5-1:パプリカの想い
***
レッドベリル魔導石製造商会の魔導師として、会長マゼンダの命令を忠実にこなす事。それがわたしの役割――。
ヴェニッタの企てを暴き、場合によっては”VERDIGRIS”を排除する。それがすべてだ。
パプリカは――そう考えていた。
***
「ルヴィッ!」
フェズが『ゴーレム』の核たる魔導石を蹴り壊し――崩れたその巨体を蹴り飛ばして跳躍する!
光の中に消え行く少女の姿を引きずり出そうと腕を伸ばす!
「ダメよ、フェズ!」
咄嗟に叫ぶパプリカ!
しかし――
激しい光とともに大量の火花が散り――”転送陣”を中心に、爆発が巻き起こる!
「きゃああッ!?」
「フェズ!」
フェズの身体が衝撃波を受けて弾き飛ばされ、床に叩き付けられる!
パプリカは慌てて、倒れてもがくフェズの下に駆け寄った!
「フェズ! 大丈夫!?」
フェズのその身を抱き起こす。
「大丈夫だよ……! それよりも……――!」
フェズの言葉に、パプリカも、煙を上げる”ハイパーゲート”を見やる。
”転送陣”が描かれた床は、巨大な亀裂が走ってせり上がっていた。亀裂は壁を伝って天井にまで及び、今にも崩落しそうに不安定な顔を覗かせている。
その手前で、アデルも呆然と立ち尽くしている。
彼のローブを縫い留めていた”光爪”も、きれいさっぱり消滅していた。
これは、術者であるルヴィがいなくなった事を、意味している。
「ルヴィ……! あいつ、まさか……!」
青ざめるフェズの横でパプリカは床を拳で叩く!
「あのバカッ! 転送中の”ハイパーゲート”に無理やり入り込むなんてッ!」
「一度に転送した物量にもよるけれど……運が悪ければバリスともども、転送先で原型のない肉の塊になってしまうね」
ため息をついてアデルが呟く。
「幸い、ルヴィは小柄で体重が軽いから――たぶん転送自体は成功してると思うけれど――」
肩を竦める。
「ボクたちは取り残されてしまったね」
と言う事は、ルヴィは転送先で、敵陣にひとりとなってしまったのだ。
「アデル、この”ハイパーゲート”の転送先はどこに繋がっている!?」
立ち上がって、フェズはアデルに掴みかかった!
闘う理由がなくなった彼は、抗う事もしない。
「人狼領にある、ボクの隠れ家だよ」
「何だって!?」
「そこに、”VERDIGRIS”の魔導石製造工廠を構えているんだ」
なるほど……。
アデルの言葉にパプリカは頷いた。魔導石工廠が内部にある程、『タンザナイト』本部は広い様に思えなかったが、ここから更に人狼領へ移動していたのか。
『入口』である”ハイパーゲート”が人間界側にあれば、人狼領側では容易に露呈しまい。逆に人間界側は、この”ハイパーゲート”だけを厳重に管理していれば良いのである。
上手い事を考えたものだ――。
しかし、今はそれよりも――ルヴィを助けに行かなければならない!
無事であれば、彼女は今、ヴェニッタたちと一緒だ。ヴェニッタが人狼族であるルヴィの身を気遣う理由は無い。
だが――……
「パプリカ、ルヴィを追って人狼領へ行くぞ!」
パプリカの喉まで出かかった言葉を――フェズが先回りする。
そうだ、急いでアデルの隠れ家に向かわなければならない。
だが、しかし――……。
「フェズ、気持ちは分かるけど――今はこのアデルの身を拘束する方が先決よ!」
「何を言ってるんだ!?」
非難の声を上げるフェズ。
「分かるでしょ!? コイツを捕えて元老院に突き出せば、アイオライド商会とコイツの関わり合いを吐かせる事が出来るわ!」
「いや……そんな事よりルヴィを助けに行かないと!」
そんな事は分かっている!
分かっているが、パプリカたちはマゼンダの指示を受けて動いているのだ。
それを無視して、勝手な行動を取る訳には行かない。
「なんだか……」
ひとり蚊帳の外にされたアデルが頭を掻く。
「ボクがキミたちに負ける事を前提に話を進めている様だけど……ボクはそんなに弱くないよ?」
「そうかもね。けれど―――」
ローブの下から、ひと欠片の魔導石を取り出す。
「わたしはこれで、レッドベリルに緊急事態を知らせる事が出来るの。信号ひとつで、この『タンザナイト』本部は、レッドベリルの魔導師に囲まれるわ」
「……キミはレッドベリルの魔導師だったんだね」
ようやくパプリカの正体に気付き、その表情から余裕が消える。
「なら――キミはどうだい、フェズ?」
「!」
くるりと首を回し、フェズの方を向く。
「キミはルヴィを助けに行きたいんだろ? いいじゃないか!」
アデルが演技めいた動作で大きく腕を広げる。
「人間が、ボクの眷族の娘にそこまで入れ込んでくれるなんて素晴らしいよ!
手を組もうじゃないか! ヴェニッタたちも放っておくとボクの隠れ家で何をするか分からないしね」
「フェズ! ダメよ、貴女だってマゼンダ様の加護の下に自由を保障されている事を忘れないで!」
だが、パプリカの言葉を耳にしても、フェズの表情は硬く重い。
「……ゴメン、パプリカ」
こちらに苦渋の表情を向けて来る。
「あたしはルヴィを助けに行きたい!」
「そんな勝手は許さないわ!」
フェズの頬目掛けて、パプリカが平手を振るう!
その腕に、アデルの放った”衝撃雷”が絡みついた!
「きゃああッ!?」
右腕に走った激痛に絶叫を上げ、パプリカは床に倒れ伏す!
魔導石が、ちからの抜けた彼女の手から転がり落ちる。
ゆっくりと上げたアデルのブーツの底が、その魔導石を粉々に踏み砕いた!
「しまったッ!」
「隙あり……だね!」
床にうずくまったパプリカを、上からにっこりと見下ろすアデル。
パプリカの眼前に伸ばされたアデルの手が、彼女の首を締上げる!
「ボクと手を組まないのならば、キミは今ここで始末するだけだよ?」
「止めてッ! 助けてフェズ!」
眼鏡を吹き飛ばし、髪を振り乱してフェズに助けを求めた!
しかし、フェズは迷った様な表情で、パプリカを見下ろして――
「……パプリカ。頼む、一緒に来てくれ……」
――視線を逸らしたまま、ぽつりと呟くのみ。
「さあ、どうする?」
「……分かったわよ!」
舌打ちして、アデルの言葉に同意する。
満足した様子で頷いたアデルは、パプリカの首を解放した。
「良し。それじゃあ、このままボクの隠れ家に向かおう。ヴォルフケイジ大双壁を越える隠し道があるんだ。数日もあれば辿り着ける」
へたり込んで咳き込むパプリカの前を通り過ぎ、アデルは出口へとふたりを先導した。
「さあ、行こう。着いて来てくれたまえ」
アデルの背中を睨みつけながら――その視線をそのまま、立ち尽くすフェズに向ける。
パプリカから目を逸らしたまま、フェズは俯いた。
「ごめん……パプリカ」
謝る彼女の頬を――平手で叩く!
「……ここまでやった以上、何の手土産もなしに帰れないからね?」
パプリカの言葉に頷いて、フェズはアデルの後に続く。
”ハイパーゲート”の出口を潜るふたりの背中を見つめながら――パプリカはぽつりと呟いた。
「……わたしだって……任務がなければルヴィを助けたいわよ……!」




