6-5:少女の潜入劇
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「気を付けろよ、ルヴィ」
「うん、任せておいて!」
フェズに頭を撫でられ、ルヴィは笑顔で頷く。
「無理をしないでね?」
続けてパプリカも、少女の顔を覗き込んで来る。
三人がいるのは――切り立った山の中腹辺り。
ヴォルフケイジ大双壁から人間界を東に向かった先にある、アイオライド領を隔てる山脈の麓だ。
「よし、あたしたちは少しでも早く街に戻ろう!」
フェズの言葉に、パプリカが立ち上がって頷く。
「それじゃ、後で合流しましょう!」
「うん!」
力強く頷くルヴィを見届け、フェズとパプリカは早馬を駆って、山の斜面を降りて行った。
なだらかな斜面に、草原が広がる風光明媚な山。人狼領の厳しい寒さに適応したルヴィの身体にも心地よい山風が吹き込んでいる。
雪景色と岩肌ばかりの人狼領で生まれ育ったルヴィには、興味をくすぐる風景だった。
こんな状況でなければ、しばらく目新しい景色を楽しんでいたいところである。
「さあ、頑張らなくちゃ!」
唯ひとり、山の巻き道に残されたルヴィは、リュックを背負い直して山中へ続く道を見上げる。
平地へ向かう丘陵とは打って変わって、断崖絶壁が層を成す険しい地形が山頂に向かって広がっている。
ルヴィは、記憶に従って、山道を登って行く。
高さが何十メートルもある様な断崖に沿って歩いて行くと、やがて彼女の前にぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。
「ここで間違いない」
人がゆっくりと入って行ける、大きな洞窟の口を覗き込み――ルヴィは自分の記憶と照らし合わせる。
ルヴィがここに来るのは――初めてではなかった。
前にここを通ったのは――アデルによってガーネット共々拉致されて来た時である。この洞窟は、アデルがアイオライド領へ入る為の、秘密の地下道だった。
即ち、この洞窟はアイオライド商会の裏山の廃坑――”アイオライド鉱山”に通じているのである。
「辺りを照らして!」
掲げた右の手のひらに魔力を組み上げ、"照明球"を造り出す。
ルヴィは、憶する事もなく洞窟の漆黒の闇の中へと入って行った。
人間ならば踏み入る事を躊躇する暗闇であるが、ルヴィの生まれ育った人狼領では、珍しくない地形である為、まったく恐怖心は無い。そもそも人間よりも集光力に優れる彼女の眼は、”照明球”に頼らずとも洞窟の中がはっきりと見て取れた。
人間にはどの程度暗く見えているのかは、よく分からないが……。
しばらく道なりに進むと、洞窟の天然の岩肌が――徐々に人工的なかたちへと変化して行く。足元や頭上に、洞窟を支える木の柱が組まれ、そこかしこをパイプが張り巡らされている。
“アイオライド鉱山”だ。
フェズの話によれば、坑道はとうの昔に放棄されている。あちらこちらで陥没が起きており、地面にも天井にも大きな穴が開き、土砂によって埋まってしまっている道もあった。
ちょうど目の前にも、底の見えない幅が数メートルもある縦穴が、ルヴィを待ち構えている。穴の底は、流石にルヴィの眼でも見通せないが、地下水が溜まっているらしい。
ルヴィは、縦穴の淵で、腰を落とすと――バネの様に飛び上がった!
低い天井に注意しながら壁を蹴り、三角跳びに対岸へと着地する!
これが、フェズやパプリカが来なかった理由だ。
人間には到底通り抜ける事が出来ない、厳しい地形である。アデルがアイオライド領への侵入経路にしていたのも、同じ理由である。
その先にも待ち構える似た様な地形を軽々クリアしながら進んだルヴィの眼に――やがて外の光が差し込み始める。
坑道を抜けると――視界には青空が広がっていた。
ルヴィは一息ついて、辺りを見回す。
坑道の出口は小高い丘の中腹にあり、眼下には森が広がっている。目の前には、今いる丘よりも高い、こんもりとした山が聳えていた。
あの山頂で――フェズと出会ったのだ。
そして――山の稜線に沿って視界をずらしていった先に――青い屋根瓦が特徴的な、アイオライドの街並みが広がっていた。
その街並みのさらに向こうに――――
「うわあ……!」
民家がまばらになる草原地帯に、大小様々なテントが立ち並んでいた。
テントの数は少なく見ても百以上。そのあいだを――遠すぎて点にしか見えないが、大勢の人間が行き交っているのが分かる。
アイオライド領を国境封鎖している、チャロ・アイア公国軍の野営地だ。
フェズたちの話通り、アイオライド商会と公国軍がグルで、"VERDIGRIS"が奪われぬ様に守っているのだとしたら、かなりの気合の入れ様だ。
ここまで大規模に街道を封鎖すれば、確かにネズミ一匹通す事はないだろう。
だが、使い古された坑道までは頭が回らなかった様だ。いや、こんなところを通過して来る者がいるとは、考えてもいないのだろう。
予想通りだ。
気を取り直して、ルヴィは早速、パプリカに教えられた通りに準備を始める。
適当な岩肌の上にリュックを置くと、その中から取り出したのは――複雑なデザインの金属製の土台に、魔導石がはめ込まれたオブジェ。それと、一枚の"記録結晶"。
まずは、"記録結晶"に手を添えて、目を閉じる。
頭の中で描いた”マギコード”の構成を――手にした"記録結晶"に指先を通じて流し込んで行くイメージ。
"記録結晶"はおろか、普通の魔導石さえ使った事のないルヴィ。そんな彼女には、中々慣れない操作だったが、パプリカの突貫工事のレッスンで、どうにか動かせる様になった。
起動した"記録結晶"から光の粒子が溢れ――やがてそれは収束し、地面の複雑な紋様を描く。
地面に描かれた円形の紋様――それは"転送陣"の写しである。
地面――それもなるべく岩肌が露出した頑丈な場所を捜して、そこに"転送陣"の図面を投影する。
「この辺りがいいかな?」
ちょうど良い場所を選び、"記録結晶"の本体を、地面から突き出た岩肌に固定した。
再び意識を集中し、”マギコード”を編み上げて行く。左手の指先に、高密度の光を集中させ――その光線を、地面に向ける。
光線の熱は剥き出しの岩肌を容易く溶解させて行く。ルヴィは、ゆっくりと慎重に、光線の照射位置をずらして行く。
"記録結晶"から投影された"転送陣"に沿って。
これが――ルヴィの案だった。
つまりは、ルヴィがその身体能力を活かして、道なき道を通ってアイオライド領に入り込む。そして、今この場に、"ハイパーゲート"を繋のである。
接続先はもちろん、近くの街に設置されたレッドベリル製"ハイパーゲート"。そこに、先程別れたフェズたちが待ち構えている手筈だ。
もちろん、簡単な事ではない。
"ハイパーゲート"に使用するこの"転送陣"自体、ルヴィにはまったく意味が理解出来ない。細かい意匠ひとつひとつに意味があるらしく、当然ながらルヴィが一から造れるものではない。
そこで――パプリカがデザインした下書きを"記録結晶"に納め、それに沿ってルヴィが"転送陣"を描いて行く――と言う突貫工事が、敢行されたのである。
日が暮れる頃――ようやくルヴィは"転送陣"を描き切った。
「ふう……」
額の汗を拭う。
地面に掘り描かれた"転送陣"は、――それでもずいぶん歪んでいるが、初めて描いたにしては上出来だろう。――とルヴィは思った。
さて、"ハイパーゲート"はこれだけで動くものではない。と言うよりも、"転送陣"は単なる出入り口に過ぎない。
もうひとつのアイテム――金属の土台に乗った魔導石を抱き抱える。
"記録結晶"の映像に指を当てて操作し、次の映像を表示する。
「魔導石を――この位置に置いて……」
パプリカが描いた図面に従い、魔導石を配置する。
説明文などは、ルヴィにも読める様に、マゼンダが人狼族の言葉に置き換えくれた優れ物だ。若干文法のおかしいところもあるが、充分に読める。
流石は大手魔導石製造商会の会長と言ったところか。
そして、最後の工程。
肝心かなめの”マギコード”の入力である。
"記録結晶"が投影したスクリーンには、図解と一緒に、恐ろしく長い”マギコード”が何行にも渡って記さている。
意味のまるで分からない”マギコード”に、頭がくらくらしそうになりながら、その構成文を丸写しで魔導石に流し込んで行く。
完成する頃には――空はすっかり満点の星が広がっているだろう。
フェズとパプリカも、ちょうど近くの街に戻り、レッドベリル商会の"ハイパーゲート"で待機している頃合いである。
額に汗を浮かべながら――最後まで集中力を切らさず、ルヴィは魔導石に”マギコード”の構成文を書きこみ続けた。




