6-6:ロザリオの行方
「へー! これをルヴィちゃんが書いたんだ! 上手じゃない!」
自分が出て来た"ハイパーゲート"を見上げ、ルヴィの頭を撫でて褒めてくれたのは、アテナ。
歪な形の"転送陣"に引きずられ、やはり歪んだ形をしている光の柱。
不安定そうに明滅を繰り返しているが、ルヴィの渾身の力作は、どうにかレッドベリル商会の正規品と繋がる事に成功した。
「あれがアイオライド商会の本館かぁ! ……なんかレッドベリルより良い建物っぽい」
額に手を当てて、アイオライド魔導石製造商会本館を遠く望むアテナが愚痴を零している。
"ハイパーゲート"から現れたのは、反対側で待機していたフェズ、パプリカ、そしてアテナだった。
「じゃあ、アテナ。わたしたちがアイオライド商会に向かっているあいだに、ルヴィの造った"ハイパーゲート"の手直しをお願い」
「分かりましたっ!」
気軽に敬礼して早速作業に取り掛かるアテナ。
アテナが直してくれると言う事であれば、自分の造った不安定な"ハイパーゲート"が、今後の行動に悪影響する事はないだろう。
安心して、ルヴィはフェズの傍に近寄る。
フェズは、崖の淵に伏せて、眼下に広がるアイオライドの街を望んでいた。
「どう、フェズ?」
横に身を伏せて、一緒に街の様子を眺める。
「まさか、こんなに大々的に包囲されているとは思わなかったけれど、これは都合がいい」
既に日はとっぷりと暮れ、星空が広がっているが、まだ人々が眠りにつく時間ではない。しかし、アイオライドの街は一様に静まり返っていた。
軍によって外出を禁じられているのだろう。
街の住人がパニックを起こさない様にする為の措置だろうが、これから隠密行動しようと言うルヴィたちには、却って好都合である。
フェズが立ち上がる。
服の土を払い落とし、ルヴィやパプリカと顔を見合わせた。
「よし、行こう!」
「その前に!」
ルヴィが制する。
「ルヴィは、お姉さんの顔を知らないんだけれど?
万が一別行動になった時の為に知っておきたい」
「それもそうだな」
フェズが"記録結晶"を手にして、ロザリオの姿を投影する。
光の粒子が――フェズに良く似た眼鏡の女の姿を描き出した。
その顔を目に焼き付けて、ルヴィは頷く。
「オッケー!」
"ハイパーゲート"をせっせと手直ししているアテナに手を振って、ルヴィはフェズとパプリカの背中について、山の斜面を下って行った。
真っ暗な森の中を小走りに駆け下りる。
似た風景が続くアイオライド商会の裏山は、夜目の利くルヴィでも方向感覚が狂いそうだが、フェズは迷う事無く進んで行く。
流石にアイオライドを庭だと言うだけの事はある。
斜面の勾配が滑らかになるに従い、木々の向こうから人工の光が零れて来た。
アイオライド商会の裏手に出た様だ。
「この登山道の入口でパプリカを見かけた事が、そもそもの始まりだったな」
「あら、見てたんだ?」
登山道からやや外れた草むらに身を潜めたフェズがぽつりと呟き、それにパプリカが軽く笑う。
「ルヴィは、その話知らない」
「お前と出会うのは、もう少し先のところ」
話に置いて行かれ、ふくれっ面をしてみせたルヴィの頭をフェズが撫でる。
さて、場が和んだところで、三人は木の幹の影に潜んで、アイオライド商会の様子を伺った。
敷地内は既に公国軍に包囲されている――と言う状況も予想されたが、幸運にも兵士の姿は無い。
「まず――フェズのお姉さんのところに向かおう」
フェズに先導される前に、ルヴィが方針を示した。
「"VERDIGRIS"の方が優先だろ――と言いたいけれど、お言葉に甘えるよ」
フェズが苦笑いする。
「どこへ向かえばいいの?」
「あそこだ。あそこがあたしと姉さんの部屋だ」
フェズが指し示したのは、本館とは別の建物。
四階建ての別館の三階。その角部屋だった。窓を見る限り――明かりは灯っていないが。
「よし、行こう!」
ルヴィの掛け声に応えて、フェズとパプリカが草むらを飛び出す。
素早く、裏庭を走り抜け、宿舎の壁に張り付く!
フェズに着いて行くと、裏口と思われる扉の前に辿り着いた。
パプリカが扉を背に張り付き、フェズとルヴィが正面で攻撃の姿勢を構える。
ドアノブを握ったパプリカがゆっくりと扉を開く。
果たして扉の向こうには――誰もいなかった。
無人の通路を、ランプの光が赤々と照らしている。
しんと静まり返った宿舎の中は、まるで人がいない様だった。
やはり、アイオライド商会の魔導師たちも自室で息を潜めているらしい。
宿舎の通路はまったく人の気配がなく、いとも簡単にフェズの部屋の前まで移動する事が出来た。
表札には確かに、フェズとロザリオの名前が記されている――らしかった。ルヴィには読めなかったが……。
扉の前に立ったフェズが、一瞬迷った様に息を吐き――意を結してノックする。
…………。
何の反応もない。
フェズがドアノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなく、入口を開けた。
部屋の中は真っ暗で、窓から月明かりが差し込み、大きな影を作っている。
やはりロザリオの気配はない。
だが、何か――争った様に散らかった部屋の様子に、ルヴィはただ事ではないものを感じた。
それは、フェズも感じ取ったらしい。
不安そうな表情で、部屋の中を見回している。
「明かりが付いていないから嫌な予感がしたけれど……姉さんはどこに行った?」
「もしかすると、何かあったのかも……!」
眉根を寄せるパプリカの言葉に、フェズが頷く。
散々ヴェニッタの邪魔をして来たフェズの肉親だ。
逆恨みされても不思議ではない。
そうであるならば、なおの事、急いで無事を確認しなければならない。
「こうなったら、ヴェニッタのところへ行って聞くしかないね」
「ああ! ヴェニッタ様の自室は、本館の最上階だ」
フェズの部屋を抜け、通路を戻って宿舎を抜ける。
本館もまた、同じ様に裏口に回り込む。
こちら宿舎とは異なり、流石に"魔導錠"による施錠がなされていたが、幸いな事にフェズの魔法が通じた。通じなくてもパプリカが強引に解除していただろうが……。
フェズが、裏口の横に設置された"魔導錠"に”マギコード”を流し込む。
扉全体が一瞬青白く光り、その光もぱっと虚空に散って消え去った。
そっと扉を開けると、その先はしんと静まり返った大きなエントランス。
正面入り口の横には、広々とした受付。中央には、大きく立派な階段がある。
もちろん、侵入者の身で、中央階段を堂々と登って行く訳には行かない。
フェズに従い、従業員用の裏階段を上がって行く。
こちらもこちらでまったく人の気配はなく、スムーズに最上階まで辿り着く事が出来た。
拍子抜けするほど、まったく何の障害もない。
街を完全に封鎖し、ここまで侵入される事はないと高を括っているのか。それとも、"VERDIGRIS"を守る為とは言え、軍が街に入る事を嫌ったか。
何れにしても、ルヴィたちは本館四階の中央にある、ヴェニッタの執務室へと到着した。
両開きの荘厳な扉。その隙間から僅かに光が漏れている。
フェズが、その扉に腕を伸ばし――大きく深呼吸して、三回ノックした。
果たして――
「誰だ?」
――中から、聞き覚えのある女の声が響く。
「失礼します!」
ドアノブをしっかりと握り――フェズが、力強く扉を押し開けた……!




