5-5:命の恩人
***
パプリカの気持ちは分かっていた。
アイオライドを離れ、ある意味で自由に動ける自分と、彼女は立場が違うのだ。
そんなパプリカが、フェズをルヴィの下へと向かわせてくれた。自分の我儘を許してくれた彼女の為に、一刻も早くルヴィを助けて魔導石製造工廠へ向かわなければならない!
フェズは――そう考えていた。
***
「一体……この女は何なんだッ!?」
恐怖と驚愕に満ちた表情で叫ぶ人狼戦士!
その胴を――フェズの紅刃が斬り伏せた!
悲鳴と血しぶきを吹き上げて、崩れ落ちる!
その人狼戦士を飛び越して、ダガーを逆手に構えたフェズが、石造りの通路を駆け抜ける!
薄暗い地下通路の行く手には、なおも数人の人狼族の戦士たち!
だが、彼らの表情は鬼気迫るフェズの猛攻に怯んでいる。
ダガーの刃を盾や篭手で、あるいは”魔法障壁”で防ごうとする人狼戦士たちは、悉く斬り裂かれて行く!
「頼むから、道を開けてくれ! あたしは争いに来た訳じゃない!」
叫びながら走る!
階段を駆け下り、ひたすらと地下へと向かった。
――おかしい!?
そんな考えが頭に浮かび始めたのは、数階も地下へと降りた頃合いだった。
アデルの言葉によれば、この先にルヴィが閉じ込められている”ハイパーゲート”がある筈だ。
だが、人狼族たちのこの守りの硬さは何だ!?
彼らはヴェニッタたちを追い詰めて、最上階の魔導石製造工廠に詰めかけていたのではなかったか!?
嫌な予感が頭をよぎる。
階段を降り切り、地下道を走る!
目の前には十字に交わった通路。
どちらだ!?
交差点の真ん中に立ち止まり、左右を見渡す。
「!」
右手の通路の奥に、再び人狼戦士がふたり!
そして、その奥には両開きの扉が見える。
あれが、”ハイパーゲート”の入口か!?
「また人間かッ!」
こちらの存在に気付いた人狼戦士が抜身の片刃刀を振り上げ、一斉に飛び掛かって来る!
フェズは、脚にちからを込め一足飛びに彼らの懐に飛び込む! ――振りをして、その場から大きく飛び退いた!
「なにッ……!?」
タイミングが崩れ、斬りかかって来た人狼戦士たちの足並みが乱れる。
一歩先走ったひとりの胴をダガーで薙ぎ、返す刀でもうひとりを片刃刀もろとも袈裟懸けに斬り伏せる!
地下の通路に静けさが戻り、倒れた人狼族たちの呻き声が木霊する。
元来た通路を振り返れば、そこにはフェズが斬り伏せた人狼族たちが何人も倒れ伏している。命を奪わない様に注意して戦ってはいるものの――
「……これは、ヤバいぞ……!」
人狼領のただ中で、ここまで暴れてしまった。
下手をすると、この騒動が人間と人狼族の衝突のきっかけになってしまわないとも限らない。
一刻も早くルヴィを助け出し、パプリカの援護に向かわなくては……!
扉のノブに手をかけ、ちからを込めるが前にも後ろにも動かない。
鍵がかかっているのか?
「くそッ!」
フェズは飛び退いてダガーを構えると、扉の真ん中に紅く輝く刃を突き立てた!
殆ど何の手応えもなく、刃は扉の鋼鉄を貫通する。
そのまま真下に斬り下ろす!
これで、錠も一緒に両断された筈だ!
焼けて真っ赤に熱を帯びる鉄扉を蹴り飛ばす!
大きな金属音を響かせ、扉が勢い良く口を開けた。
「!?」
進んだ先には――何の変哲もない小部屋。
よほど昔のものであろう、ボロボロに朽ちた木箱や木材、そして瓦礫が散乱した殺風景な部屋。
その部屋の奥に佇むひとりの女――――
「ヴェニッタ様……!?」
「フェズではないか……!?」
見慣れた青髪、アイオライド魔導石製造商会のローブを纏った眼鏡の姿。
お互い、思わぬところで合わせ顔に、驚愕の声を上げる。
ヴェニッタの足元には倒れ伏したルヴィ――いや、ルヴィに良く似た少女、ガーネットの姿。
次の瞬間!
身体を雷撃が走り抜け――フェズの身体が床に叩き付けられる!
背後から"衝撃雷"を撃ち込まれたのだ!
「ぎゃっ!?」
悲鳴を上げて突っ伏す彼女の右腕が、何者かに掴まれる!
背中に回された腕に関節を極められ、激痛が走った!
「痛いッ!」
彼女の悲鳴も構わず、背後の人間はフェズの右腕を折らんばかりのちからで捩じ曲げる!
涙の溜まった目で、背後を睨みつけて見れば――
「……フェズ!? どうしてお前がここに……!?」
――そこには見慣れたバリスの顔!
想定外の顔ぶれに、フェズはもう一度ふたりの顔を見返す。
「それはこっちのセリフだ! ここは……”ハイパーゲート”じゃないのか!?」
フェズの言葉に、ヴェニッタとバリスが顔を見合わせる。
「……まさか、我々と一緒に転移して来た人狼族の娘を追って、わざわざ人狼領まで?」
バリスは拘束したフェズの左腕をも背中に回し、手慣れた動作で縛り付け、彼女の自由を奪う。
「それならご苦労な事だが……”ハイパーゲート”なら、この砦の最上階だよ」
「何だって……!?」
絶句するフェズ。
だが――アデルは確かに、ルヴィが砦の最下層に閉じ込められていると教えてくれた筈だが……!?
そこまで思考して、何故あんな男の言葉を信用出来ると思ったのか? 今更ながらに後悔する。
「……アイツ……騙したのか……!」
ならば、パプリカの向かった最上階が、ルヴィの閉じ込められている”ハイパーゲート”だと言う事だ。彼女も今頃騙された事に気付いているだろう。
彼女はルヴィをどうするだろうか?
「……パプリカなら、必ずルヴィを護ってくれる!」
「しかしフェズ、まさかお前が助けに来てくれるとは、思わなかったわ」
ヴェニッタが瓦礫の影から姿を晒す。
その姿はボロボロで、髪は乱れ、ローブは引きちぎれ、およそ淑女然とした普段の容貌からはかけ離れたものだった。
よくよく見てみれば、バリスも似た様な状態で、身体のあちこちに痣や裂傷、火傷の痕が走っている。
「この砦に移動して来た直後、人狼族の軍団に制圧されてしまってね……何とか魔導石製造工廠まで引いて、起死回生の一手を打とうと奮闘したんだけれど、ここで追い詰められてしまったんだ」
では、彼らを追い詰めていた人狼族たちを、フェズがわざわざ倒してしまったと言う事か?
バリスが不敵な笑みを浮かべる。
「良く来てくれたよ。正直、もうこれまでかと観念していたところなんだ」
「ちくしょう……っ!」
地べたに押し倒されたまま、ふたりを睨みつけるが両腕の自由を奪われた状態では何も出来ない。
「あたしをどうするつもりだ?」
「心配しなくてもいいわ、フェズ」
ヴェニッタがフェズの顔を覗き込んで嘲笑う。
「貴女は命の恩人だわ。命を取ろうなんて思わない。
むしろ、せっかくの機会よ――」
フェズの前髪を掴み上げ、顔を引っ張り上げる。
「存分に見学させてあげるわ。”VERDIGRIS”が完成するところを――――!」




