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5-2:アデルの隠し砦

「アンタの目的は何?」

 パプリカは、背後に(ひか)えるアデルに聞いた。


 ヴェニッタとルヴィが”ハイパーゲート”の向こうに消えてから(すで)に三日。

 パプリカたちは、馬を走らせヴォルフケイジ大双壁へ向かっていた。


 小雪がちらつくなか、フードを目深(まぶか)に被ったパプリカとフェズ、そしてアデルが、目の前にそびえ立つヴォルフケイジ大双壁に近づいて行く。

 フェズはこの三日間、(ほとん)ど何も喋らない。ルヴィの事が心配でたまらない様だ。


 彼女たちが向かっているのは、以前キャラバンで(おとず)れた”大城門(グランドゲート)”ではなく、何の変哲もない森の中。

 アデルの話では、監視に見つからず人間界と人狼領を行き来するルートが確保されていると言う。そこを通って、ルヴィ姉妹を人間界に連れ込んだ(ワケ)だ。


「ボクの目的は、ヴェニッタの造った”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を手に入れる事さ」

「ヴェニッタは”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”をおそらく軍に売るつもりよ? アンタに譲ったりはしないと思うけれど?」

「本当はふたつを仲良く分け合う(ハズ)だったんだよ。

 誰かさんたちが妨害してくれたおかげで、ひとつの”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を狙い合う状況になってしまったんだけれどねぇ……」

 語りながら、アデルはパプリカとフェズを追い越し、「こっちだよ」と言ってふたりを手招きする。


 彼に着いて森を抜けると、切り立った崖。

 その(はる)か上を大双壁が走っている。

「ここだよ」

 崖の一点を指し示しアデルは、馬を降りる。

 ぱっと()は、何の変哲もない岩の壁。

 (おもむろ)に絶壁から突き出た岩を両手で掴むと、その岩がすっぽりと抜け落ち――その下から(あお)い魔導石が顔を現した。


 杖を振りかざし、”マギコード”を詠唱する。

 その構成文は人狼族(ヴエアヴオルフ)が使うものではなく、人間の”マギコード”だった。

 杖の先端の魔導石が光り輝き、崖に埋め込まれた魔導石も呼応する。


 大きな音と軽い地響きとともに――崖の一部が光の粒子となって消え()せ、ぽっかりとした洞窟が口を開いた。


「これが隠し通路さ。ここを進んで行けば、その先はもう人狼領だよ」

 言うが早いか、手のひらに”照明球(フレア)”を生み出し、先導して歩き出す。パプリカとフェズは顔を見合わせて、その後を着いて行った。


 馬はどこかに結び付けたりせずに、そのまま放置して行く事にした。

 ここから先は人狼族(ヴエアヴオルフ)たちの領域。万が一、彼女たちが帰らぬ身となった時、身動きが取れない状態では可哀想だ。


「……何でアンタが魔導石を必要とするの? アンタは、魔導石なしでも魔法が使える種族じゃない」

「キミたち人間の造る魔導石はまったく便利な代物(しろもの)だよ。例えば、この洞窟を隠していた魔法だって、人狼族(ヴエアヴオルフ)の使う魔法じゃ真似(まね)出来(でき)ない」

 少し語気を強めて語る。

「ボクはね、この(いくさ)で軍門に下るのは人狼族(ヴエアヴオルフ)の方だと考えている。

 かつてはちゃちな魔法しか扱えなかった人間は、魔導石を改良して格段に進歩した。それに比べて人狼族(ヴエアヴオルフ)たちは生まれ持った魔法(ちから)自惚(うぬぼ)れて進化を忘れてしまっている。

 だからボクは、来たる人間との戦いで魔導石を使い、その有用性を仲間たちに知らしめるんだ!」


 次第に熱を帯びるアデルの論法を、黙って聞いていたフェズがぽつりと(つぶや)く。

「アンタが魔導石を必要とする理由は分かった。なら、それとルヴィとどう言う関係があったんだ? あの子は、アンタが人狼領から連れて来たせいで仲間から追放されたんだぞ!?」

「それは、ボクの隠れ家に行けば分かる事だよ。……間に合わないかも知れないけれどね」

 アデルの答えにフェズが(にら)みつける。


 やがて、三人の視界に外の光が差し込み始める。

 ローブで(おお)った身体を、厳しい寒さが襲う。


 洞窟を抜けた先は――一面の銀世界だった。

 グーズグレイ山脈の険しい地形は、見渡す限り真っ白い雪と、突き出た岩肌のみの白と灰色の世界続いている。

 雪は激しく吹雪(ふぶ)いており、空もどんよりとした分厚い黒雲が広がっていた。


 パプリカも初めて踏み入る。ここが人狼領か―――。


「ほら、あそこに見えるだろう? あれがボクの隠れ家だよ」

 言ってアデルは小高い岩山を指差す。


 一見、雪に覆われた岩山の様に見えるが、確かによく見れば部分部分に人工的な構造を見出(みいだ)す事が出来(でき)る。しかし、言われなければ気が付く事は困難だろう。


「入口はこちらだ。さあ、着いて来てくれ」

 深い雪を踏みしめ、岩山に向かって歩き始める。

 流石(さすが)にこの地に適した人狼族(ヴエアヴオルフ)。激しい吹雪(ふぶき)をものともせず、進んで行く。


 置いて行かれまいと、パプリカとフェズもその後に着いて雪原を突き進んだ。

 こんな雪原を歩く装備ではない為、歩くだけで困難を極める。

 ブーツの中はあっと言う間に湿って行き、スカートが濡れて脚に(まと)わりつく。急ぎだったとは言え、こんな格好(かつこう)で来てしまった事をパプリカは後悔した。


 幸い――大した距離も歩かずに、アデルは目的地に達した。

 と、言っても目の前には雪に覆われた岩山の急勾配(こうばい)な斜面が広がるのみ。

 これも、どこかに隠し扉があるのだろうか?


 岩山を前に立ち止まっているアデルの背中を(なが)めていると、彼はやおら”マギコード”を組み上げ、両手のあいだに圧縮された炎を(とも)す。

 両腕を突き出し、炎を目の前の雪にあてがう!


 雪は一瞬にして真っ白い水蒸気とって膨れ上がり、三人の視界を覆う。

 視界が晴れると、アデルが魔力を放射した範囲の雪だけがキレイさっぱりとなくなり、()き出しの岩肌と――そこに隠された大きな鉄扉(てつぴ)が姿を現した。


 指向性を強めて熱の範囲を限定していると言え、余熱で頭上の雪が崩落したらどうするつもりなのだろうか?

 そんなパプリカの疑問を他所(よそ)に、アデルは鉄扉を押し開ける。こちらは魔導石による施錠(せじよう)は成されていない様だ。

 重い音を立てて扉が内側に開く。

 アデルが、その先を腕で指し示し、ふたりに道を開けた。

「さあ、どうぞ!」


「それじゃ、お邪魔させてもらおうかしらね」

 扉を(くぐ)った先は一面の闇。光を取り入れる窓などはなく、しんと静まり返った空間が広がっている。

 最後に入って来たアデルが、強めのを”照明球(フレア)”生み出して、ようやく隠れ家の内部が見て取れた。


 赤茶色の大きな煉瓦(レンガ)を組んで造られた、広めのドーム状の空間。正面には、上下階へ続く階段がある。

 あちこち崩落し、天井を支えていた柱も崩れ落ちてしまっているものがある。


 ここで”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を秘密裏に造っている――と聞いていたので、魔導研究所(マジツクベース)の様な場所をイメージしていたが、どうやら砦だったものを再利用している様だ。


「やあ、やっと我が家に帰ってこれたよ」

 フードを脱ぎ、アデルが軽やかな声を上げる。

 ローブに積もった雪を払いのけながら、彼は隠れ家のエントランスを背にして大きく腕を広げて見せる。

「ここが、ボクの隠れ家さ。ここでボクとヴェニッタ、それに彼女に賛同する魔導師たちが日夜”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の開発を進めているんだよ」


「それより! あの”ハイパーゲート”の出口はどこにあるんだ!?」

 フェズがアデルに詰め寄る。その彼女を、アデルは手を上げて制した。

「慌てない慌てない。ここはボクだけの秘密の場所。邪魔なんか入らないから、ゆっくり案内してあげるよ」

 その言葉が、終わるか終わらないかの瞬間――!


「それは、どうかな?」

 重い声が、エントランスに響き渡った!

 ふたりに向けられていたアデルの顔に、驚愕の表情が浮かび上がり――

 その腹の辺りを一条の光が撃ち抜き、パプリカとフェズのあいだをすり抜けて行った!

「ぐあッ!?」


 悲鳴とともに、周囲が一瞬にして闇に包まれる!

「何だ!?」

 フェズが叫ぶ!

「アデルがやられたのよ! 視界を確保するわ!」

 視界が失われる一瞬、アデルが背後から魔法の光矢で撃ち抜かれるのを見た。照明が消えたのは、彼が造った”照明球(フレア)”への魔力の供給が途絶(とだ)えたからだ。


 暗闇の中、パプリカは最大の魔力を錫杖(ロツド)の魔導石に供給して、”照明球(フレア)”を組み上げる!

 再びエントランスに明かりが広がり―――。


 光の中に浮かび上がったのは、床に倒れたアデル。そして、その背後に並び立つ、数人の人狼族(ヴエアヴオルフ)の姿だった!

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