォルフケイジ大双壁へ向かうつもりだ!」
「アデルを追わなくちゃ! ……いや、でもそれじゃフェズのお姉さんが……!」
急激に変化する状況に、ルヴィの頭が着いて行かなくなる!
何を、どうすればいい――――!?
混乱するルヴィの肩に、フェズが手を添える。
「姉さんの事、お願い出来るか?」
フェズの言葉に、自分が何をすべきか思い出し――ルヴィは微笑んで頷いた。
「分かった! フェズ、妹の事をお願いね!」
「わたしはどうすべきかしら?」
ひとり蚊帳の外のパプリカが肩を竦める。
既にヴェニッタの治療は終わったらしい。期待の眼差しをこちらに向けて来る。
「パプリカ! ルヴィを手伝ってくれる!?」
「もちろんよ!」
満面の笑みを浮かべてパプリカが頷いた。
「フェズ、"VERDIGRIS"を頼んだわよ」
「任せといて!」
パプリカと握手を交わしたフェズが、一足先に執務室を飛び出して行った!
アイオライド商会を良く知っている彼女なら、即座にアデルに追いつけるだろう。
廊下を走り、階下へ姿を消して行くフェズの後ろ姿を見送って、パプリカがルヴィに向き直った。
「行きましょう!」
「うん!」
ちから強く頷くと、ルヴィは勢いよく廊下の窓ガラスを打ち破り――
「ちょっと、ここ四階よ!?」
――パプリカの悲鳴を他所に、ルヴィはアイオライドの街へと駆け出して行った!




