6-3:囚われのアデル
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このままでは、人狼族は人間に負ける……!
アデルの心は、激しく吹雪く人狼領の空の如く、荒れていた。
冬が近づき、人狼族の聖地グーズグレイ山脈は、深い雪に覆われようとしている。
だが、この極寒の季節こそ、彼ら人狼族の季節である。人間族との”停戦延長協定”をこの季節まで引き延ばしたのは、戦いを有利に進める為でもあった。
しかし、愚かな同胞たちは気付いていない。
人間側が強力な兵器を手にした事を!
アデルは、牙を剥いて憤った。
ヴェニッタやルヴィたち、そして人狼族の同胞が散々暴れ回ってくれたアデルの隠し砦に――彼自身が幽閉されている。
腕も脚も拘束され、身動きの取れない状態で、床に打ち捨てられていた。
真っ暗闇の中で彼は唸り声を上げる。
ここは、隠し砦の最上階に設けられた”ハイパーゲート”だ。一度はペペローネ……いや、パプリカだったか? ――が修復した様だが、結局人狼族によって完膚なきまでに破壊され尽くしている。
そのルヴィが閉じ込められた”ハイパーゲート”に、今や自分が幽閉される身になるとは、何と言う皮肉か……。
何とかしてここから脱出しなくてはならない。
ガーネットの魔力を素材にした”VERDIGRIS”が完成した今、人間側が”魔導破城槌”を使わない理由がなくなった。
不意に――重い音を響かせて、”ハイパーゲート”の鉄扉が開く。
本来は”魔導錠”によって封じられている扉だが、パプリカがルヴィを助けた際に、効力を失わせたらしい。ただの重い鉄の扉となっていた。
久しぶりに差し込んだ光に、アデルの眼が眩む。
入って来たのは、人狼軍の戦士たちだった。
三人の男たちが、”裏切り者”に見下した眼を向けている。
「無様だなアデル。人間に与した挙句、我々に捕まる為に人狼領に舞い戻って来るとは」
「早くボクを解放した方がいいよ。そうでないと、人間たちがいつ”VERDIGRIS”で人狼領を攻撃して来るか分からない……」
アデルの言葉に、戦士たちは嘲笑を上げる。
「ヴェルデグリス? 人間どもが造る魔導石とか言う道具の事か?
あんなチンケなもので生み出される魔法など、恐れるに足りん」
……これだから嫌なんだ。
何故、彼らは人間を甘く見る?
確かにその身ひとつで魔法が扱える人狼族の特徴は、そうでない人間に対して、圧倒的なアドバンテージだ。
だが、人間たちはその差を埋めるべく”魔導石”を発明した。その威力は、未だ人狼族の魔法に大きく劣るが、彼らはその差を埋めるべく、努力している。その結果が”VERDIGRIS”だ。
アデルには確信があった。
”VERDIGRIS”の威力は、人狼族の魔法を確実に凌ぐと。
戦士たちが、アデルの首筋に長大な片刃刀を突き付ける。
「答えろアデル! 貴様は人間どもと結託し、何を企んでいた?」
アデルは怒りを込めた眼差しを向けた。
「キミたちの眼を覚まさせるのが目的さ!」
「何だと!?」
大きく顎を上げ、声を張り上げる!
「キミたちは人間を見縊っている! 魔導石を手に入れた人間は確実に強くなっているよ。
このまま”停戦延長協定”が解かれ、戦いが再開されれば勝敗は分からない!」
「我ら人狼族が人間に負けると言うのか!?」
「ああ、そうさ! だからボクはヴェニッタと手を組み、”VERDIGRIS”を手に入れて、その威力をキミたちに見せつけるつもりだった!」
だが、計画はとん挫した。
ルヴィを取り逃がした事から狂い始めた。
そして皮肉にも、アデルが同胞たちに知らしめたかった魔導石の可能性が、ヴェニッタの手によって証明され様としている。
目標はもちろん――この人狼領だ。
「ボクを解放しろ! ボクはヴェニッタを止めなければならない!
急がなければ、大変な事になる!」
必死に仲間を説得するアデルだが、戦士たちの見下した表情に変化はない。
そもそも、彼らは既にアデルを”同胞”などとは思っていない。
人間に関わった者には、断罪を――――。
それが、人狼族の掟だ。
ヴェニッタと取引を始めた時点で、そのリスクは承知だった。
裏切り者と呼ばれても致し方ない。
だが、アデルの警告をまったく顧みようとしない同胞たちの態度に、彼は怒りを募らせた!
「……悪いがアデル。裏切り者の言葉を聞く耳など、我々は持ち合わせてはいない」
「……バカめ……!」
物分かりの悪い同胞たちを睨みつける。
「どの途、我々はお前を処分する様に、人狼王シュヴァルドより命を受けたのだ」
首筋にあてがわれていた刃が立てられる!
「くそ……ッ!」
アデルは目を硬く閉じて覚悟を決めた――――。
だが――!
”ハイパーゲート”に響き渡った悲鳴は、彼のものではなかった!
見開いたアデルの眼に飛び込んで来たのは――巨大な腕に握り潰されている男の姿!
「なッ!?」
悠々とアデルに刃を向けていた男は、一転して全身を握り潰され、断末魔の悲鳴を上げている!
その男の身体を握り潰している巨大な腕は、アデルの背後から伸びていた。
振り向いたアデルの眼に、焦げ茶色のローブを纏った”巨人”の姿が飛び込んで来る!
「『ゴーレム』!?」
それは、彼が下僕として使役していた『ゴーレム』だった!
だが、彼の『ゴーレム』はギルド『タンザナイト』でルヴィたちと戦った際に、すべて破壊されている。
驚愕するアデルを他所に、『ゴーレム』が掴んでいた男を投げ飛ばす!
男の身体は、”ハイパーゲート”の強固な壁に叩き付けられ、ちからなく床に倒れ伏した。
「な……何だ、この化け物は!?」
残ったふたりが、恐怖に慄きながらも、”マギコード”を組み上げ、その腕に高密度の火炎の塊を生み出す!
「喰らえッ!」
放たれた高熱の火球が、『ゴーレム』の顔面に叩き込まれる!
狭い”ハイパーゲート”の部屋に爆炎が広がり、充満した煙が『ゴーレム』の姿を覆い隠す!
「やったか!?」
その男の言葉が終わらぬ内に――黒煙の中から放たれた青白い光弾が、その胸を撃ち抜く!
声すら上げる事が出来ず、倒れ伏した仲間を見捨て――残ったひとりが、”ハイパーゲート”から飛び出して行く!
だが――
煙の中から姿を現した『ゴーレム』は、額から放った光弾で、逃げた男の背中を無慈悲に撃ち貫いた!
威勢の良い声を上げていた男たちは、あっと言う間に骸と化す。
一部始終を呆気に取られて見ていたアデルの前に、『ゴーレム』が深々と頭を下げる。
「アデル様に従う様に命令されております!」
「……これは……思わぬ助け船が入ったね」
にやりと笑みを浮かべてアデルは立ち上がった。
早速、手足の拘束を解いてもらう。
「ボクはこれから、アイオライドへ向かう。ヴェニッタから何としてでも”VERDIGRIS”を奪わなくてはならない」
「仰せのままに!」
アデルの言葉に追従する姿勢を見せて、姿を消した『ゴーレム』に満足し――アデルはこと切れている同胞たちに一瞥もくれず、”ハイパーゲート”を後にした。




