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6-3:囚われのアデル

 ***


 このままでは、人狼族(ヴエアヴオルフ)は人間に負ける……!

 アデルの心は、激しく吹雪(ふぶ)く人狼領の空の(ごと)く、荒れていた。


 冬が近づき、人狼族(ヴエアヴオルフ)の聖地グーズグレイ山脈は、深い雪に(おお)われようとしている。

 だが、この極寒の季節こそ、彼ら人狼族(ヴエアヴオルフ)の季節である。人間族との”停戦延長協定(シース・フアイア)”をこの季節まで引き延ばしたのは、戦いを有利に進める為でもあった。


 しかし、愚かな同胞(はらから)たちは気付いていない。

 人間側が強力な兵器を手にした事を!

 アデルは、牙を剥いて(いきどお)った。


 ヴェニッタやルヴィたち、そして人狼族(ヴエアヴオルフ)同胞(どうほう)が散々暴れ回ってくれたアデルの隠し砦に――彼自身が幽閉されている。

 腕も脚も拘束され、身動きの取れない状態で、床に打ち捨てられていた。


 真っ暗闇の中で彼は(うな)り声を上げる。

 ここは、隠し砦の最上階に設けられた”ハイパーゲート”だ。一度はペペローネ……いや、パプリカだったか? ――が修復した様だが、結局人狼族(ヴエアヴオルフ)によって完膚なきまでに破壊され尽くしている。

 そのルヴィが閉じ込められた”ハイパーゲート”に、今や自分が幽閉される身になるとは、何と言う皮肉か……。


 何とかしてここから脱出しなくてはならない。

 ガーネットの魔力(いのち)を素材にした”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が完成した今、人間側が”魔導破城槌(トール・ハンマー)”を使わない理由がなくなった。


 不意に――重い音を響かせて、”ハイパーゲート”の鉄扉(てつぴ)が開く。

 本来は”魔導錠(マギロツク)”によって封じられている扉だが、パプリカがルヴィを助けた際に、効力を失わせたらしい。ただの重い鉄の扉となっていた。


 久しぶりに差し込んだ光に、アデルの眼が(くら)む。

 入って来たのは、人狼軍の戦士たちだった。

 三人の男たちが、”裏切り者”に見下(みくだ)した眼を向けている。

「無様だなアデル。人間に(くみ)した挙句、我々に捕まる為に人狼領に舞い戻って来るとは」

「早くボクを解放した方がいいよ。そうでないと、人間たちがいつ”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”で人狼領を攻撃して来るか分からない……」

 アデルの言葉に、戦士たちは嘲笑(ちようしよう)を上げる。

「ヴェルデグリス? 人間どもが造る魔導石とか言う道具の事か?

 あんなチンケなもので生み出される魔法など、恐れるに足りん」


 ……これだから嫌なんだ。

 何故(なぜ)、彼らは人間を甘く見る?


 確かにその身ひとつで魔法が扱える人狼族(ヴエアヴオルフ)の特徴は、そうでない人間に対して、圧倒的なアドバンテージだ。

 だが、人間たちはその差を埋めるべく”魔導石”を発明した。その威力は、(いま)人狼族(ヴエアヴオルフ)の魔法に大きく劣るが、彼らはその差を埋めるべく、努力している。その結果が”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”だ。


 アデルには確信があった。

 ”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の威力は、人狼族(ヴエアヴオルフ)の魔法を確実に凌ぐと。


 戦士たちが、アデルの首筋に長大な片刃刀(サーベル)を突き付ける。

「答えろアデル! 貴様は人間どもと結託し、何を企んでいた?」

 アデルは怒りを込めた眼差しを向けた。

「キミたちの眼を覚まさせるのが目的さ!」

「何だと!?」


 大きく顎を上げ、声を張り上げる!

「キミたちは人間を見縊(みくび)っている! 魔導石を手に入れた人間は確実に強くなっているよ。

 このまま”停戦延長協定(シース・フアイア)”が解かれ、戦いが再開されれば勝敗は分からない!」

「我ら人狼族(ヴエアヴオルフ)が人間に負けると言うのか!?」

「ああ、そうさ! だからボクはヴェニッタと手を組み、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を手に入れて、その威力をキミたちに見せつけるつもりだった!」


 だが、計画はとん挫した。

 ルヴィを取り逃がした事から狂い始めた。

 そして皮肉にも、アデルが同胞たちに知らしめたかった魔導石の可能性が、ヴェニッタの手によって証明され様としている。

 目標はもちろん――この人狼領だ。


「ボクを解放しろ! ボクはヴェニッタを止めなければならない!

 急がなければ、大変な事になる!」

 必死に仲間を説得するアデルだが、戦士たちの見下(みくだ)した表情に変化はない。

 そもそも、彼らは(すで)にアデルを”同胞”などとは思っていない。


 人間に関わった者には、断罪を――――。

 それが、人狼族(ヴエアヴオルフ)の掟だ。


 ヴェニッタと取引を始めた時点で、そのリスクは承知だった。

 裏切り者と呼ばれても致し方ない。

 だが、アデルの警告をまったく(かえり)みようとしない同胞たちの態度に、彼は怒りを(つの)らせた!

「……悪いがアデル。裏切り者の言葉を聞く耳など、我々は持ち合わせてはいない」

「……バカめ……!」

 物分かりの悪い同胞たちを(にら)みつける。


「どの(みち)、我々はお前を処分する様に、人狼王シュヴァルドより命を受けたのだ」

 首筋にあてがわれていた刃が立てられる!


「くそ……ッ!」

 アデルは目を硬く閉じて覚悟を決めた――――。


 だが――!

 ”ハイパーゲート”に響き渡った悲鳴は、彼のものではなかった!

 見開いたアデルの眼に飛び込んで来たのは――巨大な腕に握り潰されている男の姿!

「なッ!?」


 悠々(ゆうゆう)とアデルに刃を向けていた男は、一転して全身を握り潰され、断末魔の悲鳴を上げている!

 その男の身体を握り潰している巨大な腕は、アデルの背後から伸びていた。


 振り向いたアデルの眼に、焦げ茶色のローブを(まと)った”巨人”の姿が飛び込んで来る!

「『ゴーレム』!?」

 それは、彼が下僕(しもべ)として使役していた『ゴーレム』だった!

 だが、彼の『ゴーレム』はギルド『タンザナイト』でルヴィたちと戦った際に、すべて破壊されている。


 驚愕するアデルを他所(よそ)に、『ゴーレム』が掴んでいた男を投げ飛ばす!

 男の身体は、”ハイパーゲート”の強固な壁に叩き付けられ、ちからなく床に倒れ伏した。


「な……何だ、この化け物は!?」

 残ったふたりが、恐怖に(おのの)きながらも、”マギコード”を組み上げ、その腕に高密度の火炎の塊を生み出す!


「喰らえッ!」

 放たれた高熱の火球が、『ゴーレム』の顔面に叩き込まれる!

 狭い”ハイパーゲート”の部屋に爆炎が広がり、充満した煙が『ゴーレム』の姿を(おお)い隠す!

「やったか!?」


 その男の言葉が終わらぬ内に――黒煙の中から放たれた青白い光弾が、その胸を撃ち抜く!

 声すら上げる事が出来(でき)ず、倒れ伏した仲間を見捨て――残ったひとりが、”ハイパーゲート”から飛び出して行く!

 だが――

 煙の中から姿を現した『ゴーレム』は、(ひたい)から放った光弾で、逃げた男の背中を無慈悲に撃ち貫いた!


 威勢の良い声を上げていた男たちは、あっと言う間に(むくろ)と化す。

 一部始終を呆気に取られて見ていたアデルの前に、『ゴーレム』が深々と頭を下げる。

「アデル様に従う様に命令されております!」

「……これは……思わぬ助け船が入ったね」

 にやりと笑みを浮かべてアデルは立ち上がった。


 早速、手足の拘束を解いてもらう。

「ボクはこれから、アイオライドへ向かう。ヴェニッタから何としてでも”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を奪わなくてはならない」

(おお)せのままに!」


 アデルの言葉に追従する姿勢を見せて、姿を消した『ゴーレム』に満足し――アデルはこと切れている同胞たちに一瞥(いちべつ)もくれず、”ハイパーゲート”を後にした。


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