6-2:渦中のロザリオ
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ややこしい事になったものだ……。
銀髪を掻き上げて、公国軍国境警備隊の女隊長ヴァイオレッドは嘆息した。
彼女の任務は、ヴェニッタ会長から完成した”VERDIGRIS”を受け取り、”魔導破城槌”を以て人狼領を壊滅へ追い込む――そんなシンプルなものだった筈だ。
だが今、彼女は公国軍の一員として、アイオライド領の包囲に参加している。
建前上は人狼族と密通したアイオライド商会への制裁だが、実際のところはレッドベリルによるこれ以上の干渉を封じる為のものだった。
ヴォルフケイジ大双壁で人狼族どもに睨みを利かせていなければならない自分がこんなところにいて良いのだろうか――?
一抹の不安を抱きながら、ヴァイオレッドは伏せていた目を開いて顔を上げた。
「ロザリオ、お前の妹フェズはレッドベリル商会のスパイだった」
ロザリオ――と呼ばれた女の息を呑む音がこちらにまで伝わって来る。
アイオライド魔導石製造商会本館の会長ヴェニッタの執務室。
元老院の議長ですらこんなデスクは使うまい――と言う程、豪勢なデスクに腰をかけるヴェニッタ。
そのデスクを前に、怯えた表情で佇む二十代半の小柄な女。やや癖のある赤毛を背中まで伸ばし、レッドベリル商会のローブを纏っている。
丸顔に眼鏡をかけた如何にも気の弱そうな娘。
名は、ロザリオと言うそうだ。
ふたりのやり取りを、ヴァイオレッドは壁に寄りかかって見つめていた。
「嘘です! フェズがスパイだなんて……っ!」
口調は激しいが、その容姿通り押しの弱い声色で、ロザリオが叫ぶ。
この娘――誰かに似ている様な気がするが、誰だったか……?
蚊帳の外のヴァイオレッドは、暇潰しに頭の中を探ったが、どうにも思い出せない。
「フェズは人狼族の小娘と内通していた他、ギルド『タンザナイト』の"VERDIGRIS"製造工廠に、レッドベリル商会のスパイであるペペローネを招き入れておった。これがその証拠だ」
言って、ヴェニッタはデスクの上の"記録結晶"を手に取り、"マギコード"を組んで起動させる。
デスクの上に、光の粒子で組み上げられたスクリーンが投影された。
監視記録の映像の様だ。小さい映像なので、ヴァイオレッドの位置からは良く見えないが、ギルド『タンザナイト』本部のものだろう。
映像を見れば、映っているのが妹だと分かったのか――ロザリオが顔面蒼白で、口を両手で覆う。
「これは、フェズがギルド『タンザナイト』に、ペペローネと人狼族を引き連れて侵入した時の様子だ。これを見ても妹が潔白だと言うか?」
何も言い返せなくなってしまったのか、ロザリオは顔を覆ってただただ嗚咽を漏らした。
その様子を暫く観察して――ヴェニッタは"記録結晶"を引き出しに放り込み、頬杖をついた。
意地の悪そうな瞳が、ロザリオを舐める。
「さて、ロザリオ。フェズのスパイ容疑が濃厚である以上――その姉であるお前にも、同様の嫌疑がかかっている」
「そんなッ!?」
「そこに控えておられるのは、公国軍のヴァイオレッド隊長だ。その意味が分かるな?」
引き攣った表情で、ロザリオがヴァイオレッドを見つめて来る。
涙が流れ化粧も何もぐちゃぐちゃになった顔は、血の気が引いて真っ白である。
この茶番にうんざりして、ため息付きつつ、ヴァイオレッドはロザリオに歩み寄った。
「貴女をスパイ容疑で、拘束させていただきます。両手を出して下さい」
もはや観念したか、素直に差し出された彼女の細腕に、鋼鉄の枷をはめる。
「別命あるまで、自室で蟄居を命じます」
ヴァイオレッドが指を鳴らして合図すると、執務室の扉が開き、数名の兵士たちが扉の前に整列する。
「彼女を、自室までご案内しろ」
「はッ!」
ヴァイオレッドの命令に、か細い魔導師の女は成す術なく連行されて行く。あのロザリオも中々腕の立つ魔導師らしいが、肝心の魔導石を没収されていては、ただの小娘である。
まあ、まるで戦闘には向いていなさそうではあるが……。
「さて……」
ふたりきりになったところで、ヴァイオレッドは姿勢を崩しヴェニッタに向き直った。
「アイオライド商会内部としては、あの姉妹にすべての疑惑を押し付けて、幕引きを図るおつもりでしょうが……元老院のお偉い方は、怒り心頭ですよ?」
「……レッドベリルに"VERDIGRIS"の正体を掴まれたのは痛かったな。フェズにはつくづく煮え湯を飲まされたと言うもの……」
視線を逸らし、ちらりと背後の壁に備え付けられた金庫を見やる。
例の"VERDIGRIS"が保管された頑丈そうな金庫だ。
あの"VERDIGRIS"の中に――人狼族の娘・ガーネットの命が封じ込められている。これは、絶対の秘密だった筈だ。
人の命を対価に魔力を放つ魔導石――そんなものが世間的に認められる訳がない。
「レッドベリル商会が、この事実を公にすればアイオライド商会の立場は悪くなります。すべてを黙認している元老院も、トカゲの尻尾切りを行うでしょう」
ヴァイオレッドの言葉に、ヴェニッタは深くため息を付く。
「こうなれば、取るべき手段は唯ひとつ。レッドベリル商会が動く前に"VERDIGRIS"に封じられた人狼族の命を魔力として消費し――証拠を隠滅するのみ」
「"停戦延長協定"が失効しなければ、”魔導破城槌”を使う事は出来ません。それまで秘密を維持していられますかな?」
「公国軍が守ってくれれば可能よ」
にやりと笑うヴェニッタ。
ヴァイオレッドは肩を竦めた。
アイオライド領は、制裁の名目の下、公国軍によって包囲されている。ネズミ一匹入る事は不可能だ。
「例えレッドベリルの魔導師が、"VERDIGRIS”を奪おうと考えても、商会はおろかアイオライド領に入る事は出来ませんわ」
銀髪を掻き上げ、ヴァイオレッドは窓越しに外を見やる。アイオライド商会本館最上階に構えられたヴェニッタの執務室からは、街外れの平原に煌々と輝くかがり火の群れが良く見えた。
街道を封鎖し、アイオライドの街を取り囲んでいる公国軍の部隊だ。
自信を見せるヴァイオレッドに頷くヴェニッタ。
「期待しているぞ。フェズはアイオライドの街に精通している。ヤツがレッドベリル側に着いた以上、油断出来ないからな」
「そのフェズ――でしたか? それに随分振り回されている様で……。
一度、顔を見てみたいものですね」
「?」
ヴァイオレッドの言葉にヴェニッタが不思議そうな顔をする。
「何か?」
「ヴァイオレッド隊長とフェズは、以前に顔を合わせている筈だが?」
逆にぽかんとした表情をしたのはヴァイオレッド。
まったく心当たりがなかった。
「まあ、一瞬顔を合わせただけなので……覚えておらんだろうが……」
引き出しから”記録結晶”を取り出し、操作する。
「この娘だ」
ヴェニッタが”記録結晶をデスクの上に置くと――放出された光が集まり、ひとりの女の顔を投影した。
「……この女は……!?」
身を乗り出し、映像に顔を寄せるヴェニッタ。
見紛う筈もない。ヴォルフケイジ大双璧で、自分に大恥をかかせたあの赤毛の魔導師だ!
あのアイオライド商会のローブは、変装だと思っていたが、そうではなかったのだ!
「なるほど、そう言う事ですか……!」
「ん?」
立ち上がり、笑みを浮かべる。
「ヴェニッタ会長。万が一ですが、そのフェズと言う元部下や、人狼族の娘と接敵した場合、わたくしの剣で斬り伏せてもよろしいですか?」
その言葉に、ヴェニッタも深い笑みを浮かべる。
「そうしてくれるとむしろ有難い。死人に口なしだからな……!」




