5-7:三人の権力者
地下の空間に響き渡ったパプリカの声。
それは木霊し――しばしの沈黙を造る。
やがて、通路の向こうから聞こえて来たいくつかの足音に、魔導石工廠にいる全員が聞き耳を立てた。固唾を飲んで、入口の向こうの闇を見つめる。
扉を潜り、姿を現したのは三人の人影。
その顔ぶれに、フェズはもちろん全員が驚愕した!
当然の様にその姿を見つめているのは、パプリカとルヴィのみ。
「マゼンダ様!?」
燃える様な赤い髪をしたレッドベリルの女当主は、フェズの顔を見やって不敵な笑みを浮かべる。
その隣には、見上げる様な巨躯の人狼族。
「人狼王……シュヴァルド……ッ!?」
威厳に満ちた人狼族最高峰の登場に、アデルが驚愕の表情で後ろに尻を着く!
そして最後――マゼンダとシュヴァルドの背後に佇む上等なローブを纏った男。
こちらの顔は見た覚えがなかったが、ローブの意匠から正体が知れた。
「元老院の議員まで……っ!?」
"VERDIGRIS"を抱えた腕を震わせ、ヴェニッタが後ろに下がる。
人間と人狼族の最高機関――そしてレッドベリルの最高責任者の登場だった!
「マズイ……ッ!」
最初に動いたのはアデル!
ただ一言そう呟くと、一足飛びに扉の外へと身を翻す!
だが――!
「逃がすと思うかッ!」
シュヴァルドが動く!
その巨体からは想像も出来ない身軽さで、アデルの眼前に立ち塞がると――
――その顔面に強烈な拳打を見舞った!
悲鳴すらなく、もんどり打って昏倒するアデル!
魔導石工廠の機材を薙ぎ倒し、埃を巻き上げて叩き付けられる!
「愚か者め!」
ぴくりとも動かなくなったアデルに吐き捨て、シュヴァルドはヴェニッタたちに向き直る。
シュヴァルドの鋭い眼が、魔法陣の上に陣取るヴェニッタたちを見据えた。
「何故……何故彼らが……ここに……!?」
先程までの余裕はどこへやら、怯え切った表情でヴェニッタが声を震わせる。
「わたしが"ハイパーゲート"を修復し、レッドベリルの"ハイパーゲート"と繋いだのよ。そして事情を説明して、この場に来てもらったわ」
パプリカが答える。
舌打ちするバリス。
「ペペローネ。お前は……レッドベリルの魔導師だったのか……!」
シュヴァルドが大きく前に出る。
「元老院に、最後の宣戦布告をしに赴いてみれば……とんだ騒ぎに巻き込んでくれたものよ!」
その巨躯が怒りに打ち震える。
「よくも我が聖地を、汚してくれたな!」
砦全体を震わせる様な怒声が響く!
弾かれる様に、バリスが魔導石を構えてヴェニッタの前に立つ!
もっとも魔導石をはめた腕輪は、長い籠城戦で末期状態になっているが……。
「ヴェニッタ様、ここは俺が引き受けます! お逃げください!」
「この状況で――逃げられると思うかッ!!」
人狼王の咆哮とととも、大きく振り被った右腕に”マギコード”が組み上げられて行き、紅蓮の炎を成す!
床に叩き付ける如く、腕に巻いた炎をバリスへ向けて撃ち放った!
「ちょ……ッ、ちょっと待てッ!?」
その火力の高さに、フェズは悲鳴を上げた!
こんな狭い空間で爆炎が広がれば、生身の人間は消し炭になる!
咄嗟に身を伏せるフェズ! 人狼王の向こうではパプリカがルヴィを抱き締めて床に伏せ、マゼンダが元老院議員を庇う!
巨大な火球がヴェニッタとバリスを飲み込み、轟音と灼熱の炎が、魔導石工廠を駆け巡る!
――――筈だった!
「何ッ!?」
驚きの声を上げるシュヴァルド。
フェズが顔を上げれば、そこには"魔法障壁"を張ったヴェニッタの姿!
「我が炎を防いだだと!?」
人狼王の火炎が如何に強大な魔力を纏っていたかは、はっきりと分かった。
そもそもシュヴァルドの魔力がどうこう以前に、ヴェニッタには、人狼族とまともに張り合える様な戦闘技術は無い。
実力差は圧倒的だった筈だ。
彼女の手にする"VERDIGRIS"に込められた魔力が――その差を覆したのだ。
「ふ……ふはははは……ッ!」
汗だくで引き攣った表情から一転、高笑いを上げるヴェニッタ。手にした"VERDIGRIS"の結晶構造を覗き込む。
「素晴らしい性能だ。この"VERDIGRIS"があれば、このわたしが人狼王に勝つ事さえ、不可能ではない!」
なおも構えを崩さず、人狼王を牽制するバリス。
「ヴェニッタ様、こんなところで"VERDIGRIS"の魔力を無駄に消費する訳には行きません! 今のうちに脱出を!」
「分かっておる!」
ヴェニッタが後ろ手に、壁に据えられた魔導石に触れ、起動させる。
隠し通路の"魔導錠"となっていたらしい、すぐ近くの壁が光の粒子となって消え去り、奥に細い通路が伸びていた。
なおも"VERDIGRIS"を掲げてちらつかせ、こちらの反撃を抑制しつつ、ヴェニッタが隠し通路に身を滑り込ませる!
奥へと遠ざかって行くヴェニッタの足音を確認し、バリスは裏拳で"魔導錠"を叩き割る!
魔力の供給が途絶え、隠し通路の入口は、元の硬い壁へと姿を戻した。
隠し通路の先は――おそらく”ハイパーゲート”。
ならばその壁の頑丈さは並ではあるまい。撃ち砕いて追跡するのは容易ではないだろう。
「ちッ!」
敵を逃がした事に腹を据えかねたのだろう。
人狼王が舌打ちし、残ったバリス目掛けて巨大な”マギコード”を組み立てる!
性質は不明だが、"魔法障壁"で防御しなければ、人間など跡形もなく消滅する程に高密度の構成だ!
「人狼王!」
シュヴァルドを呼び止めたのは、元老院議員。
「彼は我が人間側の罪人。その処分はこちらにお任せいただきたい!」
それを聞いたバリスも、時間稼ぎは充分と見做したか、両手を上げて降参の意を示す。
「……よかろう」
全身に蓄えられつつあった魔力を解放し、シュヴァルドから殺気が抜ける。
「……とりあえず、この場は収まったと判断して良いのかしら?」
パプリカが、肩を竦めて全員を見回した。
その場の一同、特に返答はしなかったが、パプリカはそれを無言の肯定と受け取ったらしい。手元にいたルヴィの手を引いて、フェズの方にやって来る。
にっこりと微笑んで、パプリカがルヴィをフェズの前に立たせる。
「お探しものよ」
フェズの頬を、涙が一筋伝った。
「ルヴィ……! 無事で良かった」
膝を追って床に落とし、ルヴィを抱き締める。
「フェズ……ごめんなさい」
「謝るのはあたしの方だ。ガーネットを……助けられなかった……」
ガーネットの身体が消滅してしまった、魔法陣の方を向き直る。
ちょうど、パプリカが遺されたガーネットの服を拾って折り畳み、こちらに戻って来るところだった。
パプリカから妹の形見を受け取り――顔を埋めてルヴィは嗚咽を漏らした。
小さくため息をついて、パプリカが人狼王に視線を合わせる。
その視線にシュヴァルドは頷いた。一通りの事が終わるまで、待っていてくれたのだろう。
「人間どもよ」
野太い声を低く、静かに響かせる。
「此度の我が聖地における蛮行、真に許し難い! この戦いで我が眷族の戦士が大勢、傷ついた!」
そこまで語り、怒りを抑える様に大きく息を付く。
ちらりとその視線を、床に倒れてのびているアデルに向ける。
「……だがこの一件、このアデルと言う男も一枚噛んでいるとの事。人狼族側にも非がある事は認める所存である。よって、一連の出来事は、我が胸の内に納めたいと思う」
「異存ありません」
元老院議員が深々と頭を下げる。
「人狼王!」
その後ろから、マゼンダが進み出て、シュヴァルドの前に膝を着く。
「この砦で騒ぎを起こした者は、我がレッドベリル商会の配下の者。会を統べる者として、陳謝したい」
マゼンダの申し出に大きく頷き、シュヴァルドは太い両腕を広げた。
「さあ、他の者どもが砦に集まる前に、貴様らの領地に即刻帰還せよ。これ以上、人狼戦士たちが終結すれば、我の声だけでは収まらぬかも知れぬ!」
「偉大な王のご厚意感謝する! 退くぞ、パプリカ、フェズ!」
紅いローブを翻し、撤退を促すマゼンダ。
靴音高らかにフェズの前まで歩いて来ると、その傍らに佇むルヴィを見下ろす。
「当然お前も着いて来るな?」
微笑むマゼンダに、安心した表情で頷くルヴィ。
元老院議員が、人狼王の背中に向かい頭を下げる。
「貸しが出来ましたな、人狼王シュヴァルド」
「返って来るアテはなさそうだがな……!」
牙を見せて笑う。
ぐるりと巨体を翻し、細身の議員を見下ろす。
「次は戦場でお会いしよう」
その言葉に、議員は眼鏡に指をかける。
「わたしは立場上、戦場に直接赴く事はないと思いますが……もし、”次”があるとすれば、貴方は亡骸となっている事でしょう」
「それは、違いない!」
大きな高笑いを響かせるシュヴァルド。
ヴォルフケイジ大双壁に備えられた”魔導破城槌”が使われれば――もはや"次"を待つまでもなく、勝敗は決するだろう……。
複雑な思いを胸に秘め、フェズはルヴィの肩を抱いて、先を行くパプリカとマゼンダの背中を追った。




