5-4:パプリカの選択
「おかしいわね……っ!」
アデルの隠れ家の最上階――魔導石製造工廠を目指してパプリカは階段を駆け上がった!
広々とした砦の内部は、すっきりしたフロアもあれば、複雑に入り組んだフロアもある。
各階で階段を捜しては登り、また捜す……。
それをひたすら繰り返していた。
だが、登るにつれて違和感が大きくなって行く。
敵がひとりもいないのだ。
人狼族の話によれば、ヴェニッタたちは押し寄せた人狼戦士たちに取り囲まれ、魔導石工廠に立て籠って防戦している筈である。
しかし、いくら登っても戦闘の音はおろか、人の声さえ響いて来ない。
何よりも、上に登るにつれてフロアの広さは次第に狭まって行き、魔導石工廠が収まる程の部屋があるとは思えなくなって来る。
「どう言う事よ……!?」
新たに見つけた階段を駆け上がるパプリカの頬に汗が伝う。
階段を登り切った先に広がる光景に――
「!?」
――パプリカの脚が止まった。
上への階段が見当たらない!
もはやフロアは狭く、階段の先に延びる通路は、横道が一本あるばかりの行き止まり。
ここが最上階と言う事か……?
小走りに横道への分岐点に向かう。
魔導石工廠があるとすれば、あの先以外にはもうないが……!?
「え……!?」
曲がり角を覗き込み――パプリカは声を失った。
がらんとした何もない通路が広がる。
少し進んだ先に見えるのは、灰色の石の壁と重厚な鉄扉。そして、その傍らの壁に埋め込まれた碧く輝く魔導石。これは―――!
ゆっくりと歩み寄って、呟く。
「……”ハイパーゲート”!?」
見紛う筈もない。
これは、良く見知った”ハイパーゲート”の入口だ。
だが、アデルは確かに、魔導石工廠は最上階だと言った筈だが……!?
…………。
頭の中に浮かんだ、シンプルな答えにパプリカは声を震わせる。
「騙されたかッ!?」
進んで来た通路を振り返る!
――と、言う事はフェズが向かった最下層にこそ、魔導石工廠があるのだ。
だが、何の為にこんな嘘を……?
「……パプリカ……?」
彼女の思考を遮って、小さな声が呼ぶ。
聞き覚えのある、幼い声。
その声に、パプリカは息を呑む!
「ルヴィ!?」
”ハイパーゲート”の扉に耳を当て、パプリカは声の主の名を叫んだ。
やはり、ここに閉じ込められているのか……!
「助けて……っ!」
弱々しい声が、鉄扉の向こうから漏れて来る。
歯ぎしりして、パプリカは数歩、扉から下がった。
そう言う事か……!
もしここにいるのがフェズならば、迷う事無くルヴィの救出に没頭する。
だが、パプリカならば――騙されたと判断した瞬間、最下層へ舞い戻るだろう。
そんな、アデルの声が、聞こえた気がした。
ここで時間を喰えば、間違いなくフェズのフォローには向かえなくなる。
ぎゅっと手を握り締め、瞳を硬く閉じる。
自分がやるべき事を――やるだけだ。
「……わたしを、舐めんじゃないわよ!」
ローブを翻し、眼鏡を直したパプリカは――壁の魔導石にかじりついた!
これは、アイオライド製の魔導石だ。”マギコード”は暗号化されている。
魔力を流し込み、結晶構造に干渉して、暗号をひとつひとつ解読して行く。
焦る心を落ち着かせ、大きく息を吸って吐く。何度もトライアンドエラーを繰り返しながら、正解を手繰り寄せて行く。
十数分が過ぎただろうか――。
頭の中で、ピントが合う!
目を見開き、見出した”マギコード”を魔導石に流し込んで行った!
ガチャリと重い音が鳴り響き、鉄扉がゆっくりと内側に開いて行く。
同時に――猛烈な熱気と臭気がパプリカを襲った!
思わずローブの袖で、顔を覆う。
扉を破り”照明球”を”ハイパーゲート”に送り込む。
その真ん中に――倒れ伏した少女の姿があった。
「ルヴィッ!」
叫んで抱き上げる!
元々ピンクがかった白い肌は、どす黒く変色し、小さな唇は紫を通り越して茶色く変化している。薄く開いた深紅の瞳は焦点が合っておらず生気が感じられなかった。
部屋の中は濁った空気と熱気が充満している。
壁を破壊しようとしたか、闇の恐怖で光を起こしたか――火を焚いたのだろう。
幼い少女には、それがどう言う結果を生むかまでは想像が至らなかった様だ。
ルヴィを抱き抱え、”ハイパーゲート”から出る。
床に少女の身体を降ろし、身に着けている衣服を剥いで、胸を露わにした。
その胸に耳を押し当てる。
「……!」
心臓は――鼓動していない!
全身に、どっと汗が噴き出す。
再び少女の顔を見るが、息をしている様には見えなかった。
「ルヴィ! しっかりして!」
身体を揺するが、まるで反応がない。
「ふざけんじゃないわよッ!」
眼鏡を外して投げ飛ばし、ローブの袖をまくって手の甲で自身の口紅を拭う。
ルヴィの口に指を差し込み、強引に開かせ、気道を確保する。手を少女の裸の胸にあたがうと、パプリカは大きく息を吸って、その空気を少女の口に移した!
息を吹き込み、ルヴィの胸が膨らむのを確かめ、もう一度!
胸に両手をあてがい、心臓を圧迫する!
「お願い! 戻って来て!」
ついさっきまで声が聞こえていた。息が止まってから数分と経っていない筈だ。
どれくらい、同じ動作を続けただろうか――。
疲労から、徐々にパプリカの腕にもちからが入らなくなって来た、その時!
「げほッ!」
ルヴィが大きくむせる!
「ルヴィ!」
手をあてがっている胸から、心臓の鼓動が伝わって来る。
蘇生した様だ。
すぐさま、唇を合わせ、今度は咳で喉に詰まった異物を吸い出す。
口に溜まった吐しゃ物を、床に吐き捨て、パプリカはルヴィの顔を見下ろした。
相変わらず顔色は優れないが、少なくとも自発呼吸は戻った様である。
両手を床に置き、大きく息を吐いた。
額から汗が滴り落ち、ぼさぼさに乱れた髪が顔に纏わりつく。ローブや肌着も汗に塗れて身体にべっとりと張り付いている。
震える手で、涙を拭い――床に落ちた眼鏡を拾ってかけ直した。
脱がした服を着せ直し、整えた頃、ルヴィがようやく目を開ける。
「……パプリカ?」
「……ようやく名前を呼んでくれたわね」
次第に意識がはっきりして来た様で、上半身を起こそうとする。それを手で制し、その頭を、膝の上に寝かした。
「……どうして、ここに?」
「貴女がひとりで行ってしまうからでしょ?」
まだ息苦しそうにするルヴィの乱れた髪を整える。その少女の頬を涙が伝う。
「……ごめんなさい」
「わたしの方こそごめんね。助けに来るのが遅れて……」
小さく笑うルヴィに、パプリカは微笑み返した。
ゆっくりと頭を上げる。
フェズはどうなっただろうか?
パプリカの来た方にルヴィがいたのであれば――彼女が向かった下層に、魔導石工廠があるに違いない。
……だが、彼女ひとりでヴェニッタたちを止める事は不可能だ。
「けど、今から動いても間に合わないかも知れない」
どの途、疲弊したルヴィを抱えて走るのは現実的ではない。
その視線を、崩壊した”ハイパーゲート”へ向ける。
”転送陣”はボロボロだが、幸いにも起動装置である魔導石は無傷だ。
「わたしに打てる策があるとすれば――これしかないわ……!」




