7-1:フェズの帰還
「フェズ……!?」
執務室の扉を開け放って現れた、かつての部下の顔を凝視し、ヴェニッタは驚愕した。青い豪華な絨毯の先に備えられた重厚なデスクに腰かけたまま彼女は凍り付いている。
しかし――流石の危機察知能力で、デスクの上に置かれた魔導石に手を伸ばす!
「させるかッ!」
ルヴィは叫んで飛び出した!
フェズとパプリカのあいだを縫って一足飛びに跳ね上がると、ヴェニッタをイスごと、押し倒す!
「ぎゃ……ッ!」
ルヴィに馬乗りになられたヴェニッタが、鈍い悲鳴を上げる。
「” VERDIGRIS”を出せ!」
深紅の瞳でぎらりと睨みを利かせ、ルヴィはヴェニッタに凄んだ。
左手に煌々と輝く”光爪”を生み出し、ヴェニッタの顔面に突き付ける!
「ふざけるな! 自分たちのしている事が分かっているのか!?」
床に倒れたままの姿勢で、ヴェニッタが両腕を高く上げる。
だが、ルヴィの興奮は収まらなかった。
「” VERDIGRIS”はどこにある!?」
「ルヴィ、落ち着いて!」
大きく息を吐いて牙を剥くルヴィの肩を、パプリカが引いて来る。
確かに自分では、” VERDIGRIS”の在りかを聞き出せそうもない。
そもそも、ヴェニッタに対し、具体的に何を聞けば良いかも分からなかった。
沸騰した頭を大きく振って立ち上がり、フェズのところに近寄る。
「こー言う事は、わたしに任せなさい」
にっこりと笑ってパプリカが、倒れたヴェニッタの隣に座る。
胸にのしかかられて、もがいていたヴェニッタが、拘束を解かれ咳き込んだ。
憎々しげな眼差しで三人を見回す。
「どうやってここまで入って来た!?」
「質問しているのはこちらよ。
” VERDIGRIS”の在処を教えなさい」
「それこそ、答えると思うか?
どうせお前たちでは何も出来まい?」
強気なヴェニッタの態度に、むっとしてルヴィが怒鳴りかけた瞬間――
「”雷衝撃”!」
パプリカの組み上げた”マギコード”が、ヴェニッタを襲う!
魔力が、錫杖の魔導石を通じて紫電に変換され、ヴェニッタの全身を火花が焼き貫く!
悲鳴を上げてのたうつヴェニッタ!
「どうします?
お望みなら答えてもらえるまで、続けますよ?」
ようやく雷から解放され、床に突っ伏して痙攣するヴェニッタを見下ろし、パプリカの眼鏡の奥の瞳がぬらりと光る。
再度――同じ”マギコード”を展開して、魔導石に光を灯すパプリカ。
ヴェニッタが顔色を変えて両手を上げる!
「待てッ! 分かった!
”VERDIGRIS”と”破壊の言葉”を教える!」
「理解が早くて助かります!」
顔に恐怖を浮かべるヴェニッタに、パプリカが可愛らしい屈託のない微笑みを浮かべる。
ルヴィが上を見上げれば――そこには苦笑いするフェズの顔。
警戒する様に両手を上げたまま、ゆっくりと立ち上がり、ヴェニッタは背を着けながら壁伝いに移動して行く。
そして――――
壁のタイルの一角を手で押し込むと、それが外れ中から顔を現したのは――金庫。
ヴェニッタがダイヤルを回し、金庫を開ける素振りを見せるあいだ、こちらに戻って来たパプリカの顔をルヴィは見上げた。
「脅すんなら、ルヴィでも出来たよ?」
「出来ても貴女はやっちゃダメよ?」
そんな会話をしている内に――ヴェニッタが”VERDIGRIS”を金庫から取り出す。
そっとデスクの上に置かれた、人の頭ほどの大きさの魔導石。それは何もせずともぼんやりと紅く輝き、高密度の結晶構造の中で光が複雑な紋様を描いている。
その光は――ルヴィに取ってとても近しいものに感じられた。
間違いなく、ガーネットの魔力である。
「どう?」
ルヴィが感じている事を、パプリカが確認する。
「間違いないよ。ガーネットが封じ込められている”VERDIGRIS”だ」
ルヴィの答えに納得し、パプリカがヴェニッタに詰め寄った。
「必要なものは、それだけじゃないわ。”破壊の言葉”を収めた"記録結晶"がある筈よ。それも見せてもらおうかしら!」
「分かっているわよ! レッドベリルの魔導師はせっかちね!」
イライラした口調で、ヴェニッタが唇を噛み、改めて金庫の中に手を入れる。
大きな金庫の中には、”VERDIGRIS”の他に、紙幣と思しき紙束と暖色にぼんやりと輝く何枚もの"記録結晶"が積まれているのが見えた。
徐に、その内の一枚を取り出し”VERDIGRIS”と並べてデスクに置く。
「フェズ、起動をお願い出来る?」
パプリカに促され、フェズが進み出てフィルグリフに手をかざす。
「ヴェニッタ様、解読の”マギコード”を教えてくれ」
「わたしに命令するとは……偉くなったものね!」
嘆息しつつも、ヴェニッタが素直に”マギコード”を教える。
教えられた”マギコード”をフェズが"記録結晶に"落とし込む。淡い光が粒子となって空中に舞い上がり――やがて、幾重もの文字の羅列を空間に表示した。
「どう? 分かりそう?」
「焦らないで」
完全にフェズとパプリカ頼みのルヴィは、上ずった声でふたりの背後から覗き込む。
パプリカが"記録結晶"を手に取って操作し――投影された文字列をスクロールさせて行く。
光を眼鏡のレンズに反射させ、口を真一文字に結んで読み込んでいたパプリカ。
その指が、一ヶ所で止まる。
「あったわ!」
「やった!」
思わず歓声を上げるルヴィ。
「今すぐガーネットを解放出来そう!?」
「流石に”破壊の言葉”だけでは無理そう。封じ込めた時に使われていたのと同じ、魔法陣を組んだり――色々準備が必要そうよ」
「……そっか」
すぐにでもガネットの顔が見られるかと期待していたので、少しがっかりするルヴィ。その彼女の頭に、パプリカが優しく手を添える。
「大丈夫。見た限り、レッドベリルなら同じ設備を用意出来るわ」
「うん……!」
パプリカを信用して、ルヴィは頷いた。
良く考えれば、すぐにガーネットを解放出来ても、ここは敵地のど真ん中。妹を連れての脱出は、余計事態を難しくする。
妹の事を考えて――ルヴィはハッとする!
何を自分の事ばかり考えていたのだろう。
「フェズのお姉さんは!?」
自分が、一番気にすべき事を、ヴェニッタに問う!
「そうだ、姉さんはどこにいる?」
頷いて、フェズも姉の行方をヴェニッタに問う。
もしかすると――ルヴィが問いただすまで待っていてくれたのかも知れない。
「呆れたわ。てっきり”VERDIGRIS”を奪いに来たものだと思えば……まさか姉と妹を取り返しに来ていたとはね」
ため息を吐いて肩を竦めるヴェニッタ。
そのヴェニッタに、フェズが詰め寄る。
「あたしには、こんな石ころより姉さんやガーネットの方が大事だ。
さあ、答えてくれ。姉さんはどこにいる?」
「ロザリオか? ロザリオならついさっき、公国軍に連行されて行ったわ」
「何だって!?」
叫んだのは、ルヴィだった!
勢いそのまま、ヴェニッタに掴みかかる!
「何でフェズのお姉さんが、公国軍に捕まるんだ!?」
「知れた事よ。そのフェズはわたしの計画を散々邪魔してくれた。
だから――スパイの疑惑を押し付けてやったのよ」
してやったりと言わんばかりの顔をするヴェニッタを突き飛ばし、ルヴィとフェズ、そしてパプリカは視線を合わせた。
「まだアイオライドの街から出ていない筈だよ。急いで追いかけよう!」
ふたりを促し、執務室の扉に向けて走り出す!
フェズとパプリカも――ルヴィの後を追おうと向き直る。
その視線が、ルヴィに向けられた瞬間――フェズの顔色が変わる!
「ルヴィ、後ろッ!」
フェズの言葉に反応する前に――――!
背後から、腕が伸びてルヴィの首筋を締め上げた!
「ぎゃあッ!?」
不意打ちで首を絞められ、濁った悲鳴が喉から飛び出る!
何者かに、後ろから拘束されたのだ!
その筋肉質な腕は、明らかに男のもの。しかし、羽交い絞めにされたルヴィには、相手の顔が見えなかった。
代わりに、フェズが男の顔を睨みつける!
「バリス……!」




