5-3:人狼戦士の制圧
「よくぞ舞い戻ったな、裏切り者よ!」
人狼族のひとりが、野太い声を響かせる。
アデルの背後にいた人狼族は三人。
ひとりは声を発した大柄な男。ほぼ真正面に腕を組んで構えている。
他に男女がひとりずつ。双方とも、身を隠していた巨大な柱の背後から、姿を現すところだった。
「まさか、ボクの隠れ家が見つかっていたなんて!」
ゆっくりと上体を起こし、アデルがちからなく呟く。致命傷を負った訳ではなさそうだが、彼が座り込む床に赤い血が広がっている。
「何を企んでいるかは知らぬが……長く姿を見せなかったのは失敗だったな」
アデルの言葉に応えたのは女。
「怪しんで調べたところ――ルヴィとガーネットと言う双子を引き連れて、人間と接触している事が分かったのよ」
三人の人狼族がエントランスの中央に集まり、ゆっくりとこちらに詰め寄って来る。三人とも、革製の鎧を着込み、長大な片刃刀を手にしている。
人狼族の戦士――人狼戦士だ。
その言葉を聞いて――アデルが苦しそうに笑う。
「ふふ……どうやら、ルヴィに逃げられて予定外に人間界に留まっていた事で、懐に隙が出来てしまった様だね」
そのアデルに片刃刀の切っ先を向けて、女が声を張り上げる。
「お前が立て籠っている人間どもと、隠し砦で何をしていたのか――ゆっくりと聞かせてもらいましょうか?」
――立て籠っている人間、とはヴェニッタの事か!?
パプリカが問おうとする前に、フェズが同じ疑問を投げかけた。
「ヴェニッタ様も、やっぱりここにいるんだな!? その中に、ルヴィとガーネットはいなかったか!?」
「人間どもならば、制圧は時間の問題だ。ガーネットが一緒にいたかどうかは知らぬが――」
答えたのはひと際巨大な体躯の男。
「――ルヴィならば、”ハイパーゲート”と言う部屋に閉じ込めてやったぞ」
「何だって!?」
悲鳴の様な声を上げるフェズ。
パプリカの背中にも、ぞっとした悪寒が走る。
”ハイパーゲート”の部屋は、閉じれば完全な密室となる。そんなところに何日も閉じ込められれば――窒息してしまう!
前に進み出てパプリカは叫ぶ!
「わたしたちは、そのヴェニッタを止めに来たのよ! アンタたちと戦うつもりはないわ! 先へ進ませて!」
彼らと争って、無用な混乱を引き起こす事は避けたい。だが、そんな言葉が受け入れられないのは分かっていた。
人狼戦士たちは、片刃刀を振り上げ、パプリカとフェズに向ける。
「ふざけるな! 我が聖地に悉く踏み入り、汚しおって! 生きて帰すかッ!」
「パプリカ、やるしかないぞ!」
フェズが腰のダガーに手を回し、早々に”マギコード”の詠唱を始める!
ここで騒ぎを起こせば――下手をすると人間と人狼族の対立を激化させるきっかけになりかねない!
だが――既にフェズも人狼族たちも臨戦態勢だ!
「分かったわ! フェズ、任せるわよ!」
大きく後ろに飛び退いて、パプリカも錫杖を高々と構える!
「行くぞッ!」
雄叫びを上げて、フェズが身を低く人狼戦士たちに突進して行く!
「愚かな!」
三人の人狼戦士は、揃って腕を振り上げ、フェズ目掛けて拳大の”光弾”を乱発した!
場を制圧する為の、単純な飽和攻撃だ。
これで圧し通せると思ったのだろう。
――だが、甘い!
パプリカの張った広く、分厚い”魔法障壁”がフェズを包み、”光弾”の雨を悉く弾き飛ばす!
人狼族の魔力は強大だが、”魔法障壁”の頑丈さには自信がある!
”光弾”を蹴散らし、間合いを詰めるフェズに、流石の人狼族たちも狼狽する。
フェズの初撃の狙いは女!
紅く輝くダガーの刀身を振り被り、逆袈裟に斬り上げる!
「おのれッ!」
叫んで、腕の篭手で防御する女――だが!
斬撃は、何の音も衝撃もなく――女の右腕を半ばから斬り飛ばした!
「きゃああああッ!?」
悲鳴を上げて、倒れ伏す女。
足元に降り立ったフェズを、大柄な男が憤怒の形相で睨みつける。
「人間如きがッ!」
吠えて、フェズに長大な片刃刀を振り下ろす!
ダガーで迎え撃つフェズ!
片や華奢な細身の女に薄刃のダガー。片や筋骨隆々の肉体を持つ人狼族の男に肉厚の片刃刀。まともにぶつかり合えば、フェズの顔面は真っ二つに割られる!
――そう考えたのは人狼族の男だけだ。
フェズの振り上げたダガーが一閃し――片刃刀ごと男の腕を斬り落とした!
「ぐあああッ!?」
想定外の事態に、男が肩口を押さえて両膝を着く!
噴き出す血しぶきを軽やかに避けて、フェズは最後のひとりに狙いを定める!
ローブを翻し、まったく躊躇なく斬り込んで来るフェズに、ようやく警戒心が生まれたか――最後の人狼族の男は、左腕に”魔法障壁”を張って防御に徹する!
少しは学んだ様だが――まだフェズの術を良く理解していない。
勝負が着く前に――パプリカは吐息して、姿勢を緩めた。
人狼戦士が、”魔法障壁”ごと斬り伏せられ、血しぶきを上げて倒れ伏す。
数十秒で――三人の人狼族は血の海に沈んだ。
「いやあ……これは凄いね!」
感嘆の声を上げたのはアデル。
床に座り込み、傷を負った腹を手で押さえながらも、笑みを浮かべてフェズの戦いぶりを称賛した。
「キミの剣は何でも斬り裂くのかい? これじゃあ、ボクの『ゴーレム』では歯が立たない訳だよ」
「そんな事はどうでもいいわ」
パプリカは、ローブを整えてアデルに詰め寄った!
「ヴェニッタたちが立て籠っている魔導石製造工廠の位置を教えなさい! 教えてくれれば、その傷を治してあげるわ」
眼前に迫ったパプリカの眼を、しばし睨みつけていたアデルだが――。
ふっと、その表情からちからが抜ける。
「そうだね。意地を張っても仕方がない……」
呟いて、床に倒れ落ちる。
「魔導石工廠は、このタワーの最上階にある。そして――、ルヴィが閉じ込められている”ハイパーゲート”は、地下の部屋にあるよ」
そこまで語ると、アデルは激しく咳込んで血を吐いた。
「ありがとう。そこまで分かれば充分よ」
パプリカは、回復魔法の光を両手に集め、アデルの傷口に添える。撃ち抜かれた傷口の皮膚が縫合され、出血が収まって行く。
アデルの呼吸も落ち着いて行き――その瞳が閉じられた。
眠りに着いたのだ。
「感情抑制か……」
近づいて来たフェズがアデルの寝顔を覗き込む。
相手の精神を支配し、抑圧する術だ。普通は獣や魔物など知力の低い生物を支配下に置く事くらいしか出来ないが、傷付き弱った人間であれば、精神を圧迫して昏倒させるくらいの事は出来る。
「……他の連中も!」
アデルの傷が治った事を確認し、倒れて気絶している人狼戦士三人も、同様に回復させ眠りに着かせる。切断された腕が再び動く様になるには少しリハビリが必要だろうが、完全に接合出来る腕を持った魔導師がここにいた事に感謝して欲しいものだ。
「さて――」
一仕事終えて、パプリカはフェズに向き直る。
「魔導石工廠に向かうわよ、……フェズ」
「ああ……!」
頷くフェズを背後に、パプリカは上階へ向かって階段を駆け上がる。しかし、フェズの足音は着いて来ない……。
階段の半ばで振り向くと――フェズは、地下への階段を見下ろし、複雑な表情を浮かべていた。
その先に――ルヴィがいるのだ。
パプリカは、大きくため息をついた。
「分かったわ、行きなさい」
「パプリカ!」
「その代わり、さっさとアイツを連れて戻って来なさいよ。わたしひとりじゃヴェニッタたちを止められないわ」
「ありがとう!」
叫んで階段を駆け下りるフェズを、笑顔で見送る。
「……わたしも、任務がなければ行きたかったな」
ふと呟いて、パプリカは大きく頷くと上階を見上げ、表情を引き締めた。
今は、自分に課せられた任務をまっとうする事だ!
自分に言い聞かせ、パプリカは階段を登って行った。




