6-4:ルヴィの気持ち
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これだけの騒ぎを起こした挙句、ルヴィの妹ガーネットを救う事が出来ず、”VERDIGRIS”を奪う事も叶わなかった……。
極寒の人狼領から何とか帰還を果たしたフェズの細い身体は、疲れ果てている。
そして、疲れた身体に追い打ちをかける様に、彼女の心には大きな不安が押し寄せていた。
この一件で、自分はアイオライド商会とヴェニッタに、はっきりと敵対してしまったのだ。
フェズの脳裏に浮かんでいたのは、アイオライドに残した姉――ロザリオの顔だった……。
「ごめんなさいっ!」
元老院から戻ったマゼンダが、執務室のデスクにどかっと腰かけるや否や、その目の前でルヴィはぴしっと背筋を正して頭を下げた。
その様子を、ぽかんとした顔でフェズとパプリカは見下ろす。
レッドベリル魔導石製造商会本館にあるマゼンダの執務室。
集まっているのは、もはやいつもの顔ぶれと言っても過言ではない、フェズとパプリカ、マゼンダにその秘書アテナ。そして――ここに無事でいるのが何より――ルヴィだった。
正直なところ、無事レッドベリルに戻って来れた事は奇跡である。
ルヴィを助けたいあまり、アデルの誘いに乗って人狼領へと足を踏み入れたものの、今にして思えばとんでもない賭けだった。 結果的には、こうしてルヴィを無事に助け出し、連れ戻す事が出来たのだから悪くはない。
しかし、結果良ければすべて良し――と言う訳には行かない。
フェズは、マゼンダに向かって頭を下げるルヴィの横に並び立ち、少女の頭を撫でる。
「ルヴィが悪いんじゃない。今回の騒ぎを引き起こしたのはあたしだ」
イスに深く腰掛けるマゼンダの顔をしっかりと見つめて頭を下げる。
「本当に申し訳なかった」
フェズの言葉に、ため息をついたのはパプリカ。
ふたりに歩み寄って来ると、後ろからそのあいだに割って入った。
「ふたりだけの責任じゃないわ。わたしも止めようと思えば止められたのに、結局最後まで着いて行ってしまった」
三人のやりとりをぽかんと見下ろしていたマゼンダだが、高笑いを上げる。
「お前ら、いつの間にかずいぶん仲良くなったな!」
元老院のお偉い方にきつく絞られて来たかと思いきや――マゼンダは意外にも上機嫌だった。
「まあ、ヴォルフケイジ大双壁で暴れてくれた時も驚かされたが、今回も大きな事をやらかしてくれたな」
デスクに頬杖をついて、ルヴィに微笑む。
「差し当たり、お前の無事が何よりだ。ただ、妹に関しては残念だったな……」
胸に抱いたガーネットの服をぎゅっと抱き締めて、ルヴィが俯く。
そのルヴィの肩を抱いて、フェズは査問の結果を聞いた。
「それで、元老院はルヴィをどうするって?」
「予想通り、引き渡せと言って来た。もちろん、断ったがな」
「そうか……」
ルヴィを無事に連れ帰れたものの、元老院が関わった事でルヴィの存在が公になってしまった。引き渡せば、容赦なく人狼領に送り還されるだろう。
そうなれば、ヴォルフケイジ大双壁での悪夢を繰り返す事になる。
「何とかルヴィを逃がしてやれないかな?」
「何処へだ? まさか、国外に逃亡させるとでも言うのか?」
フェズの返事は、そのまさかだった。
人狼領でも居場所を失ったルヴィが安全に暮らせる場所があるとすれば、もはやチャロ・アイア島の外しかない。
「レッドベリル商会は自前の貨物船を持ってるよね?」
ちらりと窓の外を見やる。
晴れ渡った空の下に広がる森。さらに向こうには碧い大海原。その海岸沿いに船が何隻も並んでいる。レッドベリル商会の紋章が白抜きされた紅の帆が特徴の貨物船だ。
フェズの意図を察したか、マゼンダもフェズの視線を追った。
「あれに密航させると言うのか……!?
まあ、ひとりふたりならばやってやれん事はないが…………」
「待って!」
話を進めるフェズとマゼンダを止めたのは、ルヴィ。
視線を集めたルヴィが思いつめた表情で、マゼンダを見つめる。
「ルヴィは、"VERDIGRIS"を取り返したい!」
「気持ちは分かるが、フェズの言う通り、まずは自分の身の安全を確保する事が重要だと思うが?」
マゼンダの言葉に、頭を横に振る。
「ヴェニッタは、"VERDIGRIS"を使って"魔導破城槌"を人狼領に撃つて言ってた! そんな事をしたら人狼族は大きなダメージを負うし、何よりガーネットの魔力をそんな事に使われたくない!」
「わたしも同感です」
パプリカが、ルヴィの横に進み出て補足する。
「"VERDIGRIS"が使用されれば、封印されたガーネットの命が魔力として消費されてしまいます。そうなる前に"VERDIGRIS"を回収しなければ、ガーネットを助けられません」
「ガーネットを助けられるの!?」
ルヴィが、驚愕の表情でパプリカを見上げる。
その少女に優しく微笑むパプリカ。
「どんな魔導石にも、"破壊の言葉"があるわ」
"破壊の言葉"とは、魔導石の性能を失わせる”マギコード”の一種だ。
普通は、劣化して使えなくなった魔導石をただの宝石に戻す為に使われる。"VERDIGRIS"も魔導石であるならば、必ず"破壊の言葉"が用意されている。
"VERDIGRIS"の効果を失わせれば、ガーネットの封印も解ける、と言う訳だ。
「ヴェニッタから、"VERDIGRIS"を奪い取り、"破壊の言葉"を聞き出す事が出来れば――ガーネットをサルベージ出来る筈よ」
その言葉に、ルヴィは目を潤ませて強く頷いた。
「……パプリカ、お前も大胆な事を言う様になったな」
黙って聞いていたマゼンダは、難しい顔で大きくため息を付く。
「だが、具体的にどうやってアイオライド商会に入り込むつもりだ?」
アイオライド領は、封鎖の名目の下、公国軍によって保護されている。以前のパプリカの様な、スパイを送り込む事はもはや困難だ。
当然、"ハイパーゲート"もすべて使えないだろう。
「フェズ、何か言い手はないかな?」
元アイオライド商会の魔導師に、ルヴィが助けを求めて来る。
そのルヴィの顔を見下ろして、それまで黙って聞いていたフェズは、ちからなく微笑んだ。
「フェズ……?」
あまり乗り気でない事が、表情から伝わったのだろう。ルヴィが心配そうな眼差しを送って来る。
「ルヴィ。フェズは元々アイオライド商会の魔導師だ」
フェズの心情をマゼンダがフォローしてくれた。
「"VERDIGRIS"を奪われれば、ヴェニッタは立場を失う。元老院から見放されればアイオライド商会は没落の一途を辿るだろう。商売敵としては願ったり叶ったりだがな」
「そっか……。フェズは、アイオライド商会の魔導師だったもんね」
考え込む素振りを見せたルヴィに、フェズは頭を振った。
「いや……アイオライド商会やヴェニッタ様にはもう未練はないよ。実際、ルヴィにこんな酷い仕打ちをしたんだからさ」
そこで、パプリカが胸の前で小さく手を叩く。
「そうか……。貴女はアイオライドにお姉さんを残して来てるわね!」
核心を突いたパプリカの言葉に、無言で頷く。
アイオライド商会が没落した場合、そこで働く大勢の魔導師が巻き込まれる事になる。
姉――ロザリオも、当然そこから逃れる事は出来ない。
もちろん――――
「姉だけ助けたいなんて我儘を言うつもりはないよ」
フェズは肩を竦めた。
「話の腰を折ってすまなかった。アイオライド商会に侵入して"VERDIGRIS"を奪い取る方法を考えよう!」
割り切ったフェズに対して、割り切れなかったのはルヴィの方だった様だ。
「フェズのお姉さんも、その時に連れ出そう!」
大きく頷いてフェズの顔を見上げる。
「フェズがアイオライド商会と戦っているんだから、そのお姉さんがどんな扱いをされるか分からないよ」
ルヴィの言葉に、フェズはちからなく首を横に振る。
「気持ちはありがたいけれど……、やっぱり自分の身内だけ安全なところに逃がすってのは、ズルいと思うんだ」
もちろん、ロザリオの安全を確保したい。
それが、フェズの本音だった。
そのフェズの本音を見透かし様に、ルヴィはまっすぐに見つめて来る。
「だったら、お姉さんはルヴィが連れて来るよ」
その視線を逸らす――わざと素っ気ない素振りを見せる様に。
「アデルの隠し砦に迷い込んだルヴィを、フェズは勝手に追って、助けに来た。
……だから、ルヴィもフェズのお姉さんを勝手に助けて来る。
――それならいいでしょ?」
「――――」
一瞬何を言いかけて――何も言葉が出なかった自分に、フェズは苦笑いした。
「ありがとう」
素直に――ルヴィの助けに乗る事にする。
その様子を見て嘆息したのはマゼンダ。半眼で呻いて来る。
「……そこら辺はお前たちの判断で好きにするがいいが。
そも、アイオライド商会に入り込む方法さえ、まだ決まっていないんだがな?」
ルヴィが、マゼンダの前に歩み出た。
「実は……たった今、思いついた事があるんだ!」




