5-6:VERDIGRIS
アデルの隠し砦の最下層。
そこに、"VERDIGRIS"の魔導石製造工廠は用意されていた。
魔導石工廠の入口に佇み、フェズはその内部を一望する。
両腕を拘束され、自由を奪われたまま、フェズはここに案内された。
その横にはガーネットを抱き抱えたヴェニッタ。
背後には彼女の身体を押さえつけるバリスがいる。
武器であるダガーは、ヴェニッタたちが立て籠っていた部屋に放置された。
あれに埋め込まれた魔導石がなければ、フェズは唯の非力な少女だ。大人しく、魔導石工廠の見学に徹するしかなかった。
大量生産を目的としたアイオライド魔導石製造商会の魔導石工廠に比べれば規模は小さいが、濃縮設備から研磨加工まで、必要なものは一式揃っている。
ただ――それら見慣れた設備よりも目を引いたものは――。
「魔法陣?」
魔導石工廠の一番奥に用意された魔法陣だ。
人ひとりをすっぽり納められるほどの直径の魔法陣。それを中心に、床と天井とを繋ぐ複雑な紋様が刻まれた石柱が六本。すべて半ば程に、碧い魔導石が埋め込まれている。
「人狼戦士たちが再び攻めて来るやも知れません。この凪のあいだに"VERDIGRIS"を完成させましょう」
「うむ」
バリスの言葉に、ヴェニッタが頷く。
魔導石工廠の奥にある魔法陣へと歩み寄り、腕に抱いていたガーネットをその中央へと降ろす。
更に、壁に備え付けられていた頑丈な金庫。
これを開け放ち、中から取り出したものは――人の頭ほどの大きな結晶体。
大事そうにそれを抱え、ヴェニッタがフェズの前に戻って来る。
"VERDIGRIS"だ。
ヴェニッタが持ち寄った"VERDIGRIS"は、巨大ではあるが一見するとフェズが今まで商品として扱って来たそれと大差ない。
「この"VERDIGRIS"が何か特別なのか? ――そう言いたげな表情ね」
フェズの思考を読んだヴェニッタがクスクスと笑う。
「ではおさらいよ。"VERDIGRIS"を"VERDIGRIS"たらしめている最大の特徴な何かしら?」
「……魔力を常に帯びていること」
「正解よ」
その結晶の内部からは、淡い緑青の光を常に放ち続けている。結晶構造の中に、魔力が蓄えられている証拠だ。
供給された魔力を魔法に変換して放出する『投射機』でしかない通常の魔導石とは一線を画す"VERDIGRIS"の性質である。
「せっかくの機会だから、トップシークレットを教えてあげるわ」
フェズの顔が表面に映り込む程、"VERDIGRIS"を近づけて来るヴェニッタ。
「"VERDIGRIS"も最初から魔力を帯びている訳ではないの。この奇跡の結晶体はね、周囲に存在する魔力を吸収することが出来るのよ。通常の魔導石が魔力を投射されない限り、ただの宝石なのと同様に、"VERDIGRIS"も結局は魔力供給源を必要とするの」
くるりと反転し、ヴェニッタがゆっくりと歩いて行く。ガーネットの眠る魔法陣の方へと。
背を向けたまま、ヴェニッタが問いかける。
「そこで質問よ、フェズ。魔力を大量に、かつ一度に"VERDIGRIS"へと吸着させる為に――もっとも手っ取り早い魔力の供給源は何だと思う?」
答えは、単純明快だ。他の魔導石と変わらない。
生命体。特に人間など安定した魔力を身に纏う生き物。もっと突き詰めるならば、魔力の制御を得意とする”女”――。
人間よりも高い魔力を持つ人狼族ならば、なお良しだろう。
「……まさか!?」
導き出された答えに、フェズは戦慄した。
「ガーネットの魔力を"VERDIGRIS"に吸収させるつもりか!?」
「ご明察!」
高笑いを上げる、ヴェニッタ。
普通に魔導石を使った時でさえ、魔力の使用によって体力を削られるのだ。
ガーネットの小さな身体から、無尽蔵に魔力を抜き取られたら――あの少女はどうなる!?
「やめろッ!」
必死に抵抗するが、バリスのちからに抑えられて微動だに出来ない!
「良く見ていなさい。貴女が知りたがっていた――"VERDIGRIS"の製法よ」
横たわるガーネットを前に佇み、ヴェニッタが”マギコード”を組み立て始める。
高く歌う様な声色が響き渡り、手にした"VERDIGRIS"が碧い光を帯びて輝く!
溢れた光は魔法陣に流れ込み、その淵をなぞり、光の稜線を描いて行った。
そっと――ヴェニッタが"VERDIGRIS"を離す。
解き放たれた"VERDIGRIS"は空中に静止したまま浮遊する。急いで身を翻し、飛び退くヴェニッタ。
「気を付けないと、わたしまで"VERDIGRIS"に吸収されてしまうからねぇ……」
やがて――ガーネットの小さな身体から、魔力が紅い光となって流れ出す!
光は幾重にも連なって細い帯を成し、不規則にうねり漂うが――六本の柱で囲まれた空間を抜け様とした瞬間、鋭い火花を散らして反射する。
流れは次第に激しくなり、目も眩む光の奔流となって"VERDIGRIS"に流入を始める!
雷光の様な明滅と雷鳴の如き轟音を繰り返し、ガーネットの身体から魔力を引き剥がして、紅く色着いて行く"VERDIGRIS"!
逆に――ガーネットの身体が、細かい光の粒子となって崩れ始める……!
魔導石工廠全体が、眩い光に包まれ――ガーネットの身体が一瞬で光となって消滅した!
「――――!」
悲鳴にならない声をフェズが上げる。
ガーネットが崩壊して出来た光の粒子の残骸が、しばらく空中を漂っていたが――やがてそれもすべて"VERDIGRIS"に吸い取られ…………。
床に、少女が身に着けていた民族衣装が、軽い音を立てて落ちた。
その上には――直視する事さえ厳しい程に、紅蓮の光を携えた"VERDIGRIS"が浮かんでいる。
ヴェニッタが、興奮を抑えきれない表情で――それに手を伸ばす。
「完成よ……! 素晴らしい出来だわ!」
「おお……!」
ヴェニッタの言葉に、バリスも感嘆の声を上げる。
もはや拘束しているフェズなど眼中にない様子で、小走りにヴェニッタの下へと駆け寄って行く。
魔法陣の中に遺されたガネットの衣服を踏みにじり――バリスは、ヴェニッタの手にした"VERDIGRIS"を優しく撫でた。
「予想通り……いや! 予想以上の出来ですね!」
「まさしくそうね。この人狼族の姉妹を選んだアデルの眼は正しかったわ。彼がこの場にいないのが残念よ」
「ふざけんなッ!」
自分たちの世界に入り込んでいるふたりに、フェズは怒りをぶつけた!
「お前らは今、子どもの命を奪ったんだぞッ!!」
だが、ヴェニッタはフェズの言葉などどこ吹く風。
悠々とした表情でこちらを見下ろして来る。
「細かい事を気にするなよ、フェズ」
「何だと……?」
「どうせ人狼領が制圧されれば、人狼族の女はすべて、"VERDIGRIS"の糧となって消えちまうんだ」
反論しかけたその時――フェズの背後から迫る複数の足音!
魔導石工廠に、ふたりの影が飛び込んで来る!
見慣れた顔ぶれ。パプリカと――
「ルヴィ!」
「フェズ!」
フェズの名を元気よく呼んだルヴィの姿に、声が震える。
だが――
「……やっぱり、間に合わなかったみたいね」
苦虫を嚙み潰した表情でパプリカが呻く。
その言葉に、下を向くフェズ。
「ごめん……ガーネットを、助けられなかった」
フェズの言葉に、ルヴィの表情が凍る。
「……ガーネット……は?」
掠れた声を絞り出したルヴィに答えたのはヴェニッタ。腕に抱えた"VERDIGRIS"を大きく掲げ、高らかに叫ぶ。
「ここよ! 姉ならば感じるでしょう、"VERDIGRIS"から溢れ出る妹の魔力を!」
"VERDIGRIS"から発せられる紅い光を瞳に映し――ルヴィの頬を涙が伝う。
「ガーネット……!」
震える両腕で顔を覆いながら、ルヴィはパプリカの胸に顔を埋めた。
そのパプリカが――今まで見せた事もない形相で、ヴェニッタを睨む!
ヴェニッタが呆れた様な表情で、三人を見返した。
「どうせ、人狼族は人間の軍門に下るのよ? この"VERDIGRIS"を量産する為には、グーズグレイ山の鉱脈と――そいつら人狼族の娘の魔力が沢山必要だもの!」
ルヴィの身体を抱き抱え、パプリカがヴェニッタを睨みつける。
「って事は、公国軍が推し進める人狼領への侵攻には――アイオライド商会やギルド『タンザナイト』も一枚嚙んでいるって訳ね!?」
「そうよ! その為に、こんな危険を冒して、この"VERDIGRIS"を完成させたのだから!」
「どう言う事よ!?」
「この"VERDIGRIS"の魔力を”魔導破城槌”で射出し、人狼領に強烈な一撃を加えて先制するのよ」
"VERDIGRIS"を高々と掲げ、高笑いを放つヴェニッタ。
「”魔導破城槌”?」
聞き慣れない単語に、パプリカが疑問符を上げる。
だが、フェズには分かった。
「……ヴォルフケイジ大双壁にアイオライド商会が建造した魔導石で起動する攻城塔だ。あれで何が出来るって言うんだ?」
答えは何となく想像がついたが、それでもフェズはあえてヴェニッタから答えを引きずり出した。
「通常の魔導石では、”魔導破城槌”の威力は、正面の城壁を打ち崩すのが精一杯だわ。けれど、"VERDIGRIS"の魔力を使えば、その雷は、遥か奥地、人狼領にまで届くのよ」
空恐ろしいヴェニッタの構想に、フェズは息を呑んだ。公国軍が”VERDIGRIS”に期待を寄せている事は承知していたが……
白兵戦で使うのではなく、軍民問わずに遥か彼方から焼き尽くすだと……!?
「そうはさせないよ……!」
不意に響くアデルの声!
「!?」
振り向けば、魔導石工廠の入口に脇腹を押さえて佇む人狼族の青年。
傷は塞がっている筈だが、まだ痛みが完全に引かないのだろう。
よろよろとおぼつかない足取りで、こちらに向かって来る。
ちらりと向けられたアデルの眼差しに、ルヴィは怯えた表情でパプリカにすがりつく。
「……やれやれ。キミは結局ルヴィを助けたんだね。とんだ期待外れだよ……!」
落胆した様子のアデルを、ヴェニッタが笑う。
「隙を見てわたしから"VERDIGRIS"を奪うつもりだったのでしょうが、残念ね」
ルヴィの頭を撫でて――パプリカは厳しい視線をヴェニッタに向けた。
「……話は良く分かったわ。ヴェニッタ、同じ魔導石製造業に関わる者として、わたしはアンタのやっている事を認めないわ!」
パプリカの言葉に、ため息をつくアデル。
対してやや苛立ちを募らせた表情でヴェニッタが前に出る。
「どこのどいつか知らないが、あまり大きな口を叩かない方がいいわ! 何なら――この場で"VERDIGRIS"の威力を試してくれようか!?」
両腕に抱えた"VERDIGRIS"を大きく掲げる!
見ただけで分かるその膨大な魔力に、フェズは怯んだ。が……。
パプリカは不敵な笑みを崩さない。
「それは、どうかしら?」
怪訝な顔をするヴェニッタとバリス。
「わたしが何の策もなく、ここに転がり込んで来ると思う!?」
抱き抱えたルヴィを連れて、半身を翻すと――パプリカは大声を張り上げた!
「どうぞ、お入りください!」




