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6-1:マゼンダの召喚

 ”停戦延長協定(シース・フアイア)”の破棄が公式に伝えられ、首都チャロ・アイアもどこか重苦しい雰囲気に包まれていた。

その中央に(そび)え立つ元老院。

 レッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の女当主マゼンダは、元老院の会議室にあった。


「……では、今回の不法越境(スマグリング)についてレッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)に非はない、と言うのだな?」

「はい。我が魔導石商会(ベンダーズ)は、アイオライド商会の製造する”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”に疑惑を持ち、その調査の過程で、人狼領における戦いに巻き込まれただけであります」


 同じ質問に、何度同じ説明を繰り返した事だろう。

 マゼンダは、元老院のお偉い方を前に、心の中でため息を吐いた。


 天井まで届く大きな窓と、公国の国旗が描かれた巨大なタペストリが醸し出す威厳を背に、元老院の議員たちがテーブルに座る。

 総勢で二十人以上はいるチャロ・アイア公国の中枢機関。

 対するマゼンダは、(ただ)ひとり。

 彼らに対面するかたちで座っている。


 レッドベリル商会を預かる彼女が、ここ首都チャロ・アイアにいるのは他でもない。

 フェズのやらかした人狼領への無断侵入の経緯の説明を求められた為だ。


 先に語ったパプリカたちの人狼領への侵入の経緯は――もちろん出鱈目(デタラメ)である。

 アデルに(そそのか)されたとは言え、ルヴィを助ける為に独断で人狼領へ向かったフェズには困ったものだ。

 そのおかげで、マゼンダはこうして、元老院から油を(しぼ)られている(ワケ)である。


 もっとも、これをすべてフェズの責任として押し付けるつもりは毛頭ない。

 ルヴィを救いたいと言う彼女の心情は理解出来(でき)る。だからこそ、こうして嘘八百を並べ立てて(かば)っているのだ。


「よろしい。

 レッドベリルの魔導師による人狼領への越境の問題は不問としよう。そのおかげで、アイオライド商会と人狼族(ヴエアヴオルフ)の密約を暴いたのだからな」

「ありがとうございます」

 対面して座る議長の言葉に、マゼンダは深々と頭を下げる。

 だが、その眼は伏せられてはいない。頭を下げたまま――鋭い目線で、彼らを(にら)みつけている。


 元老院は、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を公国軍(グランドアーミー)に試験導入しているのだ。そして、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”は対人狼族(ヴエアヴオルフ)の秘密兵器として期待されていたのである。

 ”停戦延長協定(シース・フアイア)”の破棄が確定したこの状況で、アイオライド商会の不正が明るみに出た事は、相当な痛手の(ハズ)だ。


「……それで、アイオライド商会は今後、どうなるのですか?」

 目線を議長に戻し、マゼンダがカマをかけた。

 ひとつ咳払いして議長が淡々と告げる。

「疑惑の追及の為、公国軍(グランドアーミー)によるアイオライド領の一時占領を決定した」

「では、今後の事については……?」

「今後は、元老院の指揮の(もと)、アイオライド商会の調査を行うものとする。レッドベリル商会が今後、本件に関わる事も認められない」


 やはりな……。

 これで、レッドベリルが”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”について深追いする事は困難となった。

 このまま人狼族(ヴエアヴオルフ)との(いくさ)に突入し、戦乱のごたごたに乗じて有耶無耶(うやむや)にしてしまおうと言う魂胆が透けて見える。


 公国は、アイオライド商会の問題よりも”実”を採る事を選択したのだ。


 「了解したかな?」と言いたげに、議長が手元の書類を整えつつ、ちらりとこちらへ視線を向けて来る。

 これ以上、問題をほじくり返すなと言うマゼンダへの圧力だ。

 空気を読め、と言う言外の圧力を全身に感じ、元老院一同をじろりと睨みつけるマゼンダ。


 だが――。


「分かりました」

 素直に従う事にする。

 恐らくフェズたちがそれで納得はしないだろう。彼女たちはガーネットの命である”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を奪還したい筈である。

 実現可能かどうかは別として、今ここで自分が喰ってかかり、レッドベリル商会への圧力が強まれば、フェズたちの行動を邪魔してしまう。


 イスを蹴る様に立ち上がると、マゼンダは居並ぶ議員の顔を一望し、深々と頭を下げた。

「それでは、これで失礼いたします」

「待ちたまえ!」

 議長が鋭い声で、会議室から立ち去ろうとするマゼンダを呼び止める。

 舌打ちするマゼンダ。


「もうひとつの課題が残っておる。現在、そなたの商会がかくまっているルヴィと言う人狼族(ヴエアヴオルフ)についてだ」

 やはり、来たか……。

 内心で毒づく。

「あの娘が、何か?」

「その娘の身柄を、元老院に引き渡してもらいたい」


 これに関しては、当然の要求だ。

 ルヴィが人間界に不法滞在している事は、(まぎ)れもない事実である。

「彼女をどうするおつもりですか?」

「無論、人狼領に返還する次第である」

人狼族(ヴエアヴオルフ)の"掟"については、ご存知の事かと思いますが……?」


 ヴォルフケイジ大双壁でルヴィに起きた出来事。

 マゼンダも初めて知った事だった。

 だが、人狼族(ヴエアヴオルフ)が人間界に迷い込む事例は、ルヴィが初めてではない。元老院が彼らを人狼領に送還した事は幾度もある。

 その後、返還された彼らがどうなるか――をフェズが示した訳だが、元老院は(すで)に知っている筈だ。

「無論、存じておる。……が、それは我らの関与するところではない」

 淡々と応える議長に、マゼンダは目を伏せてため息をついた。


「お断りいたします。

 わたしは大公殿下よりレッドベリル領の自治権を(たまわ)っております。ルヴィが我がレッドベリル商会の保護下にある以上、あの少女の処遇の決定権はわたしにあります」


 テーブルに(ひじ)をつき、真一文字に結んだ口の前で手を組み――議長はマゼンダを睨みつけた。

 その視線を(そで)にして、マゼンダは背中を向ける。

「それでは、失礼いたします」


 言外の侮蔑を込めて背中越しに一礼し――紅いローブを(ひるが)した女当主は、元老院を後にした。

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